EP7 ギルド登録
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「では、今日出ていきます」
「そうか……気を付けるのだぞ。何かあれば3人の勇者たちに申し訳ないからな」
クウは今から城を出るつもりだった。
その前に国王ルクセントに挨拶しに来たところ、以前のような謁見の間ではなく、執務室へと通されたのだった。執務室は意外にも質素で、豪華さよりも使いやすさを重視している。確かにずっと煌びやかな装飾品に囲まれたままでは落ち着けないのだろう。王=贅沢の極み、という方程式は常には成り立たないのかもしれない、とクウは思考を巡らせる。
そんなクウに対してルクセントはクウの体を見ながら、少しばかり言いにくそうに口を開いた。
「しかし、そんな装備で良いのか? 木刀に軽いレザーアーマー、そして黒いコートなどあまりに貧弱な装備だ。せめて鋼の武器を持って行かぬのか?」
そう、この木刀ムラサメと幻影の黒コートの価値を分かっている人はいなかった。クウが聞いたところ《鑑定》のスキルは珍しいらしく、宝物庫の中身も特にチェックしてなかったのだ。だからこそあのような装備が埋もれていたのだろう。とは言っても《幻影の黒コート》に関しては未だ能力不明でさすがのクウも不安だったため、下にレザーアーマーを着ることにしたのだ。
「大丈夫です。この木刀にも十分な攻撃力があります。鍛冶師のドランさんの前で実証したので問題ないかと思いますよ」
「ほう……ドランが大丈夫と言うのなら大丈夫だろう。だが、本当に危険なことはしないで欲しい。何かあればここに戻ってきても構わない。それを覚えておいてくれ」
「はい、ありがとうございます。俺はこれから迷宮に向かう予定です。そこなら自分の力に合わせて鍛えられるみたいなので」
「うむ。それがよかろう。他の3人には挨拶はしたのか?」
してないのだろう? と目で問いかけるルクセント。しかしクウは首を横に振りながら静かに答えた。
「いえ、黙って出ていこうと思います」
「なぜだ?」
「青山と城崎はともかく清二は自分のせいで俺が巻き込まれたと思っているみたいなので、挨拶なんかしたら引き止められそうですからね」
「なるほど。では伝言ぐらいは残してはどうだ? 私が伝えておこう」
ルクセントの言葉にクウは少しだけ考え込む。正直に言うと、それほど仲が良いわけでもなかったため、特に言葉を残しておきたいとは思わなかった。しかし、国王自らが伝言すると言っているため、顔を立てるためにも何か一言だけでも残しておこうと思ったのだ。
「そうですね……『死ぬなよ』と伝えてください」
「うむ、確かに」
「何から何までありがとうございます。ではこれで」
「いや、こちらこそ済まなかったな。何度も言うが無茶はしないでくれ」
「はい」
執務室の外に控えたメイドに案内され、長い廊下を歩いて城門へと向かう。
余談だが、スキル《看破》のレベルを上げるために通路に並べられた美術品を調べ尽くしていたら、Lv5まで上げることが出来た。ちなみに《偽装》は使っている間に経験値が溜まるらしく、地味にLv4になっている。城にいる間も地球で続けていた鍛錬は怠らなかったし、十分な基礎知識も身に着けた。
クウは城門から一歩踏み出してポツリと呟く。
「これで自由だ」
城門を出ると、遥か城下に整った街並みが広がる。このルメリオス王都は台地の上に王城が建ち、それを囲むように貴族街、市民街が建ち並んでいる。中世ヨーロッパを思わせる風景は現代日本を生きてきたクウとしては新鮮だった。
それに街並みこそ中世レベルだが、インフラなどは魔法によって進んでいるらしく、上下水道に水洗トイレまでそろっているのだ。科学の代わりの技術といったところだろう。
レザーアーマーを装備し黒いコートを羽織って、左手にはアダマンタイトで出来た鞘に入ったムラサメを持つ。少しばかり怪しい恰好であるため、貴族街を抜けるときは不審者を見るような目線を向けられたが、一般市民の住む市民街に出るとそれも目立たなくなった。
屋台を出して肉料理を売ったり、露店でアクセサリーを売ったりと、クウが想像していた以上に賑やかだ。驚いたのは武器屋が堂々と店を構えていることだろう。日本ではありえない光景にクウも違和感を覚えた。武器屋に入っている客も、鎧を身に着けたり弓を背負ったりとなかなか物騒な格好である。
だが、それもそうだろう。どうやらこの世界エヴァンの治安は良いとは言えないのだから。街中ならまだマシだが、城壁から1歩でも外に出ると魔物や盗賊が闊歩しているのだ。
それに対処するために「冒険者」と呼ばれる職業があるらしく、武装している一般人は大体冒険者といっても過言ではない。
この「冒険者」というのは、魔物や盗賊の討伐から秘境の調査、採取に護衛にお使いまでなんでもこなす便利屋のことだ。仕事に困っている傭兵に戦い以外の仕事を依頼したのが始まりらしい。現代で言うフリーターのようなものだ。
かく言うクウも今から冒険者ギルドに登録しようと考えているのだ。得意の武術を仕事に活かせるのだから丁度いいだろう。それに国王ルクセントから貰ったお金にも限りがある。自分で稼ぐ方法は絶対に必要だ。それに迷宮も冒険者にならなければ入れないのだ。クウの中では登録しないという選択肢はなかった。
「ここか……?」
探していると冒険者ギルドはすぐに見つかった。
盾と剣をモチーフにした看板であり、多くの武装集団が向かう場所という条件で人の流れを観察していたところ簡単に見つかった。入り口には扉はなく、だいたい3m×3mぐらいの正方形の穴が開いているだけだ。見れば結構な数の人が出たり入ったりしているので、扉をつけたら邪魔なのだろう。
クウも意を決して中へと入ると左手が酒場になっていて、仕事を終えたらしい冒険者たちが騒いでいた。今の時間としては大体15時ぐらいであるため、クウの日本人の感覚としては違和感を覚える。あまり見つめると難癖つけられそうだと考えて、一瞥だけして通り過ぎた。
例え対処できるのだとしても面倒ごとは起きない方がいいのだ。
クウは正面の受付らしきカウンターに向かう。
(なんというか……市役所みたいだな。いや、ハローワークか?)
日本ではこういった受付は受付場所によって区分けして役割分担しているものだが、ここはそんな様子がない。てっきり登録専用受付とかあるかと思ったクウだが予想外だった。そこでクウも、どこでもいいのだろう、と判断して適当に並ぶ。この時間帯は仕事を終えた冒険者が達成報告をしているらしく、結構込み入っていた。
結局クウの番になるまで20分ぐらい待つことになった。
「次の方どうぞ」
「冒険者に登録したいのだが」
「えっと……冒険者って危険な仕事もありますが大丈夫ですか?」
受付嬢はクウの姿を見てどこか心配そうに尋ねる。
背は低めで、顔も童顔と言えるクウ。パッと見ればまだまだ子供に見えてしまう風貌であるため、受付嬢の心配も当然と言えた。
だが、クウはフッと微笑みながら答える。
「大丈夫だ。これでもある程度の武術は修めている」
「こちらに止める権利はないので構いませんが……ではこれに必要事項を記入してください」
仕方ない……といった様子で受付嬢は何か一枚の用紙をクウに手渡した。
クウも驚いたことだが、この世界エヴァンには木の繊維から作った紙が流通している。インフラ設備にしろ、意外と文明レベルは高い。
クウは用紙に目を落とすと、記入することは名前、性別、年齢、種族、スキルと言ったものだった。
「このスキルは全部書かなくてもいいのか?」
「はい、どういった方が登録するのかの確認ですので。それにスキルに関しては変動しますし、ステータスを見せればどうせ分かりますから、隠したいものは書かなくても構いません」
その言葉にクウは安堵する。確かにスキルはレベルが上がれば変わってしまうようなものだ。クウは今《偽装 Lv4》で表示している《剣術 Lv2》だけを記すことにした。
空欄に全て記入して目の前の受付嬢に渡す。
「はい、クウ・アカツキさんですね。聞いたことのない家名です。え……? 16歳? てっきり13歳ぐらいかと思ってました。スキルは《剣術Lv2》ですね。武器も剣みたいですし。では少し待っていてくださいね」
そう言って記入用紙を持って奥へと行った。
やはり身長のせいか、結構幼く見えていたのだろう。もともと小さい上にこの世界の人は結構身長が高い。その辺に歩いている商人らしき中年の男でも180㎝近くありそうだ。
身長が伸びればリーチも延びるため、クウとしてもあと10㎝は欲しいと考えていた。
少し遠い目をしながらそんなことを考えていると、何か白いカードのようなものを手に持った受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました。こちらがクウさんの冒険者カードになります」
クウは受付嬢が渡してきたカードを素直に受け取る。王城の書物庫でクウが得た情報によれば、これは冒険者として働くための免許みたいなものだ。他にも身分証明書としての役割も持っているらしい。冒険者ギルドがその人の身分を証明する代わりに労働力を国に提供するシステムなのだ。
「では冒険者になられたので、説明をしたいと思いま――――」
「おい、こんなチビガキが冒険者になるんだって? 遊びじゃねぇんだからサッサと出ていきな!」
受付嬢の言葉を遮って巨漢の男が割り込んできた。





