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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
逃亡生活編
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EP85 生贄

 翌日、ソラたちは重い空気のまま朝を迎えていた。

 エマが生贄にされるという話はコルテに想像以上のダメージを与えていた。ある程度の詳しい話は聞いたのだが、昨夜の約束通り村長からの話を聞くために、ソラ、フィリア、コルテ、エマの4人で村長の家へと向かっていた。

 ちなみにリックとルゥはお留守番である。



「コルテ……」



 その途中で声を掛けてきた人物がいた。

 短くそろえた金髪、麻製品の粗末な服に錆掛けの槍を片手に持ったエトだ。寝ずの番を終えた丁度その帰りなのだった。



「エト……」


「その様子じゃ……ある程度は聞いたみたいだな」


「ああ、正直信じられないが」


「ともかく村長にはお前たちが行くことを伝えてある。そっちの旅人の御二人が行くかもしれないとも言っておいた。この村の状況を聞いて欲しい……」



 そう言ってエトはソラとフィリアの方へと目を向ける。二人もコクリと頷くが、その顔には厳しい表情が浮かんでいた。軽く村の状況をエマから聞いてはいたのだが、とても芳しいものではなかったのだ。

 エトはチラリと妹のエマの方にも視線を向けたが、何も言わずに去って行った。

 エマはその背を見ながらポツリと呟く。



「兄さんも私が生贄に選ばれたことで負い目を感じているのよ。悪く思わないで上げて……」


「わかっているさ。エトだって村のために頑張っている」



 コルテはそう言いながら村長の家へと歩みを進めていった。














 村長の家は村の中央付近にある。

 集落全体を木の柵が囲っており、出入り口となっている門から真っすぐ村の中央まで通りが伸びているのだが、その先に村長の家があるのだ。村を治める長の家らしく、他の民家と比べてかなり大きい。そして何よりも目を引き付けるのは村長の家の背後にある巨大な木だった。

 村の周囲はあらゆる植物が枯れているにも関わらず、その大木だけは青々とした葉が繁っていた。

 昨晩もソラが何かの気配を感じたソレ・・はどこか異様な存在感を放っている。4人はその大木へと一瞬だけ目を向けつつ、コルテが村長の家の扉を叩いた。



「入ってくれ」



 家の中から低い声が返ってくる。

 その声を聞いてコルテも扉を開いて家の中へと踏み込んだ。コルテに続いてエマ、ソラ、フィリアと入っていくと、部屋の中では壮年の男が一人で座っていた。コルテの家には無かった囲炉裏いろりが備え付けられており、部屋の中だけ暖かくなっている。



「適当に座ってくれ」



 その言葉に頷きつつ、4人は靴を脱いで囲炉裏の周囲に座っていく。男の右側にコルテとエマが、左側にソラとフィリアが座して男の方へと目を向けた。それを見て男も口を開く。



「よく帰ってきたなコルテ。そして旅人の二人もようこそ。私が村長のカバラだ」



 あまり歓迎しているようには見えないが、カバラはそう言いながら白湯を注いで4人に配る。土を焼いた陶器製のコップであることに少し驚いたソラだが、今は関係の無いことなので黙っておく。

 全員に白湯が渡ったところでカバラは話し始めた。



「その様子では少しは聞いたみたいだな」


「はい……」



 コルテは力なく答える。



「ともかく詳しい話を初めから話そうか―――」



 カバラは目を閉じながら話し始めた。



「今から2か月ほど前になる。突然あの化け物が現れた。それがこの家の裏にある巨大で邪悪な……『トレント』だ。奴が現れた瞬間に私たちは逃げようとした……のだが奴は私たちを殺そうとはせず、逃がさないように木の根を伸ばして妨害をしたのだ。そして奴はこう言葉を発した。

 『吾輩の名はボロロートス。貴様らは吾輩の養分だ。一週間に一度、人間を吾輩の養分として差し出せ』 とな。

 まぁ、もう少し細かいことを言っていたが、要約するとこんな感じだった。

 もちろん奴を倒そうとして立ち向かっていったが、あのボロロートスというトレントにはまるで歯が立たなかったのだ……そして周囲の植物は奴によって養分を吸い尽くされ、あっという間に枯らされていった。すでに収穫が終わっていたのが唯一の救いだったというべきだな」


名前持ちネームドモンスターか……そりゃ普通の村人には荷が重くて当然だ」


「うむ。死者こそでなかったが……いや、手加減されていたと言うべきか? 奴は生きた人間を養分としているようだ。死んではエサにならないとでも考えたんだろう。忌々しいことにな……」



 カバラは悔しそうな表情でそう語る。

 知恵を持つ名前持ちネームドモンスターの情報にソラとフィリアも気を引き締めた。名前持ちネームドの魔物は高度な知恵を持つことで有名だ。誰によって名付けがされているかは不明だとされているのだが、かなり高位な存在によるものだと考えられている。過去に捕獲した魔物に名前を付けるという実験をした者が居たのだが、魔物が高度な知恵を付けることは無かった上に、ステータス上も名前が付いていなかったという。ちなみにこの知識もソラが王城の書物庫で手に入れたものだ。



「そして奴への初めの生贄が私の親父……先代の村長になった。それで私が村長に就任したのは聞いていると思う」



 その言葉に4人は頷く。

 その辺りのあらましはエマから聞いていたので把握している。



「だが、ボロロートスが言っていたのは一週間に一度の生贄だ。親父が犠牲になってもたったの一週間の時間稼ぎにしかならない。すぐに次に生贄が必要になった……

 私は村長として次の生贄になることも考えたが、それに異を唱えたのがエマの兄……エトだった。エトはクジで次の生贄を選ぶことを提案したのだ。そして私はそれを了承した。反発する者もいたのだが、明確な対抗策がない以上は強気に反対できず、結局この案が採用された。

 もちろん生贄の対象に子供は除外していたがね」


「どうしても逃げることは無理だったのか?」


「誰もが何度も挑戦した。だが必ず木の根に邪魔されて逃げ出すことは不可能だった。そして一度だけ生贄を無視したときは木の根が襲いかかってきて村人の一人を無理やり養分として吸収してしまったのだ。私たちに出来ることは……もう、ない……」



 カバラは力なく項垂れる。

 新村長として色々と苦労したのだろう。実際、カバラは30歳手前なのだが見た目は壮年の男に見える。恐怖と疲れで一気に老け込んでしまったらしい。

 そんな中、コルテが口を開いた。



「そして今度の生贄で選ばれたのがエマだということですか……」


「そうだ。エトは自分が提案したシステムのせいでエマが……犠牲になることを酷く後悔して負い目に感じているようだった。彼を責めないでやってくれ。それにこのことを了承したのは私なのだからな」


「いえ……」



 コルテは膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめる。

 エトを責めているのではない。自分の知らぬ間に故郷がこのような目に遭っていたことが悔しくて堪らないのだ。そして無情にも妻が犠牲になろうとしていたことも……



「それで枯れた大地では誘導されるようにして木の根に襲われたのか。名前持ちネームドにしても知恵が回るみたいだな。厄介な奴が村に寄生したものだ」


「厄介? そんな程度どころではない! それにこの村を抜けられないのはあなた方も同様なのだぞ!」



 ポツリと呟いたソラの言葉にカバラが反応する。他人事ともとれるソラの言葉だが、カバラからすれば死活問題なのだ。それに木の根に阻まれている以上はソラとフィリアもいずれは生贄にされることは間違いない。

 ……本来ならそうなのだが、実はそうでもない。

 実際はファルバッサを召喚して空から逃げたり、天使の翼をだしてフィリアを抱えながら逃げるという手段もあるのだ。その気になれば逃げられる自信があるため、ソラは慌てた様子はない。そしてソラが厄介と言ったのは《森羅万象》でボロロートスのステータスを確認したからだった。





―――――――――――――――――――

ボロロートス   89歳

種族 神種トレント

Lv96


HP:15,899/15,899

MP:14,382/14,382


力 :13,192

体力 :14,654

魔力 :14,821

精神 :13,828

俊敏 :183

器用 :8,482

運 :19


【魂源能力】

無尽群体ボルボックス


【通常能力】

《気配察知 Lv8》

《魔力感知 Lv8》

《打撃 Lv4》


【称号】

《天の因子を受け入れし者》《半不滅》

《植物の天敵》

―――――――――――――――――――





無尽群体ボルボックス

全身の細胞を分化させずに同一化させる。

体のほとんどを滅ぼされたとしても、細胞が

一つでも残っていれば意思を移し替えて再生

が可能となる。生きた生物から吸収すること

で再生可能な細胞をストックすることができ

る。




 そして称号がこのように表示された。




《天の因子を受け入れし者》

魂の封印を解放する因子を受け入れた証。






(なんで加護も無しに【魂源能力】なんか持っているんだよ……)



 簡単には死なないボロロートスの【魂源能力】の厄介さと謎に、ソラは辟易するのだった。



(それに『神種』というもの初めて見る。魂の封印を解放するとかいう称号が関係しているとは思うんだが、本当に厄介極まりないな)



 ステータス上はソラがボロロートスに負ける要素は無い。レベルも能力も圧倒しているのだ。

 だがここで問題になるのは【魂源能力】の《無尽群体ボルボックス》による不死性と再生能力だ。負ける要素はないのだが、勝つことも難しいという状況である。

 《幻夜眼ニュクス・マティ》で精神を崩壊させて殺す幻術を使えば倒すことができるかもしれないが、ソラとボロロートスの精神値の差では、幻術だけで殺害するのは不可能である。

 《月魔法》の現在最強の攻撃である《月蝕赫閃光エクリプス》を使うという方法もあるのだが、村もろとも消し飛ばす覚悟が必要となる。それにボロロートスの根がどこまで伸びているか不明であるため、細胞一つでも消滅を免れれば復活可能となるのだ。



「私たちに残された手段はない。残された時間を惨めに過ごすことだけだ」



 カバラは首を振りながらそう告げた。

 そんな力のない言葉を聞いて黙り込むコルテ、エマ、そしてフィリア。

 だがソラだけは対抗策を見つけようとしていた。



(聞こえるか? ファルバッサ)


”呼んだか? クウよ”



 黒いグローブに隠された魔法陣が僅かに光っていた。



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