EP97 山脈の王たち
”かの連山には六体の王たちが存在する”
「王だと? つまり統率個体か?」
”そうだ。キメラ系、アント系、スパイダー系、ウルフ系、スケルトン系、悪魔系……これら六種の魔物たちが北から順に領域を持ち、それぞれの王たちを頂点とした大集団を形成しているのだ”
ファルバッサの言葉にクウは眉を顰める。
基本的に魔物は大集団を作ることは少ない。本能のままに生きる彼らの世界は弱肉強食が基本理念であり、統率個体一体で同時に相手にできる程度の配下を持つことはあるが、ピラミッドを形成して大集団になることはほぼない。そして、そんな珍しい魔物のヒエラルキーが六つも出来上がっているというのは驚き意外の言い表わしようがないことだった。
”ふむ、信じられないといった顔つきだな”
クウだけでなく、元貴族としてそれなりに学のあるリアも同様の表情を見せる。危険な場所と言うだけあって調査もほとんど行われていない人魔の境界だが、そんな魔物の大集団が実は存在していたとなれば危機感の一つも覚えるというものだ。
だがファルバッサはそんな二人の考えに気付いているかのように答える。
”心配することはない。奴らは縄張り意識は高いが、領土的な野心など持ち合わせてはおらぬよ。少なくとも王たちはな。たまに一部の配下が勝手に暴走しているようだが”
「なるほど、スタンピードってやつか」
”人族はそう呼んでいるな”
「魔族は呼び方が違うのか?」
”魔族の領域ではあの程度の魔物の襲撃は日常茶飯事だ。特に名前はない”
「無茶苦茶な場所だな。魔族領ってのは」
クウは呆れたような顔で言葉を紡ぐ。
本来スタンピードと呼ばれる災害は、基準として百体以上の魔物たちが同時に襲撃をしてくることを指している。その時の魔物の種類やレベルで危険度が変わってくるのだが、必ずと言っても良いほど冒険者ギルドに緊急招集が掛かる。場合によっては騎士団の出動もあるぐらいだ。頻度としては一年に一度から数度程度のことであり、余程のことがなければ大きな被害を出すことなく収束させることが出来ている。
それでも戦闘能力を持たない一般人からすれば十分以上に危険な災害と言えるのだ。それが日常的に起きているという魔族領の恐ろしさは語るまでもない。
すると、ここでリアが不思議そうにファルバッサに訪ねた。
「魔物は魔族にも襲い掛かるのですか?」
”当たり前だろう”
ファルバッサは何を言っているんだ? とでも言いたそうな顔で即答する。クウもリアの質問の意図が全くつかめなかったが、すぐに思い当たる節が浮かんだ。
「あー、あの胡散臭い神話か」
嘗て魔王が魔物と共に現れた時、光神シンの天使が現れて人族を救ったという史実を元にした神話。エヴァンに住む人族ならば大抵が知っている有名な話であり、リアも幼い時から何度も聞かされてきた。
神話によれば、魔族が魔物を操っていたということになっているので、ファルバッサの今の話とは大きく矛盾していることになるのだ。しかも魔族領の方が襲われる頻度も多いとなれば疑問に感じるのも尤もな話である。
光神シンを怪しく思っており、神話のこともほとんど信じていないクウは違和感を感じることはなく、リアに言われてようやく思い出しただけだった。
「俺としては、あの神話も脚色されていると思っていたんだけどな。魔族や魔王に悪印象を与えて、光神シンに好印象を与えるための工作か何かじゃないのか?」
「そう……なのでしょうか?」
リアはイマイチ納得のいかない顔をする。
幼い時から植え込まれた価値観がガラリと変わったのだから当然だろう。クウのように異世界から来た者でなければ素直には信じられないことである。
”我も人族に伝わっている神話は聞いたことがあるが、どこまで正確かは分からぬな。その頃は魔族領の南部でのんびりと過ごしていた故にな”
神話は千年前の歴史を綴った物ではあるが、それ以上を生きるファルバッサとて全てを知っているわけではない。世界もそれなりに広く、事件が起きた時にピンポイントで現場にいるほどの主人公体質は持ち合わせていなかった。弱体化の呪いを受けた以降は迷宮に引きこもっていたファルバッサだが、それ以前はゼノネイアに頼み込んで外の世界を飛び回っていたこともある。その時に仕入れた知識は膨大であり、生きた図書館とも呼べるファルバッサでも知らないことは知らないのだ。
「まぁいいか。どうせ神に会って聞くつもりだしな。それよりも……」
”うむ、山脈に棲む魔物と王たちの話であったな。さて、どこまで話したのだったか……”
ファルバッサは話した内容を辿って思い出していく。盛大に話が逸れてしまっていたが、元はクウとリアに人魔境界山脈についての話をしていたのだ。
”確か王がいるということしか話してなかったか。まぁ、あの山には言葉にするのも億劫になるほどの魔物が潜んでいる。隠密行動でひたすらに隠れ進むか、圧倒的な力で突き進むかしなければ山越することは難しいな”
「王か……ちなみにどんな魔物なんだ?」
”混獣王グリフォン、蟻女王インペリアル・アント、蜘蛛妃アラクネ・クイーン、覇狼フェンリル、骸骨帝キングダム・スケルトン・ロード、大悪魔カースド・デーモンだな。それぞれがLv200の王に相応しい強き魔物たちだ。弱体化前に少し戦ったことがある”
『なっ……』
クウとリアは同時に絶句する。出てきた魔物の名前は伝説上の凶悪な魔物たちばかりであり、その全てが災禍級の存在だった。
冒険者ギルドは魔物を大まかにランク分けしてG~SSSの10段階で表しているのだが、SSSクラスの中でもさらに災害級、天災級、災禍級の三段階評価がある。ちなみにXランクは緊急性の高い依頼にのみ付けられる特殊なランクであるため魔物の評価にはないランクだ。
ともかく災禍級とは最上位の魔物を表す評価。一匹いれば国が亡びる覚悟が必要になるとも言われているほどの存在である。それが人族と魔族の領域の境に六体もいるとなれば驚かないハズがない。
”落ち着くがよい。奴らに野心などないと言ったであろう”
焦りの表情を見せるクウとリアに対してファルバッサは冷静に宥める。
”そもそも今のクウならば奴らともまともに戦えるだろうからな。心配することはない。それにリアのレベルアップを図るのだろう?”
「……そうなのか?」
ニヤリとしながら語るファルバッサに対してクウは心配そうに聞き返す。実のところ、ファルバッサの話を聞いて「やっぱり空を飛んで山越えしようか」などと考えていたのだ。
「クウ兄様、私たちが登る予定にしているのは目の前の山ですよね?」
「ああ」
リアが指さしているのはファルバッサの背中からも見えた山だ。真っすぐ山越えすれば魔族領の南部砂漠地帯に入れるようにファルバッサに調整してもらって来たのだ。人魔境界山脈は南北を縦断しており、北から順にキメラ系、アント系、スパイダー系、ウルフ系、スケルトン系、悪魔系の魔物が生息しているので、今から登る予定の山に生息している魔物もある程度は予測できる。
「スケルトン系か悪魔系の山ってとこだろうな。まぁ、俺もリアも浄化系の魔法が使えてよかった」
「でも厄介な魔物です」
スケルトン系はアンデッドに属しており、体内の魔石を破壊するか、骨の体を粉砕するか、浄化するかでしか倒すことが出来ない。魔石が本体であるため、倒してもお金になりにくい魔物として冒険者の間では嫌われている。
そして悪魔系の魔物は耐久力が高い。魔力や物理に対する耐性や再生能力が厄介であり、《HP吸収》《MP吸収》のスキルを持っているので集団で襲いかかられると非常に危険な魔物として知られている。中には幻覚系統のスキルを使ってくる個体もいるので油断ならない相手なのだ。
どちらも《光魔法》や《炎魔法》の特性である「浄化」に弱いということだけが唯一の救いだった。
”ふむ……そうであるな。我の記憶が確かならば、まだスケルトン共の領域なハズだ。悪魔系の魔物は六種の魔物たちの中では数が少なく、逆にスケルトン系は最も多かった。魔物の数に応じて領域も増えるから骸骨帝キングダム・スケルトン・ロードの領域に間違いないだろう”
ファルバッサが山脈の方に顔を向けながら補足する。一応昔の記憶であるため鵜呑みには出来ないが、それでもかなり信憑性のある言葉だ。また基本的に領土的な野心がないのならば、領域が大きく変化しているということはないだろう。
「とすれば相手はスケルトンか。リアの独壇場だな」
「頑張ります!」
リアはやる気に満ちた表情で両手を握りしめる。
”もしもキングダム・スケルトン・ロードと遭遇すればクウが相手をすることだ。周囲の雑魚をリアが担当して片付ければ良かろう。やり過ぎると魔物たちのバランスが崩れてスタンピードが起きる可能性もあるが……数が多いスケルトンなら問題なかろう。王であるキングダム・スケルトン・ロードを討伐するのは拙いかもしれぬがな”
「そうだな……確かに統率個体を狩るのは拙いか。最悪は翼を出して上空から《月蝕赫閃光》でも使えば倒せると思ったんだがな」
”止めてやれ。ものすごく可哀想だ”
ファルバッサもクウの規格外な魔法は知っている。特に目の前で見た《特異消失点》の威力は凄まじかった。そんな魔法を手の届かない上空から撃たれては堪ったものではないだろう。
クウもファルバッサの言葉に肩を竦めながら答える。
「分かったよ。もしも遭遇したら適当に相手をして逃げることにする。
……っと、そろそろ夕食も出来たようだな」
見ると即席竈に置いた鍋からは白い湯気が立ち上っている。リアが投入した野菜も煮えている頃合いだろう。火の前に置いた肉も香ばしい香りを放っている。
「では夕食にしましょう」
「そうだな。話のキリも丁度いいし」
”うむ。現地でも聞きたいことがあれば魔法陣を通した念話で十分であるからな”
二人と一匹は互いに頷いて話を終える。
人外魔境へと挑む前日の夜。
冬の夜空は静かに更けていった。





