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Dead Eyes See No Future - Part 2

 ◆ ◆ ◆

 

 『バベル』が顕現したのと同時刻。

 人工空間内に存在する"パープルコート"の拠点、その『バベル』研究開発棟では、ツァーイン・テッヒャーが指揮官ヘイグマン・ドラグワーズ大佐に通信を入れていた。

 ツァーインは、眼前にあるコンソールデスクに投影された3Dディスプレイに向けて、血走った眼を注ぎながらヘラヘラ笑いを交えつつ問う。

 「いかがですかな、いかがですかな、大佐殿! 我が偉大なる子、その感触は!? 刺激は!? 威光は!?」

 興奮して喚くツァーインに対して、ディスプレイ越しのヘイグマンはデスクに座し、組んだ両手に顎を押しつけて俯き加減の姿のまま、静かに答える。

 「…"前回"とは比べものにならないほど、快適だ。感覚へのフィードバックもすんなりしている。

 2つの全く異なる視界を同時に並行して知覚しているのには、やはり妙な感じがするがね。

 …しかし、快適過ぎて、『バベル』の定義構造が虚弱になったのではないかと、多少心配しているよ」

 「いえいえ、いえいえ! 虚弱になったなどと! そんな事はありません、あり得ません!」

 ツァーインは()けた頬の肉がブルンブルンと(たる)むほど首を左右に振り、目一杯否定する。

 「むしろ、むしろ! 此度の我が子(バベル)は、それこそ神と並ぶほどに! いや、神そのものを名乗って恥じぬほどに! その存在を盤石に! 完璧に! 構築しておりますぞ!

 故に、大佐殿、ホラ、ホラ! ご覧ください! この光景を!」

 ツァーインはコンソールデスクのカメラをひっ掴むと、周囲の光景をそのレンズに映す。

 巨大生物の体内に機械を混ぜたようなおぞましい研究開発棟の内部。その広大な敷地内には、数百単位の研究者や技術者がひしめいていたはずだが。今や、ツァーインを除いて、誰一人と姿を認めることが出来ない。

 いや――人の存在を匂わす形跡はある。床やデスクや器具の上に無造作に捨てられた白衣や作業着、軍服がそれだ。

 ということは、着ていた者達は、その衣服を脱ぎ捨てて、この研究開発棟から退室したということだろうか。

 ――いや、違う。

 彼らは皆、アルカインテールの戦場で起こっている現象の如く、皆『バベル』の魂魄干渉に当てられて溶融し、『バベル』の身体に吸収されてしまったのだ。

 「どうです、どうです! この凄まじい光景! これこそが、我が偉大なる(バベル)が正に! 真に! 盤石なる存在と化した証!

 この場に居た下劣にして愚かなる子羊達は皆! 『バベル』の完璧に魅入られ、己の醜い姿を打ち捨て! 完璧の一員となるべく、その身体を! 精神を! 魂魄を! (ことごと)く捧げたのです!」

 ツァーインは『バベル』の魂魄干渉や、それがもたらす存在定義の破壊のメカニズムについては何も言及せず、抽象的な言葉ばかり並べた。しかしヘイグマンは特に聞き直さず、納得したようにゆっくりと首を縦に振る。

 「なるほど。それ故か、対策を講じているはずの我が兵達すら、魂魄干渉に当てられているのは。その点を鑑みれば、此度の『バベル』の完成度が上がっているのは理解出来る」

 この言葉に、ツァーインは不愉快げに片眉をつり上げる。

 「完成度が上がったのでありません!

 完成! 正に! 真に! 完成したのです!」

 「…失礼、ドクター。完成したのだな」

 ヘイグマンはツァーインの狂気の興奮に抗う無益を避けて、あっさりと言い直す。

 「…しかし、やはりこの快適さは不思議だな。前回の起動より構造は遙かに複雑化している、だと言うのに、私は脳に全く負荷を感じない。

 それほどの演算能力を持っているということか、"これ"は」

 ヘイグマンは語りながら、軍帽を外してみせる。

 露わになったのは、白味がかった短い金髪に覆われた頭。そして、その左側に巨大な腫瘍のようにブックリと膨れ上がった、"これ"。『バベル』と同様に濁った白色を呈するそれは、溶けかけた胎児のような物体である。それがヘイグマンの頭部に癒合しているのだ。

 ツァーインはそれを見て、何度も何度も大仰に首を縦に振って肯定する。

 「それこそが、大佐と我が(バベル)を繋ぐ肝!

 胎児とは、形而上事象への適用能力が極めて高い生体器官! これに『バベル』と同等の定義強化を施すことによって! コンパクトにして超光速級の演算能力を可能していますからな!

 前回の起動時はこの装置もまだまだ未完成でしたがな、今回は厳選に厳選を重ねましたぞ! 何人の女の(はら)を裂いて、最適の胎児を探し出したことか!」

 人道にあまりにも(もと)る忌むべき事柄を平然と述べる、ツァーイン。『バベル』という生体装置の構想を持ち、それを実行に映した時点で、彼の倫理観は狂い切っているのだ。

 そして、そんなツァーインの狂気の言葉を平然と聞き入れているヘイグマンもまた、狂っていると言って過言ではない。

 ――事実、彼には他人に語らぬ妄執がある。

 「――ドクター、あなたの偉業はよく理解出来た。

 しかし、1つ問いたい。『バベル』の魂魄干渉によって、その場に居る(ことごと)くの者達が定義崩壊したというのに、何故あなたはだけはそんなにピンピンとしているのかね?

 もしかして、『バベル』にはその影響を免れるための抜け道でもあるのかね? それでは、我々が目指す盤石にして完璧な存在とは言えないではないか?」

 するとツァーインは露骨にムッと顔をしかめ、再びブンブンと首を左右に振る。

 「いやいや、いやいや! 馬鹿にしないで頂きたいな、我が子『バベル』を、そして、私自身を!

 『バベル』は(まが)いようもなく、盤石にして完璧だ! その影響から免れ得る抜け道など存在しない!

 私がこうして健在で居られる理由は単純明白! 私が魂魄物理学の天才であるからだよ!

 私はあなた方軍人のように戦闘に魔術を用いることには、全く長けてはいない。しかしながら、私は魂魄分野に関して魔術を扱うことには、この世界において最も長けていると! そう、この地球のみならず、全異相世界を通しても最も長けていると! 自負しておりますからな! 『バベル』の厳しい魂魄干渉に何とか抵抗することが可能だったワケですな!

 しかしながら…」

 ツァーインは己の両手を掲げ、カメラに映して見せる。そこに現れたのは、濁った白色と肌色が混合した色を呈し、形状がドロリと崩れた肘から先が見える。

 「それでも、我が腕はご覧の有様でしてな! やはり、間近での『バベル』の魂魄干渉に抗するには、私の天才的技量を(もっ)てしても足りないほどでしたわい!」

 「なるほど。

 私の懸念は失礼極まりないものだったようだ。非礼は詫びよう」

 するとツァーインはニンマリと笑ってヘイグマンの言葉を喜んで受け入れながらも、"大して気にしていない"と訴える風に溶けた腕をパタパタと振るう。

 「もしも私への負い目を感じたというのならば、その払拭は『バベル』を思い切り操ってみせることで実行して頂きたい!

 大佐殿、大佐殿、都市(アルカインテール)の上空をご覧になりましたかな? ただ顕現するだけでは、我らが『天国』は手中に下りては来ませぬ!

 呼びつけ! 掴み取り! 引きずり下ろさねば! 『天国』は我らの元には来ませぬぞ!」

 ヘイグマンは自身の視覚と同時に、『バベル』の視覚をも並列的に認識していたが、ツァーインとの会話に集中するあまりにアルカインテールの様子をさほど眺めていなかった。今、ツァーインの言葉に誘われてようやく、彼は『バベル』に首を上げるよう、頭部に癒合した胎児様生体機関を通して指示信号を与える。

 アルカインテールの地上では、未だ意識障害に冒されている者達に囲まれた『バベル』は、ゆっくりと頭をもたげて視線を天空に向ける。空間歪曲結界越しに見える蒼穹には、長大にして無機質な形状をした数個の直方体がせせこましく集結した『天国』が見える。それは、ロイやノーラ達が昨日、アルカインテール到着時に見たのと全く同じ有様だ。

 「…なるほど、ドクターの指摘の通りだ。いくら生物どもに(あまね)く魂魄干渉を与えようとも、高次の存在たる『天国』には痛痒も与えぬらしい。

 それでは、動作同期の試験も兼ねて…」

 ヘイグマンはゆっくりと瞼を閉じ、深く息を吸い込むと。亀裂のような唇から一言、ポツリと呟く。

 「まずは、呼んでみるか」

 

 ヘイグマンの口調は微風の様に穏やかであったが…。

 彼の指示信号によって動き出した『バベル』の有様は、真逆と言って良いほどに烈しい。

 四つん這いの格好から両腕を急激に延ばし、オオカミが遠吠えをするような姿へと変じる。この勢いによって発生した烈風が、瓦解した街並みから盛大に土埃を巻き上げながら、路上を吹き荒れる。それに(さら)されたノーラや蒼治は腕を眼の辺りにまで引き上げて、砂塵から視界を守る。

 (突然…何をするつもり…!?)

 狭い視界の中でも『バベル』をしっかり捉えているノーラが疑問符を浮かべた、その時。『バベル』は巨大な口腔をカエルのようにあんぐりと開いてみせる。口の端からは、粘度の高い唾液が巨大な滴を作って、ボタンッ! ボタンッ! と瓦礫の大地を叩く。

 それから数瞬の間、『バベル』は呼吸を整えるように胸を浅く早く上下させたまま動きを止めていたが…やがて、咽喉(のど)がブクンと膨れ上がったかと思うと――。

 ぎぃぃいいやああぁぁぁぁっ!

 大気をのみならず、空間そのものを震動させるような轟声を張り上げた!

 (!!)

 ノーラはその音量に鼓膜が痛み、脊椎反射的に耳を両手で閉ざし、目をギュッと潰る。それは離れた位置にいる蒼治を初めとする他の星撒部部員達だけでなく、『バベル』顕現時の魂魄干渉を免れた"パープルコート"隊員や死後生命(アンデッド)でも同じことだ。"インダストリー"の操縦適応者(クラダー)も、コクピットの中で同じことをやっていることだろう。癌様獣(キャンサー)は人型でないものは聴覚を遮断して、この轟声に対抗しようとしている。

 瓦解した高層建築物が震撼し、窓に僅かに残ったガラスが更に細かく砕け、頑強に立ち尽くす鉄骨がグラリグラリと激震して倒れてゆく最中において。アルカインテール全土を、新たな2つの異変が席巻する。

 1つは、地上を中心にあらゆる生物――いや、それだけに留まらず、無機質にまで及ぶ凶悪なまでに強烈な定義崩壊だ。

 先の魂魄干渉に抗いながらも、意識障害に陥ってしまった者達は勿論のこと。意識障害を脱した者達までも、『バベル』の音叉のように鳴り響く轟声の中で、まるで強酸を大量に浴びせかけられたようにバシャンと身体の輪郭が弾けて、濁った白色の液体と化す。この有様だけを注視すれば、先の魂魄干渉が増強された現象であると言えるが、明らかに異なる点がある。それは、機動走行服(MAS)や衣類を始め、飛行戦艦や機動兵器までもがバシャンと弾けて液化してしまうことだ。それどころか、路上に転がる瓦礫や無惨な姿で立ち尽くす高層建築物の骸までもが、定義を崩壊させられて弾けるように融解してしまう。

 この現象の結果、『バベル』を中心とした半径数キロの領域で大量の物体が溶融し、まるで核の超高熱の炎に曝されたかのような悲惨な光景が広がる。核兵器と異なるのは、大地いっぱいに濁った白色の液体が洪水のように広がっていることだ。

 この液体は(ことごと)くが、先の光景の通り、『バベル』を目指して激流と化し、流れ込んでゆく。そして『バベル』は激流を全身に受けると、砂に水を注いだ時のようにグングンと吸収し、更に、更にと体積を膨張させてゆく。

 一方、轟声が引き起こした定義崩壊を運か実力かによって免れた者達も散見されるが――彼らもまた、少なからず悪しき影響に苛まれている。

 例えば、星撒部員のナミトと、彼女と交戦を繰り広げていた『冥骸』の戦士達。

 前者は定義崩壊を全力で防ぐため、練気の効果を促進する尻尾を九つ全て出現させて対抗し、なんとか五体満足で乗り切ったが。あまりの負担に体組織が悲鳴を上げ、尻餅をついて荒く呼吸を繰り返すばかりで、一歩も動けないでいる。

 (な…何だったの、今の声…!?

 てゆーか、声だけで、この影響力なワケ!? 冗談じゃないヨ!)

 気力が底を着いて声も出せないナミトは、せめて胸中でとばかりに心で叫びながら、パクパクと口を開閉して暴れる肺に酸素をひたすら詰め込む。

 そんな彼女の眼前では、つい数瞬前まで交戦していた霊体達の悶え苦しむ様が見て取れる。

 『涼月(れいげつ)』および『破塞(はさい)』の両名は、酷くノイズの走った立体映像のように体を透き通らせ、その場にうずくまって「おおおおお…っ!」と悲鳴を上げている。残る『藻影(もかげ)』に関しては、轟声の烈風が接触した瞬間に、断末魔さえ上げる暇もなく霊体をプラズマ雲のように分解され、『バベル』の元へと飛び去ってしまった。

 『冥骸』への影響はこれに留まらない。『涼月』達が守護する怨場発生装置も、内部を構成する骸骨様の死後生命(アンデッド)達の大半が定義分解されてしまった。故に、突如として支えを失った骨組みだけの高層建築物は大きく傾くと、地響きを立てながら大地に横たわって崩壊してしまう。これに巻き込まれて押し潰された癌様獣(キャンサー)や"パープルコート"隊員達もいたが、彼らは絶命するより早くに定義分解されて液化し、『バベル』へと押し寄せる津波の一員となっていった。

 定義分解の影響は航空戦力にも甚大な被害を与える。

 "パープルコート"の飛行戦艦の大半が機能を停止し、重力の為すがままに地上へと降下。高層建築物の骸を押し潰しながら、土手っ腹を見せて次々と転がってゆく。

 飛行戦艦が機能を停止した理由としては、定義分解によってエンジンを始めとする飛行機関が破壊されてしまったことも一因である。しかし、それよりも大きな要因は、乗員の大半が溶融してしまい、操縦が放置されてしまったことだ。

 魔術に優れた兵員達の中には、定義崩壊はなんとか免れたものの、戦艦の墜落やら、溶融した壁や床にポッカリと開いた大穴に吸い込まれるやらの惨事に見まわれてしまう者も数多く居る。

 駐留軍でも随一と言える技量を持つ砲手、チルキスもまた、その惨事に見回れていた。

 蒼治を執拗に狙い、暫定精霊(スペクター)による砲撃を続けてきた彼女は、『バベル』出現時に同僚達が溶融しても顔色一つ変えず、己の役割を全うし続けていた。そもそも彼女はヘイグマン個人から今回の任務を言い渡されていた際に、『バベル』起動後の現象について説明を受けていたのだ。加えて、彼女は同僚に対して特段仲間意識を持ってはいなかったというのも、冷徹に任務を遂行し続けられた理由と言える。

 しかし、『バベル』の轟声が響いた途端、彼女が乗る戦艦は前方半分が完全に溶融してしまい、彼女は空中に放り出されてしまったのだ。

 (な、何なのよ…ッ!

 敵味方お構いなしだっては聞いてたけど…ここまでなんて、思わないわよ…ッ!)

 チルキスは脳を鷲掴みにされたような意識障害に苛まれながらも、手近に置いていた愛用の銃器だけを半ば本能的に抱きかかえ、自由落下に身を投じていた。

 定まらない焦点の中で、必死に深呼吸と身体魔化(エンチャント)を繰り返し、なんとか意識をクリアにしたが――その時にはもう、瓦礫の大地は眼前に迫っていた。

 「クソ…ッ!」

 チルキスは桜色に染めた唇を歪めて罵声を上げながら、抱えた愛銃を布にくるんだまま構え、大地にぶっ放す。転瞬、鼓膜を聾する爆音とともに衝撃波が発生。その反作用でチルキスはフワリと宙に浮かんで緩やかな放物線を描いた後、背中から強かに着地する。

 「んぐぅ…!」

 瓦礫の尖った箇所が突き刺さったのか、鋭い痛みが駆け巡り、チルキスはくぐもった悲鳴を上げる。

 しかし、いつまでも寝ているワケには行かない。空を仰ぐ視界には、落下してくる戦艦の巨体が移っている。チルキスは痛みをかみ殺し、愛銃を杖代わりにして立ち上がると、小走りでその場を立ち去る。数秒の後、怒噸(ドドン)と轟音を立てて戦艦が着地。烈風と土煙を盛大に巻き上げる。

 この光景を見送った後、チルキスは自身を襲った惨事を呪って憤りに顔色を変える。しかしすぐに、激情の矛先を惨事という概念的なものではなく、獲物である蒼治に対して向ける。

 (あいつは…! あいつ、これで分解されたりしてないでしょうね!?

 私が狩るんだからさ! 仕留めるんだからさ! 死なれてたから困るっての!)

 チルキスは形而上相を視認し、未だにマーキングが健在か確認を急ぐ。…と、その途端にこの場を未だに支配する定義崩壊の狂乱した術式を直視してしまい、眉間から後頭部に突き抜けるような激痛を覚えて、その場にしゃがみ込む。

 (クソッ…! クソッ…! クソッ…!

 何なのよ、何なのよ、何なのよ! 私の楽しみを取り上げやがって、あの大佐(じじい)! こんなこと、全然聞いてないっての!!)

 胸中で一(しき)り罵りながら、頭痛が引くまで待つと。再び愛銃を杖代わりに立ち上がると、激情の炎が吹く眼で、もう一度形而上相の視認を試みる。

 認識格子を思いっ切り広く取ったため、精度は非常に粗くはなってしまったものの、今度は頭痛が喚起されることはなかった。そして、輪郭のぼやけたマーキングが健在であることを認識すると、チルキスは獲物を前にした猛獣の笑みを浮かべ、彩られた唇を舐める。部隊が壊滅的状況に陥り、指揮系統も存在しなくなった今、彼女は自身の興味と衝動の赴くまま、狩りを楽しむ残酷な猟師と化す。

 即座にマーキングの元へ――蒼治の元へと向かおうと一歩踏み出した、その時。チルキスはハッと気付き、途端に滝のような汗を噴き出しながらピタリと歩みを止める。

 彼女が視認する形而上相、その粗い認識格子の中において尚、クッキリとした強烈な定義を見せつける巨大な存在を見つけたのだ。

 チルキスは形而上相視認を止める――これほど強烈な定義を持つ事象ならば、必ずや形而下に何らかの痕跡を出現させていると判断したのだ――と、存在を認識した方角へ…すなわち、頭上へと視線を向ける。

 直後、チルキスのブラウンの瞳が、大きく見開かれ、桜色に彩られた唇がポカンと開く。

 

 チルキスが――いや、彼女のみならず天空に視線を向けた者達は皆、その視界に『バベル』が作り出した第二の異変を見つける。

 

 それは、アルカインテールの上空に存在する『天国』の変貌である。

 元々は、数個の無機質な直方体が寄り集まって、天上から地上へめがけて延びているだけの代物であった。

 しかし、今の『天国』は大いに様相を変えた。元の直方体を中心にして、巨大な氷柱(つらら)とも水晶の刃とも見える結晶状の存在が、幾つも幾つも生え出してきたのだ。

 そう、"生えた"という過去形ではなく、現在進行形である。水晶は天上から次々とそびえ立ち、大地を貫かんとするように長大に延びてゆくのだ。

 その面積はロイ達が初めて見たときの優に数十倍に拡大し、蒼穹の空は見る間に巨大な氷柱に埋め尽くされてゆく。これほどの規模にまで成長すると、『天国』の名を戴くのに何者も語尾に疑問符を付けることはないだろう。

 そしてこの光景は、史上初めて人類が『現女神(あらめがみ)』の力無くして、人為的に『天国』を創造した瞬間の構図でもある。

 

 「やりましたなぁ! やりましたなぁ!」

 人工空間内の研究開発棟で、ツァーインが崩れた両手をバタバタと打ち合わせながら、興奮の声を上げる。

 そして、ツァーインのコンソールデスクに投影されるヘイグマンも、珍しく口の端に笑みを浮かべ、歓喜を隠せぬ震え声を絞り出す。

 「これか…この感触か…これが、あの女どもの世界か…!

 私は遂に、そこに並んだというワケか…! 遂に、遂に…!」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 あらゆる人々が定義崩壊し、或いは何とか生き延びてもその深い傷跡に苛まれている一方で…。

 『バベル』の登場の前後も、アルカインテール内で恐らく最も激しい動きを見せる一画がある。

 今や定義崩壊によって無惨に枯れ、散り果てた異形の林の中。積乱雲内の雷光のごとく激闘の衝突を繰り返す5人が居る。

 星撒部の『暴走君』と呼ばれる賢竜(ワイズ・ドラゴン)、ロイ・ファーブニル。"パープルコート"の中佐にして五行魔術体系の使い手、ゼオギルド・グラーフ・ラングファー。癌様獣(キャンサー)の人型個体にして、電磁場および空間制御能力に長ける『十一時』。サヴェッジ・エレクトロン・インダストリー屈指の人型機動兵器の操縦適応者(クラダー)、プロテウス・クロールス。そして、『冥骸』屈指の女性型怨霊(レイス)亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)

 嵐を思わせる暴力の応酬を絶え間なく続けていた彼らであるが、『バベル』の出現および轟声を受けた際には、実力者揃いの彼らとて流石に影響を免れなかった。定義崩壊を引き起こされることこそなかれ、魂魄干渉に対する事前対策を施しているはずのゼオギルドさえ、意識障害に陥ったのである。

 しかし、意識障害が彼らに足枷をはめたのは、ほんの数瞬のことだ。

 (こんな干渉に足止めを食らっていては、他の奴らに寝首を掻かれる!

 むしろ、他の奴らよりも一瞬でも早く意識を復帰させ、寝首を掻いてやらねば!)

 その強烈な戦意と危機感は、意識障害など一瞬で叩き伏せてしまう。

 5人が我を取り戻したのは、ほぼ同時だ。しかし他の者の状況など詳しく確認する暇など持たず、彼らは隙につけ込んで叩き伏せようと早速、戦闘を再開する。

 ――しかし、その中で1人だけ、前進するでなく後退し、「ちょっと待てよッ!」と声を上げた者がいる。ロイだ。

 「さっきの魂魄干渉やら! 気持ち悪ぃ叫び声やら! この空の様子やら! どう考えてもおかしいだろ!

 お前らの仲間だって、こっぴくどくやられたに違いないだろ!

 ここで()り合ってる場合じゃ――」

 ロイは別に、アルカインテールが擁する『バベル』だとか握天計画だのには微塵も興味はない。こうして5つ巴の戦いに身を投じているのも、避難民達を守るために行っていることだ。そんな彼らからすれば、戦場全体が混乱に陥った今、これ以上いがみ合うよりも助け合って状況を打開する方が有意義なのだ。

 しかし…他の4人は、違う。彼らの目的は『バベル』であり、握天計画を所属組織に持ち帰る(ゼオギルドの場合は、それを守り通す)ことだ。その目的のためには、脆弱な仲間の命がいくら消滅したところで何の痛痒もない。

 どのような状況に陥ったところで、邪魔者を排除するのが最優先事項であることに変わりない。

 その意志をロイにぶつけるように、まず動いたのはゼオギルドだ。行玉が黄金に輝く左足でダンッ! と大地を踏みつけると、地中から巨大な金属板を幾つも出現させ、競合者達を一気に巻き込もうとする。

 「おいっ!」

 ロイも体をひねりながら宙を跳んで金属板の乱立を回避し、とあると一つの金属板を掴んで壁面に立ち、もう一度声を上げる。

 「だから、こんなことしてる場合じゃ…!」

 このロイの言葉も、即座に暴力によって打ち消される。金属板の表面にバチバチッと電流が走ったかと思うと、(ことごと)くがメキメキと音を立てながら地中から引き抜かれ、宙へと飛び出したのだ。

 「うわっ! なんだよっ!」

 ロイが金属板を蹴って降下し、着地をしてすぐに上を向くと。浮き上がった無数の金属板の中央に、黒い点のように浮かび上がる人影を見い出す。亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)だ。彼女が強力な騒霊(ポルターガイスト)を駆使し、操作したのである。

 亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)は肩の高さまで持ち上げた右腕をフッと振り下ろすと。金属板が一斉にビュッ! と激しい風切り音を立てながら、流星のように大地に降り注ぐ。

 「おいおいっ! お前ら…!」

 ロイは歯噛みしながら金属板の合間を潜り抜ける。

 一方、空中では亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)に悉く操られていたはずの金属板の一部が、彼女自身をめがけて飛び出して来ていた。亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)は片眉をピクリと動かすと、霊体の物質的密度を下げ、透過してやり過ごそうとするが。間近に迫ったタイミングで、更にハッと眼を見開くと、体を影の塊のようにドロリと変形させて、素早く回避する。

 しかし、回避した先に待ち受けていたのは、『十一時』である。金属板の一部を操って見せたのは、彼だ。長大な腕のような尻尾を体節ごとに分解し、巨大な円陣を空中に作って局所的魔化(エンチャンテッド)電磁場を作りだし、金属を操って見せたのだ。

 そして、亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)を挑発した『十一時』は、まずは彼女を始末しようと目論み、体の前に展開した3重の円陣から電磁場による不可視のブレードを作り出す。

 亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)は反応しきれず、まんまとブレードに巻き込まれてしまう。霊体をザックリと貫かれ、そのまま大地に激突。紙にもない質量のはずが、ゴギンッと言う重音と共に小規模なクレーターを作り、めり込む。

 「…っ!」

 声にならない悲鳴を上げ、輪郭を大きくブレさせる亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)。だが、彼女の苦難はここで留まらない。

 『十一時』は更に3組の3重電磁場形成リングを作り出し、不可視のブレードを計4本作り出すと。そのまま金属が林立する大地に突き立て、高速にして無闇(むやみ)矢鱈(やたら)に引っ掻き回す。亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)はブレードと共に引きずり回され、金属板や瓦礫などに何度も何度も叩きつけられてしまう。

 亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)のみならず、ブレードは金属板の合間を駆け巡るロイやゼオギルドにも容赦なく襲いかかる。

 「わわっ! クソッ! 少しは話しを聞けよッ!」

 跳んだり身を屈めたりしてブレードを回避しつつ、ロイは未だに何とか説得しようと声を上げる。

 対してゼオギルドは青く輝く行玉が着いた左手を大きく振りかざし、巨大な球状の水塊を作り、不可視のブレードの盾とする。五行魔術体系では不可視のブレードが所属する電磁場、すなわち木行は、水行とは"水生木"の関係にある。つまり、ブレードの効果は水塊を通して強化されて、ゼオギルドは自らの首を締めてしまうように見えるが。ゼオギルドは一般物理法則を利用し、導電体である水で電磁場を絡め取ると、帯電したままの状態で砲弾のように『十一時』へと吹き飛ばす。この時勿論、水の帯電は水生木の関係で劇的に強化してある。

 『十一時』はこの反撃に背中のブースト推進器をふかし、流星のような勢いで水塊をやり過ごす。そしてそのまま軌道をグルリと変えると、お返しとばかりにゼオギルドへと突撃。電磁場のブレードが効かぬならと、腕部や腹部から重火器を出現させ、掃射を開始する。

 ゼオギルドもこれに負けず、今度は赤く輝く行玉を持つ右手を突き出して灼熱の防壁を作り、銃弾を溶融させてしのぐ。

 互いに決定打を放てぬまま、急速に距離を縮めてゆく両者。そして遂に、彼らが接触しようとした、その瞬間のこと。

 「だぁーっ! だ・か・らッ!」

 両者の間に突如飛び出したのは、ロイだ。まさか激突の中央に飛び込んでくるとは思わなかった『十一時』とゼオギルドが思わず目を見開く中、ロイは漆黒の竜翼を打って素早く転身しつつ、尾と拳で以て両者の顔面を強打。来た方向へとブッ飛ばす。

 派手に転がって行く両者を横目に、着地したロイは両腕を腰に当てて居丈高(いたけだか)な様子で直立する。

 「こんな事してる場合じゃねーだろッ! 都市国家(まち)の様子が相当おかしいんだぜ! 何とかしようとは…」

 語る最中、ロイは背後からヌッと現われた影に全身を覆われる。同時にビリビリと全身を震わすような殺気を感じると、続く言葉を飲み込んで素早く振り返る。

 するとそこに見たのは――プロテウスが操る人型機動兵器の巨体である。

 (こいつ…! あの図体で、今まで何処に隠れてやがったんだよ!?)

 ロイは思い返す…亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)や『十一時』の攻撃を前に、桁違いの巨体を誇るはずのプロテウスの姿が、全く見当たらなかった事実を。

 実際にはプロテウスはD装備の特性を活かして異相空間内へ退避していたのだ。加えて、その間に本社から局地戦用の装備を転移・換装してもらっていたのだ。

 故に、現在のプロテウスの機体には、全身に小型空間歪曲弾頭を装備し、その銃口は今にも火を吹かんと魔力励起光を放っている。

 「この野郎ッ!」

 ロイは攻撃されてから逃げ回るより、先手をとって攻撃を仕掛けてプロテウスの行動を阻害することを選択する。両脚と竜尾で大地を叩き、砲弾のようにプロテウスの機体の胸部へと接近しながら、固めた右拳に爆発的な業火を灯す。

 しかし、放たれたロイの拳がプロテウスに激突するより一瞬早く。プロテウスの全身から小型の球形をした空間歪曲弾頭が雨霰と解き放たれてしまう。

 空を切ってズドドドドッ! と大地に突き刺さり、発狂した色彩の空間爆裂を起こし、大地を綺麗な真球状に幾つも幾つも抉る、プロテウスの攻撃。そのうちの1団は、ロイの腹部にメキリッとめり込み、彼の体をくの字に曲げる。

 しかし、同時にロイの拳はプロテウスの胸部装甲を捉えていた。転瞬、(ゴウ)と大気を打ち震わす爆音と閃光、そして衝撃が暴れ回り、プロテウスの超重量の機体が空中に吹き飛ばされる。

 一方、腹部に弾頭を食らったロイは、まだ爆発せぬ弾頭と共に一直線に大地へと吹き飛ばされる。このままでは空間歪曲の発生と共に素粒子レベルに分解されてしまうだろう。そんな悲惨な結末を望むはずのないロイは、漆黒の竜翼を全力を打ち、弾頭の進行方向に対してほぼ直角の方向へと体をずらす。そのまま空に逃れたロイは、口腔に溜まった吐血を唾棄しながら、急上昇する。

 それから数瞬後。ロイの背後では弾頭が爆裂し、大地に真球のクレーターを作り出した。

 そんな悲惨な末路を辿らずに済んだ事に安堵する暇もなく、ロイはそのまま宙に浮くプロテウスへと飛行。今度は左拳を握り込み、業火に加えて電光を帯びさせ、追撃に出る。

 だが、ここでロイの想定していなかった事態が発生する。プロテウスの機体がガクンッと急降下を始めたのだ。推進機関を操って体勢を立て直したのかとも思ったが、機体の両腕が慌てた様子で宙を掻いている様子を見ると、彼の意志ではないようだ。

 迫り来る巨大重量を前に、ロイは進路を急転して低く飛ぼうとするが。そんな彼の背中に、ドンッ! と強かにぶつかる重量がある。

 「いでっ! な、なんだよっ!」

 ロイが思わず声を上げると、ぶつかってきた"重量"達もまた、声を上げる。

 「我の意志ではないっ!」

 「クソッ、オレだってテメェらと密着する趣味なんてないっつーの!」

 ロイが首を回してみれば、そこには『十一時』とゼオギルドの姿がある。彼らは互いが磁石同士であるように、もみくちゃにひっついてしまったのだ。そして、人体で出来た砲弾のような有様で、落下してくるプロテウスへと引かれて行く。

 その道程でロイは、しかと視界に捉えた…穴だらけの地上に立ち尽くし、(いや)らしい(わら)いを浮かべる黒い人影を。その正体は、亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)だ。

 プロテウスの攻撃による混乱の中、『十一時』から解放された彼女は、絶妙のタイミングで騒霊(ポルターガイスト)を使い、4人をまとめて片づけようとしているのだ。

 「ちぃっ! 邪魔だっつーの! お前ら、早くどけよッ!」

 「出来るならやってンだよ、ドラゴン小僧ッ!」

 「…バーニアの推力が安定しない…! あの怨霊(レイス)の怨場か…!」

 絡まった3人が喚いていると、ついにプロテウスの機体と激突。ガァンッ! と金属がひしゃげる悲鳴が響き渡る。

 更に亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)は4つ巴となった塊を騒霊(ポルターガイスト)で操ると、穴だらけの大地へ叩き落としたのだ。

 (ドン)ッ! 岩盤に幾つもの亀裂が入るほどの衝撃と共に、プロテウスが3人を押しつぶす格好で着地する。この有様に亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)の青い唇が残虐な愉悦でニィッと釣り上がる。

 ――しかし、その笑みも一瞬のこと。即座に(ガン)ッ! と金属のひしゃげる悲鳴が再び響き渡ると、プロテウスの巨大な機体が空中に高く打ち上げられる。

 丸くなった黒い眼で亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)がプロテウスの眼下に視線を投じると。そこには、血と埃にまみれたロイ、ゼオギルド、『十一時』がそれぞれ拳を突き上げて立っている。互いに助け合うつもりはなかった(ロイに関しては、そうとも言えないかも知れない)だろうが、窮地を脱する為の選択肢は彼らの中で一致したということだろう。

 3人の中で真っ先に口を開いたのは、ロイである。口にした己の言葉すら噛み砕くような勢いで苛立ちを露わにしている。

 「ったくよぉ…! さっきから、オレが待てよ、待てよ、って言ってるってのに…ッ! お前らと来たら、『暴走君』なんて呼ばれてるオレよりも人の話なんて全ッ然聞かねぇで…ッ!」

 と、文句を言ってる(そば)から、ロイの隣に立っていたゼオギルドと『十一時』の両名がほぼ同時に飛び出す。ゼオギルドは両手に渦巻く業火と水塊を纏わせながら走り、『十一時』は背部のバーニア推進機関を全開にし、体の前方に3重の電磁場発生リングを2つ作って亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)に迫る。

 対する亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)は青い唇を苦々しく歪めながら、フワリと後方へと跳び退(すさ)りつつ、人差し指を軽く曲げて伸ばした右腕で迫る2人を指差す。すると、青く塗られた爪の先から、禍々しい漆黒の球体が出現。それは爆発的に体積を増しながら、内部から白骨化した、或いは、腐乱した人間を始めとした動物の手足やら、百足(ムカデ)や蛇といった毒蟲やらを生やす。亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)は自らを発生源とした強力な怨場から、謂わば人工の悪霊を作り出し、両名の迎撃行動に出たのだ。

 ロイは、自分のことを完全に無視した上に、相も変わらず敵意を剥き出しにして交戦を続ける3人に、呆れた風体であんぐりと口を開くが。ちょっと考え直すと、3人にクルリと背を向けて駆け足を始める。目指す先は、レナと別れた避難民の車列だ。

 (無視されンのはあんまり良い気分じゃないがさ、今は好都合だ。

 何が起こったのか確かめがてら、レナ達の加勢にも行かねぇと…)

 しかし――2、3歩と走らぬうちに、ロイは足を止めるどころか、顔を驚愕と焦燥に歪めながら、回れ右をしてしまう。というのは、先にロイ達3人によって叩き上げられたプロテウスが体勢を立て直し、再び戦闘に戻ってきたのだ。その際に、両手に空間切断ブレードを装備した槍を一本ずつ携え、大地に突き立てて虚無のクレバスを作りながら突撃してくる。

 そしてロイは、プロテウスの槍の軌道上にいる――プロテウスは未だに、ロイも攻撃対象として認識している!

 「ンだよッ、クソッ!」

 ロイは両脚と竜尾、そして竜翼をも総動員し、高速で迫る虚無のクレバスを横っ飛びにかわす。空間歪曲に由来するプラズマの放電がヂリヂリと竜尾の先を刺激し、ロイは片眉をひそめる。

 ロイに回避されてもプロテウスは突撃を止めず、そのままゼオギルド、『十一時』、亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)の乱戦の中へと刃を突き立てにゆく。3名は流石にこの致命的な攻撃を無視できず、それぞれの攻撃行動もそこそこになげうって、飛んだり跳ねたりして何とか攻撃をかわす。

 その最中、ゼオギルドは1人戦線離脱をしようとしているロイを見つけると、こめかみに青筋を浮かび上がらせながら、右足で宙を思い切り蹴りつける。同時に、足の甲の行玉が茶色に輝き、足の裏に岩盤を作り出す。これを蹴ったゼオギルドは、弾丸のような勢いでロイの元へと肉薄する。

 「何コソコソ逃げてンだよ、ガキッ! 楽しもうぜぇッ!」

 そのゼオギルドを追うように、『十一時』がバーニア推進機関をふかして飛翔するし、亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)も大地を滑るようにして追いすがってくる。更には、行き過ぎたプロテウスもグルリと方向転換して、こちらを目掛けて飛翔を始める。

 この有様を見てロイはギリリと牙を噛みしめると共に、胸中で唾棄する。

 (クソッ! レナ達を助けるにせよ、こいつらに聞く耳を持たせるにせよ! 全員叩きのめさねーことには、どうにもならねーってっことかッ!)

 ロイは歯噛みを解いて、ハァー! と強くため息を吐く。その間、軽く伏せていた瞼を再び開いた時には、剣呑な眼光をギラリとたたえて、向かいくる4人を見据える。

 ロイは、決心した。もう、手抜かりなどしない。

 「まとめて叩き伏せてやるぜッ! こいつよ、この戦闘狂いどもがっ!」

 ロイは自ら大地を蹴ると、迫り来る4人を迎え撃ちに出る。

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