第一話 メイドが少女になった日。
大学の進学が決まった。どうにか、前期受験で決めたのだ。
進路が決まらないと震えながら、いや、怖がることなんて、進路が決まらないなら決まらないでというか、やりたいことが決まっているから、進路が決まらないという現象は僕にはありえないわけで。
今こうして、学年代表にして、我らが委員長布良夏樹が、卒業証書を受け取り、元生徒会長として黒井元会長が答辞を在校生に送っている姿を眺めている。
周りのクラスメイトはそれどころじゃないと戦々恐々しているか、泣いているか。または僕のように、どちらにも属さないか。
京介とかボロ泣きすると思っていたけど、むしろ逆に堂々と座っている。野球の推薦は蹴ったと聞いた。もうやるつもりは無いと。科学をみんなのものにする。彼はそう語った。使う人が使えば悪魔になる。魔法と近しい存在になりつつある科学を、それ故に、何かが起きれば変な誤解を生む。そんな事を悲しく思ったと。ちゃんと勉強すれば怖さの認識が変わると彼は言った。間違いが広がるのは知恵と教養が無いから。
「んなもん、科学に限った話じゃねぇだろ」
「だけどよ、俺ができるのはこれくらいだからよ。わすれちゃならねぇのは、一人の人間にできる事なんて、たかが知れている事。それくらいだな」
外は、晴れていた。卒業式、拍子抜けするくらい、あっさり終わったな。
「もっと、感動すると思った」
「そこら辺の感慨が薄いのは父親似か」
「なんでいるんですか?」
「母親であり上司である。部下であり娘である陽菜の晴れの舞台に出で来ないわけがないだろう。この日は一切の予定は入れていない。しかし、陽菜の成績を超えるとはな、あの布良夏樹とかいう女。興味深い……。それは良いか。これから、食事はどうだ?」
「陽菜は誘ったのですか?」
「いいや。お前を落とせば自動でついてくるからな」
「行きますよ。お世話になったのは僕もですから」
僕はそう答えた。
「良かったのか? お前の友達とは」
「これから生きるか死ぬかの世界に行くんです。関係は、薄めて行きます」
矛盾してるな、とは感じている。僕は人との関係の大切さを学んだ。でもそれは同時に、深めすぎるとどうなるか、いかに脆いものか、そんな、裏返しも学んだんだ。
「そうか。そうかそうか。おい恭一、お前の息子がお前と同じことやらかそうとしているぞ。どうだ? ふははははは、今日のディナーはお前の奢りだ。相変わらず、この手の読み合いの賭けには弱いなぁ」
「ははは、流石は先輩です」
「この十年でお前が私にようやく勝てるようになったのは格闘技だけか。全く、もう少し成長してもらわなくては。自分の息子の事すらわからんとは」
やれやれと手をあげる。
「おい、やめだやめ。祝いの食事は明日だ。今日はカラオケでもボーリングでもなんでも行ってこい。陽菜も連れて行け。ほれ小遣いだ。これだけあればそこそこ遊べるだろ。それではな」
行ってしまった……。
つーか、ポンと十万渡されてもなぁ……。明日返そう。なんだかなぁ……。
どうしようか。
「陽菜、今からボーリング行かない? 京介とか、夏樹とか誘って。乃安も電話すれば来るかな」
「乃安さんに関しては、拒否権を用意されていないので」
「メイドって割とブラックだよな」
「私と乃安さんに関しては好きでやっているので」
陽菜は、今日でもってメイドではなくなる。それを、僕は思い出した。
「陽菜、行きたくないなら……」
「行きますよ。もう、私はメイドではありませんが……でも、私は、いつまでもついて行きますから」
陽菜は、笑った。
僕は目を閉じて、視界を暗闇で満たしてから、また開けた。みんな集まっていた。
「は、はは。よし。今日は奢りだ! 行こうぜ」
嬉しくてしょうがなかった。こんな風に集まれる人がいることが。やっぱり貰った十万、使っちまおう。
「意外だな、陽菜」
「何も言わないでください」
「とりあえず力抜いて投げろよ」
「そ、そうしたらストライクが……」
「いや、朝野さん。力抜けば少なくともガーターにはならないぞ」
ボーリングは京介と夏樹の一騎打ち状態だ。
夏樹は重めのボールを丁寧に。京介は回転をかけて確実に。
二人がポンポンストライク取るものだから自分の手番が回ってくるのが早い。そんな二人に触発されて陽菜も力強くストライクを狙うが、その余計な力がボールをガーターに導いて行く。
僕はまぁ、平凡に、たまにスペアを取ったりストライクを取ったり。
ちなみに乃安は陽菜の顔を立てているのか、まぁ、酷いスコアだ。莉々は……。
「何見ているのよ? 莉々は初心者よ。ボーリングとか、初めてなんだから」
ボーリング場に置いてあるあの、ボールを転がすための滑り台とか、用意してあげたい。
「ぐぬぬ」
「陽菜。落ち着け。やけくそになるな」
唐突に重いボールを持ってきて、投げる。
そのボールは先程までとは違い、吸い込まれるように、理想の軌道を行き、そして、その重さでもってピンを全てなぎ倒した。
「どうですか?」
今までに見た事が無い、陽菜のニヒルな笑みのどや顔。
「うん。手首壊さないようにね」
「お任せを!」
けどまぁ、これ、もう逆転は無理だけどさ。京介は予想ついていたけど、夏樹、なぜ君は変な所で器用なんだ。
「ほら、これ、ボール転がすだけじゃん。簡単簡単。わざわざ目印まで付けてくれているんだし」
夏樹はそう言うけど、目の前に手こずっている子がいるんだよなぁ。
結果としては夏樹が最後ポカやらかした。最後まで夏樹らしい。けれど、京介はちょくちょくミスっていたためにスコアは負けていた。
陽菜はと言えば、コツを掴めばやっぱり強い。
奉行陽菜再来。
その知らせは、僕らの座るテーブルを震撼させた。
何かやたら高そうな肉を真剣な目で焼くその姿。乃安は呆れたように笑いながらもう一つの網でほいほい焼いていた。
「相変わらずですねぇ、先輩。あっ、はいどうぞ。美味しいですよ。とても良いお肉です。味付けも私が特に手を加える必要もありませんね」
「どれ……おぉ良いなこれ。……しかし、部活やめてから量より質になっちまったなぁ」
「確かに桐野先輩の弁当の量は明らかに減りましたからねぇ」
「コーチが食えって言うんだよ。筋肉付かねぇぞって。俺別にそこまで食べるのが好きってわけじゃあなかったんだぜ」
「ふぅん。運動部って大変ね。食事にまで口を出されるなんて」
「莉々はもっと食べなきゃ駄目です」
この関係の中心は、誰なんだろう。
僕がこうして、こんな会話を眺めていられるのは、陽菜が僕と出会ってくれたから。
「夏樹、白飯好きなんだ」
「違うよ。白飯頼んで焼肉丼を作る事だよ。一杯どう?」
「いただくよ」
陽菜は、僕に色んなものを貰ったというけど、でも、それよりも僕は貰っている。思わず、笑ってしまう。
「どうしたのですか? 相馬君」
「いや、本当、ありがとうしか出てこない僕の語彙力に呆れちゃってさ」
「良いじゃないですか、いくら言っても罰は当たりませんよ」
「だね」
しんみりとばっかしてるな、最近。
でもさ、でも。
「三年間、ありがとうございましt……」
「過去形にすんな。また会うんだから」
莉々に肉を口に突っ込まれ、京介の目がギラリと光った。
「それじゃあ、私たちのこれからに、乾杯!」
そして、夏樹が乾杯の音頭を上げた。
どうやら、僕はまた一つ学んだらしい。
人は出会った瞬間から、良くも悪くも本当に一人にはなれない。記憶が消えても、心にいる。そして、僕も誰かの中にいる。
「相馬君。スーツ、似合いませんね、やはり」
「陽菜先輩が一時間頑張ってもこの出来とは……細身の人は似合うという概念は捨てますね」
何でかなぁ。何でだろ。
「まぁ、似合わないなら似合わないで良いよ」
別に、良い。大人になりきれない、そういう事なんだろう、僕は。なら、上等だ。
部屋に戻ってとりあえず必要な物をポケットに突っ込んだ。
ちらりと壁を見上げる。陽菜のメイド服、捨てるとか言うから引き取った。着れないし着るつもりは無いけど、でも、三年間、僕を助けてくれた子のかつての正装だ。ならそれは、日暮家の家宝にするべし。
なんて、さてさて、時間が無い事だし。とりあえず踏み出しましょうか。




