第三話 日暮相馬、バイト始めるってよ。
バイト先のスーパーは住宅街の中にあるため、結構利用する人が多い上に大量の買い物をする人、細かな買い物をする人と、幅が広い。
日配と飲料の消費が激しいのはもちろん、この時期になるとアイスも滅茶苦茶売れる。が、個人的にアイスのシーズンと言うのは冬だと思っている。お前らチョコ系のアイスなめんなよ。
「日暮君。和日配の方の品出しお願いして良い?」
「了解です」
貯金という確かな目標のためならと今頑張っている。
「私の三年分の給料で行きましょう。相馬君が働く必要はありません」
陽菜はそう言ったけど。それは流石に情けないし、寄りかかり過ぎだ。陽菜に。
陽菜は寄りかかられると滅茶苦茶嬉しそうにするけど、駄目だろ。うん。
レジ応援もしっかりこなす。最初の頃は打ちミスも結構出たけど、慣れた。うん。ちゃんと画面見てれば良い。
そして、夜になれば惣菜とか刺身とか値引きしていく。明日までもたないものだ。値引きの判断は社員に任せている。けど店長が言うには僕の判断でもできるようにして欲しいと。嫌だよ。
後は閉店作業をして、帰る。
いやはや、眠い。ものすごく。欠伸が出そうだ。
家はまだ明かりが灯っていた。
「お帰りなさい。先輩。今日は私もお泊まりです」
「ただいま」
乃安がウインクで迎えて、家に入ると陽菜もいた。なぜ乃安が外で待っていたのか。
「陽菜先輩とトランプで勝負して、勝った方が先に相馬先輩をお迎えすることになりまして。勝ちましたよ、私」
「乃安ってこの手のゲーム無茶苦茶弱かったと思うけど」
「陽菜先輩ほどじゃありません。そう言えば先輩。メイド長から招待状が来ていますよ」
「何の?」
「株主総会です」
「……は?」
ものすごくお高いホテルの広いパーティー用の会場にて。
「ここ、経営者メイド長ですよ」
「マジかよ」
陽菜も今日はメイド服だ。まぁ、確かに、子どもが紛れ込んでると疑われるより良いか。
決算結果の発表、黒字という事はわかった。
「やはり、メイド事業は……」
「黙れ。私に子どもを捨てろというか、愚図が。納得できないならその保有している株はとっとと売り払え」
うわ。マジかよ。
「しかし、赤字なのは……」
「その赤字を補填するのに十分な利益を上げ、将来的な利益につながる人材も育っているのではないか? その先見の明の無さでよく投資家をやっていられるな。目の前の数字だけに囚われおって」
でも、メイド長、自分でも有益と思った事はちゃんと取り入れて聞くんだな。
「このホテルの従業員。ほとんどは元メイドです」
「あっ、そうなの」
「はい」
ぼんやりと話し合いの経過を待つ。
気がついたら終わっていたらしく、会場から人がどんどん出て行った。
「来たか、相馬」
「はい。見ていましたよ」
「じゃあ、食事と洒落込もうか。ここの料理は美味いぞ」
昼間からワインボトルを空けて飲み始める。
魚介系の何だか高そうな料理を食べる。
「さて、相馬。お前今スーパーで働いているそうだな」
「はい」
「お前、そこ辞めてうちでバイトしないか?」
「このホテルですか?」
「あほか。派出所だよ」
「えっ?」
「毎週末、うちに来て教官をやれ」
「は? はぁ」
ドンとメイド長は僕の目の前に書類を叩きつける。そこに書かれた時給を見る。
「やりましょう」
そんな訳で早速週末。
僕が教えるのは戦闘教練とサバイバル技術とこの時期は水泳もやる。
何で僕なのか。結城さんが学校で先生を始めたからだ。だからとりあえず別の人が育つまで僕に任せるらしい。
「じゃあ、早速だけど」
こういうのは、地稽古するのが一番早い。
「武器使って良いから全員かかってきて」
唖然とした顔で見られる。そりゃそうか。
「良いよ。容赦しなくて」
勝てるかって? 外から自主練見ている分には、いける。
挑発されたと捉えてムカついたのか、問答無用でかかって来た。けど、なんというか、みんな素直だ。教科書通りの、定石通りの攻め方しかしない。だから勝てる。
そして、複数人で仕掛けて圧倒されたらまぁ、後ろの方にいた人たちも動揺するわけで、だから動きにボロが出る。
木刀を奪って残りの人たちを倒せば、はい、おわりっと。
「陽菜? 撮れた?」
「はい、ばっちりです」
「じゃあ、視聴覚室行こうか」
次に映像を見て、学んでもらう。自分の動きの何がマズくて、どう改善すれば良いのか。それをひたすら繰り替えす。もちろん、僕も怪我をしないように戦っているから、心配なのは彼女たちの体力だけだ。まぁ、それはおいおい慣れていくだろう。
「ふむ」
なぜかメイド長も見てる。
新人アルバイターに任せるなら最初の授業を見に来るのは当然か。
三十人全員、真剣に映像を見ている。学ぶ気持ちはある。良い事だ。
「さて、みんな複数人で戦っているのだから、その利をを活かそう。その気持ちと考えは良い。だが、こちらも最初から一人で相手するのだから、後ろも警戒するさ。現に二人まとめて倒される場面が何度もあっただろ。その時点でタイミング、角度、つまり僕が体の構造上対処できない所を見抜くべきだった。その観察能力が欠如しているし、その考え方を知らない。まずはそれから学んでもらおう。さらに言えば、こんだけ人数がいるのだからという油断も見えるな」
複数人での戦いを学んでもらった次は、一人一人順番にかかってきてもらう。誰か一発でも僕に攻撃を当てられたら終了。生徒たちは背中を付いたら負けて交代というルールだ。
「間合い詰められて腰を引くな。目ばかりに頼るな」
「先読みは上手いがそれに頼りすぎだぞ」
そうして全員分教えたところで休憩だ。
流石に疲れた。
「陽菜ー、飯ー。腹減ったー」
「はい。乃安さんが厨房で用意しています」
生徒達を引き連れて、僕らは食堂に向かった。
「ほら、力抜かなきゃ浮かないぞ」
意外だ。派出所にカナヅチがいるとは。
まあ、そういうこともあるよな。水中を怖がらず力を抜くことを覚えなきゃな。
他の泳げる人たちは陽菜に任せることにした。
「はい、がんばれ。がんばれ」
僕は10メートル先に立つ。とりあえずそこからだ。
山の中。流石に基礎はできていた。
間違っても湿った薪を持ってくるような真似もせず、さらに山を舐め腐っている人もいなかった。
こっちは心配要らないな。
いや、なるほど、そういうことか。みんな警戒心恐怖心が強いのか。だからか。
こういうのは、どうしたら良いのだろう。
「初日、ごくろんさん」
メイド長の執務室。僕は紅茶を飲み陽菜は全力でくつろぎ乃安は立っていた。
「陽菜、私は一応雇い主だぞ」
「私としては里帰りがてらお手伝いしていて、お小遣いをもらっている感覚なのですが」
「間違っていない。間違ってはいないのだが……」
「乃安さん、おかわりお願いします。棚の裏にメイド長秘蔵の茶葉がありますよ」
「は、はぁ」
乃安がよっこらせと棚を動かすと、棚の裏に棚があった。
「はぁ、まぁ良いが。とりあえず来週も頼むよ」
もうメイド長はなにも言わなかった。というか、どこか嬉しそうだった。伸び伸びしている陽菜に優しい目を向けていた。
陽菜を連れてくることは迷ったけど、陽菜が行くと言ったから連れてきた。大丈夫ですよと。
今目の前の光景は、その大丈夫を証明するものだった。嬉しかった。
「今日は帰って良い。来週も頼むぞ。給料は月末に振り込む」
「ありがとうございます。では」
「あぁ、気をつけて帰れ」
まさか、本当にここで働く事になるとは。
うん。頑張ろう。できることをやろう。
しかし、人に教えるって疲れるな、結構。うん。自分がすんなりできたところほど教えるのが難しい。今日はそれに気づいたことが収穫かな。
僕の大学生活は続く。




