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Dear my world.  作者: 神無桂花
世界に柱を据える話。
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第一話 広がる世界。

 何も無かった。荒野だった。

 荒れた世界を……いや、荒れてすらいない。つまり、荒野では無い。じゃあ、なんだろう。これは。

 僕が見ている。この、白い世界は、なんだろう。雪、ではない。むかし、何かの写真で見た、塩湖の方が、いや、それとも違う。

 わからない。僕は、この光景を表現する言葉を持ち合わせていなかった。

 漂白されたような、そんな世界だった。


「これが、僕の望んだ世界」


 傷つくことも、傷つけることも無い世界。白く、清められた世界。

 そうだ、漂白だ。漂白された世界。この世界を表現するのに、ぴったりな言葉だった。

 漂白されて、すべてを忘れたような世界は、確かに、居心地が良かった。もう、何も怖がらなくて良いから。傷つくことも、悩むことも。何もしなくて良い。

 じゃあ、僕はこの世界に残る最後の染みというわけだ。笑えて来る。

 僕を漂白し損ねるなんてな。なぁ。 

 綺麗になった世界に、僕の笑い声が少しだけ響いた。どこまでも広がる白は、あまりにも広くて、でも、何も無くて、一瞬、どこまでも聞こえるのでは、そんな想像をした。

 あの。

 何だ?


「物足りなくないですか?」


 一瞬、そんな声が聞こえた。

 いや、ありえない。だって、この世界に……いや、誰が、この世界は僕が一人だと決めた?

 僕みたいな、落とし損ねた染みが、他にいても良いのではないか?

 辺りを見回す。相変わらずの、でこぼこも無い、白だ。寝転がれば、記憶通りの空が広がっている。争いも、憎しみも、根こそぎ洗い流された、少々オーバーキル気味だけど、でも、どこか清々しい気持ちにもなる。


「寂しくは、無いですか?」


 また、声が聞こえた。

 僕が何を寂しがるというのだろう。


「いや、お前は馬鹿か」


 別の声が聞こえた。


「わかっているだろ。お前は。成長したんだろ」

 誰だよ。


「僕だよ」

「私です」


 うるさい。

 世界なんて、大嫌いだ。 

 人間なんて、大嫌いだ。

 今更、優しい声をかけるな。

 僕は、僕に優しい世界だけが、欲しいんだ。


「だから、あなたは、世界を変えたいと、願ったのですよね?」


 そして、包み込まれた。温かい、細い腕に。体に。


「私は、あなたを愛しています」


 ふっと、意識が昇ってくのを感じた。





 目を開けて、僕は、いつもの自分の部屋である事を確認した。



「また、あの夢か」


 最近、一週間に一回くらい見る夢を、頭の中で思い出していた。何も無い。白い世界を。


「相馬君。起きたなら、着替えましょう」


 ベッドのわきにちょこんと座る人影に目を向ける。安心させる無表情がこちらを見ていたから。立場を表明させるためのメイド服は、今日も良く似合っている。

 夏の終わりの九月前半。まだ暑さが残っている。


「おはよう」

「おはようございます」


 体を起こして、そう告げると、陽菜も立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。

 あんな夢を見た後だと、安心してしまう光景だった。


「陽菜、ちょっとこっちに寄ってきて」

「はい」


 そうして、陽菜が不用心に近づいてきた所を、がばっと抱き着いた。そしてそのままベッドに再び横になった。

 サラサラの髪に顔を埋め、細くても柔らかさのある感触を、温度を、芳香な、甘酸っぱい、最近知った。金木犀の匂いだと。それを堪能する。うん。僕は陽菜が好きだ。朝のこの、たまに行われる意味のよくわからない行為の度に確認する。ただ抱きしめるだけ。それだけ。

 そしてそのまま唇もいただいて、堪能する。陽菜は抵抗はしない。僕のやることを全て受け入れる。それをわかっているから、なおタチが悪い。

 そしてしばらく、ようやく陽菜を解放する。


「終わりですか?」

「残念そうだね」

「はい。結構、好きな時間ですから」

「そう」


 陽菜は、もみくちゃにされるのがお好きのようだ。


「流石に、朝からその……エッチなことは少しあれですが、これくらいなら、遅刻しない時間。電車に間に合うくらいの時間まででしたら、全然。私は嬉しいですよ」


 可愛らしく微笑んで、陽菜は乱れたメイド服や髪形を直しながら、ベッドを降りる。


「これからも、こういうことしたくなったら呼んでください」

「……ありがとう」


 陽菜はわかっている。僕がこういう事を強要する時は、いつでも、気持ちが不安になる時だと。不安に支配される時だと。





 「相馬くん、陽菜ちゃんのにおいするね」 


 夏樹は唐突に、そう呟いた。


「わかる?」

「うん」


 誤魔化しても意味は無いから、僕はそう言うと、夏樹はやっぱりと言った顔で頷いた。


「あんまり陽菜ちゃんを困らせちゃ駄目だよ」

「大丈夫です。夏樹さん。私は好きですよ、もみくちゃにされるの」

「……えっ? ……」

「? 夏樹さん。どうしたのですか? どうして二歩も距離を空けるのですか?」

「んー。私、お邪魔かなーって」


 夏樹は苦笑いしながら、そう言って。そのまま駆けだした、ところで陽菜に取り押さえられた。


「乃安さんも莉々さんもいます。逃げないでください」

「うぅ……はーい」


 夏樹は大人しく陽菜の隣に戻る。

 ふと、空を眺めた。

 こんな日々は、いつか終わる。陽菜と、未来を確かめ合ったのは、まだ昨日の事のように思い出せる。そして、僕が旅立つ日がもうすぐだというのも、ひしひしと実感している。その中で、僕は、どこか恐れている。僕の力が及ぶのか。その事を。

 隣を歩く女の子を抱きしめたい衝動に駆られる。  

 陽菜は、僕の不安も受け止めてくれた。まだ弱い。強くなりきれない僕の隣にいてくれる。その優しさに甘えている。


「甘えるのは、良い事です。頼れる人がいるという事ですから。私がそんな存在でいられる。とても光栄なことです。ありがとうございます。相馬君」


 陽菜は、とても嬉しそうにそう言ってくれる。

 学校に着く。今日も、一日が始まる。




 ニュースを見るようになった。父さんからのアドバイスだ。そして、世の中が嫌いになって行く自分がいた。こんな、胸糞悪い事ばかりが、世界では起きているのかと。

 僕は、こんな世界を変えようとしているのか。自分のやろうとしていることの難しさに、吐き気を覚えた。

 ちらりと見上げたその視線の先にいたのは乃安だった。


「どうかされましたか? 先輩」

「いや」

「陽菜先輩の代わりに私をもみくちゃにします?」

「見境なさすぎる。それは。僕は君の中でどんなイメージなんだ?」

「さぁ?」


 クスクスと笑って。シュークリームとコーヒーを出してくれる。


「先輩、あまり根を詰め過ぎないでください。世の中は、決して酷い事ばかりでは無いです」


 乃安は、慰めるようにではなく、淡々と事実を述べるようにそう言った。


「わからないなんて、顔をしないでください。現実と戦ったあなたが。戦い続けた。挑み続けたあなたが」

「それでも、僕は弱いよ」

「はい、知っています。それでも、挑んでいく先輩に、みんな惹かれたのだと思います」

「そうだね。うん。今なら、そう思える」


 弱くても、分不相応でも、僕は戦う。馬鹿だ。馬鹿だな。

 馬鹿だけど……。でも、好きになってくれる人がいた。




 世界が、広い。

 白い世界を、僕は歩いていた。あの声の主を探すために。

 どこに、いるのだろう。抱きしめられた瞬間に、目を覚ましてしまったから、わからなかった。こんな世界に僕みたいな染みがまだいるのだというなら、会いたかった。

 なぁ、どこにいるんだよ。教えてくれ。いや、何で寂しがってるんだ? 僕は、一人であることを喜んでいたはずなんだ。

 なぁ、糞みたいな世界を、白く染められて、よかっただろう? なのに、なんで満足せずに、渇望しながら歩いているんだ?

 今更、何を求めているんだよ。

 空腹も、眠気も無く、僕は、世界を歩き続けている。




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