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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
逃亡生活編
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EP83 辺境村

「こいつは拙いな」



 ソラは駆ける馬車に並走しながらポツリと呟く。

 天使としての並外れた能力に加えて《身体強化》をしているからこそ、全力で走る馬車に余裕で付いていきながら迫りくる木の根を撃退出来るのだが、だからこそ木の根からの攻撃の法則性に気付いていた。



「やはり誘導されている……だからと言ってされるがままに進むしかないんだけどな」



 襲い来る木の根は馬車の進む道を制限するようにして地面から突き出てくる。そして容易に撃退できる程度・・の攻撃しかしてこないのだ。明らかにある方向へと誘導されているとしか思えない展開なのだが、ソラが本気を出しても無限に再生し続ける木の根を滅ぼすことは難しい。今は相手の望み通りに走るしか方法はなかった。

 周囲は既に暗く、ソラの出した《光灯ライト》の明かりだけが頼りだ。乾ききった大地はゴツゴツとしており、馬車は大きく揺れている。《光灯ライト》の光も届かず、ミキサーのように掻き回されている馬車内のリックはかなり気分が悪くなりかけていた。



「うっぷ……誰か……助け……うぇ……」



 当然だがその声は誰にも届かず、リックはしばらく苦しめられることになる。



「見えました! アレは私たちの村に間違いありません!」



 馬車を操りながらコルテが視線を向けて叫んだその先には、僅かに炎の明かりが灯っている場所があった。それは辺境村などでされている不寝番のための篝火。いきなり魔物が襲いかかってきたときに、真っ先に警鐘を打ち鳴らすための人員のためのものだ。

 魔物対策に造られた簡単な木の柵とやぐらに括り付けられており、村全体をぼんやりと明るく照らしているのが見える。向こうにも木の根に襲われているソラたちに気付いたのか、慌ただしくしている雰囲気が感じ取れた。それを見たコルテは驚きながら口を開く。



「村の皆は生きていたのか!? だが……このままでは村へと木の根を近づけてしまう!」


「ですが木の根の攻撃は明らかにあの村へと誘導しています! 理由は不明ですが先ほどから襲ってくる木の根は決定的な攻撃をしていません」


「それは……」



 さすがの二人も木の根に進行方向を誘導されていることは気づいていた。だが二人にもどうしようもないため、大人しく誘導されるしかなかったのだ。ソラとフィリアは出来るだけ誘導方向に逆らうようにして木の根を潰して道を切り開いていったのだが、再生力が凄まじいために効果がなかった。



「おいおい……さすがに俺も疲れてきたぞ……」



 一方のソラも、走りながら周囲の木の根を切り裂き続けることに疲れていた。いや、体力的な疲れはまだ大丈夫なのだが、精神的な疲れはどうしようもない。常時《光灯ライト》を発動させながら木の根を捌くのは簡単ではない上、《光灯ライト》の光と《気配察知 Lv6》だけが頼りの中で馬車を守り続けるのは並みの実力では出来ない。

 そしてソラの心労を感じ取ったかのように、いきなり馬車の背後から迫る木の根が数倍になった。



「ちっ、トドメのつもりか?」



 地面を穴だらけにしながら次々と出現する木の根が馬車とソラに向かって同時に襲い掛かる。もしも直撃すれば即死は免れないほどの物量だったが、ソラは落ち着いた様子で対処した。



「《魔装甲》《魔障壁》……『魔斬』!」



 念のため《魔装甲》を纏いつつ《魔障壁》で自分に襲い来る木の根を防ぎ、《魔纏》と《魔弾》を組み合わせた魔力の斬撃を飛ばす『魔斬』で馬車へと迫る木の根を切断する。《魔障壁》を迂回してソラまで辿り着いた木の根は《魔装甲》によってはじき返された。

 木の根は魔力を圧縮して纏っているソラを危険だと判断したのか、馬車へと向けていた木の根の攻撃を全てソラに回す。

 走るソラを包囲するようにして数十本もの木の根が出現し、外からはソラの姿が見えなくなる。前方の対処に必死になっているコルテとフィリアはそれに気づかないため外部からの援助は期待できないが、ソラにはまだ余裕があった。



「舐めるなよっ!」


 

 ソラは瞬間的に天使の翼を解放して3対6枚の銀翼を出す。見た目は皮膜のような翼だが、ソラはそれを触手のように自在にコントロールすることができる。ソラは身を捻って回転しつつ、6枚の翼を操作して迫りくる木の根を全て切り裂いた。薄い刃物のような鋭さを持つソラの翼に切り裂かれた木の根はバラバラと崩れて、ソラは難なく脱出する。それと同時に翼を解除しておくのも忘れない。僅かに灰色とも銀色とも呼べる輝く粒子が残っていたのだが、それに気づく者はいなかった。



「ああ……村がもう目の前に……」



 コルテの悲痛な言葉が僅かに聞こえて、ソラはチラリと前方に目を向けた。確かに残り数百メートルで村へと辿り着いてしまう。そうすれば木の根の攻撃を引き連れている自分たちのせいで村の人々が傷つく可能性は限りなく大きい。

 だがコルテの願いと裏腹に木の根に誘導されるまま馬車を走らせてしまい、村との距離は徐々に縮んでいく。

 残り200m……100m……50m……



「ダメか……」



 誰かが諦めの声を漏らした……

 このままでは村へと被害を齎してしまうだけでなく、上手く避けなければ閉じている村の門へと激突してしまうことになる。だが速度を緩めたくとも木の根は容赦なく背後から迫っている。

 村の見張りも慌てているのが見え、手を大きく振って停止するように合図を出しているのだが、それで止まれるハズがない。門番も停止は無理だと判断したのか、急いで村の門を開こうとしていた。



「いい加減に消えろよ!」



 意味がないと思いつつもそう叫んで木の根を切り裂くソラ。

 だが突然、激しさを増していた木の根の攻撃はパタリと止んで、全て地中へと戻ってしまった。



『えっ?』



 ソラ、フィリア、コルテの3人は同時に気の抜けたような声を上げる。そしてコルテはハッとして慌てて馬車に急制動を掛けた。残り20mを切っていたために止まりきることは出来ないが、ギリギリ門番が村の門を開いたために、ぶつかることなく村の中に少し入ったところで停止できた。



『えっ?』



 3人はもう一度だけ声を上げつつ周囲を見渡す。

 およそ20軒ほどの木造家屋が建ち並び、それを囲い込むようにして木の柵が張めぐされている。たまに大きめの建築物も見えるのだが、その扉の前には見張のような男が立っており、何かを守っているように見える。基本的に暗いのだが、所々に篝火が焚かれているために《光灯ライト》の光がなくとも十分に視界を確保できた。

 改めて振り返ってみると、執拗に襲ってきていた木の根は既に見当たらず、馬車が急停止するときに出来たわだちだけが残っている。それを見てコルテは御者台から転がり落ちるようにして地面に降りて両膝を着き、安堵のため息を吐いていた。魔力を大きく消費したフィリアも同様に御者台から降りて座り込み、汗を滲ませながら荒い息を吐いていた。ソラはすぐにフィリアの元へと近寄って虚空リングから取り出した水を分け与えつつ、《魔呼吸》でフィリアの回復を促す。



「すみませんクウ兄様」


「いいさ、お疲れさま。それとここではソラと呼べよ?」


「あっ! そうでした」



 フィリアが水を口に含んで落ち着くのを見て、ソラも同様に水を飲む。体力的に問題ないとは言え、ずっと走りながら戦闘を続けていたのだからそれなりの疲れはある。特に精神的な疲労は計り知れない。



(こういう時は甘い物が欲しいよな……)



 ソラは嗜好品で溢れていた日本の生活を思い出して溜息を吐く。こうした生活を続けていれば、如何に日本が贅沢だったかを思い知らされた。近くのコンビニへ行けば大抵の欲しいものが売ってあるという状況がどれほど素晴らしいか深く感じられたのだった。

 そんな故郷の生活を思い出していると、ソラの《気配察知 Lv6》が4人分の反応を捉えた。恐らくは先ほどの門番と、用途不明の大きな建物の入り口を見張っていた男だろうと考えて振り返る。予想通り、警戒しつつも門の方向から2人……そして謎の建物の方からも2人の男が近づいて来ていた。



「こんな時間に何者かと思ったが……まさかコルテの馬車か?」


「その声はエトか!?」


「ああ」



 コルテは疲れている体に鞭を打って立ち上がり、エトと呼ばれた門番の男と抱き合う。二人は仲の良い友人同士らしく、久しぶりに出会えたことを喜び合っていた。それを見て近寄ってきていた他の3人の男たちも、目を丸くしてコルテの元へと駆け寄る。



「本当にコルテか! よくぞ無事で……」


「今年も帰ってきたか!」


「嫁さんと娘さんが待ちわびていたぞ? 本当によく帰ってきたな!」


「ええ、おかげさまで何とかね」



 小さな辺境の村らしく住民全体が知り合い以上という仲であるため、村の外に出て必要物資を仕入れてくるコルテの帰りを本気で喜んでいた。ソラとフィリアはそんな彼らに微笑ましい視線を送っていると、急に5人が2人の方へと振り向いて近寄って頭を下げた。



「二人とも村までコルテを護衛してくれたんだってな? 本当にありがとう」


「それに襲ってきた木の化け物からも守ってくれたそうだな。本当に感謝している」


「ありがとう」


「君達は村全体の恩人だよ」


「改めてソラさん、フィリアさん、ありがとうございます」



 5人は口々にお礼を言って何度も頭を下げる。そんな彼らに一瞬戸惑ったような顔をしたソラとフィリアだが、すぐに恥ずかしそうにして口を開いた。



「いや、もののついでだったしな」


「はい、わたくしたちも馬車に乗せていただきましたし……」



 冒険者としての依頼ではこれほどまで心からのお礼を言われることは少ない。あくまでも雇う側と雇われる側の関係であり、金で成り立っている関係でしかない。もちろん中には心から礼を述べる依頼主もいるのだが、これほどまでに感謝の心を言い表わすのも珍しいのだ。



「それにしても襲ってきた木の根は何だったんだ?」



 ふとソラが疑問を口にすると、コルテ以外の村の男たちが困ったような顔をして黙り込む。それに不審に感じたソラはさらに問いかけようとするが、その前にコルテが先に口を開いた。



「そうです。あのような化け物がいながらどうして村は無事なのですか? それにこの辺り一帯に広がる枯れた大地は一体……?」



 そう問いかけられた4人は彼らの内で視線を交わしながら気まずそうな雰囲気を出す。お互いに説明役を押し付け合っているようだったが、遂にはエトと呼ばれた男が負けて口を開いた。



「そのことは明日にでも村長に会って貰って説明を聞いてくれ。一応こちらからも連絡はしておく。そちらの冒険者のお二人も同席して構わないから、今日のところは休んで欲しい」


「……分かった」



 コルテはすぐにでも説明が欲しそうな顔をしていたが、何かを察して引き下がる。そしてソラとフィリアの方を向いて話しかける。



「今夜は私の家でお休みください。色々と迷惑もかけましたし、夕食を妻に作らせましょう」


「そう言えばお腹空いたな」


「野営をしようとしていたところを襲われましたからね」



 ソラとフィリアはコルテの好意に甘えることにして彼の家へと付いて行く。夜の番をしていた4人の男たちも持ち場へと戻っていき、村には再び静けさが戻った。

 ソラは馬車の馬を引きながら自分の家を目指すコルテの後姿を見ながらふと考えていた。



(何かを忘れているような……ん?)



 何かの気配と魔力を感じたような気がして村の中央付近に目を向けると、何か樹のようなものの陰が見えた。村の周囲にある枯れた大地と異なり、明らかに葉を付けたそれなりに大きな樹であるため、少し不審に思ったのだが、疲れていたソラは一旦気にしないことにしたのだった。






















 ちなみにすっかり忘れられていたリックだが……

 激しい馬車の走行でミキサーのように掻き回され、最後は急停止で馬車前方に転がって頭を打ち、完全に気を失っていたのだった。



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