EP91 神種トレント討伐②
ファルバッサの《幻想世界》ですが、これはファンタジアと読みます。
すごく今更ですけど……
何色にも染まっていない真っ白な空間。
ファルバッサの意思を投影して法則すらも自在に弄る世界を創造する【魂源能力】、《幻想世界》によるものだ。消費魔力によって出来ることが変わってくるのだが、何者であろうとも強制的に引きずり込むという能力は強力極まりない。どんなに幻術耐性を持っていても、周囲の空間を改変されたのでは意味がないからだ。
抵抗するには【魂源能力】クラスの空間系統能力で防ぐ必要がある。もしくは同等以上の幻術能力で《幻想世界》で創られた世界の内部から崩壊させるかの二択だ。クウならば後者の方法で脱出できる。
そういった能力を持っていないならば、ファルバッサが創造の際に指定した幻術世界の法則に則った条件を満たす必要がある。以前のクウへの試練では、自らの精神と向き合って弱さに打ち勝つことが条件だった。
そして今回の条件は……
”2時間の時間制限だ。モタモタしている暇はないぞ!”
「分かっている。少し飛翔の制御を調整するから10秒待て! というかお前も調整しておけよ?」
そう言いつつ、3対6枚の灰色の翼を展開したクウは同空間にいるボロロートスに対して死角になるようにしてファルバッサの後ろに隠れる。
今回の幻術世界では物理法則を少し改変している。そのため飛翔に対して支障が出たのだ。クウもファルバッサも魔法による飛翔であるため直接的な弊害は無いのだが、若干イメージを狂わされている。今から極度の集中状態で戦闘を開始するつもりの二人にとっては、その少しの差が勝敗を決する可能性もあった。リスクは背負いたくないのでキッチリ調整を行う。
(まぁ、昨日の実験で練習したからコツは掴めているんだけどな)
初めて翼を手に入れた時のように動き回る必要はない。少し翼をはためかせながらホバリングするだけで充分である。ファルバッサも同様にしてすぐさま調整を終えた。悠長にしている暇はない。
クウは真っ白な世界で異質な色を放っているボロロートスへとコッソリ目を向けた。
この世界は半径数キロの球状に展開されており、ボロロートスの地中にあった根さえも全て取り込まれていた。地表に見えていた部分が氷山の一角であったかのように根が広々と伸ばされており、現実世界でまともに攻撃を仕掛けたとしても、消滅させきれない可能性が高い。
「やはりこの作戦を採用して正解だったな」
”うむ。まさかこれほどとは我も思わなかった”
「まぁ、やることは一緒だ。奴が混乱している隙にこっちも準備を進める」
”分かった。陽動は任せておけ”
今回クウはボロロートスの討伐のために指定空間を殲滅する広範囲魔法を開発した。だが《月魔法》による制御で発動されるこの魔法は、非常に高度な演算と多くの魔力を必要とする。つまり発動するのに時間がかかるということだ。それまでボロロートスが大人しくしているとは思えない。そのためにいるのがファルバッサである。
「奴はまだ混乱しているみたいだから開幕《竜息吹》で引き付けろ。しばらくしたら魔力の高まりで俺に気付くはずだから守りながら戦ってくれよ?」
”当然だ!”
颯爽とボロロートスの方へと飛んでいくファルバッサの後姿を見ながらクウは第一の準備を始めた。まずは魔力に意識を移していく。
だがこれは例の殲滅魔法のための魔力ではない。
(まずは……《幻想世界》の改変からだな……)
クウはそう考えながら魔力を集中させていく。
ファルバッサの幻術世界に閉じ込めてから範囲殲滅魔法でボロロートスを討伐する案を考えた時、ファルバッサはいくつか修正を出した。
その一つが《幻想世界》の欠点に起因するものだ。
白銀の光に包まれた者をファルバッサが識別して幻術世界に引きずり込むという能力は桁外れに強力だと言える。だが引きずり込んだ先の幻術世界では「肉体と魂は滅びない」という条件があった。
この《幻想世界》で創造した世界は完全に閉じた系であり、その中ではエネルギーと情報が保存される。つまり体をバラバラにされたとしても保存された情報を元にして再構築されるのだ。魂もエネルギーと情報の塊であるため、拡散せずにキッチリ保存される。つまり死なないのだ。
これではボロロートスを滅ぼしたとしても《幻想世界》を解除した時点で甦ることになる。意思力や時間は保存されないので、精神的に痛めつけることは可能なのだが殺すことは不可能だ。全くもって意味がなくなってしまう。
そこでファルバッサが提案した修正が、クウの《幻夜眼》を使った改変だ。同じ幻術系統の能力であり、さらに世界を騙すほどの効果を発揮する。現実世界を改変することは不可能だが、他人の幻術世界を改変する程度なら十分可能だった。この効果を使ってエネルギーと情報保存の法則を改変するのだ。
「いくぞ! 《幻夜眼》」
クウはスッと目元に手を触れながら幻術を発動させる。いや、今回の場合は既に存在している幻術に介入して操作をするという行為だ。昨日もファルバッサと共に何度か練習したのだが、非常に難しいというのがクウの感想だった。
だが出来るようになったからこそ作戦を実行している。
クウの能力によって世界は書き換えられ、不死性は消え去った。そしてそれと同時にクウの魔力はゴッソリ消費され、思わず空中でふらつく。
少し荒い呼吸をしつつクウは視線の先をボロロートスへと向ける。
(これでボロロートスを殺せるな。まぁ、俺たちも殺される可能性があるんだけど……)
正直に言ってステータス上はクウとファルバッサの方が圧倒的に上なのだ。少なくとも負ける要素は無い。油断さえしなければ、滅多なことでは死なないだろう。次の段階である魔法発動のためにクウはかなりの時間隙を晒すのだが、ファルバッサが守ることになっているので問題ない。
ファルバッサの《幻想世界》に取り込んだ時点でほぼ勝負は決まっていた。
「しばらく頼むぞ……相棒」
残り半分ほどになった魔力を集中させ、クウは演算を開始する。昨日の実験では発動に1時間と少しも掛かってしまった。2時間で幻術世界が崩壊するように設定してある以上は失敗は許されない。そしてクウの魔力的にも1発が限界だ。
クウは素早く丁寧に術を構築しながら、ファルバッサとボロロートスの戦闘を観戦するのだった。
◆◆◆
クウと別れてボロロートスの方へと飛翔したファルバッサは口元に魔力を集めて収束していく。竜の中でも真竜クラスでなければ放つことの出来ない《竜息吹 Lv7》だ。
仕組みとしては、口元で圧縮した高エネルギーの魔力を指向性を持たせて開放するだけであり、《魔力支配》スキルを使えば似たようなことは出来る。だがその威力は桁違いであり、暴発するエネルギーの奔流で破壊を撒き散らす。《魔力支配》派生の竜専用特化能力と言えるのだ。
そして今、それは放たれる。
”まずは挨拶だ。《竜息吹》!”
ファルバッサの口元から灰色の閃光が奔る。
音速には届かないが、常人では回避不可能な速度で放たれた《竜息吹》は一直線にボロロートスの幹部分へと殺到する。
トレント故に移動速度が極端に遅いボロロートスが避けられるはずもなく、あっさりと灰色の奔流に飲み込まれた。とても挨拶だとは思えない威力である。
”ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?”
顔のようになっている幹部分が消し飛んだはずなのだが叫び声を上げるボロロートス。やはりトレント種にとって、顔のような模様は飾りでしかないのだろう。もしくは《無尽群体》の【魂源能力】を持っているボロロートス特有の事象なのかもしれないが、ファルバッサにこのことを知る術はない。
”ふむ。凄まじい回復力だな”
ファルバッサは《竜眼》でボロロートスのステータスを見ながら呟く。HP欄を見ると、一度ゼロまで吹き飛んでいたはずのボロロートスのHPが既に7割方回復していたのだ。それに沿うようにしてボロロートスの体も元に戻っていく。
生きた細胞の一欠片でも残っていれば再生できる不死に近い能力。そして養分として生きた動植物を吸収することで再生に使う細胞をストックできる。それを使用すれば今のような高速再生が可能なのだ。
”我では消滅しつくす前に再生されてしまうな。やはりクウの魔法を待つ他ないようだ”
少し残念そうな声を上げつつも、ファルバッサはボロロートスへと近づいて《竜圧》を放つ。これは《威圧》スキルの種族限定派生で生じたスキルであり、圧倒的格下ならば圧に触れただけで死に至る。もちろんこの空間にいる以上は村人たちには効果がないので問題なく使える。そしてこの空間内にいるクウとボロロートスを死に至らしめるほどの効果は無い。特にクウは同格か、寧ろ格上にまでなっているので全くもって問題がない。
だが格下のボロロートスに関してはその圧に押されていた。
”馬鹿な……真竜だと? それにこの空間は? なぜ土が消えたのだ?”
ボロロートスは混乱しつつも格上であるはずのファルバッサに語り掛ける。ボロロートスも勝てないとは解っているのだが、《無尽群体》に自信がある故に負けないとも考えていた。現にファルバッサが挨拶代わりに放った《竜息吹》を受けても死ぬことはなかった。まだまだ細胞のストックはあるので高速再生にも差支えは無く、それが無くなったとしても再生自体は可能である。
その事実が《竜圧》を受けて尚、ボロロートスに余裕を持たせていた。
そんなボロロートスの様子に多少不機嫌になりながらもファルバッサは律儀に答える。
”ふむ。我が名はファルバッサ。至高なる方に仕える者である。この場所は我が創りだしたお主を殺すための専用空間だ。既にお主に勝ち目などない!”
そう言って再び口元に魔力を溜めるファルバッサ。陽動の役目を負っている以上、目立つように戦いを進める方が効率がよい。爪や牙で接近戦を仕掛けるよりも、魔力を使った攻撃をメインにすることにしたのだ。
そしてボロロートスは見事に策に嵌る。
《気配察知》と《魔力感知》に頼り切っている故、魔力に対して敏感になっていたからだ。当然、口元に圧縮された魔力を溜めているファルバッサをそのままにしておくはずがない。ボロロートスはファルバッサにのみ意識を向けて木の根を伸ばして攻撃を始めた。
だが《万能感知》のスキルを持つファルバッサの敵ではない。迫りくる木の根にも気づいて大きく回避する。木の根如きではファルバッサの竜鱗に傷を負わせることは出来ないが、《無尽群体》の吸収能力を恐れた故の判断だ。
ボロロートスも焦らずに次々と木の根で攻撃を仕掛けるが、ファルバッサの感知能力で簡単に避けられてしまう。巨体故に一部の根の攻撃は避けきれないのだが、絡みついた根は大きく動き回ることで引きちぎっていく。
油断は出来ないが、ファルバッサにとってボロロートスは格下だ。簡単に捕まるハズがない。
そして魔力を圧縮しきったファルバッサはお返しとばかりにカパッと口を開く。
”《拡散・竜息吹》!”
圧縮した魔力を解放する際に、一部拡散させて範囲を広げる応用技だ。その代わり射程と威力が減衰するのだが、ボロロートスの木の根を吹き飛ばすには十分すぎた。
”ぐおぉぉぉっ!”
幻術空間に大きく広げたボロロートスの根が2割ほど消え去る。広範囲にしてもこれが限界だったが、もし根が地中にあるままだったとすれば、さらにその1割ほどしか消すことは出来なかっただろう。
だがifの話をしても意味のないこと。
ボロロートスは《幻想世界》に囚われ、体を晒した状態でファルバッサの攻撃を受けている。
ファルバッサはボロロートスがクウに気づかないように全力戦闘で相手を始めた。





