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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
逃亡生活編
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EP76 野営


 異世界エヴァンでも太陽は西に沈む。

 ルメリオス王国の東側に広がる平原に続く道で、紅い夕日に照らされながら二人の男女が野営の準備をしていた。その二人の特徴を上げるとすれば対照的な黒と白。

 黒髪黒目黒コートの少年と、美しい栗色の髪をして白いローブを纏った魔法使い風の少女。17歳と15歳という年齢ながら、冒険者ランクSSまで到達した『黒白モノクロ』の兄妹きょうだいことクウとリアである。

 リアを誘拐する風を装ってファルバッサを召喚し、迷宮都市【ヘルシア】から逃亡した二人であるが、さすがに1か月経った今ではファルバッサを送還して徒歩での移動をしていた。理由としては目立つという部分が大きいのだが、巨大なファルバッサの食料を用意するのが面倒だったという面もある。90階層では虚空神ゼノネイアが保存の法則を無視した神の力で無限に食料を生み出せるシステムにしているため、何千年と過ごしても飢えることがないのだ。

 いちいち召喚と送還を繰り返すのも面倒なため、いっそ徒歩で移動しようと決めたのだった。



「リア、火を頼む」


「はい」



 余裕のある時に集めて虚空リングに収納しておいた薪を並べて火をつける。《炎魔法 Lv7》を持つリアがいるため、簡単に火を起こすことが出来るが、地球で同じような旅をするならばこれだけで苦労することだろう。



(いや、ライターとかもあるし準備さえしておけば大丈夫か?)



 古代では摩擦熱や火打石の火花を利用した発火方法を取っていたようだが、現代日本の科学力を使えば火起こしも難しくはない。身一つで水も火も自由自在のエヴァンには劣るが、地球の科学も負けては無い。

 無詠唱で小さな灯火トーチを生み出したリアを眺めつつ、クウはそんな感傷に浸っていた。

 召喚されて既に7か月以上たっている。血を見る生活にも慣れ、むしろ平和だった日本の生活がどこか遠いものに感じられるようになってきていたクウだが、たまにこうして懐かしい記憶を思い出すこともある。



「着火しました」


「よし、鍋を乗せて鳥のスープでも作るか」


「はい」



 クウは虚空リングから鉄鍋と材料となる鳥や野菜を取り出す。この鳥は先ほど狩ったばかりの素材で、夕食用に血抜きをしておいたものだ。《幻夜眼ニュクス・マティ》の練習がてらに空を飛んでいる鳥に範囲幻術をかけて死を現実にした。心臓を停止させられたと錯覚した鳥の脳が、本当に心臓を止めてしまったのだ。

 天使と鳥ほどの精神値の差があればこそ出来ることであるため、Lv30もある者ならば何とか抵抗レジストできる。それでも多大な精神的負荷を受けることになるが、即死は免れるのだ。

 こうした能力の実験も兼ねて、ここ最近の狩りはクウが担当している。

 加護の力で得た《幻夜眼ニュクス・マティ》《月魔法》《魔力支配》に関しては、修練の末に得た能力ではないため、使い方を検証するために練習も必要だと感じたのだ。それもレインの《魔力支配》の使い方に刺激を受けた部分が大きい。内包するスキルを融合させて特殊な効果を発揮させるという使い方を色々と試している。

 また、《森羅万象》については《看破》と《偽装》を一纏めにして効果が上がっただけであるため、特に検証する必要はなかった。



「リアはそっちの野菜を刻んでおいてくれ。俺は鶏を捌くから」


「わかりました」



 リアは素直に渡された野菜を切っていく。大根のような根菜系統の野菜であり、冬の時期にはスープの具材として重宝される。ダシのよく染み込む野菜であるため、鳥の肉との相性が抜群なのだ。

 クウは魔物を解体するときに使っているナイフを取り出して鳥に切り込みを入れていく。さすがのクウも鳥の捌き方などは知らないのだが、何度も魔物を解体する内に簡単なコツは掴んでいる。動物になってもそれは変わらない。

 羽を毟り取ってから腹の部分を裂いて内臓を取り出し、骨と筋肉の構造を考えながらバラバラに解体していく。鳥ガラのスープになると考えて、あえて骨は外さずに骨付き肉状態で表面を炙り、皮に残った毛を燃やし尽くす。その状態で香草を擦り込み、下味をつけて鍋に入れる。リアの切った大根は既に鍋に入れられており、火の通り具合からも丁度良いタイミングだ。

 あとは蓋をして待つだけである。

 待っている間に小麦と擂り下ろした芋を練ったパンもどきを湿らせた葉で包んで蒸し焼きにする。



「よし、今日はこんなものでいいだろ」


「そうですね」


「そろそろ暗くなってきたし、俺は簡易結界を設置してくる」


「ではわたくしは鍋を見ておきますね」



 クウは簡単な魔除けの魔法陣が付与された魔法道具マジックアイテムを取り出して自分たちの野営地の四隅に置いていく。結界属性と闇属性の効果を持つ魔法陣であり、闇の「汚染」の効果で魔物に不愉快な気分を植え付ける結界を張るという物である。4つで結界が完成するように調整することで小型化に成功した魔法道具で、旅をする冒険者には必須とも言える。



「後は念のためだな。

 『夜は我が支配下

 その拍動を王へと知らせる

 我が領域に叡智を

 《夜界ナイトワールド》』」



 簡易結界の外側に半球状の領域が広がる。

 クウだけが知覚できる生物感知領域を展開する魔法であり、《月魔法》の練習として生み出した魔法の一つだ。「夜王」の性質を使って夜という空間に周囲を監視させる魔法。性質上、夜にしか使えない魔法なのだが、この領域に踏み込んだ生物の情報をクウへと知らせることが出来るのだ。例え眠っていても知覚することが出来るため、こういった少人数での野営にはピッタリな魔法と言える。範囲設定と効果時間によって消費魔力が変化するのだが、もともとの消費魔力が少ないため、半径20mで朝まで使っても全く問題にならない。

 この魔法は魔力を使った結界ではなく、指定領域にある夜を支配下に置くというモノだ。よって《魔力感知》では知覚することが出来ないというスグレモノである。

 本来は夜目が効かない場合に、暗がりで敵を感知するための魔法として使用する用途で開発したのだが、思いのほか野営用としての性能が良かったために、感知結界の代わりに使用している。

 いつも通り《夜界ナイトワールド》を展開したクウは、しっかり機能しているかチェックしてリアの元へと戻る。



「結界を張ってきたぞ」


「あ、クウ兄様。そろそろこちらも出来そうです」



 リアが鍋の蓋を開けると、周囲にいい香りが広がる。焼いていたパンの方も、湿らせた葉っぱが乾いて発火しそうになっていた。

 クウもそろそろ頃合いだろうと頷いて虚空リングから器を取り出してリアに渡す。リアがそれを受け取ってスープを注いでいる間に、クウは火の中から葉に包まれたパンを取り出してそれも平たい器に並べた。

 そして敷物をだして地面に広げ、その上に皿を置いていく。



「よし、食べるか」


「はい、いただきましょう」



 二人は靴を脱いで敷物の上に座り、料理を挟むようにして対面する。

 香草入りのスープが良い香りを放ち、少しだけ焦げ目の付いたパンが食欲を引き立てる。普通ならば乾パンと干し肉といったものが旅の食事となるのだが、虚空リングを持つクウには関係ない。旅の最中とは思えないほどの豪華な食事となっていた。



「っと、熱っ!」



 クウはパンを持とうとして熱さで咄嗟に手を引く。直火の焼き立てパンなのだから当然だろう。



「気を付けてくださいよ?」


「ああ、大丈夫だ」



 少し遅いリアの注意を流しながら、クウは再度パンへと手を伸ばす。寒い冬の空気に晒されて、既に手にもてる程度まで冷えていため、簡単に持つことが出来た。

 クウはパンを少し千切って口に運ぶ。芋を入れたことでモチモチとした触感が目立つパンになっており、少しでも腹に溜まる。スープを一口含んで息を吐くと、吐いた息が真っ白になっていた。胃に流れ込むスープの温かさが体の中心から伝わってくる。

 この寒い中で水と乾パンと干し肉と言う貧相な食事を取っていては、凍えてしまいそうなほどに冷えた夜だった。クウは改めて虚空リングのありがたさに感謝する。

 リアも嬉しそうにスープを口に運んでいた。こんな所でも元お嬢様らしい上品な仕草が目立つが、もはや癖なのだろう。クウも特に困ることは無いので指摘もしない。

 傷も付けずに仕留めた鳥を、すぐに血抜きしたために味もよく、肉も柔らかい。そして一緒に加えた大根のような野菜にも鳥のダシが染み込んでおり、まさに体に染みわたる味と言えた。

 二人は鍋が空になるまで食べ続け、満足できるひと時を過ごした。



「ふー、結構食べたな」


「そうですね。まぁ、徒歩での旅ですから疲れますし」


「それもそうか」



 元現代っ子のクウと元お嬢様のリアは、一日に数十キロと歩くような経験はほとんどない。初めの頃は、普段使わない筋肉を使ったことで筋肉痛になっていたのだが、リアの《回復魔法》で治しつつ徐々に慣れていったのだ。

 ちなみに筋肉痛は、現代知識を持つクウからしてみれば単なる科学現象なのだが、後衛で激しい運動の経験が少なかったリアからしてみれば何かの病気のように思えたらしい。《回復魔法》で筋肉組織を微回復させれば治ると聞かされるまではパニックになりかけていたのは今では笑い話となっているのだ。

 軽い食休みを終えて二人は立ちあがり、片づけを始める。クウは虚空リングから水筒のような長細い容器を取り出してリアに渡し、もう一つ取り出して自分で使う。空間拡張が施されている水筒には見た目以上に水が入れられており、それを使って汚れた調理器具や食器を洗うのだ。

 水が貴重となる普通の旅では絶対に出来ないような使い方だが、クウの虚空リングの中には同じ効果のあるボトルに詰められた水が大量に入っている。《水魔法》が使えない二人にとっては死活問題になりうる水だが、迷宮で手にいれた財力と神のアイテムを使った力技で解決していたのである。

 尤も、もしこれらの準備を終えるまでにレインに襲われていたら、水を確保することから始めなければならなかったのだろうが……



「しかし現金がほとんどないな」


「旅の準備で散財しましたからね」


「まぁ、どうせ指名手配されているだろうから、お金を使うような街には入れないけどな」


「というか勝手に悪役を買って出ないでください」



 リアにまで罪状が行渡らないようにクウが誘拐していった風を装ったのだが、リアはそのことを良しとしなかった。クウは心配していたが、リアとしてはクウが虚空神ゼノネイアの天使であることも受け入れたのだ。今更そのようなことで気を遣う必要はないと考えていた。

 もっと自分を頼って欲しい。それが偽らざるリアの本心なのだ。

 基本的に何でも一人でこなしてきたクウとしては何とも形容しがたい感覚なのだが、それもそうかと考えて納得する。何でも自分でしようとするのは傲慢なのだ。



「悪かったって。リアには期待しているからこれからもよろしくな」


「え? あ、はい。任せてください」



 思ったよりも素直なクウに拍子抜けするリアだが、嬉しそうな顔で返事をする。

 どこの夫婦だ! とでも言いたい空気を発している二人だが、クウとリアはお互いに兄妹だと認識している。ツッコミをいれる人がいない今の状況では、二人は永遠にそのような空気を出していることに気付かないだろう。

 だが、そんな空気も突如に破られる。

 クウの《気配察知Lv6》が何かが近づいてくるのを感じ取った。

 それもかなりの速度で大量の生き物が近づいてくる気配が。



「リア、警戒だ。何かがこっちに近づいている」


「分かりました」



 リアはすぐにアイテム袋から自分の杖を取り出して、何かが近づいてくるという方へと目を向ける。クウもすぐに食器類を虚空リングに収納して代わりに鋼の長剣を取り出した。完全に様子見のつもりであり、長剣の練習を兼ねて取り出したのだが、いざとなればすぐに神刀・虚月にチェンジする予定だ。クウの意思のままに取り換えられるのが虚空リングに収納している利点と言えよう。アイテム袋ならば、いちいち袋に手を入れて取り出したり収納したりしなくてはならないのだから。

 尤も、クウの《気配察知 Lv6》では向かってくる何かはそれほどの脅威だとは感じ取れない。五感から外れた第六感とも言うべき技能が《気配察知》なのだ。五感情報を騙す幻術に対抗する数少ない手段でもある。レインがクウの幻術に対抗出来ていたのもこれが原因だ。それでもクウが本気で幻術を使えば、《気配察知》でさえも誤魔化せるのだが、そこまですると相手にも精神負荷がかかり過ぎて廃人コースにまっしぐらとなる。そのあたりの兼ね合いが難しいため、クウは色々と能力検証しているのだ。



「かなりの高速で移動している。多分だが馬車に乗っているな。その少し後ろから追いかけている何かが20ほどある。盗賊か魔物に追われていると言ったところか? もうすぐ俺の《夜界ナイトワールド》の範囲内に入るな」


「どうしますか? 街道から出てやり過ごしますか?」


「うーん。多分もう遅い―――――」


「おーい。誰か分からんが逃げろ! 盗賊に追われているんだーーーー!」



 クウが言い終わる前に、御者台でそう叫びながら街道を駆け抜けていく馬車が一台。クウとリアの用意した火を遠くから見つけて声を掛けたのだが、内心では盗賊を擦り付けたいという思いがあった。

 暗がりで良く見えなかったが、野営の準備をしていたのは恐らく女二人。盗賊たちの良い的になるのは間違いない。御者台に座って必死に鞭を打つ男はそう考えていた。

 だがいくつか間違いがある。

 まず女二人ではなく二人の男女であること。

 そしてその二人はLv100オーバーの《到達者》であること。


 良い的になるのは間違いないが、御者台の予想とは大きく異なる展開となるのは間違いないだろう。哀れな盗賊たちの蹂躙劇が始まった。




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