EP87 《森羅万象》
今回はクウが《森羅万象》で解析している場面に少し戻ります。
一応は世界設定を説明するための話ですね。
次章以降にも大きく関わってくることになる予定です。
最上位情報系スキル《森羅万象》。
それは世界の枠に収まるあらゆる情報を開示させるという破格の能力だ。神のような世界のシステムから逸脱している存在の情報は知ることが出来ないのだが、特に知る必要もないので十分すぎる性能だと言える。
視認したもののステータスや健康状態、習得スキルの詳細に過去の行動ログなども閲覧が可能と言う神にも近い能力なのだが、普段からフルスペックで使用すると情報の洪水に飲まれて脳細胞が耐え切れない。そのためクウも普通の状態ではステータス開示、偽装看破、嘘看破のみに留めてている。
だが今は神種トレントのボロロートスという存在を過去にさかのぼって情報開示させていた。
(対象は一体なのに負担が酷いな……)
高性能すぎる故に制御しきれないのが《森羅万象》の欠点と言えるだろう。そもそもこのスキルは裁きの神である虚空神ゼノネイアが対象の罪状を確認するためのスキルを天使仕様に劣化させたものだ。もともと普通の人には習得させる気のないスキルである。一部とはいえ使いこなせるクウの方が異常だったりするのだ。
(《無尽群体》は……該当項目なし? ああ、【魂源能力】は世界のシステムから半分逸脱しているユニークスキルだから情報がないのか。じゃあ過去の能力使用ログから効果とリスクを解析して……)
流れ込んでくる情報量の多さに眉を顰めながらもボロロートスの能力解析を続けていく。隣にいるリアも心配そうにしながら話しかけてきたのだが、クウは面倒な敵だと返した。あまり会話をする余裕もないのだが、余計な心配を掛けたくはないので何ともない風に振舞う。
(養分吸収の際には地中の根を全て集めて対象を包み込むのか……つまりこの時だけはボロロートスの近くに体全体が集まっている。狙うとしたらこの瞬間だろうけど……《月蝕赫閃光》なんか使ったら生贄にされた人ごと殺してしまうから却下だな。上手く魔物だけを殺す魔法がないか……)
いざとなれば小を殺して大を生かすという選択も必要になるかもしれない。つまりコルテの妻であるエマには犠牲になってもらう必要があるかもしれないのだ。だがクウとしてはその方法は避けたかった。大切な人がいなくなる悲しさは魂に染みて理解している。それを他人に強要するほど非情にはなれなかったのだ。
(幻術で生贄がいるように見せかける? だがボロロートスは《魔力感知 Lv8》と《気配察知 Lv8》を持っているから気付かれる可能性もあるな。気づかれると面倒だから却下だ)
気配とは放出される意思力のようなものだ。人や動物は感情や意思を無意識に発している。もちろんそれを制御することで殺気を飛ばすことも可能となり、逆に気配を遮断することも可能となる。そして意思のない幻術からは気配が放出されておらず、《気配察知》スキルがあれば精神系幻術を破りやすくなるのだ。
ちなみに相手の五感を完全に乗っ取る催眠ならば気配すらも誤認識させることができたりする。尤も、精神値の差がかなりなければ不可能なのでボロロートスを催眠状態にすることは出来ないのだが……
そして魔力系幻術は《魔力感知》があれば簡単に破ることが出来る。
(幻術……ねぇ……)
この世界に召喚されてから幾度となく頼りにしてきたクウの能力といえば幻術だ。【固有能力】の《虚の瞳》だった頃から何度もクウの危機を救ってきた。《幻夜眼》となってからは魔力消費が激しいために多用は出来ていなのだが、頼れる能力となっていることには違いない。
だがこの場では全く役に立たない幻術に何となく歯がゆい感情を抱いていた。
(世界を騙す幻術能力も意外と使用場面が限定されるのな……)
クウは勘違いしているが、《幻夜眼》は非常に強力なスキルだ。今は単に《無尽群体》との相性が悪いだけに過ぎない。そして村の状況も相性を悪化させている。
この辺りが何もない平原だったならば、辺り一帯を幻術で溶岩の海に変化させて、ボロロートスが驚いて根を地表に出してきたところを幻想竜ファルバッサと協力して滅ぼし尽くすという手段も取れる。元から意思のない溶岩を顕現させるのだから滅多なことでは破られないだろう。それに樹の天敵とも呼べる炎と熱でボロロートスをパニックに陥らせることも可能だと思われる。
だが村があるので突然辺りが溶岩の海に変化してしまったらショック死する人が出てもおかしくない。当然ながら使えない策である。
(大地を闇系統で腐食させてるのもあり……だがボロロートスを滅ぼしたあとも不毛の大地が残るな。いや、どちらにせよ既に不毛の大地と化しているか。というかこれほどの広範囲を腐食させるのはちょっと無理かもしれないし却下だな)
《月魔法》の特性である「矛盾」に含まれる闇魔法の効果……「滅び」。これを使って大地を腐食させればそれに準じて大地に根を張るボロロートスも倒せるかもしれない。だが半径だけで数キロ以上も根を張り巡らせているボロロートスを完全に滅ぼすにはクウの魔力が足りない。少しでも根を残せば再生してしまうので、魔力を使い果たしてまで実行するべき手なのかは疑問だった。
(あとは回復系の魔法か? 細胞分裂を加速させて寿命を速めるとかでなら殺せるか?)
クウの使っている光属性系統回復魔法は遺伝子情報を使って細胞分裂を促し、自己治癒を加速させて治療する魔法だ。だが、細胞にも寿命があり、使い方を間違えれば過回復で腐った細胞を増産してしまうことになる。普通は10年近くかけて全身の細胞を入れ替えるのだが、それを一瞬でしてしまうのだ。死んだ細胞が全身に現れ、寿命も縮むことになる。
クウが回復魔法を行使するときには「再生」と「浄化」を同時に使って回復促進、代謝促進を促しているため、腐った細胞が傷口に残ることはない。
だが……
(は? なんでこいつは「不老」の種族特性を持っているんだよ!? これも「神種」とかいう謎の種族が原因なのか? チート過ぎだろ……)
そう言うクウ自身も不老なのだが、今はそれどころではなかった。ボロロートスが不老ということは老いを加速させて殺すという手段が使えないだけでなく、放っておけば本当に世界を滅ぼしかねない存在であるということなのだ。
そのことにクウは驚くが表情には出さない……いや、《森羅万象》で流れてくる情報の処理に追われて表情に出せないというのが正しいのだが。
(「神種」か……後天的に種族進化したようだな。俺が天人になったのと同じように、何かしらの因子を打ち込まれた痕跡がある。それが【魂源能力】の開花の原因か? ちっ……これ以上は情報がないのかよ。ということは《森羅万象》では知覚できない神に近い存在が関わっている……?)
クウの中での怪しい神=光神シンなのだが、今はそこまで考えている余裕はない。それにどちらにせよ《森羅万象》では情報を取得できないので、考えても意味のないことだった。クウはすぐに思考を切り替えてボロロートスの対抗策を練り始める。
情報戦は戦いの基本。ゲームで言うところの攻略本やサイトを見ているような状態なのだが、命が掛かっているので遠慮なく敵を丸裸にしていく。そして情報を取得しつつもリアとの会話は続けていた。
「あのボロロートスとかいうトレントはふざけた再生力を持っているらしい。体が一部でも残っていたら復活出来るみたいだな。この辺り一帯を消し飛ばせば倒せるかもしれないな」
「それは……ちょっと遠慮して頂きたいですね」
「だろ? まぁ、俺が翼出してお前を抱えるか、ファルバッサを召喚するかで逃げることはできるんだけどな」
「そうだったのですか……それで兄様は余裕だったのですね」
「そういうことだ……ん?」
ここでクウはあることに気付いた。
それはこの状況を打破できるかもしれない一つの手段。そしてクウが思いつく限り最善の手段に。
「……どうしました?」
リアも変化したクウの様子に気付いて話しかける。
しかしクウは面白そうな笑みを浮かべながらこう呟いた。
「なるほどね。突破口は見えたな」
そう言ってクウは再び村長の家へと戻っていった。リアも同様に追随して村長のカバラの家へと入っていく。中では先ほどと同様にカバラとコルテとエマが座っており、クウとリアが入ってきた瞬間に期待の視線を向けてきた。
だが二人は口を閉じたまま囲炉裏へと近づいていき、来た時と同じようにカバラの左側に座る。
「それで……どうだったのですか?」
口を閉じたままのクウとリア……つまりソラとフィリアへと最初に言葉を投げかけたのはコルテだった。妻が明日には生贄として犠牲になることになっているのだから、期待の眼差しを向けているのも仕方のないことだろう。カバラとエマは知らないが、コルテだけはソラとフィリアの実力をその目で見ている。Cランクでは収まらない実力を持っていることを彼は理解していた。
そんなコルテの様子を見てソラは勿体ぶらずに答える。
「まだ確定じゃないが……多分倒せると思う」
「「おおっ!」」
ソラの言葉にコルテとカバラの声が重なる。エマも口にはしないが驚愕の表情を浮かべており、信じられないといった顔をしていた。ソラはそんな3人の様子を眺めつつ言葉を続ける。
「まぁ、落ち着け。まずは俺の話を聞いてしっかりと判断して欲しい」
真面目な顔つきでそう語るソラを見て、カバラは気を引き締める。コルテは嬉しそうな顔をしているが、カバラは村長として公正で村のためとなる判断をしなければならない。話を聞いて判断して欲しいと語るソラの言葉を聞いて気を引き締めるのは当然だった。
「俺が提示するのは三つの案だ。
一つ目はこのまま滅びることだ。あまりやりたくはないが俺が全力で辺り一帯を塵に変えてでもボロロートスを滅ぼす。つまり村ごと消滅する可能性のある案だな。お勧めもしない。
二つ目は村を救いつつもボロロートスを倒せる方法だ。この方法では生贄役のエマに囮をやって貰うことになるから本人の了承が必要だ。あ、囮と言っても危険は全くない。単に本人が怖い目に遭うぐらいだな。それと俺が少し本気を出すから村全体に箝口令を出して欲しい。本来は俺の能力を見せたくないからだ。これが守れないなら全力でこの地を滅ぼすから覚悟しておけ。
そして三つめは大人しくエマが生贄になるという案だな。要は時間稼ぎだ。もしかしたら今言った二つの案以外の方法を思いつくかもしれないという希望的観測の面が強い案だな。
まぁ、早めに決めてくれ。特に二つ目の案は準備に少し時間が掛かるから」
ソラの提示した案を聞いてカバラは悩む。
一つ目は論外だ。辺りを本当に塵に変えるほどの力があるのかは分からないが、ソラの口ぶりからは可能だと言っているように聞こえる。それにこのまま滅びるつもりはない。
二つ目は最もまともな案に聞こえるのだが、ソラの能力に関する秘匿が条件となっている。冒険者としての奥の手でもあるのだろうと考えたカバラだが、条件を守れなかった場合は村が滅びることになる。迂闊には選択できない。それにエマが囮になるというのだ。本人の了解も必要だろう。
三つめはかなり消極的な案だと言える。それに少なくともコルテは嫌がる案だろう。
(どうしたものか……本来なら時間をかけて村全体で会議をしたいところだが)
カバラはチラリとコルテの方を見るが、その目には「二つ目の案を」という意思と「エマを囮にしていいのか?」という感情が渦巻いているのが見て取れた。
二つ目の案は魅力的だが話がうますぎるのだ。何か裏でもあるのではないかと疑ってしまう。それに例の条件を守れなかった場合のソラの反応が過激すぎるのだ。もし何かの間違いで条件を破ってしまったときのことを考えると迂闊には取れない選択である。
「私……囮をやります……!」
沈黙が支配する中、初めに口を開いたのは意外にもエマだった。
「なっ!」
コルテは驚いた顔をしているが、構わずエマは言葉を続ける。
「村を救う方法があるのでしたら迷っている暇はないわ。それにソラさんの能力を黙っていればいいのでしょう? もし口を滑らせてしまったとしても、どうせ滅びるのでしたら私たちに選択などないわ」
その言葉にハッと顔を上げるカバラ。確かにどうせ滅びるのなら初めから選択肢などない。そしてたとえ悪魔の契約なのだとしても、村を守るために村長がすべきことは一つだった。カバラは何か覚悟を決めたような表情でソラへと目を向けて口を開く。
「ソラさん。二つ目の案をお願いします。そして囮役は私がやりましょう!」
「「え?」」
カバラの発言にコルテとエマは気の抜けたような声を上げる。
今回たまたまエマが生贄の順番となっているだけだ。囮役は誰でも構わない。
強い意思を見せるカバラの瞳を見てソラは頷き、立ち上がって口を開いた。
「少し準備をしてくる。例の条件は村人全員に口酸っぱく言っておけよ?」
ソラはそう言って外へと出て行った。
GWは毎日更新できました。
しばらくはまた土曜に更新することになると思います。
テストもありますので出来ない日もあるかもしれませんがご了承を……





