blessed
ものすごくおそくなりました。
祝福。
それは、はじまりにあった。
生を受けた子のすべてが、告命天使によって、名と、祝福を受け取る。
名を持つ子等は、すべからく祝福されて、生まれる。
けれど。
生まれる前に母は死に、その死体の内より生れ出た。燃え盛る教会から、身重の母親は逃げ遅れ、助け出された時にはもう息がなかった。その、胎の内より生れた子供。
煤と、灰と、血と、雨と。
焼け跡の、死体の母の血の海で、産声を上げた子供には、名も、祝福もなかった。
これが、その子供の話であり、これから話すのも、この子供のことである。
教会で死んだ女には身寄りがなく……つまり、その子供には、養い手がいなかった。結局、その子供は、近くの村の教会に引き取られた。教会が燃え落ちるのに居合わせたエクソシストが、エクソシストの本部、グレゴリへ連絡し、そう取り計らったという。子供の名前も、その折にグレゴリから伝えられたらしい。子供が預けられた教会は小さな村にあったから、祝福なき子供のことなどすぐに知れ渡った。
そうして、子供は少年へと成長した。
小さな村の畏怖と忌避をその身にいっぱいに受けて。
村の人々は善良であった。神を賛美し、隣人を愛するような。ただ、日々を安寧に過ごすことが幸せな。
だから――彼は。
呪われた子供、と呼ばれた。
最初はひそやかに。やがて、彼の呼称になった。
けれど、村の人々が彼を害するようなことは決してなかった。
けれど、教会のこと以外で村の人々が彼に関わることは、ほとんどなかった。
教会の気弱な、心優しい神父は村人から慕われていた。閉鎖的な、安穏とした村にはふさわしい善き人だった。彼を引き取った後も、それは変わらなかった。
彼を放り出せない程度には心優しくて、彼と村人の間に立てない程度には気弱であった。
ただ、その神父だけは彼のことを名で、エノク、と呼んだ。
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教会の屋根は焼け落ちた。異端者共の復讐か、あるいは天災か。あるいはそれのどれとも……違うのかもしれないが。
ぽっかりと空いた天井からは異様なほど大きな月が冷たい光を落としながら彼らのことを眺めていた。燻る煙の臭いは、朽ちた参列席に横たわる人間に染みついたもので、かつての残り香ではないだろう。半ば崩れかけた教壇には神父が説教する台がまだ残っている。無論、朽ちてはいるが。
その崩れそうな教壇に腰を掛けて退屈そうな月を見上げている者がいた。
屋根の焼け落ちた教会の、骨組みとステンドグラスは残っていて、いびつな影と倒錯的な色の光を床に落としている。
ステンドグラスの列聖は壊れかけた参列席の人間を見るでもなく、ただただその熱で歪んだ顔と濁った瞳で教壇の上を眺めていた。月の光を透過して、濁った光の瞳で眺めていた。
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