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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
逃亡生活編
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EP82 襲う木の根


「兄様、どうしましたか!?」


「父さん!」



 さすがに謎の木の根との戦闘音に気付いたフィリアとリックが馬車から飛び出した。だが、陥没して割れている大地や、押しつぶされて散らばっている木の根を見て言葉を失い、立ち止まる。その戦闘跡の中心では、ソラが何かを考え込んでいる様子で佇んでいた。

 そんなソラに代わってコルテが二人に状況を説明する。



「い、いや、今しがたソラさんが植物の根のような何かに襲われたんだ。そこの枯れている領域に入った瞬間にね。見ての通り撃退してしまったようだけど」



 それを聞いて、フィリアとリックは納得と驚愕の表情を浮かべる。

 ソラの能力は研究途中であり、フィリアでさえもその全容を知らない。もちろんリックは言わずもがな。それに加えて、大地が陥没してひび割れるという現象を目の前にして驚かないハズがなかった。もちろんそれはコルテも同様なのだが、驚きすぎて目をカッと見開いている息子のリックを見て逆に冷静になってしまったのだった。



「とりあえずは安全みたいだけど、このままでは村まで帰れるか分からない。だが村も無事なのかどうかも確かめないといけない。どうするべきか……?」



 コルテは難しい顔をして故郷の村の方へと向き直る。ソラが襲われた植物の根のようなものを見せられたのだから、当然ながら心配はしている。だがそれと同時に半分は諦めてもいた。

 彼の村は人口も100人と少し程度の小さな規模でしかない。もちろん戦える人材などいないのだ。先ほどのような攻撃に晒されれば、確実に全滅している。だが、それでも僅かな希望を抱かずにはいられなかったのだった。村に残してきた妻と娘……それを考えるだけでコルテの不安は収まらない。

 しかしそれを見かねたフィリアが重くなった空気をどうにかしようとして口を開いた。



「あの、今日はこの近くで野宿にしませんか? どちらにしても既に日がほとんど落ちています。ここで悩んでいても無駄に時間が過ぎるだけですし、一旦休んでから考えましょう」



 確かに太陽は半分以上沈んでおり、あと少しで周囲は完全な夜へと変わるだろう。元々ギリギリで村へとたどり着けるかどうかという様子であったため、ここでの時間のロスは悪手だった。

 その言葉を聞いて顔を上げたコルテも、その通りかもしれないと考えて納得する。一刻も早く帰りたいという思いはあるのだが、焦って自分や息子の安全が損なわれては意味がないのだ。それこそ自分一人ならば無理やり突破しようとしたかもしれないが、リックまで危険な目に遭わせる訳にはいかない。



「そうですね。念のためここから離れて……」



 ”野営をしましょう”と言おうとしたコルテの言葉は突然起こった地震で遮られた。

 予兆も感じさせない急激な地面の振動で4人は体勢を崩されて膝を着く。馬車に繋がれた馬もよろけて倒れそうになるが、何とか耐えきっていた。一度倒れると自力では立ち上がれない馬にとって、倒れるということは致命的なのだ。

 そんな地震の中でソラは周囲を警戒しながら叫ぶ。



「フィリアは大丈夫か!」


「はい。ですがコルテさんとリックさんが……」



 ソラはコルテとリックの方へと目を向けると、二人は両手をついて地面で縮こまっていた。それもそのはずで、この二人は地震など経験したことがないからだ。もちろんフィリアも経験はないのだが、魔物の地響きは体感したことがあるので、二人よりかは冷静だった。言わずもがな、地震大国の出身であるソラが最も余裕だった。



(このタイミングで地震だと? この辺りは大陸の中心部だからプレートによる地震じゃない。つまりは火山性か活断層系のモノだと考えられる。もしくは地面の中を何かが高速で動き回っているの……か……)



 そこまで考えて、ソラはサッと顔を青くする。

 先程ソラを襲ってきた木の根はどこから攻撃してきたのか? それは地面の中からだ。そして攻撃の主にはソラが木の根を撃退したことも伝わっているのは間違いない。とすれば攻撃の第二陣を送ってきてもおかしくはないのだ。つまり、この揺れは地中を突き進んでいる木の根によるものであり……


 ズゴッ! ゴゴッ! ガゴゴッ!


 ソラの予想通り、4人と馬車を取り囲むようにして大量の木の根が飛び出してきた。しかも馬車の背後に数が集中しており、上手く逃走を防止しようとしている。



「ちっ! コルテとリックは伏せてろ! リ……フィリアは前方を炎で焼き尽くせ!」



 焦ってまたリアと呼びそうになったソラだが、すぐに言い直して指示を出す。フィリアはアイテム袋から愛用の杖を取り出して魔法のイメージを固め始めた。それと同時にソラも虚空リングから神刀・虚月こげつを取り出して左手に持つ。

 木の根が地中から飛び出したことで地震はいくらか収まり、何とか立ち上がれる程にはなった。二人は立ちあがって同時に攻撃をする。



「『虚閃こせん』!」


「『《火炎連槍撃ミリオニア・バーニング・スピア》』!」



 ソラは魔力を通した神刀・虚月を抜き放って馬車後方から現れた木の根に刃を通過させて納刀する。天使として最高位の能力をもっているソラの本気の一撃であり、抜刀から納刀までに掛かった時間は僅かにコンマ3秒。魔力を通した状態で切り付けた物を納刀時に事象切断する能力を保有している神刀・虚月のおかげで、背後から迫っていた木の根は一瞬で切り裂かれていた。

 そして前方と横方向から迫っていた木の根はフィリアの炎魔法によって焼き尽くされる。ソラの科学の講義によって無詠唱の炎魔法を操れるようになったため、瞬間的に攻撃を放てるようになっていた。また、フィリアもLv100を越えた《到達者》であり、その威力は折り紙付きだと言える。

 出現した木の根を撃退したところでソラは他の3人に向かって叫んだ。



「全員馬車に飛び乗れ! すぐに逃げるぞ! こいつらはすぐに再生する!」



 ソラの言った通り、切り裂かれた木の根の先から再生が始まっており、さらに次々と地面から新しい木の根も出現していた。

 コルテとリックは慌てて馬車へと飛び乗り、フィリアが炎魔法でそれを援護する。ソラはその間も馬車へと根を伸ばそうとしているのを邪魔して時間を稼いでいた。



「フィリアは御者台に乗って魔法を撃ちまくれ! 俺は《身体強化》しながら自力で走る。リックは馬車の中で大人しくしていろよ! コルテは準備が出来たらすぐに出発しろ!」


『はい!』



 返事は聞こえて来たが、誰の返事だったかは分からない。ソラは切っても切っても再生して新たに出現する木の根を相手にするので精いっぱいだった。途中で「滅び」の性質を込めた魔法である《暗黒滅弾ダークネス・ストライク》も使ってみたのだが、範囲が狭いので木の根の再生速度の方が上回っている。



(クソッ! 「矛盾」の魔法……《月蝕赫閃光エクリプス》じゃないと無理か。あれは詠唱がないと制御が難しいからこの場では使えないんだが……)



 それでも無詠唱で放てる魔法を織り交ぜながらひたすらに迫りくる木の根を処理し続けていた。天使の翼を使った高速機動をすれば押し返せるかもしれないが、コルテが見ている以上は使う訳にはいかない。見た目は冷静だが、内心では酷く焦っていた。

 だが焦っていたのはソラだけではなかった。



「くっ、お願いだから言うことを聞いてくれ……」



 必死で馬を宥めながらどうにか走らせようとしているコルテだ。

 コルテの馬車を引いている馬は軍馬のように鍛えられた存在ではないので、こういった不測の事態に陥ると恐慌で動けなくなる。馬はどんなに鞭を打っても動き出す様子は無かった。



「『《火炎連槍撃ミリオニア・バーニング・スピア》』!」



 隣で魔法を撃ち続けるフィリアが再び大規模な爆発を引きおこす。大量の炎の槍を飛ばして連鎖爆破を引き起こす上級の魔法なのだが、その爆発が馬にさらなる恐怖を与えていた。もちろんフィリアに悪気はなく、そうしなければ木の根が迫ってくるのだから仕方のないことだ。だが、馬はますます精神こころを乱し、とても走りだせる様子はない。



(ダメか……)



 コルテの中に諦めが渦巻く。

 だがそれを切り裂くような鋭い声が背後から聞こえてきた。



「コルテ! すぐに手綱を握ってコントロールしろ!」


「ブルルルッ!」



 背後からの声……つまり馬車後方で木の根を防いでいるソラからの言葉が言い終わらない内に馬が嘶いて落ち着きを取り戻してしまった。先ほどまでの恐慌が嘘だったかのように自然体に戻り、いつでも走りだせる状態になったのだ。



「なっ!?」


「急げ!」



 驚いている暇もないとばかりに急かすソラの言葉を聞いて、コルテは一息に鞭を打って馬車を発車させる。後ろからは大量の木の根が迫っているため、前方向に……つまり枯れた大地の広がる方向にしか進めないのだが、今はそれでも構わなかった。この場を乗り切る。それだけを考えて無心に馬車をコントロールすることだけに集中をし始めた。



「よし……」



 ソラも馬車が走り始めたのを見て後を追いかける。

 コルテの馬が急に落ち着きを取り戻したのはソラの【魂源能力】である《幻夜眼ニュクス・マティ》による効果だ。幻術のさらに上位の効果である催眠で馬の精神こころを落ち着かせたのだ。五感に作用させて無いものを在るように見せかけるのが幻術だとすれば、五感を乗っ取ってしまうのが催眠だ。幻術ならば破ることはできるのだが、一度催眠に掛けられると自力での解除は難しい。それを利用してコルテの馬の不安と恐慌を制御してみせたのだ。



「『《光灯ライト×5》』」



 ソラは走りながら光魔法で光源を創りだして明かりにする。完全に日が沈んでしまったので、周囲は既に暗闇に包まれている。馬を走らせるにしても明かりがなければ不可能に近いので、ソラは5つの《光灯ライト》を馬車の周囲に追随させた。

 コルテも一瞬だけ驚いたが、すぐにフィリアがソラの魔法だと説明する。コルテは謎の魔法――重力の月魔法――だけでなく、光魔法も使うソラに驚きつつも馬車の操作に集中した。今はソラの能力よりも生き残る方が大切なのだ。

 干からびた夜の大地を一台の馬車が駆け抜けていった。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 一度倒れると自力では立ち上がれない馬にとって、倒れるということは致命的なのだ。 普通に起き上がれる。競走馬の安楽死と勘違いしていないか?
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