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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔の境界編
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EP98 単純なミス

気まぐれ投稿


 翌日、クウとリアは早速とばかりに山脈に向かって歩いていた。すでに勾配は始まっており、二人の視線の先には壁のような山脈が広がっている。山の斜面には常緑樹が緑の葉を付けて地面を隠しているので、魔物が居るのかどうかは確認できない。



「静かですね兄様」


「そうだな。動物も魔物も全く見かけない」



 ファルバッサは今朝に送還したのだが、それでも魔物一匹すらも視界に映らない。これまでなら30分に一回は必ず魔物に襲われていたにも拘らず、その気配がピタリと止んでしまったのだ。



「魔物たちにとっても山脈は危険地帯なのかもしれないな」


「なるほど。ファルバッサ様の話ではキングダム・スケルトン・ロードの領域でしたから、スケルトン系の魔物以外にとっては敵地ということですね」


「まぁ、そのスケルトンすら一匹も見かけないけどな」



 あまりにも静かな旅。

 魔物と言う危険生物が蔓延る異世界エヴァンでは珍しい光景だった。魔物対策のため、街や村は必ずと言ってもよいほど外壁に囲まれている。そしてその外壁から一歩でも外に出たならば魔物に襲われることは子供でも知っているのだ。

 しかしどれだけ歩いても魔物の気配すら感じないというのは不気味なことだった。クウは《魔力支配》で魔力感知をしているのだが、これといった反応はない。魔力を隠蔽できる魔物の可能性も考慮して《気配察知 Lv6》を使っても反応がなかった。



「まるで嵐の前の静けさ……だな」


「なんですかそれは?」


「俺の故郷の言葉だ」


「ということは異世界の言い回しですか?」


「そういうこと」



 ちなみにエヴァンにも「魔物たち(モンスターズ・)の前夜祭(フェスティバル)」という似たような意味の言葉がある。

 スタンピードの直前に周囲の魔物の数が減少しているという研究結果から、魔物たちがどこかに集まっていくさ前の宴会でもしているのではないかという揶揄を込めて言われるようになった言葉である。この研究結果を偶然だと批判している魔物学者たちが皮肉を込めて言い始めたことなのだが、あまりにもしっくりしすぎて定着してしまったのだった。



「後でスケルトンの大群に襲われるのは勘弁だな」


「と言っても相手をするのはわたくしですよ?」


「おう。頑張れよ?」



 リアは大きな溜息を吐き出す。

 今回の山脈越えをファルバッサに頼らない理由はリアのレベル上げをするからだ。クウの天使化やGORILLAとの戦闘におけるレベルアップで、リアとは能力に大きな隔たりが出来てしまった。それでもリアの能力は十分すぎるほどではあるのだが、魔族の領域に踏み入るにあたっては不安が残る。それ故に今回の山越えの計画を提案したのだ。

 しかしリアからしてみれば堪ったものではない。過去に一流と呼ばれた冒険者たちですら誰一人として帰ってこなかった山脈に立ち入ろうとしているのだ。しかもファルバッサの話によれば災禍級の魔物が支配しているという。ハッキリ言って無茶苦茶である。如何にクウがサポートすると言っても15歳の少女にさせることとは思えなかった。



(でも、それだけ信頼されているということでしょうけど……)



 口には出さないが、クウはかなりリアを信頼している。それは心理面だけでなく、強さについても同様なのだ。運神アデルの加護を受け、【固有能力】の《治癒の光》を所持しているリアの回復能力には目を見張るものがある。加護については神々に隠蔽されているため《森羅万象》で確認したクウや《竜眼》で気付いたファルバッサだけが知る事実なのだが、リアを信用しているのはそういった理由もある。

 それにいずれ天使化するのだとしたらレベルを上げておく方がいいだろう、というクウの考えもあった。

 そういった裏事情もあるのだが、そんなことを露と知らないリアは頬を緩めながら歩みを進める。騙し騙されが基本の貴族社会では純粋な信用など考えられないことであり、クウとのやり取りはとても暖かく感じられた。



「危なくなったらしっかり助けてやるよ」


「……はい!」



 普段は大雑把で適当なクウだが、リアはこういった不意打ちで優しさを見せるところに惹かれている。貴族の子息たちも同様の甘言で女性を口説くことは多々あるのだが、それが本気で実行する気のある言葉なのかは疑わしい。その点、クウは有言実行であるためリアからしても信頼できる言葉だった。

 嬉しさを胸に、リアは愛用の杖を握り直す。

 目の前の山はまさに魔境。

 二人は油断なく進んでいった……


















「最後まで魔物が出なかったな」


「そうですね。不思議です」



 日は西に傾き、二人の背中を朱く照らしている。振り返れば昨日テントを張った場所が下の方に見えたが、ここに来るまで一匹の魔物とも出くわすことがなかった。いや、魔物だけでなく動物や虫すらも見かけなかったのだ。



「話が違うぞ……ファルバッサが迷宮に引きこもっている間に何かがあったのか?」


「それもありえますね。念話で聞いてはいかがですか?」


「それもそうだな」



 クウは視線を自らの右手の甲へと落としてそう呟く。右手には緻密で小さな魔法陣が描かれており、ファルバッサの召喚、ファルバッサとの念話、そして神界の開錠が出来るという破格の能力を持っている。クウはその中の念話を使うようにイメージして魔力を通した。



(ファルバッサ。今いいか?)


”どうした? 随分と早い念話だな。召喚か?”



 少し間をおいてファルバッサは応答する。その声には若干の呆れが入っているような気がしたが、クウは気にすることなく言葉を続ける。



(召喚じゃないよ。少し聞きたいことがある)


”ふむ……何だ?”


(ああ、山脈の様子が少しおかしい。魔物が一匹もいないんだ)


”……なるほど”



 クウの言葉にファルバッサは言葉を詰まらせる。ファルバッサとしても予想外な事だったらしく、すぐには答えない。だが数分ほどの沈黙の後、ファルバッサは口を開いた。



”もしやスタンピードで魔物の数が減っておるのではないか? それならば魔物の数が少ないことにも説明が付く”


(あー、そういえばそんなことも言ってたな)


”まぁ、この山脈だけがスタンピードの原因ではないが、人魔境界山脈から暴走して出てくる魔物が少なくないことも事実だ。可能性は十分ある”



 山脈に棲む魔物の一部が暴走して人族の街に攻め入ってくる場合の他に、突然変異で統率個体が出現してスタンピードに繋がることもある。割合としては半々程度なのだが、ファルバッサは丁度スタンピードとクウたちの登山が重なっているのだと考えた。

 だがファルバッサにはそれでも納得できないことがあった。



”しかし一匹も見かけないのはおかしい。気配も全く感じないのか?”


(ああ、魔力も気配も感じない)



 確かにスタンピードが発生すれば魔物の数が一時的に減るのだが、それでも一匹すら見かけないというのは異常だ。クウとリアは既に山脈に入っており、普通ならば領域に棲む魔物たちが襲ってきても不思議ではない。だが、見かけるどころが感知すらも出来ないことをこの理論で説明するのは無理だった。



(動物も虫も居ないってのは少し気味が悪いな……)


”いや、動物や虫は魔物を恐れて人魔境界山脈には住み着かぬぞ?”


(あ、やっぱりそうなのか?)



 魔物でない動物や虫は体内に魔石を持たず、特質した能力もない。地球同様に牛や羊などは牧場で飼育されているほどだ。魔物も動物を狩って食べるので、動物たちは魔物から逃げる傾向にある。天敵の住まう魔の山脈に近づくはずがなかった。



(じゃあ問題は魔物か……)



 クウは再び思案する。ファルバッサに聞いても分からないのではお手上げに近いが、このまま何も分からないままでは不安が残る。魔物が出てこないのは悪いことではないのだが、リアのレベルアップにならない上に不気味だ。理由は知っておきたい。

 黙ったまま考え続けるクウだが、情報が少なすぎて答えは出せない。《森羅万象》で山脈の情報を引き出すという手段も取れなくはないのだが、情報量が多すぎてパンクする恐れもある。ピンポイントで欲しい情報だけを引き出せないところは《森羅万象》の大きな欠点だ。

 沈黙が支配する中、ここでファルバッサがとある疑問を口にした。



”ところでクウよ。今のそちらの時間帯を聞きたいのだが?”


(時間帯? もうすぐ日が沈むぐらいだけど?)


”……はぁ”



 ファルバッサはクウの答えに大きな溜息をつく。そこにはどこかしら呆れが入っているようにも感じられたが、クウには何故そこで溜息が出たのか理解できない。

 だが次のファルバッサの言葉にクウは思わず声を漏らすことになる。



”クウよ……スケルトンはアンデッド故に夜行性の魔物だ”


「…………えっ?」



 途端にクウの感知範囲に大量の反応が現れる。

 振り返ってみれば夕日はほとんど沈んでおり、時刻は夜になろうとしていた。

 夜の時間……それは日光を嫌うアンデッドたちが彷徨う時間である。スケルトンもアンデッドの仲間であるため、気配も魔力も消して地中に潜っていた彼らは活動を始める。


 ズボッ……ゴボ……


 見渡せば地中から大量のスケルトンが這い出ていた。



「に、兄様……?」


「ああ、完全に俺のミスだな。スケルトンは夜行性だってことを忘れてた」



 焦ったようなリアの言葉に、クウはファルバッサとの念話を切りながら答える。

 クウの《気配察知 Lv6》によれば周囲一帯の地中には数百体のスケルトンがいるらしい。そしてその反応は現在進行形で増え続けている。このままではいずれ千体に到達しそうな勢いだった。


 ズボッ……ガッ……ズガガガッ


 スケルトンたちはクウとリアを囲むようにして出現し、カチカチと音を鳴らして威嚇する。だがそれは最終警告ではない。

 これからお前たちを屠ってやるという殺意を込めた行為だ。



「カチカチカチカチ!」

「カチ……? カチカチカチカチ」

「カタカタカタカタ!」

「ギチギチ……カチカチカチカチ!」



 スケルトンはそのほとんどが人型であり、頭蓋骨の目の部分には青白い炎が灯っている。まるで魂の輝きのような揺らめきを持つそれは、単に体内の魔力が溢れだしているに過ぎない。彼らは死者であり、偽りの生命を授けられたアンデッド。生者を憎み、死を撒き散らすことを本能にして彷徨う夜の魔物だ。



「仕方ない……徹夜の防衛戦になりそうだ」


「ここで撤退の二文字は無いのですね……」



 クウは神刀・虚月を取り出して構え、リアは呆れた声を出しながら魔力を高める。黒白モノクロ兄妹きょうだいとアンデッドたちとの戦いが始まった。





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