EP86 ファルバッサとの会議
ソラの右手には複雑で小さな魔法陣が描かれている。天使化したときに虚空神ゼノネイアが付与した非常に高度な魔法陣だ。通常、魔法陣は効果を多く付与するほど大きくなるのだが、この魔法陣は直径5㎝程度にも拘らず3つもの効果が付与されているという非常識なものだ。
幻想竜ファルバッサ召喚、ファルバッサとの念話、同様の魔法陣との共鳴による神界顕現という破格の能力を持ったソラの魔法陣はしっかりと黒のグローブで隠されていた。
”クウよ。随分と久しぶりではないか。どうかしたのか?”
(ああ、1か月ぶりだな。ちょっと聞きたいことがあるんだよ)
”ほう。これでも長きを生きておるからな。大抵のことには答えられると思うぞ”
念話越しでも分かる自信ありげなファルバッサの口ぶりに、ソラ……クウは頼もしく思う。初めて出会ったときは絶望そのものだったが、ファルバッサは理性のある気さくな竜だった。ちなみにクウよりもリアの方が仲が良かったりする。クウが試練を受けている間の一週間、リアはファルバッサと二人きりで過ごしていたのだ。意外に温厚なファルバッサの性格もあって、かなり打ち解けることとなった。
(聞きたいのは【魂源能力】についてだ)
”【魂源能力】だと? あれは個々の精神の在りように左右される能力だ。使い方に関しては個人で模索していくしか……”
(いや、そうじゃなくて、【加護】を受ける以外に【魂源能力】を手にする方法があるのか知りたいんだ)
それを聞いてファルバッサは動揺する。
いや、クウにはその様子は見えないのだが、念話を通してもファルバッサの動揺が伝わってきた。何事にも動じないファルバッサがそんな様子を見せたのを感じ取って、クウは眉を顰める。
その場にいる他の4人は目を伏せていたために、そんなクウの表情には気付かなかったのだが……
(知っているのか?)
”……心当たりならある”
やはりか、とクウは納得する。
クウがゼノネイアから聞いた話では、【魂源能力】を開花させるためには神の真名による加護が必要なハズだった。【加護】もなく凶悪な能力を開花させることが可能なのだとすれば、それはこの上ない脅威となり得る。
ファルバッサはポツリ、ポツリと語り始めた。
”我も【加護】なしに【魂源能力】を開花させている存在を見たことが……いや、戦ったことがあるのだ。そして奴らに負けて我は弱体化の呪いを付与されることになった”
(お前が負けたのか!? それに奴らだと?)
”うむ。およそ60年ほど前の話だ。主の依頼を受けて砂漠の方へと赴いたのだ。その時に奴らと戦うことになったのだが、隙を突かれて呪いを掛けられ負けてしまった”
(レベルダウンとステータスダウンの呪いはその時に喰らったのか……)
”そうだ。今でも徐々にレベルが下がり続けていおるのだ。一気にレベルが低下する呪いだったならば殺されていただろうな”
弱体化前のファルバッサを負かしたという存在の話を聞いてクウは身震いする。だが今必要なのはファルバッサが負けたという存在の話ではなく、【加護】なしに【魂源能力】を取得できるのかということだ。
(ともかく【加護】以外の要因で【魂源能力】を開花させる方法はあるということか?)
”そうなるな。《天の因子を受け入れし者》という称号を《竜眼》で見たから何かしらの方法があるのだろうな。主ならば知っているかも知れぬが、我は神界を開けぬ故に情報制限がされているのだ。お主が魔王に会うことが出来れば知ることも出来るかもしれぬな”
(まぁ……魔王に会う前にお前が負けたという【砂漠の帝国】に行くんだけどな……)
”そうであったな……”
それよりもクウが気になったのは【称号】《天の因子を受け入れし者》だ。この称号はクウが《森羅万象》でボロロートスのステータスを確認したときにも見えた。間違いなくこの称号がキーとなっているのだろうと予想できる。
具体的な要因は判明しなかったが、【加護】もなしに【魂源能力】を開花させた前例が確認できたことは大きい。それに【砂漠の帝国】に行くにあたっての覚悟のようなモノも出来たと言えよう。
クウは改めて現在の状況をファルバッサへと話し始めた。
(話の順番が逆になったが、現在【魂源能力】を保有したトレントのせいで立ち往生している。まぁ、その気になれば逃げだせるんだが、そのトレントが今滞在している村の脅威になっているみたいだ。生物を吸収してしまう能力みたいだし、早めに滅ぼしておかないと人族の領域でも甚大な被害を齎す可能性もある。出来ればここで仕留めておきたい)
たった2か月ほどで周囲の大地をボロボロにしてしまった存在だ。早めに滅ぼしておかなければ取り返しのつかないことになるだろう。それに確認した《無尽群体》という能力の性質上、時間を掛ければ掛けるほど倒しにくくなる。生物を吸収して再生に必要な細胞をストックする《無尽群体》の厄介さは時間と共に上昇していく。
そのことをクウはファルバッサに説明した。
”なるほどな。今後のためにも倒しておいた方がいいだろう。我らならば負けはしないだろうが、逆に倒すのは難しい。魔族領から帰ってきたら人族領が滅びていた……などということも有り得るな”
(だろ?)
”だが我らにも倒す方法はあるのか?”
(難しいな)
出来るか出来ないかで言えば出来るのかもしれないが、辺り一帯を更地もしくは穴だらけにすることが必要になる。ファルバッサが《竜息吹Lv7》で、クウが《月魔法》で辺りを滅ぼし尽くすのは最終手段としても使いたくない。それにボロロートスの体が一欠片でも残っていたならば、無情にも再生してしまうことになる。
”反則のような能力だな”
(それを言うならファルバッサの《幻想世界》もかなりズルいと思うぞ?)
強制的に幻術空間に閉じ込めてしまうファルバッサの能力は強力極まりない。指定した存在を引きずり込み、物理法則ですら弄った世界を展開するのだ。クウの試練でもその効果を十分以上に発揮していた。半肉体、半精神の特異な幻術能力と言える。
ちなみに幻術にも大きく分けて二種類存在しており、光の屈折などを利用した魔力系の幻術と、精神に作用させる闇系統の精神系の幻術がある。
魔力系幻術は空間に幻術を投影するので誰にでも掛けることが出来るのだが、音や感覚的な違和感で破られやすい。精神系幻術は精神値が大きく関わっているために、格下相手にしか通用しないことが多いのだが破られにくい。
そういった違いがあるのだ。ファルバッサの《幻想世界》や、クウの《幻夜眼》は二つの系統の幻術を組み合わせた効果を持っている。
(一応だが、最悪の場合は全力で滅ぼし尽くすことも考慮しているぞ?)
”我もあまり気は進まぬが……その時は仕方なかろう”
クウとファルバッサはそう結論付けて念話を終える。
すぐにソラとしての思考に切り替えて周囲を見渡すとフィリアが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「おわっ!」
ソラは驚いて後ろに後ずさる。
「兄様? ずっと声を掛けておりましたのに返事も無いので心配しましたよ?」
フィリアがそう言ったのを聞いてソラも念話に集中し過ぎていたことに気付いた。フィリアだけでなく、村長のカバラやコルテ、エマも同様に心配そうな視線を送っている。
「ソラさん、どうかなさいましたか?」
「ソラさん?」
「ああ、いや。少し考え事をしていたんだ。問題ない。それよりもボロロートスとかいうトレントを少し調べてもいいか? 村長さんの言ったみたいに俺たちにも関係のあることみたいだからな」
コルテとエマに手を振りながらそう答えるソラ。ファルバッサとの念話会議でトレントに関しては対処することは確定しているので、改めて敵について調べることにしたのだ。
だがその言葉を聞いて村長は慌てたように声を上げる。
「待って下さい。あのトレントを無暗に調べて刺激するのは……」
ここ2か月でボロロートスの恐ろしさは身に染みているカバラにとって、ソラの発言は問題だった。心折れるまで村を襲った災いに立ち向かおうとはしたのだ。子供にしか見えないソラが調べると言っても無謀だとしか思えない。寧ろ余計な刺激を与えて村の滅亡を加速させるのではないかとヒヤヒヤしていたのだ。
だがそんなカバラに首を振りながらソラは答える。
「まぁ、心配するな。俺は情報系スキルを持っているから視認するだけで調べることができる。一応さっきもチラリと見てみたんだけど、もう一回調べ直したい」
「そう言うことでしたら……」
カバラはソラの調査を許可する。
ソラも一応はCランク冒険者……ということになっている。実際はもっと上の実力を持っているのだが、どちらにせよ村にいるどの人物よりも戦力としては上だった。カバラも冒険者であるソラに賭けてみることにしたのだ。
「大丈夫なのですか? ク……ソラ兄様?」
フィリアも心配そうに声を掛けるが、ソラは問題ないという風に手を振りながら立ち上がる。それにソラの《森羅万象》は通常の情報系スキルとは隔絶した最上位能力なのだ。視認した存在の情報を開示してくれるという能力だ。普通の解析能力とは性能が段違いである。
試行錯誤の上で知る行為を《解析》と呼ぶならば、《森羅万象》は正解が載せられた辞書を開いていることに等しい。そしてその情報は詳しく調べるならば、その内容はステータスに関連することにも及ぶ。種族特性や能力の詳しい性質、及びリスクなども知ることが可能だ。
「少し調べてみる。フィリアは付き合ってくれ。コルテとエマ、そして村長は待っていて欲しい。30分以内に戻ってくる」
「はい!」
フィリアは嬉しそうにしながらソラに続いて立ち上がり、コルテたち3人は頷いて期待を込めた視線を送る。特に妻の命が掛かっているコルテの顔には期待とは別に必死さも滲み出ていたのだった。
改めて外に出て遠目からトレントを見つめるソラ。村長の家の裏側に聳える巨大な樹だが、見る人が見れば怪しげな気配を放っていることが理解できる。一度ステータスを見た時に《気配察知 Lv8》と《魔力感知 Lv8》を所持していることを確認しているので、下手に近寄るのは避けた方が良いだろうと判断したのだ。
「どうです? クウ兄様?」
「見れば見るほど面倒だと分かるな。あとソラと呼べよ?」
「ここでは誰も聞いていませんよ。それにしても倒せないではなく面倒ですか……」
「まぁな」
フィリアは倒せないとは言わないソラに疑問を投げかける。先ほどのファルバッサとの念話会議はフィリアとは共有していないので、その気になれば倒せるかもしれないことは知らなかった。
そこでソラは先ほどの結論を手短に語る。
「あのボロロートスとかいうトレントはふざけた再生力を持っているらしい。体が一部でも残っていたら復活出来るみたいだな。この辺り一帯を消し飛ばせば倒せるかもしれないな」
「それは……ちょっと遠慮して頂きたいですね」
「だろ? まぁ、俺が翼出してお前を抱えるか、ファルバッサを召喚するかで逃げることはできるんだけどな」
そう言いつつボロロートスを見つめる。情報開示を発動させていき、そのスキルや特性についてを徐々に調べていく。弱点やリスクなどを熟知することで格上の敵に打ち勝つという日本のゲームで培った戦術を使えば楽に倒せるだろうと考えたのだ。
ゲームならば初めから攻略本やサイトを見るのは邪道だと言う者もいるが、命が掛かっている状況では悠長なことなど言ってられない。時間の許す限り調べ尽くすつもりだった。
「そうだったのですか……それで兄様は余裕だったのですね」
「そういうことだ……ん?」
「……どうしました?」
ソラが険しい表情を浮かべたのを見てフィリアが声を掛ける。だがすぐにソラの表情は面白いものを見たような風に変化した。
「なるほどね。突破口は見えたな」
そう呟いて踵を返した。





