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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
逃亡生活編
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EP84 コルテの家

10万PV突破

1万4000UA突破です


こんなに多くの人たちに読んでいただいて嬉しいです。

完結目指して頑張ります!


「ここが私の家になります。妻と話をしますので少しお待ちください」



 コルテに案内されて連れて来られたソラとフィリアは、一軒の木造家屋の前に立っていた。日本の風景に慣れたソラや、元貴族のフィリアからしてみれば小屋のような見た目ではあるが、一般的な村人の民家としては大きな方だ。

 普通の農民の民家は、土間に繋がるようにして居間が一つあるのみだ。昔の日本民家のような囲炉裏いろりはないが、それに近い構造をしている。基本的にはその一部屋を家族全員で共有するため、個人用の部屋などは無い。だがコルテの家には居間に加えて二部屋もあるのだ。当然ながらコルテと妻、そしてリックとその妹という分け方をしている。

 ともあれ久しぶりの我が家に感慨深い表情をしているコルテは、目の前にあるスライド式の扉に手を掛け……ようとしたところ、勝手にガラリと開いた。そこに立っていたのは一人の女性。少しくすんだ金髪を肩口で揃えており、その顔には驚愕の表情が窺える。



「コルテさん……帰ってきたのね」


「ああ、ただいまエマ」



 戸口の前で二人は抱き合う。

 約9か月ぶりの夫婦での再会なのだ。それにコルテはある程度の危険をおかして村の外から物資を仕入れてくるという役目を負っている。魔物や盗賊に襲われるリスクも高いため、妻であるエマは毎日心配していたのだ。

 エマはその瞳の端に薄っすらと涙を浮かべながら、しばらくコルテと抱き合っていたのだった。

 コルテもそんな妻の様子に苦笑しながら両手をエマの腰に回しつつ口を開く。



「今年も何とか帰ってこれたよ。娘も……ルゥも元気にしているかい?」


「ええ、ルゥも……私も大丈夫よ」



 どこか口籠りながら答えるエマ。そんな彼女に何かを感じたコルテだが、それを口にする前にエマが言葉を続ける。



「何か外が騒がしくて……扉を開けてみたらアナタがいたから驚いたわ。もしかして騒ぎの原因はアナタが帰ってきたから? それとも……後ろの御二人のせいかしら?」



 エマの視線が後ろに控えているソラとフィリアへと向けられる。

 たった百人と少しが住んでいるような小さな村なのだ。コルテの馬車が村へと入ってきた騒ぎが聞こえないハズがない。

 エマも初めは何の騒ぎか分からず、もしや魔物の襲来でもあったのかと考えて警戒していたのだが、いざ扉を開けてみればそこにいたのは夫と謎の二人の人物だ。騒ぎの原因は判明したものの、この辺境村に見かけない若者がいるのは少し不自然なことだったのだ。エマに別の警戒が生まれても仕方がない。

 そんな彼女の様子にコルテは苦笑しながら静かに答える。



「この二人は大丈夫だよ。私が盗賊に襲われたときに助けてくれた……まぁ、少し違うけど、間接的に助けてくれた恩人だよ」


「まぁ、そうだったの? コルテさんを助けてくれて本当にありがとう。色々と勘ぐってしまってごめんなさいね」


「いや、こっちも成り行きだったしな……」



 礼を言って腰を折るエマに、ソラも適当にあしらう。実際、助けたのは偶然であり、盗賊たちの矛先が向けられたところを返り討ちにしたに過ぎない。それがコルテを守ることに繋がっただけである。ソラとしてはお礼を言われるほどのことをしたつもりはない。

 それでも頭を下げたまま上げないエマをどうしようかと考えていた時、家の奥から可愛らしい声が聞こえてきた。



「お母さ~ん。どうかしたの~?」



 トテトテパタパタと軽快な音を立てながら走ってくる音がして、家の扉の奥から一人の少女が顔を出した。エマに似た金髪と髪型であり、クリッとした瞳が保護欲を掻き立てる風貌をしている。



「ルゥ!」


「あ、お父さん!」



 コルテの娘、ルゥは母親のエマ同様にコルテへと抱き着く。身長が足りない分はコルテが屈んでルゥをしっかりと抱きとめた。満面の笑みを浮かべるルゥはまだ8歳。まだまだ父親に懐いている年頃である。



「お父さん待ってたよ!」


「ああ、エトおじさんにもさっき聞いたよ」


「まぁ、兄さんにも会ったのですか? ……そう言えば今日は兄さんが門番の日でしたね」



 村の門の警備をしていたコルテの友人であるエトは、エマの兄でもある。コルテからすれば義兄にあたる人物なのだが、古くからの友人でもある彼を義兄にいさんとは呼ばないのだ。ただし娘のルゥは「エトおじさん」と呼んでいたりする。

 そんなほっこりとした場面を見せられたまま放置されていたソラとフィリアは、それとなくアウェイな状態になっていたのだが、それに気づいたコルテが改めて紹介し直す。



「ルゥが来て話が逸れてしまったが……この二人はここまで私を守ってくれた恩人だ。今日は家に泊めたいと思っているから用意をしてくれ」


「もちろんよ。アナタの恩人なら丁重におもてなしするわ。粗末な家ですけど上がってね?」


「ああ、お世話になる」


「お願いしますね」



 エマに促されてソラとフィリアはコルテの家へと足を踏み入れる。

 入ったところは土間になっており、簡単な調理台やかまどが据え付けられていたのだが、何より驚いたのが靴を脱いで居間に上がることだ。基本的には靴を履いたまま家に上がるのが街にある一般的な家のスタイルなのだが、ここでは土間で靴を脱いで室内へと入るスタイルだった。

 そのことに二人は……特にフィリアは驚愕の表情をしていた。靴を脱いで家に上がるという初めて見る光景は、フィリアの常識をひっくり返すほどの異常だったらしく。そそくさと居間に上がるエマを見て固まっている。

 右手を娘のルゥと繋ぎつつ、扉を閉めて家に入ってきたコルテはソラとフィリアが驚いた顔をしているのを見て、何かを察したかのように口を開いた。



「驚きましたか? ここでは靴を脱いで部屋に入るのですよ。街では絶対に見られない光景でしょう?」


「ええ、とても驚きました。これは初めての体験です」


「うん……そうだな」



 少し戸惑いながらも靴を脱いで部屋に上がるフィリア。ソラもそれに続くが、日本生まれの彼にとっては懐かしいの一言だ。だが、兄妹きょうだい設定をしているため、ソラだけが知っているとなっては不自然になってしまう。懐かしさを語りたい気持ちをグッと堪えて、フィリアに話を合わせた。

 フィリアは何となくソラの口調に違和感を感じて何かを言おうとしたのだが、その前にふと口を開いたルゥの言葉が場を凍らせた。



「ねぇ、お父さん。お兄ちゃんは?」


『……あっ!』



 コルテ、ソラ、フィリアの声が重なる。

 ここに辿り着くまで、戦闘で役に立たないリックは馬車の中に入っていた。襲いかかる木の根を避け、荒れた道を爆走し、度重なるフィリアの魔法による爆発でミキサーの中の野菜のように掻き回されたリックは完全に気絶しており、すっかり忘れ去られていた。

 3人も襲ってくる木の根から逃げ延びたことで安心しきっていたため、リックの存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 すぐに家を飛び出したコルテは、馬車の中で目を回して気絶しているリックを発見し、急いで家の中へと運び込み、フィリアが回復魔法で治療するなど大騒ぎになったのだった。



















「全く……大事な息子を忘れちゃダメでしょ?」


「う、うむ。面目ない」



 帰宅して早々に妻から御叱りを受けるコルテ。エマに膝枕で寝かされている気絶状態のリックの前で、コルテは土下座しながら謝っている。



(というか土下座文化あるんだな……)



 惨めなコルテの姿を見ながら、ソラは遠い目をする。

 昔の日本家屋のような造りの家に、土下座。西洋風の顔立ちをしているコルテの一家では違和感しか感じなかった。さらに着ているものも麻で出来た洋服なのだ。中途半端にタイムスリップでもしたかのような気分になる。



「村まで戻ってくるときに……その、木の化け物に襲われて……何とか辿り着くことが出来たんだ。その嬉しさと安堵でリックのことがすっかり頭から抜けていて……」



 言い訳じみたコルテの言葉にエマの頬がピクリと動く。

 いくら何でも息子を忘れるのはダメだろ! とソラは思うのだが、エマが反応したのはそこではなかった。



「木の……化け物?」



 そう呟いてエマは顔を青くする。土下座しているコルテは全く気付いていなかったが、エマの表情があっという間に悲痛なものへと変わっていった。

 そんな彼女に関係なくコルテは話を続ける。



「地面から木の根を生やして攻撃されて……ソラさんとフィリアさんに守ってもらいながらここまで走り抜けてきたんだ。久しぶりに帰ってきたら村の周りは枯れ果てているし、訳の分からない怪物に襲われるしで大変だったんだよ。エトは何かを知っているようだったけど教えてくれなかったし……」


「…………そう」



 どこか気の抜けたような、上の空な反応を見せるエマを不審に感じたのか、コルテは顔を上げてエマの顔を見上げる。するとエマは両目を濡らしながら物悲し気な表情をしていた。



「……どうしたんだエマ?」


「お母さん、どうして泣いてるの?」



 コルテはすぐさまエマに近寄って両肩を掴む。娘のルゥも心配そうに母親を見上げており、部外者のソラとフィリアに関しては完全に空気と化していた。

 エマは左手の人差し指で目元を拭いつつ、右手でコルテの両手を除ける。そしてギュッと自分の服の端を握っている娘のルゥを撫でつつ、静かに口を開いた。



「コルテさんもリックも帰ってきたし……そろそろルゥにも言うべきね―――」



 そこで一旦言葉を止め、3回ほど深呼吸するエマ。その間が重たい空気をさらに重たくしているように感じる。何かを覚悟したようなエマの口調に、部外者であるはずのソラとフィリアまでも固唾を飲んで聞き入っていた。

 リックの寝息とエマの吐く息の音だけが空間を支配し、そしてエマはもう一度口を開いて言葉を続ける。



「私ね……明後日に生贄にされるのよ……」



 何のことか分からない……と言った表情を浮かべるコルテと不安そうなルゥ。ふざけた様子ではない彼女を見て全員がエマの言った意味を理解していく。

 そして追撃するかのようにエマが一言。



「アナタとも……リックともルゥとも明後日でお別れなのよ」



 その場の全員が言葉を失った。




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