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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔の境界編
97/566

EP96 境界の手前

新章スタートです

異世界エヴァンにもプレートテクトニクスの概念が存在する。一般的に知られてはいないが、人族と魔族の住んでいる巨大大陸は二つのプレートから成っているのだ。

 このプレート運動と呼ばれるものは意外と重要で、惑星内部のマグマ活動などにも影響している。マントルとも呼ばれる惑星内部の流体金属の流れによって惑星は磁気を帯び、宇宙空間から飛来する有害な光線などを防ぐ磁気シールドを形成していると言われているのだ。

 その他にも身近な例としては方位磁針が北を指すのも磁気のお陰だ。

 そして北極付近などで見られるオーロラも磁気と太陽から吹き付けられているプラズマの相互作用によって生み出される現象なのだ。磁気の流れに沿って大気圏まで落ちてきたプラズマ粒子の発光こそがオーロラの正体だからである。

 ともあれ惑星の内部運動によって磁気が形成され、そして磁気は生物を守っているのだ。ちなみに磁気そのものが生物に影響を与えるかどうかは科学的に証明されていないので、肩こりに効くと言われている磁気製品が本当に効果があるのかは不明である。一種の思い込みプラシーボによって効き目が現れている可能性はあるのだが……

 

 閑話休題それはさておき


 この巨大大陸は元は二つのプレートの上に乗っている二つの大陸がぶつかって一つになっている。その過程としてぶつかった部分が盛り上がり、南北を縦断する褶曲しゅうきょく山脈を形成しているのだ。地球で言うところのヒマラヤ山脈のような形成のされ方である。

 ヒマラヤのような八千メートル級の山は無く、千五百~二千メートルの山々が連なっており、登山自体の難しさはほとんどないのだが、その代わりに呆れるほどの魔物が生息しているのだ。

 これが人族と魔族の領域を別つ自然の境界。

 

 人魔境界山脈。


 嘗て勇者を伴った侵攻作戦で落とした魔族の砦はとある山脈間にあるのだが、そこだけが山を越えることなく二つの領域を行き来できるルートなのであった。とすれば、そこにある砦を攻め落とすことは、圧倒的有利を手にすることと同義である。そして一年前に一度は砦を人族が勝ち取ったのだが、魔族領域から這いよる魔物や、山脈から下ってくる魔物のせいで今は撤退している。そのため砦の中は基本無人……というよりも砦自体が魔物の住処の一つになっているのだ。

 つまり、もしも人族領から魔族領に行きたいならば、山を越えるしかない。魔物たちで溢れている魔境と呼ぶに相応しい山脈を……











「遂に山脈が見えるところまで来たな……」


「本来なら数か月は掛かる距離なのですが……さすがはファルバッサ様ですね」



 人魔境界山脈のふもと付近までたどり着いたクウとリア。

 少し前に神種トレントを討伐した辺境村からは徒歩で数か月分は離れているのだが、ファルバッサの背中に乗って空を行くことで僅か一週間にまで時間を短縮していた。ファルバッサの力を借りた理由としては距離もそうなのだが、何よりも出現する魔物が多いからだ。そのため昼夜問わずにファルバッサを召喚状態にして魔除けの代わりとして活用していた。



「ファルバッサ、暗くなってきたし今日はあの辺りで野営にしよう」


”よかろう”



 クウはファルバッサの背中から指示を出して、視線の先にある少し開けた場所を着地地点として指定する。完全に便利屋のような扱いの幻想竜ことファルバッサだが、意外に世話焼きで人間好きの彼は文句の一つも言わない。神に仕える神獣とは思えないほどの温厚さと心の広さである。

 ファルバッサは数回ほど竜翼を羽ばたかせながらゆっくりと下降し、目的の場所へと近づいていく。それなりに凶悪な魔物もいるはずなのだが、さらにその上を行くファルバッサの気配を感じたのか、一目散に逃亡しているのがクウとリアにも見えた。これがクウとリアならば常に魔力圧を放って威圧しなければ、次々と襲われていたことだろう。この辺りの魔物はほとんどがLv50オーバーであり、中にはLv80に達する魔物も存在するほどの危険地帯だ。簡易結界陣のような魔物避けが通用しなくなってくるため、冒険者でも滅多に近寄らない。事実、過去に魔族の領域へと旅立った腕自慢の冒険者たちは誰一人として帰ってきていないのだ。

 ファルバッサは背中に乗るクウとリアを気遣って衝撃が少なくなるように上手く着地する。10メートルを越す巨体にも拘らず、地面が陥没することなく着地できていることからもファルバッサの細やかな技術力が窺えた。



”着いたぞ”


「よし、今日も悪いな。ファルバッサ」


”全くだ。お主は我を何だと思っておるのだ”


「申し訳ありませんファルバッサ様」


”……何、気にするな”


「おい、俺とリアで反応違いすぎじゃね?」



 クウはファルバッサをジト目で睨みながらもリアを抱えて飛び降りる。

 何気にリアを気に入っているファルバッサだが、だからと言ってクウを蔑ろにしているわけではない。どちらかと言えばじゃれ合いのような会話だ。何せこの会話も今日が初めてではないのだから。

 とは言っても実際にクウよりもリアの方がファルバッサと仲が良いのは事実だ。この一週間程の旅の間でも、リアが毎夜のようにファルバッサの竜鱗を磨いたりしていたのはクウも知っている。ファルバッサが食料としてその辺りの魔物を狩ってくる度に付着させてくる血を拭き取るのは完全にリアの役目になっていた。

 そんな風に人と竜が友情を育んでいたのだが、もしもこの事実を他の人族が聞いたならば口を揃えて「信じられない」と叫ぶことだろう。一種の災害とも言われる竜と人間が仲良くするなど普通は考えられないからだ。



「取りあえず野営の準備をするか」


「そうですね。ではわたくしが火を」


「頼んだ」


”では我はその辺りで魔物でも狩ってくるとしよう”



 クウは虚空リングからいくらかの薪と少し大きな石を取り出してリアに渡す。《炎魔法 Lv7》のあるリアは、すっかり火の担当になっていた。本当ならば焚火に使う薪もリアが持っていた方が効率がいいのだが、リアのアイテム袋は容量が限られているのでクウの虚空リングに収納している。リアが普段から持っているのは、自分の杖や着替え、水に簡単な食料、そして少量のお金程度である。

 リアはクウから受け取った薪を地面に並べて石で簡易的な竈を作り、指先から無詠唱で火種を作りだして点火させる。炎魔法の無詠唱にもすっかり慣れてきたリアだが、戦闘中などでは心を落ち着けるために詠唱することが多い。無詠唱は演算イメージが大変なので、余程の緊急性がない限りは余り無詠唱は使っていないのだ。だが火種を作る程度で規模の大きな魔法を使うのは馬鹿らしいので、無詠唱でランタンの火のような火種を作っているのだった。

 そしてファルバッサは夕食と安全確保を兼ねて周囲の魔物を狩りに出かける。一時間もすれば辺りの魔物は狩りつくされるため、どちらかと言えば安全確保の意味合いの方が強い。

 クウはと言えば、この間にテントの用意をする。

 これがこの一週間ほどで習慣と化したクウたちの野営準備だった。



「と言っても、このテントは魔法開封だからワンタッチでテントが完成するんだけどな!」



 クウは小さく折りたたまれたテントに少しだけ魔力を流して開封する。魔法陣付与によって魔道具となっているテントは五秒ほどで完成した。こういった面では地球の科学力を凌駕しているとも思えるため、クウも魔法陣について勉強してみたいものだと感慨にふける。

 魔道具は《付与魔法》で魔法陣を付与するか、道具に直接魔法陣を刻み込むかで作ることが出来る。そういった物作りを生業としている人々は俗に錬金術師と呼ばれているのだが、彼らの掲げる命題として「不老不死」や「卑金属からの貴金属錬成」がある。過去の地球で活躍してきた錬金術師たちとも共通する目標を持っている彼らの話を聞いたクウが微妙な顔をしたのは少し前のことだ。



「これでよしと……警戒の魔法も一応使っておくか。

『夜は我が支配下

 その拍動を王へと知らせる

 我が領域に叡智を

 《夜界ナイトワールド》』」



 魔法の発動と同時に周囲の状況がクウへと流れ込んでくる。

 《月魔法》の特性である「夜王」を利用した警戒用探索魔法であり、夜という時間的空間を支配して周囲を探知する効果がある。夜にしか使えないという欠点はあるのだが、持続性や探知能力は破格の一言であり、【ヘルシア】から逃げ出してからは毎夜のようにお世話になっている魔法だ。ここ最近ではファルバッサのお陰で意味を為さなかったのだが、念には念を入れて発動だけはさせている。



「クウ兄様、食材と鍋を出してください」


「了解」



 丁度そこに火の準備を完了させたリアが声を掛ける。クウは虚空リングから適当な食材と鍋、そして拳二つ分ほどの石をいくつか取り出してリアの前に並べる。



「そうですね……今日も寒いですし、スープ系の料理にしましょう。野菜スープにしてメインは肉を火で炙ることにします」


「分かった。調理は頼む」


「はい」



 クウはリアに包丁を渡して調理台代わりの木の板を取り出す。そして初めに取り出した石の上に木の板を乗せれば即席調理台の完成だ。

 リアはその上に食材を並べて適当な大きさに切り刻んでいく。一方のクウは鍋を持って簡易竈に乗せ、これまた虚空リングから取り出した水の瓶を傾けて鍋に注いでいく。そしてすぐさまリアが刻んだ野菜を鍋に投入して塩と香辛料を加えてから蓋をした。本格的なダシを取るような贅沢は出来ないが、簡単なスープを旅の途中で食べることが出来るだけでも十分である。

 次にリアはボア肉のブロックを取り出して適当な大きさに切り分け、金属串に刺していく。その串を二本分用意してから調味料を擦り込み、竈の前の地面に突き刺した。

 後は完成を待つだけである。



”戻ったぞ”



 そこでタイミングよくファルバッサも戻ってきた。ズズンという音と共に地面が少し揺れるが、クウもリアもファルバッサの接近には気づいていたので驚くことはない。ちなみにリアがファルバッサに気付いたのは最近習得した《魔力感知 Lv3》によるものだ。《魔力支配》を持っているクウとファルバッサ監修の元、リアも習得することが出来た。

 リアは戻ってきたファルバッサに近寄りつつもアイテム袋から綺麗な布を取り出す。そしてファルバッサの口元に付いている血を拭き取りながら話しかけた。



「今日の獲物はいかがでしたか?」


”近くでオーク系とコボルト系上位種が争っていたのでな。介入して始末しておいた。まぁ、余り旨くはなかったがな”


「ふふ、では口直しに何か作りますか?」


”いや、遠慮しておこう。どうせ明日からは我も迷宮に帰る予定だからな”



 ファルバッサの言葉にリアは少し驚いた顔をする。ここしばらくずっと召喚状態だったファルバッサが一旦迷宮に帰ると言うのは初耳だったからだ。確かに迷宮の90階層に帰れば虚空神ゼノネイアが用意したファルバッサ専用の無限湧き食料があるのだが、帰還の理由はそのことではない。



”クウとは少し相談したのだが、山脈越えはお主ら二人でやって貰うつもりだ。我が飛翔して山を飛び越えても良いのだが、クウがどうしても二人で越えたいと言うのでな”


「兄様が?」



 二人きりで山越え。

 その言葉にリアは少し頬を赤らめる。リアにも理由は分からなかったが、何となく体が熱くなるような気がした。だがそんなリアの様子を気にすることなくファルバッサは言葉を続ける。



”何でもお主のレベル上げをしておきたいそうだ。人魔境界山脈は凶悪な魔物が嫌になるほど生息しておるからな。丁度良い狩場だと考えたのだろう”


「……そうですか」



 リアは急速に体が冷めていくのを感じつつ言葉を絞り出す。何となく期待を裏切られた気分になったが、すぐにその気持ちを振り払ってリアは口を開いた。



「そう言えば人魔境界山脈とはどういった場所なのですか? 人族もほとんど近寄らない地帯なので文献でも読んだことがありません。砦があるのは知っているのですが……」


”ふむ? そうなのか?”


「ああ、ルメリオス王国の王城にある書物庫にも全く情報がなかった。一年半ほど前の砦攻略戦の報告書なら少し読んだが、山脈に関する情報はほとんど無かった」



 突然クウが話に割り込んでリアを補足する。国家の重要な書類もそれなりに保管されている王城の書物庫でさえも人族と魔族の領域の境界については全くと言っても良いほどに情報が無かった。

 砦を攻めた時に調査した簡単な内容なら知っているが、少ない情報からの推測も多いので余り充てにはならないと思っている。



”そうか、では我が少しだけ知識を披露してやろう。これでも千を超える年月を生きる竜なのだ。我は魔族の領域についても詳しいぞ?”



 夕食が完成するまでの間、ファルバッサはこれから挑む魔の山脈の話を語り始めた。




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― 新着の感想 ―
[一言] どうでもいい話ですが、エヴァンという字面を見るとゲリオンと付けたくなるのは私だけでしょうか
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