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Dear my world.  作者: 神無桂花
世界に色をつける話。
12/21

第二話 大学生活は緩く穏やかに。

 銃声が聞こえた。続いて爆発音も聞こえた。

 それが止んだのを確認して、僕は走り出した。目の前にいた子どもを抱えて、でも速度は落とさない。足を止めたら死ぬ。止めなくても死ぬ。伴走する死神に捕まらないように、一秒先の未来を死に物狂いで掴む。

 後ろで銃声が響いた、一瞬遅れて何かが横を通り過ぎた。視界の隅の鉄の棒が倒れて、今通り過ぎようとした物陰で小さな悲鳴が聞こえた。

 素早く、物陰を確認して、いや、確認はしたけど、誰なのか何なのか、ほとんど認識する暇もなく蹴りを叩き込んだ。

 兵士の顎を砕く一撃だった。


「はぁ、はぁ」

「お疲れ様です。相馬君」


 陽菜はホルスターにハンドガンを仕舞いながら僕に駆け寄って来た。


「そのセリフはまだ早いよ。逃げるぞ」


 予感やら直感やらを頼りに、僕らはまた走り出した。また銃声が聞こえた。飛行機のエンジン音も聞こえた。




 大学生活が始まって二か月が経った。

 陽菜は僕と全く同じ講義を取っているため、休みは重なる。高校時代よりスローでゆるくなった生活だ。家事担当は、メイドを辞めたけど、陽菜が以前にもまして支配圏拡大している。


「料理以外、することを失いました」


 ハイライトを失った目でそう呟いていた。乃安は卒業だけすれば良いと、勉強はあまりしていない。台所に籠る時間が少し増えていた。

 京介は地元に帰り、夏樹と入鹿さんは東京に出て、僕の周りはとても静かになった。

 春休み中に免許を取ったら、入学式に合わせて帰って来た父さんが次の日車を買って来た。土日は陽菜と交代で運転してそこそこ遠出している。

 もうすぐ、初めての夏休みだ。

 何て言いたいところだけど、それはまだ二週間先の話。今日は陽菜の運転で大学に向かう。午後からの講義だったから、昼までゆっくり過ごした。


「おーすっお二人さん」

「どうも」


 講義がよく被るから、挨拶をする程度の人はいるけど、個人的にそこまで仲良くしている人はいない。飲み会に行った事はあるが、陽菜が無茶苦茶酒に弱い事がわかったので行かなくなった。

 いや、陽菜の酔い方は凄い。

 飲み会が終わり、飲まなかった僕の運転で帰ったのだが。家に着いた途端、くっついて離れなくなった。そんなに、精々グラス一杯分なのに。


「あっ、私今日は帰ります~」


 その一言で陽菜を見た乃安は逃走した。

 それから酔いが冷めるまで僕にくっついて離れることは無かった。酒は恐ろしい。

 というか、僕も一口だけもらったけど、あんなの苦くて飲めたものじゃないと思うのだが。陽菜が言うに。


「いえ、もっと苦いものを知ってますけど」


 そう言ってじーっと僕を見つめてきた。

 さて、授業。

 政治思想について今は勉強している。

 権力者をむやみやたらに変える事は正しくはない。為政者には為政者の考えがある。それを見極めろ。むしろトップがちょくちょく変わるのは国の混乱を招く。それはわかる。

 先生がとうとうと難しい言葉を並べて語る。

 この人たちは、よく人間をひとくくりの枠で語れるなとも思うが、案外その通りでもある。確かに、人間は自身の権益拡大のために動くだろう。でもなぁ。

 いや、違う。これは上から見た光景なんだ。支配する側の光景なんだ。

 それは、知っておくべきじゃないだろうか?

 そうだ。

 違うと受け入れなかったら、そこで終わりだ。

 僕は再びペンを構えた。

 他の人との考えの違いを受け入れられなかったら、それは、平和とかそう言うのに、繋がらないから。




 「くそっ、あの日本人、死にたいのか! ちっ、待ちやがれ!」


 そんな怒鳴り声を背に僕は走り出した。

 駄目だ、放っておけるわけがない。


「くそっ」


 右も左もわからない僕たちをここまで連れて来てくれた、あのおじさんを。


「あっ」


 いた。瓦礫の下に人がいるのか、おっさんは瓦礫をどかそうと必死だった。


「あっ、えっ……」


 爆音、爆炎。爆風。背中を固いものにぶつけた。肺の中の空気が全部吐き出された。視界がクリアになった時、目の前の光景は様変わりしていた。


「おっさん!」

「おぉ、生きていたか」


 まだ、意識はあった。


「待ってろ。今、テントまで連れて行ってやる。陽菜が車持ってくるから」

「無理だ。辞めておけ。そいつはもう助からねぇ」


 僕の横で、かちりと音がした。


「やめろ!」

「馬鹿言うな。これ以上苦しませる気か、てめぇ」

「でも!」

「これもまた、救うって事なんだよ」


 おっさんを見た。黙ってうなずいて、自分に向けられた拳銃を見据えた。


「元気でな」


 その一言共に、引き金が引かれた。

 



 家に帰って、陽菜とお互いのノートを見比べた。


「何というか、やっぱり陽菜は凄いね」

「そうでしょうか? 相馬君も基本を押さえればこれくらいは」

「その基本って?」


 陽菜は家でももうメイド服は着ない。たまに僕がお願いすると着てくれるけど、僕もあまり頼まない。

 そうだな、我が家ではもはや、母親代わりの長女とか、そんな感じだ。


「まず、黒板じゃなくて教授の話に集中すること。ですかね。というかほぼそれが全てです。極論、教授の話を全てまとめてしまうだけでも良いのではないでしょうか?」


 そう言って陽菜はもう一冊ノートを取り出した。


「これが私の授業ノートです。相馬君に今見せているのは、私がこの授業ノートを要約して再編したものになります」

「へ、へぇ」


 なるほど、段階を踏んでいたのか。


「さて、レポート課題ですが、とりあえず教授の話を中心にまとめて行きましょう」

「はいよ」

「なかなか気難しい方みたいなので、反論したり真逆の考えを提示するのは得策とは言えません。気をつけましょう」

「了解」


 陽菜の存在は本当にありがたい。陽菜がいなければ、多分今頃躓いていたと思う。はぁ。本当、一人では何もできない人間なんだな、僕は。

 いやいや、ここで弱気になるな。頑張れ、僕。


「そろそろ陽菜、髪切らなきゃね」

「? 伸びてきましたか?」

「うん」

「相馬君はロングヘアはあまりお好きではありませんか?」

「いや。好きだけど」

「なら、このまま伸ばしていくのもありですね」


 耳元の髪を、見せつけるようにかき上げて、微笑む。さらさらと後ろに流れる髪に、目が引かれた。

 ぶんぶんと首を横に振る。落ち着け。


「どうかしましたか? 相馬君、最近我慢が利かない様子ですが、今日は粘りますね。それとも飽きてしまわれたのでしょうか?」


 いつの間にか後ろに回っていた陽菜が、耳元でそう囁く。


「今は、課題があるだろ」

「最悪私が二種類用意してしまいますよ」

「それじゃあ、意味がないだろ」


 陽菜の頭を掴んで座らせて、僕はノートパソコンと向き合った。


「ふふっ」


 そんな小さな笑い声が聞こえた。


「相馬君はボランティアがしたいのですか?」

「いや、前も言ったと思うけど、旅がしたい」

「旅のついでに人助けがしたいと」

「そんな感じ。僕はまず世界を知りたい。世界を知れば、どう変えれば良いか見えてくるから」


 だから、そのために。


「それじゃあ、バイト行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ」


 僕は鞄を担いで家を出た。陽菜がよく利用しているスーパーで主に品出しなどの力仕事をやっている。

 エプロンを付けて売り場で商品を整理したり補充したり。夕方の一番込み合う時間帯はレジの助っ人に入ったり。そこそこ忙しい。


「あっ、先輩。お疲れ様です」


 学校帰りで買い物中の乃安とも遭遇した。

 そして、閉店作業を終えて家に帰れば陽菜が迎えてくれる。


「お帰りなさいませ」

 

 流石に夜中にガッツリ食べるわけにもいかない。だから陽菜が軽い夜食を、僕がお風呂に入っている間に作ってくれる。僕が帰ってくるまでいつも起きていてくれる。

 そして、一日の終わり。陽菜の隣で眠る。

 今の僕はただ幸せを満喫していた。


「いいえ、あなたはちゃんと、未来に向かっています。足取りは強く、確かです」

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