第六話 初めての給料の使い道。
通帳に記帳して、預金の残高を見た時驚いた。
こんなに貰える物なのか。恐ろしや。こんなにあったら、いや、これは旅の資金にするんだ。貯めるぞ。父さんから生活費小遣い込みで貰っているのだから。
でもなぁ。こんだけあれば少しくらい使ってもなぁ。いや、それが浪費の第一歩だ。陽菜だって、メイド時代の給料、必要な時にしか使っていなくて、ほとんど余っているらしい。僕も見習うべきだ。
くっ。どうする。
いや、来月も。しかも来月は今月よりもっと多くなる。
あぁ、悩む。悩むぞ。
「プレゼントだ」
そうだ。世の社会人は初任給をお世話になった人へのプレゼントに充てるという話を聞いたことがある。
「誰に……。父さん?」
父さんは帰って来ないし。
「……うーん」
誰に……陽菜に? ……それもなんか違う。
「そういえば僕、乃安に何もプレゼントしたこと無いな」
僕は散々お世話になっている後輩に何も返していない。乃安なら色々学んでいますよとか言いそうだが、違う。形に残るものを。
そうと決まれば。陽菜を連れてレッツゴーだ。
「相馬君からのお誘いは珍しいのでどこかワクワクしていたのですが。そうですか。初任給の使い道は自分の後輩ですか。乃安さんに使い込むのですか。魔性の後輩ですね」
「そんな目を向けないでくれ。僕の心苦しさを解消するお手伝いをしてくれ」
二駅離れたお洒落な街。専門店がずらりと並んだ通りだ。ショーウインドーにはその店の自慢の一品が並び、僕らの目を惹く。
例えばアクセサリ。乃安は美人だからきっと似合うだろう。少しお洒落な服を着てこのネックレスを付ける。似合うな。
「陽菜はこっちか……いや、今は乃安のだ」
無意識にそんな事を呟いた。
「ふふっ。乃安さんに似合うのはこちらのお店ではないでしょうか? 多分、乃安さんの好みにも近い筈です」
そんな僕を見かねた陽菜が、手を引いて連れて行ったのは、確かに雰囲気が乃安のそれに近い店だった。
あっ……。伊達眼鏡。乃安たまに付けてるな。悪くない選択肢だ。
「乃安さんの似非眼鏡っ子属性を強化しようとするのは控えてください」
「すいません」
怒られました。お姉さまに。
仕方ないので別の物を探すとし……何でここにいる。
「あっ、日暮先生に朝野先輩。どうもです」
僕の生徒だった少女、屋久桃花がぺこりと頭を下げて店の入り口に立っていた。
「ここ、私の家なのですよ。登録試験合格したので、その報告がてら里帰りです」
屋久さんは手短にそう説明した。登録試験。僕も結果は聞いている。全員合格と。
しかし、派出所で寮生活しているというイメージなのだが。
「どちらかというと、そういう人の方が多数派です」
僕の頭の中の疑問に陽菜はそう答えた。相変わらずほいほい心を読む。
「孤児院だけでは成り立ちませんから」
陽菜はそう、どこかため息交じりに言った。陽菜にしては珍しい行為。ため息。
「それで、あっ、お二人はお付き合いされているのでしたね。それで、朝野先輩に何かプレゼントを?」
「いいえ。乃安さんです」
「朝比奈先輩ですか? 誕生日でしたっけ?」
「乃安さんの誕生日はまだ遠いですよ。十一月ですから」
屋久さんはふむふむ腕を組んでうなづいた。陽菜の目がギラリと光る。なぜだと思って屋久さんをちらりと見て納得した。
こいつ、本当に中二か? と思うような膨らみが二つそこにはあった。多分、乃安よりもあるぞ。
「乃安さんの似合いそうなアクセサリですか……綺麗な方ですからねぇ。うーん。こちらはどうでしょう?」
「それは、ピアスですか?」
「はい」
「開けなきゃ駄目だからなぁ。それ」
「あっ、そうですね。すいません」
屋久さんは腕を組んで悩み始める。そしてきょろきょろ店内を見渡す。
「私がいない間に商品変わってしまったのですね。すいません、頼りにならなくて。でもでも、私が知っているものもあるので」
屋久さんが手で示した先にあったのはカチューシャだった。
「似合いそう、ですね」
「うん」
「しかし、相馬君はわりと粘着質というか、ヤンデレ気質なことがありまして、なるべく常に身に着けておいて欲しいから、毎日使えるものをプレゼントした……」
「これで良いですこれを買います。ついでにこれとこれもください」
指輪とネックレスも購入した。
「ありがとうございました。それと、日暮先生。改めて、ご指導ありがとうございました」
ぺこりと屋久さんは頭を下げた。
そして、腕にしがみついて。ぐいぐいと引っ張る。
「お茶にしませんか? 淹れますよ。上がって行ってください」
「この娘。自分の体の豊かさを理解していやがりますね……」
店の奥に通される。すれ違う店員さんに頭を下げて。出されるお茶を受け取り、クッキーもいただく。
「良い茶葉ですね。香りが……ダージリンですか」
「はい。流石は朝野先輩です」
茶葉の良し悪しとかわかるかよ。と思いながら飲むが、あっ、良い香りだ。
「私はメイドとして登録はされました。今日は実は父と母にお別れを言いに来たのですよ」
「お別れですか?」
「実は家出娘なのです。私」
「はい?」
「帰ってくるのは二年ぶりです」
その言葉と同時にバンと扉が開く。
「桃花! 桃花なのか?」
「そうですよ。父さん、母さん」
自分の分の紅茶を飲み干すと、立ち上がり、そしてお辞儀をする。
「晴れて、私は職を得ました。その事を報告しに参りました。もう、父さんと母さんに迷惑をかけることはありません。お店、大きくなりましたね」
「あぁ。今はもう安定して経営できている。お金の心配はしなくて良い。だから、帰って来いよ……」
屋久さんは黙って首を横に振った。
「もう、戻れません。父さん、母さん。私はもう、娘としての振る舞いとか、話し方とか、わからなくなってしまいました。家族としての関係も、時間がゆっくりと消してしまう物なんですね」
悲し気に笑って、そして、荷物を担ぐ。
「また、遊びに来ます。今日はそれだけを言いに来たのです。これ、お見上げです。美味しいという意見、頂けたので、自信を持って贈れます」
そして、屋久さんは部屋を出て行った。取り残された僕ら二人は、顔を見合わせてこっそりと部屋を出て行った。
そして追いかける。すぐに追いつけた。
「屋久さん!」
「はい」
「良いのかよ! それで!」
「……私にとって、お金で大変で、私を捨てるか悩んでいた両親の姿は、記憶にしっかり残っているので、なので、私は、自分の力で生きて行きたい、そう思ったのです。だから、先生には感謝しているのです。私に、生きる力をくれた事」
その笑顔は、僕に何の反論も許さなかった。黙って見送る行為だけを許していた。だから、見送った。背を向けた。独り立ちした生徒に送るのは、見送る姿勢だけだった。
「陽菜、乃安、というわけで、初任給でプレゼントを贈ります」
「ありがとうございます」
二人は深々と頭を下げた。
「あっ、カチューシャですね! おぉ、似合います。私」
「ネックレスに指輪。私へのでしたか」
「でしたです」
まぁ、二人とも、そういうの付けなくても、大丈夫な二人だけどな。
あーあ。あの場面、僕は先生としてどう対応するべきだったのだろう。何もできなかったな。あれを認めてよかったのかな。
いや、関係は人それぞれだ。それぞれだけど、でも。
でも、いや、僕の考えを押し付けて良いものなのか。
わからない。屋久さんのあの別れを目の前にして、何も言えなかった。
「相馬君? 指輪のサイズぴったりなのが驚いたのですけど」
「何回手を繋いだと思っているんだ、陽菜。わかるよそのくらい」
「……ありがとう、ございます」
「あっ、陽菜先輩が照れてr……んぐぅ」
「乃安さん。可愛いですね。抱きしめてあげます」
「あ。ありがとう、ございます」
僕の悩みと迷いの答えは、いつか見つかるだろうか。




