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Dear my world.  作者: 神無桂花
世界に色をつける話。
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第五話 手ごたえは突然に

 大学の夏休みは長い。二か月くらいだ。

 春休みはもっと長い。三か月くらいある。要するに、大学とは半年休み。四年を通せば二年分の休みになる。休みの二年間をどう消費するか。それは大学に通う者としてはしっかりと悩まなければならない事だろう。

 なので、早速だけど。

 麦わら帽子を被った陽菜が隣に座り、僕と同じように水面を眺めた。

 メイド長企画。一泊二日のキャンプ。監督は僕と結城さんと陽菜。サポートに乃安も付いてきた。


「懐かしですねー。私も参加しました。部屋に引きこもりたかったのですけど、連れ出されちゃいました」


 釣竿はピクリとも動かない。山の上だから涼しい、外にいるのはあまり苦にならない。

 生徒たちは今頃テント設営とかしているだろう。多分。


「おっ、釣れた。うん」

「反応が薄いですね」

「んー。別段喜ぶほどの事じゃないからねぇ」


 たまにはこういうところにいるのも悪く無い。一日、何もせずこうやって川を眺めているような。なんて、言いたいところだったけど。

 何だかなぁ。

 僕は横に転がっていた木の枝を頭の上に持って行った。振り下ろされた木刀はそれで止めた。何か、段々僕も化け物に近づいてきたな。


「あっ……」

「テントの設営は終わった?」

「はい」

「そっか。じゃあ。あれ、結城さんは?」

「結城先生は食材の買い出しに行っています」

「了解」


 狩りができればなぁ。って、それは父さんのやり方か。僕は僕のやり方を探そう。

 精神論は好きじゃないけど、必要な時もあるよね。とか思ったりする。だって、人は心があるのだから、心の持ち方を考えるのは大切だ。

 バランスなんだ。それに頼り、それを至上にした途端おかしくなる。

 だから、僕は模索する。どうしたら彼女たちを導けるか。


「この派出所って男子居るの?」

「男子用に執事派出所もありますよ」

「あるんだ……」





 キャンプは嫌いではない。むしろ好きな方だ。たまにやりたくなる。

 例えば今目の前でステーキ肉を焼いている陽菜。その映像を公開して飯テロ仕掛けたくなったりする。いや、それはまた別の楽しみ方か。


「どうかしましたか? そろそろできますよ」

「あぁ。うん」


 乃安は乃安でなんかやたら分厚い肉を真剣に焼いてるし。

 暇だ。料理に関して言えば、僕は本当にやる事が無い。

 魚を釣ったのも、何となくその申し訳なさを誤魔化すためなんだけど。こうもまぁ、目の前に美味しそうな肉を並べられると、結局お茶を濁す程度にしかならなかったなと。海から鮪一匹釣ってきたら誤魔化す事もできただろう。捌くの誰やという話になるが。僕は無理だ。

 なのでまぁ、とりあえず。蚊取り線香焚いたりして時間を潰す。


「あっ、センセー、できましたよー」

「はいよー」


 そうしてどうにか時間を潰して、貰った肉とか野菜とか。美味しい以外に言葉は出てこない。


「せーいっ!」

「おっと」


 殴られそうになったのでその手を箸でつまんで止める。案外できるもんだな。

 しかしまぁ、何でこんな事に。そうなった理由は、この生徒たち全体的に言える特徴が、警戒心が強いという事だと考えたからだ。

 強すぎる警戒心は動きを悪くする。

 だから、僕は僕を闇討ちでも何でも良いから倒して見せろと、このキャンプ中に。という課題を課した。倒しきれたら僕はメイド長に彼女たちは充分能力があると進言して、メイド登録試験に挑む権利を与えてもらう。倒しきれなかったら、夏休み明けのテストの難易度を爆上げにするという内容だ。

 この調子だとなぁ。肉をむしゃむしゃ食べる。食い物飲み物に何か仕込むのは無しという条件はしっかり付けたからあまり警戒はしていない。


「相馬―、お前も無茶苦茶やるなぁ」

「お疲れ様です」

「生徒たちに闇討ちだろうと何だろうと僕を倒せって?」

「はい」


 人を攻撃することは、度胸がいる。今までルールに守られ、倒しきらなくても良いという状況で育ってきた彼女たちにとっては、それはあまりに非日常的体験になるだろう。成功すれば登録試験だ。この派出所においては一番大きな報酬になる。もちろん、既にメイド長にはOKを貰っている。


「そうか。考えたんだな。大分荒療治だが」

「はい」

「既に体調を崩している生徒もいるぞ」

「そうですね」


 結城さんの目が、僕を射抜くように細められる。


「あまり冷たくなるな。自分にプレッシャーをかけるな」

「……はい」


 生徒一人一人に合わせられれば良いのだが、そうもいかない。一律にというのはとても優しい選択肢だ。それは言い訳にもなるし、公平公正という世間が納得して受け入れやすい基準にもなる。

 外に自分の物差しを置いた時、自分を守れる一番の方法だった。


「甘えすぎでしょうか、この方法は」

「いいや。間違ってはいない。こいつらだって落ちこぼれというわけじゃないんだ。だから乗り越えられると信用はして良い。過信は駄目だが。焦るなとあたしは言いたいところだが。あまり生徒を舐めていると、痛い目見るぞ。それとまぁ」


 結果は大事だが、教育はそれに限らない。

 結城さんはそう締めた。

 横に飛ぶ。木の上から降って来た人影をかわすために。こつんと頭を軽くたたいてやる。

 恐らくクラスで一番センスがあると僕が睨んでいる子。屋久桃花。


「え、えへへへ」


 今のは直前まで気づけなかった。はにかみながら戻って行く様子を見ながらそう思った。そうだ、成長はしているんだ。

 成長はしている。けれど、どうだろう。僕は結城さんのアドバイスを、頭の中で反芻した。





 それは、静かな山の中だから気づけた。隠しきれていない殺気がテントを取り囲んでいることに。

 僕はどうしようか悩んだ。けど待つことにした。予想はしていたから。罠を仕掛けておいた。


「あれ?」


 罠が作動しない。暗闇に目が慣れてきて気づいた。罠が外されている。


「マジかよ」


 慎重に足元を見定めながら歩く子。テントを油断なく観察している子。ツーマンセルが十五組。罠があれば一人がもう一人に知らせる。

 僕が過剰過ぎると思っていた警戒心の成せる業。

 逃げられないぞ、これ。遂にテントに手がかけられる。

 まぁ、もしそのテントに僕がいればだけど。

 彼女たちの間でどよめきが走る。テントの中にいたのは人形。僕はハンモックを吊るして木の上にいる。

 そして木に仕掛けておいた罠を作動させる。網が彼女たちの上に落ちる。


「まだだ!」


 その罠で僕がいる場所を見抜いたのは金目香奈枝、俊敏さでは多分僕の上を行く子だった。網を躱して素早く僕のいる場所まで登ってくる。


「おいおい、マジかよ」


 もたもたしてたら網からみんな出て来てしまうな。

 枝から枝へ飛び移り逃げの態勢に入る。追いすがる彼女だって、夜の森となれば慎重になるだろう。逃走経路は練っていた。だから僕に分がある。


「おっと」


 そう思っていたら、既にもう何人かは網から抜け出していた。


「逃がしません!」


 屋久さんが長い木刀で殴りかかってくる。

 さらに木の上には金目さん。なるほど、この二人を中心に据えるという戦略を取ったか。上手い。それが一番妥当だ。僕でもそうする。

 この二人で僕を抑えて、残りの二十八人で数の力で倒す。うん。負けた。これは負けた。

 焦る焦らない以前の問題だ。僕はこの三十人を甘く見ていた。

 あーあ。まじかー。こんな短期間で圧倒されるなんて思ってもいなかったよ。


「まぁでも、本気で抵抗はするがな」


 僕を抑える役割を持った二人以外はヒット&アウェイ戦法をとっている。掠る程度の攻撃は無視して、良い角度から来たものだけを防ぐ。勝とうとすると、それだけしか対応法は見当たらなかった。

 そして二人も防御に徹しながらも離れようとしない。勝つならこの二人を真っ先に素早く潰すしか無いが、そうなると、攻撃が防ぎきれなくなる。

 状況は完全に詰んでいた。


「でもさ、君たちさ」

「何ですか、先生?」

「僕も防御に徹すれば良いよね。これ。さぁ、勝負だ。朝まで僕と君たち、どっちが粘れるか」


 というわけで、避ける防ぐ逃げるに徹することにしました。情けない先生だぜ。



 「相馬君。潔く降参すれば良かったと思います」

「僕もそう思います」


 あちこちあざだらけで滅茶苦茶痛い。生徒たちはまだ寝ている。

 陽菜達が来て、僕を判定負けにした。生徒たちの努力と知恵とそれを実行した勇気を評価した形だ。


「ほら、山を下りてメイド長に試験の実施を提案しましょう。

「はーい」


 でも、誇らしい。自分が育てた生徒が、新しい何かに挑んで行くのが。


「うん」


 嬉しいな。今は痛みよりも、そんな感想と共に溢れる達成感があった。

 





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