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Mement mori  作者: 玖波 悠里
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プロローグ

2作目の連載小説です。まだまだ拙いところも多いですが、読んでいただければ幸いです。


「やぁ?こんばんは。仕事に精が出るねぇ?」


くすくすと嘲笑する声。


月の明るい、夜。その夜陰を白い煙がゆらゆらと月に向かって伸びていた。

かすかに生き物の焼ける臭いがする。それも、毛皮や、骨の焼ける…胸の悪くなるような。地面に転がって燻るそれから立ち上る煙の線を追うように、彼は声のするほうへ顔を上げた。


巨大な月が掛かっている。

焼け落ちて廃墟となった教会は、半ば崩れかかって危なっかし気に屋根が壁の上に載っている。そしてその…さらに上。満天の星をかすませる真っ白な月を後ろに従えて、歪な十字架が彼を見下ろした。

否―― 十字架ではない。その者が、十字架と共にあるだけですでに冒涜だ。

月の光を背後に受けて、真っ黒な影は十字架の横木に足を組んで居丈高に笑っていた。

にぃ、と開いた三日月の様な唇の内だけが煉獄の炎のように赤い。

真っ白な犬歯が赤い口腔からこぼれ出て、ケラケラと笑っていた。


ふうぅ、と息を吐いて僅かに火薬のにおいの残る銃身を握りなおす。吐息が真っ白に染まるにはまだ早く、銃口からこぼれる硝煙だけが白かった。


「……今日は、ついてるな。 しかも2匹目は人の形…と。」


頬を流れた冷たい汗を気づかないふりでごまかして、彼は銀の弾丸を込めた銃口を、屋根の上の十字架上へ向けた。


十字架の上の影は大仰に首を振る。長い髪の影がそれに合わせて優雅に揺れた。


「会話位してくれたっていいじゃあ、ないか。全く、寂しいよ。」


あいも変わらず、十字架に腰かけたままでいかにも芝居がかった仕草で月を仰ぐ。


「まぁ、仕方のないことだ。エクソシスト共とはまったく、我らの話を聞かない事だけが矜持と見えた。」


短く息を吸い込む。燻る先の獲物を大股でまたぐと、その十字架の上の冒涜者の額のほうへ、銃口を合わせた。

ギチ…

僅かに引き金に力を込める。


不意に、十字架上の影が仰向いた。月の光を浴びて、影に沈んだ首筋が、白く輝いた。


「――さて……。」


炯々と闇夜に熾る瞳を閉じて、仰向いた頭上に月の光輪を抱いたそれは、ひどく天使じみていた。翼がないのだけが、僅かな差異とでもいうように。

真黒な髪は影から抜け出た後も相変わらず闇色をしていたが、月の光を浴びてそれすらも銀色に輝いた。


「名は、エノク……年は今年、17。」


燃える吐息をこぼす唇が、悪趣味な笑みの形を消した。赤い色をなくしたその影は、道化じみた虚飾をすっかり忘れて、銀色の髪を揺らした。


きらめく銀色に、彼はふと引き金を引くのをためらった。


まるで、それを見越したように。


「あっているかな?」


薄く開いた瞳は赤、嘲笑するような唇からこぼれるのはやはり煉獄の焔に相違なかった。


「それが……」


あざ笑うように見下す影に、一時でも引き金を引くのをためらったことを後悔する。

ぎりりと奥歯を噛みしめて、その額に照準を合わせて、一気に引き金を引く。


「どうしたっ…!」


轟音。

破裂音が静かな闇夜に響く。

彼の放った弾丸は一直線に十字架に向かって闇を切り裂く。


十字架上の影は、驚いたように、赤く輝く瞳を見開いた。

何か叫ぼうとしたのか、唇をわずかに開いて炎を吐いた。


次弾を装填するより、もう一方の銃を腰から引き抜くほうが速い。

初弾はたぶん当たらない。これほど真っ向から馬鹿正直に撃ち込んだのでは。

視界の端で銀色が弾けるのを見た。


「悪魔を殺すのが……」


銀の軌道はわずかにずれて、優雅に揺れた黒い髪を吹き飛ばしただけだった。

硝煙を垂れ流す銃を投げ捨てて、引き抜いた銃口を月へとむける。

いびつな十字架はそこにはなく、正しく十字架が、月の光を浴びていた。ざわりと風が吹き、一瞬だけ、燻る臭いを消し去った。

とっさに後ろに跳ね退くと、飛び越した彼の獲物が燃え上がった。


たった今まで彼のいた場所に、黒い影が炎を滴らせながら着地する。

重さを全く感じさせない、動きだった。

赤く輝く瞳の残滓が、闇夜に軌跡を描く。彼に、迫りくるように。


闇に溶ける影は、赤い輝き以外をもって判別できない。だが、真っ赤な瞳は今やすでに眼前にあった。

体を後ろに投げ出しながら、銃口だけは目の前に向かって突き出す。


「エクソシストだ……っ」


一気に引き金に力を込め、発砲した。

銀の弾丸は、大きく軌道をそらし、月に向かって吸い込まれていく。


「ならば、」


眼前に不規則な長さになってしまった黒髪が広がる。

赤い輝きが、視界を占領する。

間近に見たその顔は……


美しい少女の唇は、炎とともに呟いた。


「そうではないのだろう。」


世界は、暗転する。



読んでいただきありがとうございます。

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