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Borderland - Part 3

 雲にしては、あまりに速い移動速度だ。そして、影の過ぎ去った後には、巨大質量の移動に引きずれて生じた烈風がビュウビュウと吹きすさぶ。

 (…何…?)

 ノーラが疑問符を浮かべながら視線を上げた頃、迫り来ていた癌様獣(キャンサー)どもも赤眼でギョロリと見上げて、突如戦場に介入してきた影の正体を見極めようとする。

 しかし、癌様獣(キャンサー)たちはおそらく、影の正体を正確に把握できはしなかっただろう。

 何故ならば――。影が過ぎりがてらに置いていった、巨大にして明星のごとき目映(まばゆ)さを持つ純術式製の弾丸に激突。真球形に広がる魔術励起光の爆発と共に、重金属製の身体を泡立て過ぎた石鹸のようにブクブクと膨張させると…風船のようにパァンとはじけて、真紅の血液と肉塊の花火となったからだ。さすがにここまで破壊されると、癌様獣(キャンサー)も再生は出来ずに、命の灯火が消えるのである。

 窮地を救ってくれた"影"を、そのまま視線で追い続ける、ノーラ。その視界の中で"影"は放物線を描きながら黒煙、そして土煙の中へと降り立つと。着地の衝撃で烈風が巻き起こり、積乱雲が足早に消え去るように地表がスッキリと晴れ渡る。

 ここに来て、ようやく"影"の鮮明な正体を目にすることができたノーラは、その姿を視認すると同時に、不意にこんな言葉を口にした。

 「機械の…巨人…?」

 そう、彼女が言うとおり――十数メートル先に着地した"影"の正体は、全高が5メートルほどもある人型の機動兵器だ。もっとくだけた表現で言えば、"巨大ロボット"である。

 角張った金属の鎧を全身にまとったような外観をした、シンプルにして機動性を重視したデザイン。その右肩部には巨大な砲身が設置されており、その開口部からは硝煙のように薄い魔力励起光が立ち上っている。先に癌様獣(キャンサー)を撃破した一連の魔術砲撃は、この武装から連射されたものらしい。頭部はヘルメットのようになっており、目にあたるゴーグルのような部位は認められるものの、花や口にあたる部分は見受けられない。背中には天に鋭角を向けた細長い二等辺三角形状の装備が設置されている。その底面には複数の円形の噴出口が覗いていることから、飛行用の推進機関であることが想像される。

 少々くすんだ白一色で染まったこの機体においてひどく目立つのが、左胸装甲部にデカデカと張り付いているマークだ。蛍光色に近い黄色を呈した稲妻を握り込む拳の図柄をしたそれは、果たしてこの機体の個性なのか、それとも所属組織のトレードマークなのか。

 マークの真相はともかく、ロボットはチラリとノーラにゴーグルの視線を投げかけると。即座に転身し、姿が露わになったもう1つの存在――土煙の中に隠れていた、巨大癌様獣(キャンサー)に向き直る。

 

 ノーラもロボットに倣い、露わになった癌様獣(キャンサー)へと視線を向けると…思わず、ひっ、と悲鳴のような声と共に息を飲む。

 大地震の跡のように路面に一直線に走る、巨大な亀裂。その中から山のように姿を浮き上がらせている"そいつ"は、おおよそ胎児へならんとする胚の姿に似る。しかし、その体積があまりに巨大過ぎて、胚というよりは長大な尾を持つ恐竜のようにも見える。それに、胚が絶対に持たぬ強靱な手足があるのも、恐竜のような印象を与える大きな要因だ。しかし口吻部は恐竜と呼ぶにはあまりに小さく、噛みつきなどの攻撃には全く向いていない。

 この巨大癌様獣(キャンサー)は、充血した目に更に血液を集め、燃え盛るような赤を作り出してロボットを()めつける。その色に裏打ちする憤怒を、ロボットの装甲に叩きつけんとするかのように。

 

 2体の巨大存在が対峙している、その最中。

 「っとぉっ、どこの誰だか知らねーけど、助かったぜっ!」

 ノーラのやや左後方から軽い声と共に、羽ばたきの音がする。振り返ってみれば、蒼治を引っ張り上げながら飛んでいたロイが、ゆっくりと着地するところであった。

 「ロイ君…! 蒼治先輩…! 無事だったんですね!」

 ノーラが歓声を上げた、その直後。頭上から推進器のゴオォッという音が近寄ってくる。

 「ちょっと待った、私も無事だよ」

 「相川さんも…!」

 魔装(イクウィップメント)の背部のバーニア推進器を巧く調整しながら、紫がふんわりと着地する。

 合流した3人は、制服や装甲はボロボロ、頭髪の一部もチリチリと焦げているものの、大事に至るような損害を被ってはいないようだ。流石は『天使』や『士師』と渡り合う星撒部の部員たち、窮地をそれぞれの実力で切り抜けていたようだ。

 ノーラは全員の無事を純粋に喜んでパァッと輝かしい笑顔を満面に浮かべたが。安堵と祝いに彩られた言葉がその唇から滑り出すよりも早く、危機感を全く失っていない紫が眉をグッとつり上げながらロボットにジロリと視線を走らせる。

 「確かに助かったけどさ。あいつ、一体何者なワケ?

 地球圏治安監視集団(エグリゴリ)って感じじゃないわよね。第一、トレードマークが見あたらないし」

 「うーむ…」

 蒼治が腕を組んで首を傾げて、曇りの目立つ眼鏡のレンズ越しにロボットを注視しながら唸る。

 「あの胸のマーク…何処かで見た覚えがあるんだけど…。思い出せないな…」

 「あいつがどこの誰だって、関係ねーだろ!」

 ロイが背中の竜翼を体内に仕舞い込みながら、牙だらけの口から盛大に唾を飛ばしながら叫ぶ。

 「あの暴れムシども、オレ達よりあいつの方を気にしてるみたいだぜ!

 それなら、さっさとここから離れようぜ! 分が悪すぎだってんだ!」

 言うが早いか、ロイは即座に足踏みを始める。その様子を見て、即座に首を縦に振ったのは蒼治だ。

 「そうだね、離れた方が良さそうだ。お礼を言うなら、別の機会があるはずさ」

 「そうと決まれば、さっさとトンズラしちゃおうか!

 ホラ、ノーラちゃんも! ぼーっとしてない!」

 紫も同意すると、ロボットや巨大癌様獣(キャンサー)を視界にいれたまま呆然と立ち尽くしているノーラの手をガッシリと掴み、引きずる勢いで走り出す。

 「あ…うん。そうだね…一時撤退しないと、分が悪すぎるよね…」

 初めこそキョトンとしたまま紫に引きずられっぱなしだったノーラだったが、すぐに思考を切り替えて、紫と並ぶ歩幅で走り出す。

 目的地はともかく、道路に沿って撤退を始めた星撒部一同。その背中に突如、地の底から沸き上がるような低い、そしてくぐもった電子音声のような声がかけられる――いや、頭の中に直接響いてくる。

 「絶対に逃がすな」

 いきなりの声にギョッとした一同がチラリと後ろを振り返ると。ロボットの巨体越しにこちらを睨みつけている巨大癌様獣(キャンサー)の姿が見える。発声どころか採餌(さいじ)すら困難そうな小さな円形の口は微動だにしてはいなかったが、一同は声の主がこの巨大癌様獣(キャンサー)であることを確信する。

 そして、それを裏付けるように、ロボットの股をかいくぐって"羽虫"や"長脚"が背後から迫ってくる。これをチラリと見やったロボットであったが、脇見の隙に巨大癌様獣(キャンサー)が一気に肉薄、ロボットに体当たりを喰らわす。倒れまいと踏ん張るロボットは、巨大癌様獣(キャンサー)への対処に追われて星撒部一同の援護には回ってくれることはない。

 「やべぇっ! 追ってきてるぞ! 早く走れっ!」

 ロイの号令を受けて、一同は疾走に全力を集中。もはや後ろを振り向かず、前だけを見て、瓦礫だらけで足場の悪い路上をひたすら走る、走る、走る――だが。

 「げっ…!」

 真っ先に苦言を吐いたのは、紫だ。そして他の3人も胸中では、彼女と全く同じ気持ちに陥ったことだろう。

 何せ、目の前に立ち並ぶ左右合わせて4つの高層建築物が、例によって油粘土のようにドロリと形状を変化。その上半分からは"長脚"の群れ、下半分は背後の巨大癌様獣(キャンサー)ほどではないが、かなりの体積を誇るムカデのような大型癌様獣(キャンサー)が、それぞれ出現したのだ。

 「ちょっと、まさか、この通り全部がヤツらの擬態だったりするワケ!?

 勘弁してよぉっ!」

 涙を噴水のように噴き出して泣き出したくなる衝動に駆られながら、紫は悲鳴とも罵声ともとれる大声を張り上げる。

 「くそっ! 脇の道路に逃げ込むぞっ!」

 蒼治が素早く指示を出しつつ、先頭を切って方向転換。右方向へほぼ直角に曲がると、そのまま比較的背の低いビルの隙間にある幅の狭い道路の方へと向かう。3人の後輩たちも有無を言わず、蒼治に続く。

 脇道の入り口に達するまで、誰も背後を振り向かない。振り返ってもどうせ、気が滅入るような魑魅魍魎の大群が迫り来ているだけだ。そんなものを見物して呼吸や脈拍を乱すよりも、ひたすら走ることに専念したほうが有意義だ。

 無言のまま全力疾走を続け、ついに脇道の入り口へと差し掛かった――その時。

 「ちょっ、もぉ勘弁してよぉっ!」

 悲鳴を上げたのは、またもや紫だ。そして彼女のみならず、4人は動かし続けていた脚に急ブレーキを掛けて、ピタリとその場に止まってしまう。

 何故ならば…脇道を囲む建物の影からヒョコヒョコと、巨大なコオロギにも似た形態の癌様獣(キャンサー)が2匹、現れたからだ。

 前も後ろも、塞がれた。

 「くっ…!

 だが、前は2匹だけだ! これなら、突破できる…はず…」

 先輩として後輩たちを鼓舞しようと声を上げていた蒼治であるが、その勢いが言葉尻に向かうに連れて急激に衰えてゆく。当然のことだ、何故ならば…コオロギ型の足下からはゾロゾロと"凶蟲"どもが背部装甲から機銃を構えて現れたからだ。

 まさに、絶体絶命。

 「もう、やるしかねーだろっ! 覚悟決めンぜっ!」

 「そうだね…! 突破するしか、道はないもんね…!」

 意気消沈して速度の落ちた蒼治と紫を追い越したロイとノーラが、鋼の決意に満ちた表情をつきあわせて頷き合い、脇道の中へと飛び込んでゆく。つい昨日、長丁場の修羅場をくぐり抜けた経験が影響しているのか、この2人は追い込まれても状況の打開を考えることを優先しているようだ。

 ガガガガガッ! 2人の怯まぬ突撃を拒絶するように、"凶蟲"の群が機銃の掃射を放ってくる。ロイは竜鱗が黒々と輝く腕で弾き飛ばし、ノーラは硬度に重点をおいた刀身へと定義変換(コンヴァージョン)した愛剣を振るって、弾丸の豪雨をかいくぐりつつ速度を殺さずに前進。ついに"凶蟲"の群の真っ直中へと到達する。

 ギュイイィィッ! そこら中で沸き上がる、蟲たちの叫び。同士討ちを嫌ったらしく、掃射を停止した"凶蟲"たちは、高周波振動ブレードと化した脚部を操りながら2人を迎撃すべく襲いかかる。

 今の星撒部は、癌様獣(キャンサー)の霊核を解析出来ていないため、彼らを根本的に無力化する手段がない。しかし、ノーラが先刻やってみせたような解析を行うには、敵の密度は多すぎるし状況も煩雑すぎる。そこで2人は、癌様獣(キャンサー)の排除ではなく、行動の阻害に取りかかる。すなわち、前にロイが見せたように、特殊な打撃によって内臓器官に負担を与え、意識を寸断させるのである。

 ノーラは始めての試みになるにも関わらず、チラリ、チラリと数度ロイの行動を観察すると、すぐにその行動のコツをつかむ。幸いなことに、現在の彼女の愛剣は図らずも、この攻撃に向いた構造になっているようだ。銀閃が空を走り、重金属の装甲にガィンッ、と音叉のような響きを奏でて激突すると、"凶蟲"の眼球から充血の色がスゥーッと失せて脚が脱力して倒れる。

 こうして2人は次々と"凶蟲"を打ち倒し、屍ならぬ気絶の道を作り出す。

 この勇壮な光景に勇気づけられた蒼治と紫は、脚にまとわりついていた失意を吹き飛ばすと、素早くロイたちの後に続く。

 そもそも、このまま呆然と立ち尽くしていたところで、背後に迫る癌様獣(キャンサー)の群れに捕まってしまうだけなのだ。もしもロイたち2人の旗色が悪かろうと、どの道前進する以外に有効な選択肢は取れなかったであろう。

 「よっしゃぁっ! そろそろ、突破できる――」

 立ち回りに更に勢いが乗ったロイが、身を震わす興奮のままに声を上げた、その時。打ち倒した"凶蟲"の身体の影からヌッと、コオロギ型癌様獣(キャンサー)の巨大な顔が現れ、ギョッとして言葉を飲み込む。

 ロイもノーラも、勿論蒼治も紫だって、このタイプとの交戦は未経験だ。これまでの攻撃がそのまま通じるのか? 通じなかった時のリスクをどう予測するべきか? 一同の間に逡巡の時が走る。

 それを隙と見たらしい、コオロギ型は腹部を高く持ち上げると、その全体を(まばゆ)いほどの青白い魔術励起光に包む。その輝きが肌に触れると、チリチリと突っ張るような痛痒いような刺激が神経に刺さる。どうやら、相当の威力のある攻撃術式を練り上げているらしい。

 「気をつけてください…! 詳細は分からないですけど…かなり、危ない術式を練ってます…!」

 「そんなン、ブッ放される前に、こっちがブッ倒すしかねーだろっ!」

 逡巡を振り払ったロイが両足、そして強靱な竜尾で大地を打ち、高く飛び上がってコオロギ型の顔面に飛びかかる。

 固めた竜腕の拳を打ち下ろす――その直前。事態は再び、急展開を見せる。

 

 (ゴウ)ッ――それは、鋼の烈風が吹き荒れたかのような轟音。

 そしてその印象は、決して間違ってはいない。

 ロイたちの眼前にいたコオロギ型癌様獣(キャンサー)を横倒しにするかのように、視界の中で霞むほどの高速で、鈍い黄土色の"何か"が過ぎる。"何か"の激突を受けたコオロギ型どもは、餅のようにグンニャリと(たわ)みながら、巨体を宙に浮かせるとクルクルクルと回転しながら吹き飛んでゆく。

 脇道の両側に潜んでいた2体ともを一掃した"何か"が、中空にピタリと停止する。星撒部一同が"何か"に視線を集中し、正体を見極めると――それは、金属製の長い腕である。太さは、先刻現れたロボットよりもずっと細く、まるで鉄骨の建材のように不格好であるが、癌様獣(キャンサー)どもの重金属の装甲を歪曲させてなお無事な様子を見ると、相当の硬度を誇るようだ。

 腕に続いて、ズザァッ、と擦過音を縦ながら本体が脇道の陰から姿を現す。そこに現れたのは、これまた人型の機動兵器だ。腕の印象をそのまま受け継いだような細身のシルエットに、二足歩行の脚には大きなオフロード用の巨大なタイヤがついている。丸、というよりも多角形の形をした顔は、辛うじて人の顔にも見えなくはない1対の眼状のセンサーが見えるが、アリかハチの顔にも見える。胴体の割に長い腕は、ヒトというよりもチンパンジーを思わせる姿だ。

 そして、この機動兵器の胸元にも、稲妻を握り込んだ拳のマーク。

 「おおっ、さっきのロボットの仲間っぽいな! また助けられちまったな!」

 ロイが歓声を上げる中、長腕のロボットは視線を星撒部一同の背後に投じる。それからすぐに、両肩部に負った大口径ガトリングガンをキュインと音を立てながら方向修正し、星撒部一同に迫る癌様獣(キャンサー)の群れへと照準。

 転瞬――ズガガガガガッ! 鼓膜を聾する雷鳴の連続の如き爆音を放ちながら、長腕ロボットは掃射を開始。離れた弾丸は太陽のように激しく(まばゆ)い魔術励起光を放ちながら、高速かつ繊細なカーブを描きながら癌様獣(キャンサー)の身体の中心へと吸い込まれてゆく。ガゴンッ! と悲痛な金属の悲鳴を振り撒きながら体内に潜り込んだ弾丸は、付加された術式を解放。癌様獣(キャンサー)の霊核を大きく発狂させ、器官の異常増殖を誘発し、血肉の花火をビシャッ! と爆ぜさせる。

 「ぐわあぁっ! メッチャうるせーっ! 耳が、やられるッ!」

 「文句言わないッ、助けてくれるんだからッ!」

 耳を塞いで騒ぐロイを、後ろから追い付いた紫がピシャリとたしなめると、グイッとロイの腕を掴んで更に前進する。

 「今のうちに、このロボの股をくぐって、向こう側に逃げるわよっ!

 ね、行きましょうっ、蒼治先輩、ノーラちゃん!」

 「ああ、そうだなっ! この好機を逃す手はないっ!」

 「うん…! ここはこの方の好意に、甘えよう…!」

 大気を激震させるほどの掃射の騒音の中、長腕ロボットの細い足――といっても、比較的な表現であり、実際は星撒部一同の身体の幅ほどもある――の間をくぐり抜ける。完全にロボットの背後へと通り抜けた際、ノーラがチラリと視線を背後に向けると…戦況に更なる変化が起こったことを認識した。

 脇道に入り込んで来た癌様獣(キャンサー)を挟み込むような形で、大通りからクモを想わせる形状の多足歩行戦車が2台出現。腹部に当たる部分を持ち上げて主砲を癌様獣(キャンサー)たちの群れへ向けると、巨大な術式の砲弾を連射。機銃のように連続とは言えないが、戦車の実弾砲に比べるとマシンガン並とも言える砲撃の連続に、癌様獣(キャンサー)たちは青白い閃光の爆発にブッ飛ばされながら、血肉の火花を散らす。

 戦場の面積が狭い脇道に2台も戦力を投入したということは、大通りにも何台か同型の多足歩行戦車は投入されているかも知れない。

 ノーラは視界を更にグルリと後ろに向けると、建築物越しに激しい魔術励起光の爆光やら爆煙が上がっている光景が認められる。大通りはかなり激しい戦闘が展開されているようだ。

 視界を前に戻しがてら、もう一度チラリと脇道の砲を眺める。長腕ロボットの脚の向こう側に見える戦車の腹部に、ロボット達と同じく稲妻を握り込んだ拳のマークが見て取れる。一連の機動兵器群は、同じ組織に所属しているものだということが明白だ。

 (この都市国家(まち)の市軍のマークなのかな…?)

 ちょっとした疑問符を浮かべたものの、今はこれ以上詮索している場合ではない。まずは、落ち着ける場所まで退避するのが肝要だ。

 ノーラは視線をようやく前に戻す――その視界の端で、長腕ロボットがクルリと敏捷な動きでこちらに向き直ったように見えた。その行動に何か…背筋のざわつく予感を得るものの、他3人に遅れないようにと疾走に集中することにする。

 

 だが――ノーラは予感に従って背後を気にするべきであったと、後悔する瞬間がすぐにやってくる。

 

 ズザァッ――長腕ロボットの疾走音が、背後から耳障りに上がったかと想うと、タイヤの駆動音がグングンとこちらに近づいてくる。

 「なんだぁ? あのロボット、護衛について来てくれるってのかぁ?」

 紫に手を引かれたままのロイが軽口を叩きながら、背後を振り向き――直後、表情がギクリ固まり、青白い色がサッと差す。

 長腕ロボットの肩部のガトリングガンが、背部へと格納された…と同時に、肩部装甲が展開。その内側から単発式の大口径砲身が姿を表す。その砲口は小刻みに上下左右に動きつつ、照準を定める――明らかに、ロイ達の方へと。

 「おい、おいおい…! まさか…っ!

 絶対ヤバいっ! みんな、後ろに気をつけろ!」

 ロイがグッと地を踏みしめて方向転換を計ろうとすると、それがブレーキとなって紫の速度がガクンと落ち、彼女は思わず前のめりになって体勢を崩しそうになる。

 「ちょっと! いきなり立ち止まらない…で…」

 非難を浴びせるべく威勢良く振り向いた紫であったが、彼女もまた、長腕ロボットの砲身の照準に気付き、顔色を青く変える。

 2人の異変に気づいた蒼治とノーラも思わず足を止め、振り向きざまに事情を問い(ただ)そうと口を開きかけるが――。

 その時には、長腕ロボットの砲身が、(ドウ)ッ! という轟音とともに火を噴き、恒星にも負けない閃光を放つ巨大な砲丸を発射した。――勿論、星撒部一同に向けて。

 「くっそぉっ!」

 舌打ちと共に罵声を上げたロイは、素早くヒュッと吸気。吸い上げた大気を呼吸器の中で魔化(エンチャント)すると、大口を開いて噴出。大口の前面に展開された小型の方術陣を通った大気は、青白いプラズマの塊となって砲丸を貫く。プラズマの中に高密度に圧縮された破壊の術式が砲丸の術式を一気に破砕し、空中で派手な爆発が巻き起こる。

 狭い脇道に強烈な爆風が吹き(すさ)び、ノーラたちは体勢を崩さないようにと足を踏ん張るが。

 「今だっ! 走るんだよっ!」

 爆風に乗せて叫びを上げたロイが、背中に漆黒の竜翼を大きく展開。まるで帆船のように爆風を受けて加速しながら、手を握りっぱなしの紫と、もう一方の手でノーラを、そして強靱な竜尾で蒼治を捕まえると、正に爆発的な勢いで前進する。

 「なんで!? なんで、あのロボットが、こっちに攻撃してくるワケよ!?」

 癌様獣(キャンサー)に次いで巨大機動兵器までが襲いかかってくる事態に、紫は目を白黒させて騒ぐ。他の3人も騒ぎはしないものの、彼女と同じ気持ちであろう。

 しかし、状況の背後関係を考察する間もなく、窮地は更に続く。爆風の向こう側から長腕ロボットが飛び出し、巨大なオフロードタイヤをまるでローラースケートのように華麗に操りながら迫ってくるのだ。道の左右から飛び出る、傾いた建造物は腕で叩き飛ばしながら、鋼の疾風となって追ってくる。

 そして道中、ロボットはしっかりと大口径砲の照準を定め、第二射を準備として砲口に製鉄炉の中のような魔術励起光を灯すと――数瞬と待たずに発射する。

 「のっわああぁぁっ! 来た、来たぁぁっ!」

 正にパニックに陥った紫が泡を吹くカニのような有様で喚き立てる。

 その隣で、ロイの尾に腰を捕まえられている蒼治が、グルリと転身して長腕ロボット――ひいては迫り来る砲丸と対峙すると、双銃を構える。そして2つの銃口に同時に方術陣を展開し、また銃口の内部にも強力な魔化(エンチャント)を付与すると、同時に引き金を引く。

 (ドン)ッ! (ドン)ッ! 少し時間差をつけて2発連続で射出されたのは、双銃の銃口より遙かに大きな断面積を持つ術式製の巨大弾丸だ。おそらく、銃口に展開した方術陣が弾丸の体積を増加させたのだろう。

 1発目の弾丸は砲丸に激突し、先のロイのプラズマの竜息吹(ドラゴンブレス)と同様に爆発。狭い道にまたもや烈風が巻き起こる。その暴風の中を2発目の弾丸がややカーブを描きながら驀進し、ロボットの顔面に肉薄する。

 「行けっ!」

 着弾するか、という直前で蒼治が懇願を込めて叫ぶ――が、彼の想いは結実せず。長腕ロボットは器用に身を屈めて弾丸を頭上にやり過ごすと、背部から瞬時に出現させたガトリングガンを掃射。蒼治の弾丸を下方から蜂の巣にし、爆破処理する。

 そして何事もなかったかのようにガトリングガンを背部に仕舞い込んだ後、長腕ロボットはズザァッズザァッと地を蹴って着実に距離を縮めて来る。

 「畜生ッ! しつこいなッ!

 一体、オレ達が何したってンだよっ!」

 後ろを振り向いて毒づくロイであるが、その言葉をかき消すようにノーラの声が重なる。

 「ロイ君! 前方の上からも…! カミナリマークの戦車が2台…!」

 そう、彼女の言う通りだ。道の前方、高層建築物が林立する地帯が広がる一帯。そこの高層建築物の壁を伝い、ハエトリグモのように素早く跳び回りながらこちらに近づいてくる、2台のクモ型多足歩行戦車の姿がある。その腹部には、ノーラが言った通り、稲妻を握り込んだ拳のマークがある。

 背後に迫る長腕ロボットの仲間だ。

 「ムシの挟み撃ちの次は、ロボと戦車の挟み撃ちかよぉっ!」

 ロイは毒づいた言葉の語尾に跳ね上がるような力を入れると、それに同調したように竜翼を力強く羽ばたかせて、より一層の加速を試みる。だが…自分の身のほかの3人も連れている状態では、思うような効果は得られない。一瞬、ヒュウッと距離を伸ばしたものの、すぐに減速してしまう。

 そこへ、グンッ! と長腕ロボットが加速してロイの背後へ一気に肉薄。その差は残り5メートルを切るほどの至近距離まで迫る。

 「ロイ! 僕だけでも離せっ!」

 蒼治がジタバタと暴れながら叫ぶものの、ロイはガッシリと彼を掴んで絶対に離さない。

 「バカ言うなよっ! ロクに対策もねぇくせに、自己犠牲しても無駄なだけだってンだよっ!」

 「だがっ! このままみんな、やれるのは…っ!」

 そんな会話をしている最中にも長腕ロボットは更に距離を詰め、先端が槍先のように尖った五指を持つ腕を伸ばして、ロイたちを捕まえようとする。

 「くそっ!」

 蒼治はロイが離してくれないと悟るや、双銃でロボットの掌に掃射を浴びせる。しかし、ロボットの装甲は癌様獣(キャンサー)の重金属外骨格以上の硬度を誇るようだ。術式製弾丸を砂礫のようにカンカンと弾き飛ばしてしまう。

 ロボットの掌が、ロイたち一行のすぐ頭上に迫り、その陰が彼らを覆い尽くす。

 

 万事休す――その時、思わぬ救いの手が横合いから勢い良く入り込む。

 長腕ロボットのすぐ隣に位置していた6階建てのビルディングが突如、瓦解して破裂。噴石のごとく宙を飛翔する大小の瓦礫に混じって、ハチの群れのごとくワラワラとロボットに覆い被さる大群がある。それは、癌様獣(キャンサー)どもだ。先のお返しとばかりに、生きた獲物に群れて容赦なく集団攻撃を加えるアリの軍隊のごとく、長腕ロボットの体中に高周波振動ブレードの脚を突き立てたり、何らかの有毒化学物質と思われる粘液をたれ流す(あぎと)で噛みついたり、重金属装甲から解放した機銃で連続掃射を加えたりする。

 グラリ――突如として降って沸いた大量の荷重に、長腕ロボットが大きくバランスを崩し、癌様獣(キャンサー)たちが襲いかかってきたのとは反対方向に大きく進路を逸れると。ガゴコンッ、と硬質物体の悲鳴を上げながら、ビルディング群の中に突っ込み、驀進が停止する。

 『クソッ、このムシどもっ! 邪魔すンじゃねぇよっ!』

 エコー掛かった毒づきを張り上げたのは、長腕ロボットだ。顔面には口器に類する機関はなかったものの、何処かにスピーカーがあるらしい。

 『ディンベル、ロウベルッ! 逃がすンじゃねぇ! そして、ムシどもにも遅れを取るンじゃねぇぞっ!』

 張り上げた大声は、逃げる星撒部一同の前方から建物の壁面伝いに跳び迫ってくる多足歩行戦車たちに向けたものだ。叫んだ名前は、果たして戦車のパイロットの名前か、コードネームか、はたまた戦車自身の個体識別名称か。

 何にせよ、星撒部部員たちは、ロボットが喋れたことを気にする余裕などない。追っ手が減った今こそ、逃走を優位に進める好機だ。

 「ロイ、僕達を解放していいぞっ! おまえの体力が持たなくなるぞっ!」

 「オッケー! 実はそろそろ、腕も尻尾もキツくなってきたところだっ!」

 蒼治の一声にロイは抱えていた3人を解放。当然、女子部員2人も解放されたことには文句は言わない。ロイが運んでくれた勢いのままに、4人はそのまま道を疾走して長腕ロボットから距離を取る。

 とは言え、前方からは多足歩行戦車が着実に距離を詰めてくる。それに、背後からもゾロゾロと大量の足音が聞こえてくる。長腕ロボットを踏み越えて追ってきた、癌様獣(キャンサー)どもの一群だ。

 このままでは、またも挟み撃ちに遭う。折角脱した窮地にまた逆戻りすることだけは避けたい一同は、それぞれが視線と思考を巡らし、打開策を練る。

 「あそこ…!」

 真っ先に声を上げたのは、ノーラだ。彼女が指差す方向にあるのは、アーケード商店街に合流する入り口だ。

 「あそこに入れば少しの間、戦車たちの眼を(くら)ませられます…! その間に、建物の中を通りながら逃げれば、経路は探知されないと思います…!」

 「でも、あの戦車、視覚以外のセンサーを搭載している可能性だって充分あるわよ!」

 紫の突っ込みに、ノーラはハッと口を噤むが、そこへすかさず蒼治がフォローする。

 「あんな機動性に優れた奴らを相手にするのに、開けたところを逃げ回るのは不利だ!

 攻めてくる方向が限定される場所に逃げ込んだ方が、対策も練りやすい!」

 「でもっ! あのムシどもも追って来てるんですよ!? 袋のネズミになっちゃったら、どうするんですかぁっ!」

 「癌様獣(キャンサー)のことなら、心配ありません…!」

 なおも不安に喚く紫の隣で、ノーラが剣呑にして自信に満ちた表情で力強く答える。

 「さっきのロボット達の戦闘を見ながら、癌様獣(キャンサー)たちの霊核の構造を解析しましたから…! 無力化は可能です…!

 たとえ霊核を多少補正されても…! 解析のコツは掴みましたから、すぐに対応できます…っ!」

 「でもさっ、でもさっ!」

 紫がしつこく食い下がるが、ロイがすかさず彼女の頭を拳で軽く小突き、狼狽を無理矢理に押し込める。

 「不安がってばかりじゃ、成るものも成らねーだろっ! とにかく、打開の可能性があるならやってみるしかねーだろっ!」

 「…っ! も、もうっ! 分かったわよ、でもこれでダメだったら、みんなの所為(せい)だかんねっ! 私は、止めたん…」

 「お喋りは良いからッ! ホラ、曲がンぞっ!」

 ロイが紫の手をグッと引いた頃、一同はアーケード商店街の入り口正面に差し掛かっていた。

 商店街は屋根部分が所々破壊されて鉄骨が剥き出しになり、清々しい蒼空からの陽光が光の柱のように降り注いでいる。周囲の飛散な瓦解の様子さえなければなかなかに神々しい光景だが、これを楽しむ余裕など爪の先ほどもない。

 「取り合えず、あのビルの中に入るぞっ!」

 蒼治が顎で指し示したのは、表面上の破壊の程度が比較的少ないビルだ。入り口の自動ドアは爆風にやられたらしく、ひしゃげて無惨に口を開いている。

 ビルの入り口へ目指す道中、ノーランは定義変換(コンヴァージョン)を実行し、愛剣を刀身が砲身を兼ね備えた大剣へと変形させた。来るべき屋内戦闘の際、癌様獣(キャンサー)に対抗するための遠距離攻撃手段を準備したのだ。この砲口からは高密度に圧縮した術式がビーム状に発射され、癌様獣(キャンサー)どもを貫いて攻撃できるようにと想定したものである。

 この武器の有用性を確かめようとするかのように、ノーラがチラリと背後を振り向く。もうすぐ、アーケード商店街内に癌様獣(キャンサー)が雪崩込んで来るはずだが…どういうワケか、カーブの向こうからゴチャゴチャとした群が現れる気配が一向にない。

 それどころか…耳を澄ませてみると、癌様獣(キャンサー)たちのゾロゾロとした足音がピタリと止んでいるのが確認出来る。

 (…どういう、こと…?)

 この状況を素直に、そして楽天的に解釈するのならば、癌様獣(キャンサー)たちが追撃を諦めてくれた、と言えるのだが…。

 ノーラは即座に、そうではない、という事実の一部を垣間見る。

 カーブからアーケード商店街の砲へと伸びる影。その中に、微動だにせぬ瓦礫の影に混じって、モゾモゾと蠢く姿が見える。見えるのは影だけなので、本体の詳細な姿は確認できないが、状況から鑑みれば癌様獣(キャンサー)である判断するのが妥当だ。そんな彼が、足音も立てず、その場で激しくもがいているのだ。

 まるで、その場に突然、底なし沼でも出現したかのように。

 (…どういう…こと…?)

 浮かんだ疑問符によって集中が殺がれ、思わず駆け足の速度が緩まる、ノーラ。そこを過敏に察知したのは、さっきからパニック状態に陥りながら逃走に全神経を集中している紫だ。

 「ノーラちゃん、何ボーッとしてンのよっ! 追い付かれちゃうじゃないっ!」

 「う、うん…」

 ノーラは小首を傾げながら視線を前方に戻す。一行から2足ほど遅れてしまっていたが、開いた距離を詰めるほど全力疾走してスタミナを浪費する真似はせず、これ以上距離が離されないようにペースを合わせて駆け続ける。

 

 こうして、一行はようやく目的のビルの内部へと到達した。


- To Be Continued -

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