EP89 一歩を踏み出すこと
翌日、早朝から村長の家の前では5人の人影が顔を見合わせていた。一人は家の主であり、辺境村の村長でもあるカバラだ。そして指名手配中の異世界人であるクウ改めソラと妹のリア改めフィリア。残り二人はコルテとエマだ。
ソラの考えたボロロートス討伐作戦では囮役となる人物が必要となる。生贄にされる予定だったエマが担当するハズだったのだが、その役はカバラが引き受けることになった。つまりコルテとエマは本来ならここにいる必要がないのだが、半分は関係があるとも言えるので集まっていたのだ。また、ソラとフィリアが彼らの家に泊まっているという理由もある。
ちなみに今日もリックとルゥの兄妹はお留守番だった。
「それでソラさん。本当に奴を倒せるのですか?」
「一応だが倒せる目途は立っている。昨日の実験では上手くいった」
何故かカバラではなくコルテが心配そうに尋ねているのだが、ソラは大きく頷いて安心させる。それを見たカバラも何処か安堵の表情を浮かべていた。彼の口からは聞きにくかったのだろう。
ソラは続けて説明する。
「村の住民は家から出ないようにした方がいいだろう。その方が精神的にもいい。少しショッキングな光景を見せることになるからな」
「そ、そうなのか? ではコルテとエマに伝言をお願いしよう」
「「はい」」
コルテとエマの夫妻は声を揃えてその場を去って行く。急いで村中にソラからの伝言を伝えに行ったのだろう。どのような光景を見せつけられるのか理解できない以上、余計に恐怖を感じたからだ。
「フィリアは……もう面倒だしいいか。リアは念のため村全体の護衛な。どうせ討伐が終わったらこの村を出ていく予定だから演技も止めだ」
「はぁ……クウ兄様にしては適当ですね。いつもはもっと慎重ですのに」
「これから集中するから慣れないことして疲れたくない。実験では成功したけど、かなりシビアな条件の作戦だからな」
二人の会話を聞いて目を丸くするカバラ。「演技」「リア」「クウ兄様」という単語が頭の中でグルグルと回転をし始める。まだ指名手配の件が村まで伝わっていないため、何のことなのか全く理解できなかったのだ。
商人として街まで出ていたコルテがこの場に居たならば、その単語を聞いてクウとリアの正体を看破出来たのかもしれないが、伝言のために村を奔走している最中なので気付くことはない。
混乱するカバラを差し置いてクウは次々と指示を飛ばす。
「奴はどんなに小さな体の一部からでも再生が出来る。つまり体全てを消滅させるまで倒せないという厄介な敵だ。そして体の一部は切り離されてから1時間経った時点で効果を失う。つまりは予め体の一部を切り離しておけば1時間以内であれば再生出来るということだ。
そして囮の役目は、その体の一部を出来るだけ残さないための措置となる。細胞一欠けら程度ならばすぐに死滅するだろうが、そこそこ大きな体の一部は1時間以上死なない。まぁ、要するにそんな手段を取らせないように油断させるための囮が必要なんだよ。それが村長の役目だ」
「あ、ああ」
カバラは言われるがままに返事をする。
「まぁ、それは一番上手くいったパターンだ。俺がボロロートスに戦いを仕掛けた時点で気付かれて身体の一部を地中で切り離されるかもしれない。いや、その可能性が高い」
ボロロートスは高レベルの情報系の感知スキルを持っている。クウが少しでも魔力を使えば気づかれるのは必至だ。囮に釣られてクウの仕掛けが完了するまで大人しくしていれば問題はないのだが、それほど上手くいくとは思っていない。
「だが仕掛けが完了するまでの多少の時間稼ぎにはなると思っている。奴の感知能力が低ければ囮は必要なかったんだけどな……ともかく仕掛けさえ発動すれば再生を許さずに倒せる」
それを聞いてカバラは囮役の重要性を理解する。確かに神種トレントのボロロートスはカバラの理解を超えた能力を持っているのだ。簡単に倒せるはずがない。クウの言っているように何かしらの仕掛けとなるものが必要となるのだろう……と。
理解した顔つきのカバラに満足してクウは話を続ける。
「まぁ、簡単に言えばそういうことだ。それで毎回の生贄はいつボロロートスに捧げられることになっているんだ? 俺はそれに合わせて行動を開始する」
「そうだな……コルテとエマが例の伝言を伝え終わったらすぐにボロロートスの元へと行こう。一週間に一度だけ、ボロロートスに近づく者を生贄とすることにしている。こちらから近づけば向こうが勝手に生贄と判断してくれるようだからな」
「なるほどね。タイミングは村長に任せる。実行前に一言あればそれに合わせるから」
「了解した」
カバラは先ほどの混乱も忘れて緊張した面持ちになる。もはやクウやリアのことなど頭からすっかり抜け落ちていた。
それも自分の命を懸けた囮役をしようとしているのだから当然だろうが……
他に手段は無いと言っても、目の前の少年がボロロートスを倒せるとは信じがたいものがある。というよりも信じていない面が大きい。それでも可能性があるなら賭けているという程度だ。
普通なら余計な刺激を与えて村が滅びないか心配になるところかもしれないが、今までも散々ボロロートスを倒そうとして来て結局何もなかった。それがクウの討伐作戦を了承した大きな理由になっている。だがそれとは別に、どこかで奴を討伐できるかもしれないという予感もあった。それは勘のようなものでしかなかったが、賭けるだけの価値はあると判断したのだ。だからこそ村長と言う身分でありながら囮役を志願した。
(今はただ奴が倒されること願おう)
そう思いを込めてカバラは家の裏側に聳える大樹を睨みつける。その視線の先のトレントによって犠牲となった村人は8人にも上る。小さいな村の中での8人は余りに大きな犠牲だ。それに彼らもまた、古くからの知り合い同士なのだ。村人同士のネットワークも強い小さな村では、皆がどこかで血の繋がりがあったりもする。悲しみがないハズがない。
「伝言が終わりました!」
丁度その時にコルテとエマが帰ってきた。20軒ほどしか家がないような辺境の村だ。二人で手分けしてかかれば伝言もすぐに済む。
「分かった。二人も家に戻ってくれ。リックとルゥも子供だけでは不安だろうからな」
そう言うカバラの言葉に頷いて二人は駆け足で家に戻っていく。カバラはその後姿を見ながら改めて覚悟を決め直していた。先ほど自分で言ったタイミングは今だ。
カバラはチラリとクウに視線を向ける。それに気づいたクウも頷いて、いつでも大丈夫であることを示した。準備は万端である。あとはカバラが一歩を踏み出してボロロートスの元へと向かうだけだ。
だが……
(脚が……動かない)
カバラはその一歩目を踏み出すことが出来ずにいた。
覚悟はしている。しかしクウは危険がないと言ってはいたが、本当にそうなのかは分かるはずもない。またクウが詳しい説明をしていないことも躊躇いに拍車をかけていた。
ここに来ての恐怖。
それがカバラの体を固くしていたのだった。
(大丈夫だ。大丈夫だ……親父だってこの足を動かせたんだ。何を恐れる必要がある!)
先代の村長であるカバラの父親はボロロートスの最初の犠牲者だ。村を守るために自ら犠牲となったのだが、その被害を真っ先に被ったのはカバラだった。
突然ある日に村長を継がされ、しかも村の危機は存続したままなのだ。対応策も取れるはずがなく、やったことと言えば犠牲を出し続けることだけ。
もちろん村人もカバラに責任がないことぐらいは理解しているが、カバラ自身はそれで満足していなかった。村長として……するべきことを果たしたかったのだ。
(私は……)
だが、どれだけ自分を鼓舞しても脚は動かない。
動かそうと意識を集中しても、無意識がそれに歯止めを掛けるのだ。深層心理では酷く恐怖で怯えているのが自分でも理解できて、それを情けなく感じていた。
しかしカバラと彼の父親を比較してはいけない。老い先短かった先代と違って、カバラはまだまだこれからの方が長いのだ。それに未だ結婚が出来ていないという事実も本能的に死を拒絶していた。これまでクジで選定されてきた生贄も、皆が老人ばかりだった。今回のエマが例外だったのだが、もしそのままエマが生贄となったとしても同様に動けなかったことだろう。
そんなカバラを責めることなどできない。
「…………」
「…………」
ジッと動かないが、必死に前へと踏み出そうとしているカバラの様子をクウとリアも見つめる。彼が今更ではあるが恐怖で一歩を躊躇っていることを理解できた。
二人は顔を見合わせて……そして互いのギルドカードを取り出した。真っ白の何の変哲もないカードだが、登録してある魔力を通すことで文字が浮かび上がる。ただし、浮かび上がる文字はクウが幻術で偽装したCランクとしての情報でしかない。そしてクウは幻術を解除して、本来の状態に戻してからカバラへと差し出した。
カバラも見慣れないカードを差し出されて不審に思うが、受け取ってそれを見た瞬間に表情が固まった。
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クウ・アカツキ 17歳
種族 人 ♂
ランク SS
パーティ 黒白
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リア・アカツキ 15歳
種族 人 ♀
ランク SS
パーティ 黒白
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クウは自身の称号《指名手配犯》から犯罪者として追われていると予想している。それは正しく、実際に冒険者ギルドでもXランク討伐・捕獲依頼として貼り出されているほどだ。
だが辺境村であるここまでは情報が伝わっておらず、カバラも当然知らないことだ。唯一知っているであろうコルテが何も話していないのだから知らずとも仕方がない。
だがここで重要なのはSSランクの文字だ。
一般的な冒険者のランクのイメージは、一流と呼ばれるのがBランク、プロフェッショナルと呼ばれるのがAランク、そして人外、化け物クラスと呼ばれるのがSランクオーバーとされている。その中でもSSランクとなれば、もはや一介の村人には想像もできない次元の強さなのだ。
「……SSランク? 何の冗談だ?」
何とか絞り出した一声がこれである。
一瞬だけ本物のSSランク冒険者から盗んだカードなのではないかと疑ったカバラだが、冒険者カードは本人の魔力によって起動するので盗んでも意味がない。それにSSランク冒険者からカードを盗めるのならば、どちらにせよ同等かそれに近い力を持っていることになるのだ。
そんなカバラにクウは一言だけ語る。
「安心しろ。ボロロートスは厄介だが、俺にとっては格下だ」
小さいが力強い言葉を聞いて、カバラの精神はストンと落ち着く。
カバラは意を決して一歩目を踏み出した。
すいません
戦闘まで入れませんでした
戦闘シーンは長くなるので書ききれていません。すでに9割は完成しているのですぐに投稿します!





