EP80 平原の異変
前話でクウとリアの偽名が反映されていませんでした。アホですね。
地の分は本名にして、会話文を偽名にしようとしたのですが、途中で混ざってしまうのでしばらくは偽名onlyにします。
クウ=ソラ
リア=フィリア
でお楽しみください。
あと、さっそくのご指摘に感謝です。
カラカラと軽快な音を立てながら野を走っていく馬車。御者台には痩せた中年の男コルテと共に、髪から服まで真っ黒な少年クウ――今はソラと名乗っている――が座っている。前方には緑の絨毯が広がり、様々な木々も見受けられる。地球のように整備された道でないために、かなりの頻度でお尻を強打することになるのだが、こんなこともあろうかと用意してあったクッションを敷いて衝撃を軽減している。荷物を大量に持っていても気にならない虚空リングのおかげだ。
「長閑だな」
「長閑ですね」
変わり映えの無い景色も飽きてきた頃だが、召喚されて以来ずっと忙しくしていたソラとしては静かなひと時を過ごすのも悪くないと思っている。
逃げるようにして王都を飛び出し、迷宮を破竹の勢いで攻略し、リア——今はフィリアと名乗っている――を仲間に加え、天使になったと思えばレインに襲撃された。しかも半年と少しの間に起ったことなのだ。少しぐらい怠惰な時間を過ごしてもいいだろう。
そんなことを考えながらソラはコルテへと話しかける。
「そう言えばどれぐらいでコルテの故郷の村に到着する予定なんだ?」
「そうですね……この調子なら明日の昼までには到着するでしょうか? ずっと走り続ければ今日の夜にでも到着するでしょうけど、そこまで急ぐ必要もありませんからね」
「もうそんなに近いのか」
コルテの言葉にソラは驚いた顔をする。
ソラが調べていた魔族の領域までの距離は、ここから徒歩で2か月ほどかかる。辺境と言うからには魔族の領域とかなり近いと考えていたため、馬車とは言え残り1日分の距離だということに驚きは隠せない。
だがそれを口にすると、コルテは苦笑しながら答えた。
「あまりにも魔族の土地に近すぎると魔物が多すぎて村なんか作れませんよ。領域の境界の砦では結構な数の魔物が素通りしているらしいですよ」
「ああ、一度は攻め落としたとかいう砦か」
「そうです。勇者殿も私共の村に立ち寄ったことがあるのですよ」
「……」
「まぁ、私は村の外に出ていたので出会っていないのですがね」
勇者が立ち寄ったということはソラの探し人であるユナ・アカツキも居たということになる。一瞬言葉に詰まったが、ソラはすぐに詳しい話を聞こうとしてコルテの言葉に遮られる。
予想外の場所から出てきた幼馴染の手がかりだが、下手に聞けば自分が召喚勇者の一人だとバレることになりかねない。すぐにでも問い詰めたい気持ちをグッと抑え込む。
少しだけ雰囲気の変わったソラに気づいたコルテだが、商人としての勘が根掘り葉掘り聞くべきではないと警鐘を鳴らしたために特に聞き返すことは無かった。隣に座る少年は10人以上の盗賊たちを屠ることの出来る冒険者だ。藪蛇を突く必要はない。
「そう言えばソラさんとフィリアさんは兄妹なのでしたね。いつから冒険者として活動しているのですか? その歳でCランクなんてすごいですよ」
露骨に話題を逸らすコルテだが、逆に言えば空気が読める男だということだ。細々と営んでいるとはいえど、さすがは商人といったところか。そんな気遣いにソラもフッと気を緩めて口を開く。
「冒険者になったのはフィリアが先だよ。俺は冒険者になる前から修練を積んでいたけど、フィリアの方は実戦で鍛えたって感じだな」
「ほう……てっきりソラさんに憧れてフィリアさんも冒険者になったのかと思っていました」
「まぁ、いろいろと事情があったのさ」
「なるほど……」
ここでもソラは嘘はつかない。
多少不自然だったとしても適当な言い訳をするぐらいなら結果的にその方が良いことの方が多い。日本での生活も含めて、17年の人生で培った持論である。
お互いに探り合いながら、そして微妙な距離を保ちながら馬車に揺られつつ景色の流れを楽しむのだった。
「ではリックさんは今回初めて村の外に出たのですか?」
「はい、そうです。将来は僕も父の後を継ぐ予定ですので」
馬車の中で荷物に囲まれながら会話をしているのはフィリアとリック。御者台に座れるのは2人までであるため、フィリアは馬車の中にいるのだ。初めはソラも一緒だったのだが、御者の技術に興味を持ったために見学ついでで御者台に座らせて貰うことにしたのだ。
元貴族でもあるフィリアは、歳の近い異性と話す機会などほとんどない。貴族どうしの夜会にも参加したことはあるのだが、迷宮都市に居を構えていただけあって王都に住んでいる貴族令嬢と比べれば圧倒的に経験不足だと言えた。
(クウ兄様も意地悪です。何も知らない男性と二人きりにしなくてもいいでしょうに)
表情には出さないながらも心の内で文句を言い続けるリア。先程から一言二言だけ会話をしては沈黙するということを繰り返している。そろそろ空気が重くなってきたと感じられるほどだ。
だがそれはフィリアだけでなくリックも同じ。狭い村では同年代の女性など滅多に見られない。しかもフィリアはかなりの美人でもあるのだ。緊張の度合いで言えばリックの方が圧倒的に上であった。それでも何とか会話を紡ぎだそうとしているところには商人の卵としての努力が垣間見える。
(うわぁぁ……こんな綺麗な人と話すなんて初めてだよ。仕草も洗練されているし、もしかしてどこかのお嬢様とかなのかな?)
ばっちり正解を当てているリックだが、その答えを知る術はない。リックにそのことを聞くほどの勇気はなく、何とか質問できたとしてもフィリアはまともに答えるつもりもない。「どうでしょうね?」と微笑みながら誤魔化してしまうという必殺技があるのだ。フィリアほどの美女に微笑まれたなら「あ、どうでもいいや」と思ってしまっても仕方のないことだろう。
透き通るような白い肌に、美しい艶のある栗色の髪。そしてローブの上からでも分かる胸がリックの目をどうしても引き付けてしまう。年頃の男の子としての衝動を抑え込みながらリックは会話を続けようと努力する。
「フィリアさんは魔法使いなのですよね? どんな魔法を使うのですか?」
「私は回復魔法が得意ですね。次に得意なのは炎魔法です。基本的に兄様が前衛をこなしていますが、私も杖を使った打撃……《杖術 Lv5》を持っていますよ」
「さすがはCランク冒険者ですね。僕なんか護身程度に《短剣術 Lv2》がある程度です。本当の戦闘になったら役に立ちませんよ」
リックは肩を竦めながらそう語る。
確かにLv2程度のスキルでは初心者の域から出た程度の実力でしかない。街中のチンピラ程度なら何とかなるかもしれないが、盗賊のような相手ではゴミ同然の戦闘力だ。
「僕も魔法とか使えればいいのですけど……辺境の村では勉強する機会もありませんからね。今回は父と一緒に村の外へと出かけたので、もしかしたら勉強できるかもしれないと思ったのですが……世の中はそこまで甘くは無かったようです。まさか書物があれ程高価だとは思いませんでした」
魔法とは先天的にスキルを持っていなければ自分で魔法書などを読んだり、誰かに教えを請うたりして習得するしかない。ソラは後天的に習得したのだが、それも実はかなり難易度の高いことだったりする。何故なら魔法とは現象に対する正しい理解とイメージが必要であり、科学知識の乏しいエヴァンの人間は詠唱で無理やり補っている状態なのだ。
何度も師匠に同じ魔法を見せて貰い、十分にイメージを固めてようやく発動できるかどうか……といったレベルであるため、魔法書を読んだだけで習得できるとも思えないのだが……
だがソラ程でないとは言え、魔法の天才と呼ばれていたフィリアにはそんな苦労は分からない。「練習さえすればきっと出来るようになりますよ」と励ますのだった。
「それなら少しだけでもいいです。魔法について講義していただけませんか?」
「私がですか……?」
リックの唐突な頼みごとに困惑するフィリアだが、激励してしまったのは自分だ。やれば出来ると言ってしまった以上は多少の責任を取るべきかと考える。どちらかと言えば感覚で魔法を使っている天才肌のフィリアは、他人に教えるということが苦手だ。理論派のソラはそういったことが得意であるため、書物の内容からでも才能を開花させて魔法を習得することが出来た。
(自信はないのですが……まだまだ時間はありそうですし、出来るだけ教えてもいいかもしれませんね)
多少の不安はありながらもフィリアはリックの申し出を了承する。本来はSSランク冒険者であるフィリアから教えを受けるなど、世の冒険者たちが聞けば嫉妬の嵐が吹き荒れそうなことなのだが、フィリアもリックも気にしない。お互いに世間知らずなのだ。
フィリアは拙いながらも各属性についての性質や魔法発動のプロセス、そして魔力を動かす練習などをしながら馬車に揺られること数時間。休憩に入ったらリックの魔法適性を診断してみようという話をしていたところで事件は起きた。
「リ……フィリア、リック、すぐに馬車から出て前を見てみろ!」
鋭いソラの言葉と共に馬車が速度を落として停止する。思わず本名の「リア」を言いそうになったことから、相当慌てていると判断できる。切羽詰まったようなソラの声を聞いて、フィリアも緊張した面持ちをしながら言われたとおりに外へと出た。
一瞬また盗賊でも出たのかと思ったが、それならリックまで外に出す必要はない。守護対象は隠れて貰っている方がやりやすいのだから。だがソラはリックにも外に出るように促している。
そして頭の中にクエスチョンマークを大量に浮かべながら馬車の前方へと目をやったフィリアは言葉を失った。一足遅れてやってきたリックも同様の反応をして固まる。
「大地が……枯れている?」
フィリアたちが今いるのは小高い丘陵地の上だ。遥か前方まで見通すことの出来るのだが、その先にあったのはポッカリと穴が開いたように木や草が枯れ果てているという光景。
緑生い茂る大地に荒地を埋め込んだようにハッキリとした境界が生じており、どうみても異常な景色だと理解できる。
枯れた大地の全容は分からないが、奥にどこまで続いているのかは見えないのでコルテとリックの村も巻き込まれている可能性は高い。
「一体……1年もしない内に何があったんだ……?」
コルテは悲痛な顔をしながらそう呟いた。