Drastic My Soul - Part 1
◆ ◆ ◆
アルカインテールが夕刻にさしかかると、"ホール"上空の3Dホログラムは時間帯に合わせて、茜色の空を演出する。
市軍警察の拠点では、夕餉の支度がいよいよ佳境を迎えており、街中に食欲をそそる肉じゃがの香りが微風に乗って充満していた。
そろそろ夕食にありつけると覚った避難民たちは、自分たちの暫定的な住処からポツポツと姿を表すと、市軍警察の拠点の方へ、夕餉の香りに誘われるままに歩き出すのであった。
この人群の中に、星撒部一同の姿は紛れ込んではいない。
女性陣のノーラと紫、そして同じくユーテリア出身の来訪者レナは、市軍警察に混じって夕餉の支度に荷担している。
元々は、ノーラが重度の損傷から回復した右腕の調子を確かめるために、作業への参加を表明したのだったが。そこに紫とレナも加わったのである。
2人が参加したのは、自分が女性であるが故に、家事的な作業をするべきだという義務感に突き動かされた――というワケでは、全くない。そもそも、現在の地球においては、性別で家事への参加の有無を決めようというのが、全くの荒唐無稽なのである。2人の少女の参加の理由は、単に手持ち無沙汰な時間を潰すため、というだけである。
「ノーラちゃんの右腕、だいぶ調子が戻ってきたみたいねー」
紫が肉じゃがを茹でている大型の野外炊事器具をかき回しながら、防菌マスク越しのモゴついた声で語る。ちなみに、防菌マスクをかけているのは紫のみならず、調理作業をしている全員だ。加えて、頭には防菌キャップを、全身は防菌エプロンで足首の辺りまで包んでいる。さながら、食品加工工場の作業員だ。
「うん…。ジャガイモの皮剥きも、うまくやれたし…」
「ノーラちゃんって、結構料理得意そうだよね? 自室では、専ら自炊してるワケ?」
「うん…。昔から、料理はやってたから…。お父さん達から、仕込まれててね…」
ノーラの出身地では、現在の地球とは違い、今もっても家事をこなすことが女性らしさの証の1つである、とする思考が強い。故に、親族のみならず一族全体から『現女神』になることを望まれたノーラは、より女神らしさ――つまり女性らしさを持つために、料理を初めとした家事全般を幼い頃から叩き込まれていたのである。
「まぁ、ノーラちゃんが上手なのは、なんとなく予想の範疇内だったんだけど…」
紫はキャップとマスクの合間にある蠱惑的な赤みを帯びたブラウンの瞳でジト目を作ると、レナに視線を走らせる。
「ガサツな感じのレナ先輩が、あんなに料理がうまいとは思いませんでしたよ」
いつものごとく、毒を含んだ言い方で紫が語る。するとレナは、悪びれるどころか素直に誉められたと喜んだ様子で、マスク越しにケラケラと笑う。
「あたしは、地球圏治安監視集団で人命救助職に就くのを目標にしてるからな。料理くらい出来て当然なんだよ」
「でも、レナ先輩って人命救助ってより、ショットガンとかバズーカが似合いそうですよねー。
私たちを助けた時も、なんか弾をブッ放してしましたしー」
するとレナは、ピクリと眉を動かして表情をムッとさせる。
「…まぁよ、如何に人命救助職だからっても、無防備ってワケにゃいかんんから、自衛用の戦闘技術くらいは見に付けてるけどよ…。
なんだよ、その物騒なイメージはよー!? まるであたしが、重火器振り回すの方が得意みたいな言い方じゃねーか!」
「あれ、違うんですかー?
いやー、だってノリノリでブッ放してるように見えましたよー?」
「…暴走君と言いテメェと言い、暴走部の下級生どもは、礼儀作法を叩き込まにゃならん奴が多いみてーだな…!」
そんな紫とレナのじゃれ合い――もしかすると、レナは本気かも知れないが――を、ノーラは苦笑に近い微笑みを浮かべて眺めるのであった。
…と、星撒部の女性陣の所在が分かったところで。姿の見えない男性陣――ロイと蒼治――は、一体何処に行ったのだろうか?
それを言及するには、ノーラ達のいる"ホール"からかなり離れる必要がある。
アルカインテール地上部から"ホール"へとつながる、いくつものトンネル。そのうちの1つの最中に、2人は居た。
市軍警察から借り受けた車両を走らせ、レナ達が予め設置しておいた感覚迷彩の魔化が効く領域への境界ギリギリまで着た2人は、ナビットを用いて星撒部副部長の立花[渚との通信を行っている。
"ホール"内でなく、わざわざトンネルの迷彩箇所近くで通信を行っているのは、万が一通信を傍受されて避難箇所が地上部に巣喰ういずれかの勢力に特定されることを回避するためである。ユーテリアから学生に支給されている通信端末"ナビット"は非常に高度な暗号化技術を用いているものの、念には念を入れた対応だ。
ナビットによって宙空に描画されたディスプレイには、ハチミツ色の金髪に澄んだ碧眼の小柄な美少女、立花渚の腕を組んだ上半身が見える。
「ふーむ、なるほどのう」
蒼治からアルカインテール入都後から現在までの状況報告を聞いた渚は、コクリと頷いた。
「そんな大事に巻き込まれておったとはな。
どうりで、おぬしらから一向に連絡が入らぬワケじゃ」
「連絡入れる暇なんて全然なかったっつーの。ようやく一息入れられたのも、ついさっきって所だかンなー」
ロイがパタパタと手を振りながら、うんざりしたように語る。そんな彼の出で立ちを見た渚は、同情するような苦々しい笑いを浮かべて、「違いない」と同意する。
何せ、ロイの身につけている制服は『十一時』と交戦を経たままのズタボロな有様だし、露出した体表の所々には治療用術符が幾つも覗いているのだ。彼の多大な苦労が偲ばれるというものだ。
「そういうワケだから」と、蒼治が会話に割って入る、「僕たちは今日、帰れない。そっちは、僕たちのことは気にせずに、仕事が終わり次第学園の方へ戻ってくれ」
「言われずとも、ちょうど撤収に向けて作業をしておったところじゃよ。
一応、おぬしらを待とうと夕餉を振る舞ったりして時間は稼いでおったのじゃがな。こちらの時計では、そろそろ幼子達が床に就くような時間じゃ。わしらもこれ以上、この施設に留まるワケにはいかぬからな」
「そっちはもう、夕飯食ったのかー、いいなー。
オレたちはこれからだからさー、もう腹減って腹減って仕方なくてさー」
ロイがオーバー気味に表情をゲンナリさせながら、腹をさすってみせる。
「ところでさ、そっちの献立って、何だったんだ?
…まさか、アリエッタのカレーライスだったりしないよな…?」
続けて尋ねるロイに、渚はパチクリと瞬きを一つすると、何気なく首を縦に振る。
「いや、そのまさかじゃよ。
お客に振る舞うのじゃからな、やはり出来るだけ喜んでもらいたいからのう、定番にして安心のレシピにしたのじゃが。
それがどう…」
渚の問いが終わらぬうちに、ロイは真紅の髪をグシャグシャに掻き回しながら、「あああああ!!」と絶叫する。目尻には、うっすらと涙すら浮かんでいる。
「なんだよっ! オレが居ない時に限って、アリエッタのカレーライスかよっ!
くっそ、オレにも喰わせろってんだよーっ! ご馳走の中のご馳走じゃねーかよっ!
こっちなんか、肉じゃがだぞ、肉じゃがっ!」
ロイがここまで悔しがるのには、彼がカレーライスが大好物であるのに加え、プロの料理人並みの腕前とまで絶賛されるアリエッタの料理が味わえなかった悔しさがある。ロイは彼女のカレーライスを片手で数えるほどしか味わったことがなかったが、記憶にガッシリと刻み込まれるほどの至福の時間を過ごしていた。
渚はロイの暴れる姿を滑稽そうに見やって、ハッ、と鼻で笑ってから後にたしなめる。
「肉じゃがだって良いではないか。
あのジャガイモのホクホク感に、肉の旨味が合わさったあの味わいは、素晴らしいものではないか。
それに、カレーも肉じゃがも似たような材料で出来ておるじゃろう?」
「全ッ然違うねっ!
そりゃもう、山と川ほどに違うねっ!」
「…ふーむ、そんなに隔たりがあるとは思えぬがのう…」
渚が顎を当てて真剣に考え込む風だったので、蒼治はこれ以上話が脱線するのを防ぐため、ロイを押しやってナビットのカメラの真正面に出る。
「まぁ、息抜きの話題はこれくらいにしておいて、だね」
「息抜きってなんだよっ! オレは真剣…モガッ!」
「ロイ、ちょっと黙ってろ。話がいつまで経っても進まない」
蒼治は無理をしてもカメラの中に入ろうとするロイを羽交い締めにして口を塞ぐと、一瞬苦笑いを浮かべてから表情を真顔に引き締める。
「それで、明日以降のことなんだけど。
正直、僕たちだけの力じゃ、この都市の現状を明日中にどうのこうの出来るとは思えない。
とは言え、逃げ遅れた市民の皆さんのためにも、出来るだけ早めに事態の収拾を行いたい。
それに、"パープルコート"が今も所有していると思われる『握天計画』の産物"バベル"についても、嫌な予感がする。万が一、"バベル"を再起動させて術失態禍が起こりでもしたら、空間汚染どころじゃ済まない騒ぎになるだろうしね。
そこで渚には、話の分かりそうな地球圏治安監視集団の軍団に、この状況を伝えて欲しい。そっちの"オレンジコート"でも全然構わない。なるべく早く動いてくれるように、働きかけてくれないか?
説得力のある証拠が欲しいなら、僕が交戦の合間に記録した動画や解析データがあるから、それを転送するよ」
「うむ、相分かった。
"オレンジコート"の連中には、直ぐに伝えておこう。
それと、わしからは、明日そちらへ応援を向かわせよう。おぬしらの実力を疑っているワケではないのじゃが、いかんせん多勢に無勢であろう。
人選は、そっちで暴れ回っておる勢力の性質を考慮してじゃな…そうじゃな、大和にイェルグ、そしてナミトを送るとしよう」
「分かった。はっきり言って、人手が足りなすぎる状態だからね。応援を出してくれるのは、純粋に有り難いよ」
蒼治が微笑んで答えた、その瞬間。表情の緩みと共に体の力も抜けたらしい、そこをすかさずロイが蒼治の拘束から脱出する。そして、仕返しとばかりに蒼治の前に割り込んでナビットのカメラの視界一杯に顔を近寄せると、渚に尋ねる。
「あれ、副部長はこっちに来ないのかよ?
いつもなら、他の誰よりも真っ先に突っ込んでくるところだろ?」
「おいおい、そんな言い方をされると、まるでわしが血気盛んな暴れ好きのようではないか」
渚が眉根を寄せて苦笑しながら異議を唱えると、ロイの背後で蒼治がポツリと、「…当たりだろ…」と呟く。すると渚は即座に眉を跳ね上げて、ロイ越しに怒りに燃える視線を投げかける。
「そ・う・じぃ~! しっかりと聞こえておったぞっ!
帰投したら、きっつい折檻を見舞ってやるから、覚悟しておくがよいっ!」
と、ひとしきり怒声を上げると。コホン、と小さく咳払いを挟んだ後、感情を鎮めて渚が語る。
「まぁ、確かに、罪無き人々に苦行を強いるような輩は、わし自らの手で成敗してやりたいのは本音じゃがな。
しかし、明日は明日で、別な予定が入っておってのう。部長のバウアーも居なければ、代表代理の蒼治も居らぬと来れば、副部長たるわしまで不在にして依頼者の元に顔を出すのは失礼じゃろう?」
「そんなモンなのか?
別に、アリエッタとかヴァネッサあたりに代表代理をしてもらえば良い気もするんだけどなぁ」
ロイの台詞に、蒼治もしみじみと首を縦に振って同意する。
「確かに、彼女らなら理性的で常識もある。誰かさんみたいに、衝動で事を大きくするような真似はしないだろうな」
「…おぬしはつくづく、わしを無駄に刺激して止まぬ男じゃな、蒼治よ…!」
握り拳を作ってプルプル震わせつつ、こめかみに青筋を立てて渚が怒りを吐くが。彼女の手が遙かに及ばぬ距離にいる蒼治は、何の恐れも抱くことなく、口笛を吹かんばかりのしれっとした態度を見せている。
渚も益のない怒りはエネルギーの浪費どころかストレスの源だと覚りきり、ハァ~、と深い溜息を吐いて心を落ち着かせると。まだムッとした態度が抜けきれないものの、事務的な無機質な態度で今回の報告をまとめる。
「とりあえず、おぬしらの要望は十分に相分かった。
部員には、おぬしらが今日は戻らぬことを伝えておくし、"オレンジコート"にはこのキャンプの責任者宛にアルカインテールの現状を報告するとしよう。蒼治、録画などの資料はわしのナビットの方に送信しておいてくれ。
大和、イェルグ、そしてナミトには、明日のアルカインテール行きを頼んでおく。異論は…まぁ、ものぐさの大和からは出るかも知れんが…まず出ぬじゃろうから、安心して応援を待っておれ」
「ああ、頼むぞ。
それじゃ、僕たちはそろそろ夕食の手伝いに…」
そう語りながら、ナビットの通信を切断する操作に取りかかろうとする蒼治を、慌ててロイが引き留める。
「ちょっとタンマ!
なぁ、副部長、一つ頼まれて欲しいことがあるんだけど」
「ふむ、言うてみよ」
「そっちの施設の子供たち、もう寝る頃だって言ってたけどさ、まだ間に合うならオレ達の依頼人、倉縞栞って娘を呼んで来てくれねーか?
報告1つも届けられないまま、副部長たちも引き上げちまったら、依頼人も気分悪いじゃんか」
「ふむ、それは一理あるのう。
では、すぐに…」
語るが早いか、首を巡らせた渚は、誰かを見つけたらしく手を振って呼びかける。
「おーい、アリエッタ! 悪いが、倉縞栞という娘を呼んで来てはくれぬか? ロイが依頼の進捗報告をしたいそうじゃ」
すると、アリエッタの穏やかな声で「分かったわ」と云う快諾の言葉が聞こえ、パタパタという足音が遠ざかってゆく。
アリエッタが栞を呼んでくる間、蒼治は渚と軽く世間話を交わす。
「今、何してたんだ?」
「夕食の後片付けじゃよ。大量にカレーを作ったからのう、洗う鍋が多くて地味に大変じゃぞ」
「その割にはお前、エプロン付けてないようだけど…カレーが制服に飛び跳ねて汚れないのか?」
「いやー、わしは拭くの専門じゃから、問題ないぞい。
鍋はアリエッタとヴァネッサの料理達者組に任せておる」
「…やっぱりお前って、あんまり代表って威厳を感じないなぁ…」
「いやいや、責任を預かる者こそ、常に前線に立つのではなく、ここぞという時のために後方で力を温存するものじゃろう。
それに、わしは家事全般は苦手じゃからな。得手な者にやらせる方が効率的じゃろう」
「…それが本音か…。胸を張って言うことじゃないだろ…」
「――っと、待ち人来たるようじゃ。
ロイ、今替わるぞい」
そう言い残してヒョイとディスプレイから姿を消した渚の代わりに、燃えるような赤紫の髪にツリ目をした少女――倉縞栞が現れる。
それを見た蒼治もヒョイと奥へと身を退き、ロイを前面に出して、栞と向かい合わせる。
ロイはニカッと笑って手を挙げ、挨拶を口にする。
「よっ! そっちじゃ、こんばんわ、だよな?
元気してたか!?」
「元気も何も…見ての通り、そろそろ寝るところだよ」
ムッとしたような言い方をするのは、眠気が混じっているからだろうか。そんな不機嫌そうな声を出した栞は、自身の言葉通り、全身をパジャマで包んでいる。濃い紺色地に、沢山のディフォルメ化されたコウモリと、月をバックにして崖っぷちに立つおどろおどろしくもコミカルな城が建っている柄のものだ。
「そっか、眠ぃところ、悪ぃな。
こっちでも日が暮れちまうところだからさ、今の状況を教えておきたいと思ってさ」
「…ふーん。
どうせ、見つかんなかったでしょ、パパのヌイグルミ。ただでさえあんなに広いのにさ、ゴタゴタしてた所に落としちゃったんだもん。燃えちゃったりしたと思うよ」
毒づくように鋭く抉り込むような調子で言葉を発した、栞。実際、ロイは依頼されたクマのヌイグルミを見つけてはいない。
しかし、ロイはフッフッフッと強気に、そして不適に笑ってみせる。
「いーや、見つけたぜ。特大のヤツをな!」
ロイが両手をグルリと回しながら語ると、栞は一瞬瞳をパァッと輝かせたが…すぐに、怪訝そうに眉を寄せる。
「…あたいのヌイグルミ、そんなにデッカくないよ。こんなモンだもん」
栞は両手でサイズを示す。栞の両手より少し大きいくらいだ。
「それ、違うよ」
「いーや、これで良いんだよ!」
ムスッと言い返す栞に、ロイは相変わらず太陽のような笑みを浮かべたまま、意見を通す。
「…それじゃ、見せてよ。見つけたんでしょ? あたいが見れば、本物かどうかすぐに分かるから」
「いや、コイツは直で見なきゃ意味ないからな。もうちょっとの間、お預けだ」
そう言われて栞は、ますます怪訝な顔色を濃くする。
「…ホントは見つけてないんでしょ? 約束守れなかったから、言い訳しようとしてるんでしょ?」
「そんな事ねーって! お前が大満足すること間違いなしだぜ! オレが保証する!」
胸元に握り拳を作って熱弁する、ロイ。栞の眼にも彼の動作は演技とは見えなかったようで、怪訝さは多少残るものの、面持ちは幾分和らいだ。
「…ただな、すまねーけど、すぐにそっちに持っていける状態じゃねぇんだ」
ロイは申し訳なさそうに後頭部を掻いた。しかし、栞の顔色が再び曇るより前に、彼は再び顔にギラつく太陽の笑みを浮かべる。
「だけど、なるべく早くそっちに連れてくからな!
楽しみに待っててくれ!」
"持ってく"ではなく"連れてく"という言葉に疑問符を浮かべた栞ではあったが、ロイの溢れんばかりの自信に気圧されたようで、疑問を口にすることはなかった。
「…と、まぁ、オレから栞への報告は以上だ。
寝るところ、時間取らせちまって悪かったな」
「…別に良いよ、部屋に戻っても、すぐに眠れないからさ。
でもそろそろ、施設の人がうるさくなりそうだから、部屋に戻るね」
「ああ、分かった。
それじゃ、栞、オヤスミな!」
「うん、オヤスミ」
"すぐに眠れない"と言った割には、眠そうに眼をこすった栞は、トボトボとディスプレイの視界の外へと退出したのであった。
おそして、即座に入れ替わるように、渚がピョッコリと顔を出す。
「用は済んだじゃろ?
では、そろそろわしも片付けの助力の方へ戻るとするわい。
おぬしらの成功を祈っておるぞ」
ヒラヒラと手を振りながら、渚がディスプレイの視覚外にあるナビットへと腕を伸ばす――その時、蒼治が引き留めるように声をかける。
「なあ、ちょっと訊いても良いか?」
「うむ?」
ピタリと動きを止めた渚へ、蒼治は苦笑いを交えながら質問を口にする。
「今回の依頼、普通に考えればかなり無茶な内容だし、成果を出せるとしても今日中には難しいんじゃないかって判断がつくと思うんだけどさ…。
渚は、その辺を鑑みた上で、今回の依頼を承諾したのか? それとも、いつもの勢い任せの行き当たりばったりだったのか?」
蒼治の言葉尻を耳にした渚は、あからさまにムッと頬を膨らます。
「"いつもの勢い任せ"とは何じゃ、失礼極まりないヤツじゃな。
ちゃんと算段があったからこそ、蒼治、おぬしと紫を同行させたんじゃい」
「そうなのか? …てっきり僕は、僕も紫も子供の扱いが苦手だから、戦力外ってことでこっちの仕事に回されたと思ってたんだけど…」
「まぁ、確かに、そういう要素がなかったワケではないが…。
それを抜きにしても、わしはおぬしら2人を選んだじゃろうよ」
「へえ…どんな算段があったのか、聞かせてもらって良いか?」
すると渚は、己の思慮深さを自慢するかのように、小振りながら形の良い胸を突き出し、鼻の舌を人差し指で擦りながら語る。
「まぁ、マトモにやっては絶対に達成できぬ仕事なのは、明白じゃ。
そこで、蒼治、普段女々しく悲観的なおぬしなら、唯一の取り柄である方術を駆使して必死に解決の糸口を探すであろうし。
紫は、基本的に自分の興味以外にはとんと面倒臭がりだが、頭は回るからのう。裏口的な解決策をポッと思いついて、サッサと帰ってくるじゃろうと思ったワケじゃよ。
しかしのう、そっちの状況がそんな大事になっておるとは思わなんだからのう、算段が狂ってしもうたがな。ハッハッハ!」
"算段"というより、楽観的な他力本願の思考に、蒼治は苦笑いをますます大きくしながら、ハァーと深い溜息を吐いたのだった。
――こうして渚たちへの連絡を終えた蒼治とロイは、すぐに"ホール"へと引き返すと。丁度支度の終わった夕餉に参加したのだった。
その最中、肉じゃがを一番多く平らげたのは、遠くの空の下にいるアリエッタのカレーライスを求めて悔しがっていたロイであったことに、蒼治は苦笑を禁じ得なかったのであった。
こうして星撒部一同は、予想だにしなかったアルカインテールでの過酷な一日の終わりを、穏やかな時間を堪能しながら過ごすのであった。
- To Be Continued -