EP77 盗賊の不運
盗賊たちは心の底から笑みを浮かべていた。
今日の獲物は商人と思しき男たち。家族や身内で細々と営んでいるのか、人数も少なく護衛もいないという絶好のカモだった。まだ日のある内から目をつけ、夕陽が差して野営の準備をし始めたところで襲撃をしたのだ。だが、少人数だけあって機転が利くらしく、野営のために出していた道具類などは全て捨て置いて馬車に乗り込み逃走し始めたのだ。もし盗賊たちが馬を持っていなかったら既に取り逃がしていたことだろう。
面倒だと舌打ちをする盗賊の頭だったが、何も悪いことだけではないらしい。
「頭ァ! 前方に明かりが見えますぜ!」
「何? 本当か!」
馬上での会話であるため、大声で叫びながら会話をする盗賊たち。その中でも頭と呼ばれた盗賊のリーダーは先頭を駆ける下っ端の一人の言葉に口元を歪ませた。
この日の暮れに近い時間帯では周囲も暗くなり、旅人たちの野営の火は非常に目立つ。つまりはこの先にも旅人と思しき存在がいる証拠に他ならない。
獲物が増えた!
盗賊の頭はそう考えてほくそ笑む。
「いいかテメェら! この先に獲物がいる。逃げ足だけの獲物は後回しだ。まずは油断しているだろう別の獲物からやるぞ!」
『おうっ!』
盗賊たちは声を揃えて頭に同意する。
前方を逃げる商人の馬車は野営する旅人の側を通り抜けるときに何か忠告をしたようだが、今更そんなことを言ったとしても対応できるはずがない。恐らく商人も旅人に自分たちを擦り付けるつもりなのだろうと考えて頭は鼻で笑う。
(へっ! 順番が逆になるだけの話だ。後でしっかり追いついて略奪させてもらうぜ)
彼らは10人かそこらの少人数な盗賊団だ。だが全員が馬を所持しているという精鋭ばかりの団員であり、戦力面で言えばそこらの冒険者程度は蹴散らせる。そしてその機動力と柔軟性を生かして各地を移動しながらコツコツと盗賊行為を繰り返すため、なかなか捕まらないのだ。噂になる頃には既にいなくなっている。情報速度の遅さを逆手にとって、捕まらないギリギリを見極めながら略奪を行っていたのだ。
新たな獲物として認定した旅人らしき存在の姿は既に目で捉えることが出来る。揺れる馬上にいるため顔などは認識できないが、人影は僅かに二人だけ。背丈から女か子供が2人だと予測できた。
(恐らく田舎から出てきた新人の冒険者ってところか? 運が無かったな)
頭は憐み言葉を浮かべるが、当然ながら慈悲を掛けるつもりなどない。彼らは盗賊だが、彼らなりの生活が懸かっているのだ。
尤もそれは褒められた行為ではないのだが……
「テメェら止まれ!」
頭は二人の旅人の野営地に近づいたところで馬を停止させる。下っ端たちもそれに従ってそれぞれの馬を止まらせた。ちょっとした傭兵団でも通用しそうな馬の扱いを見せる彼らだが、それもそのはずで彼らは元傭兵団なのだ。
冒険者が世に出始めたことで仕事が減っていった傭兵。それも元はといえば、ある傭兵団が雑用や護衛、魔物の駆除などを一手に引き受け始めたことが原因だ。それが数百年前に冒険者ギルドの前身となり、今では傭兵は要らないもの扱いを受けることの方が多い。極僅かに残っている大手の歴史ある傭兵団も、今では縮小の一途を辿っているのだ。
そんな状況で縮小された傭兵団だが、それに伴って人員も切り捨てられる。
それが今の彼らなのだ。
中には冒険者として人生の再スタートを図る者もいるのだが、戦力外通告を受けて傭兵団から切り捨てられたことで自棄になって盗賊稼業に走る者のほうが圧倒的に多い。そんな荒くれ者たちで構成された盗賊団であるために……
「へへへ……なんだ女じゃねぇか」
「野営のテントも結構いいの使っているな。実は貴族のボンボンじゃねぇのか?」
「なんでもいいぜ。それより白いローブの女を見ろよ」
「へぇ、こいつは娼館でもなかなかお目に掛かれないな……」
「もう一人はまた珍しいな。黒髪に黒目だぜ。奴隷にしたら高く売れるんじゃねぇか?」
「おいおい。いっそ俺たちで使い潰しちまおうぜ! こんな女どもはそうそう手に入らねぇんだからよ」
彼らは馬を器用に操って二人の旅人……クウとリアを囲みながら欲望に塗れた視線を投げかける。相変わらず女だと間違われているクウだが、半年以上も髪を切っていないのだから仕方がない。元から背が低いことも関係しているだろう。リアと並んでもほとんど大差がない。
そんな盗賊たちの言葉に内心で溜息を吐きながらクウは右手を鋼の長剣の柄にかける。予想はしていたものの、クウにとっては雑魚同然。《森羅万象》で盗賊たちのステータスを確認したクウは既に興味を失っていた。
(レベルは25~34程度。リーダーと思しき男だけがLv34か。称号に《堕ちた傭兵》《盗賊》ってあるから元傭兵の盗賊団ってところか? 盗賊が馬を持っているなんて珍しいと思ったが、そういうカラクリか)
彼らは確かに一般的な者よりかは強い。
だが所詮は傭兵団から切り捨てられた程度の存在であり、一流と呼ぶには程遠い。ましてや《到達者》であるクウとリアからすれば村人Aとも大して変わらないという認識だった。
だが力の差を理解できるのは、それこそ一流の域に達した者か、クウのような情報系スキルを持つ者に限られる。ステータスが支配する世界では見た目で強さを判断できないのだ。
ゆえに盗賊たちには目の前の存在の規格外さが理解できていなかった。
「おい、ガキ共。金目の物を差し出して大人しく捕まれ。そうすれば命は助けてやるよ。まぁ、その後で俺たちが楽しんでから売ってやるけどな」
「お、さすがは頭だ。分かってるぅ!」
「身なりもいいから貴族か大商人の子供ってところだろ? 身代金としてもかなり儲かりそうだ。俺たちはツイてる」
頭はそう言って口元を吊り上げながら嗤う。
盗賊たちの視点から見ても、クウとリアは冒険者にしか見えない。それなりの装備を持っている冒険者は金持ちの子供か、高ランクの冒険者だ。彼らにはクウとリアが高ランクの冒険者には見えず、何も考えずに前者だと判断したのだ。
余裕のクウはそんな彼らに呆れと侮蔑の感情を向けながら静かに語り掛ける。
「お前らは盗賊か。身の程も弁えずに俺に向かってくるとはな。呆れを通り越して憐みすら感じるよ。あと俺は男だからな」
クウの言葉に一瞬思考を止める盗賊たち。
実は女だと思っていた黒髪が男だった……それはまだいいとしよう。
だが、明らかに見下して格下扱いしている発言だけは聞き逃せなかった。もちろん盗賊たちでも敵わない相手がいることぐらいは自覚している。自分たちが世界最強などと言うほど己惚れてはいない。しかし明らかに年下の少年にそう言われて黙っていられるはずがなかった。
「おい貴様死んだぞ!」
「俺たちを舐めて本気を出させたことを後悔させてやる」
「黒いガキは殺せ!」
「いや、そいつの相方の女を目の前で犯しながら手足の指を一本ずつ切り落としてやる。コイツはただでは殺さん!」
「行くぞテメェら!」
『おうっ!』
さすがに頭でさえも冷静にはなれなかった。所詮は粋がっているガキ。歴戦を潜り抜けてきた自分たちに敵うはずがないのだと信じていた。
だが舐めていたのは自分たちだったとすぐに思い知らされることになる。
下っ端の一人が馬上から鋭い槍の一撃を放った。とは言っても全力の一撃ではない。殺意を込めた本気の攻撃ではあるのだが、Dランク冒険者程度なら軽く避けられるほどの速度だ。目の前の生意気な小僧ならばこれで十分だろうと思って放たれた一撃は、そのままクウの右肩へと吸い込まれていく。
クウは腰の左側に帯剣しているので、右利きだと判断されたのだ。傭兵として生きてきた彼らは対人戦の訓練もしている。相手の利き腕を先に潰すのは常識だった。舐めているとは言っても体に染み込まれた戦いの動き自体が鈍る訳でもないのだ。
頭はそれを眺めつつ内心でクウを嘲笑する。
(はんっ。他愛もな――――)
ギンッ!
突き出された槍でクウの右肩が貫かれようとしていた……だが、予想に反して槍ははじき返される。
「えっ?」
攻撃を加えた下っ端は目の前の現象が理解できずに固まっていた。いや、その男だけでなく、頭を含めた盗賊全員がその光景に目を奪われた。
よく見ればクウの体は薄らと白い何かで覆われており、暗くなりかけた今の時間帯では少し目立っている。どう見ても決まっていた一撃を簡単にはじき返したクウは、攻撃を仕掛けた盗賊の男を興味なさげに見ながら長剣を引き抜く。ずっと手を柄に掛けたままの状態だったために、その構えから実力を測ることは出来なかったのだが、盗賊たちはその時点でクウの異常性に気付いた。
あまりにも自然な抜刀。
ただ剣を抜くだけの動作にも拘らず、クウの体は調和したように極自然な動きをしていた。
戦う者たちが境地に至ったときに、彼らの動作は戦いのための最適化がされる。元傭兵団としてそれなりの実力者とも相対したことのある頭はようやくクウの技量を理解し始めた。
そして悟る。
クウが決してこちらを見下していたわけではないことを。
ただ現実を淡々と語っていた過ぎないということを。
「テメェらすぐに逃げ―――」
「遅い」
クウが軽く剣を振る。
刀身自体は空を切っただけだったが、そこから生み出された白い斬撃が槍を突き出した下っ端の男の体を通過した。
「は? がぶはっ!?」
ワンテンポ遅れて男は吐血し、上半身がずれ落ちる。白い斬撃が通過した部分に沿って男は真っ二つに切断され、噴水のように血が噴き出した。
『…………』
盗賊たちが理解できずに言葉を失っている中、頭だけはクウの危険性を完全に理解した。
(こいつは貴族の子息でも大商人のボンボンでもねぇ! 正真正銘の高ランクの冒険者だ! しかも俺たちでは全く歯が立たないほどの実力者。下手すりゃAランクだ!)
さすがにAランク冒険者クラスの相手では全滅も必至。
むしろこの場を生きて戻れる保証すらも無いのだ。そして実際にクウはAランクにすら収まらない世界最高峰の実力を持つ存在。
ボトリと地面に転がる仲間の上半身を見て、ようやく他の盗賊たちも自分たちが手を出そうとした相手の実力に気付き始めた。彼らは荒くれ者だが、それだけの盗賊ではない。傭兵としての経験を持つ彼らは素直に相手の強さを認めて現実を見る重要性をよく知っている。
この狡猾さや慎重さ故に今まで捕まることなく略奪を繰り返すことが出来たのだが、クウと出会ってしまったことが運の尽き。今更逃げようとも、彼らの運命は既に決まっていた。
「ぎゃああああっ!」
「クソ! 逃げグハァッ!?」
「お、オレの腕があぁぁ……」
「くっ、馬がやられた」
「逃げろ! 逃げろ!」
クウは無造作に剣を振るいながら白い斬撃を剣先から飛ばしていく。その攻撃は一撃一殺の威力を秘めており、盗賊たちは為す術もなく切り裂かれる。これが地上だったならば避けれたのかもしれないが、彼らは馬に乗っていた。小回りが利かずに次々と標的にされて切り裂かれる。それでも何とか避ける者もいるが、完全には回避できずに腕や足、もしくは自分の馬を切り裂かれていた。
(この魔力飛斬撃……略して魔斬は使えるな。レインの技を参考にしたが、《魔力支配》は結構何でも出来そうだ)
クウは盗賊たちと戦っているつもりはない。
ただの能力の実験。
その程度でしかなかった。
《魔纏》と《魔弾》の効果を組み合わせた飛ぶ斬撃。レインのように刺突攻撃が飛ばせるなら……と考えて造りだした技だ。ある程度の魔力抵抗があれば防がれるのだが、クウと盗賊ではレベル差があり過ぎて紙切れの如く切り裂かれていく。
クウは一度も直接攻撃は仕掛けていない。ずっと剣を振りながら斬撃を飛ばすだけだ。だが、盗賊たちにとっては悪夢のような時間と言えた。30秒も経っていないにも拘らず、攻撃すらさせて貰えずに全滅するなどと誰が予想できるだろうか? 総員13人いた盗賊団は8人が死に、残りの5人が四肢切断などの重傷を負って落馬。頭でさえも両足と愛馬を失って大地に転がっていた。放っておいても死に至るが、クウは生き残った5人にもトドメを刺していく。
(ち……ちくしょう……)
失血で思考が朦朧としている頭にも剣は振り下ろされ、そこで命を散らしたのだった。





