EP75 レインという男
少し短めですが
エルフの国であるユグドラシルは、彼らの象徴である大樹ユグドラシルから命名されている。1000年前の大戦の後、一纏まりになったエルフたちに光神シンから贈られたとされている。ちなみに人に贈られたのが光神シンからの神託を示す『聖なる光の石板』である。
贈られた当初から50mほどの高さを誇る大樹だったのだが、1000年という月日がさらに成長させ、今や100mを軽く超えるほどの荘厳な姿に変わっていた。大樹の周囲を取り囲むようにして建設されたエルフたちの楽園は、木造の家を中心とした自然と一体を目指す風貌を見せつけており、訪れる者たちの心を和ませる。
大樹ユグドラシルの性質として空気中の魔素を吸収するということが分かっており、大樹の幹に蓄えられた膨大な魔素に呼び寄せられるようにして精霊たちが集まってくる。そして大樹の巨大な枝の上に造られた唯一の建物には精霊王の加護を受けたエルフの女王が住んでおり、都市全体が精霊王配下の精霊たちで満ち満ちているのだ。
木と水と精霊たちの都市。
それがエルフの国、ユグドラシルの首都【樹の都】なのだ。
そして【樹の都】では1年に一度だけ国を挙げての大きな祭りが行われる。
大樹と精霊の祭と呼ばれるこの祭事には、人やドワーフたちも訪れるのだが、何よりも国中のエルフたちが集まるために、【樹の都】は宿も通りも非常に混雑する。何故ならこの祭りはエルフたちにとって、一生を決めるほどの重要な行事として認識されているからだ。
それは精霊との契約。
大樹ユグドラシルに集まった数多くの精霊たちから好かれた者が契約をし、一生を共にするパートナーを見つけるのだ。もっとも契約出来ないという場合はまずないのだが、個人の資質などによって契約できる精霊の強弱は存在する。強大な精霊に好かれて凄まじい精霊魔法を使いこなす者、強力な精霊魔法は使えないが日々の生活の手助けをしてくれるような精霊と契約できる者もいる。
その大切な契約の儀式を国中から集まった10歳のエルフたちがする場こそが、大樹と精霊の祭りなのだ。
長寿の種族という関係上、国中から集まっても毎年50人いるかどうかという程度なのだが、長寿であるために親戚も多い。孫の旦那の兄弟の息子が儀式に参加するから見に行く、などという者も少なくないのだ。血縁の関係を非常に大切にするエルフならではの習慣だが、それによって【樹の都】はエルフたちで溢れ返ることになる。
そして284年前、10歳になったばかりだったレイン・ブラックローズは精霊との契約のために祭りに参加したのだ。七長老家と言われる人の国の貴族に当たる名家に生まれたレインは、当然ながら高位の精霊と契約出来るだろうと期待されていた。
ブラックローズ、ホワイトリリー、レッドカーネーション、ブルーコスモス、グリーンソーン、イエローレープ、ヴァイオラベンダーと呼ばれる彼らの先祖は、それぞれの色の示す属性の大精霊を使役して魔族と戦ったとされている。生まれながらのエリート一家とされる英雄の子孫が七長老家なのだ。
闇の黒薔薇
光の白百合
炎の紅和蘭撫子
水の蒼秋桜
風の緑荊
土の黄菜花
雷の紫薫衣草
子孫たちはそれぞれの家の属性の精霊と契約する必要はないのだが、当主となるには各家を象徴する属性の精霊と契約していることが最低条件となる。
ブラックローズ家の子供が光属性精霊と契約しても問題はないが、当主になるためには闇属性精霊と契約しなければならないのだ。ただし、光属性と闇属性の精霊との同時契約という場合は当主候補として認められる。2属性同時契約をする者は希少ではあるが、毎年1人以上はいるのだ。
だがその年はどの精霊とも契約できない者がいた。
それがレイン・ブラックローズだ。
七長老家の血を継ぐ者であるにも拘らず、どの精霊にも好かれることのなかった彼は当然ながら批難の的となる。
出来損ない、無能、呪いの子、屑、穢れた者……
ブラックローズ家の者であるため表だって騒ぎ立てる者は少なかったが、それでも他の長老家の子供たちからいじめられ、家の中でも除者扱いされていた。
当時10歳でしかなかったレインには既に味方はおらず、出来ることと言えば初代から伝わる《細剣術》のみ。孤独に耐えながらもひたすらに己を鍛え続けた。いや、成人すれば家を追い出されると理解していたレインは、生きるために必死だったのだ。
そしてレインは大樹と同じ魔力の流れを体内に作って精霊を呼び寄せようと試みる。
毎日のように大樹の根元へと赴き、精霊と契約出来ないのかどうか試してみる。大樹の根に触れ、魔力の流れを感じ取りながら精霊とコンタクトを取ろうと《魔力感知》をしてみる。大樹のように外気の魔力を感じ取ろうとして《魔呼吸》をする。
それだけでなく、無能のレインに精霊魔法を撃ちこんでイジメる者たちから身を守るために《魔障壁》と《魔装甲》を使う。《身体強化》で逃げる。《魔弾》を魔法代わりにする。《魔纏》で木剣を強化して対抗する。
レインはエルフとして有り余っている魔力を有効活用する術を自然と磨いていったのだ。
他のエルフたちが精霊魔法にかける時間を、レインは剣術と魔力の扱いを極めるために使う。
それも数か月、数年などという単位ではない。数十年とかけてこの二つの技能を極限まで磨き続けたのだ。エルフとしての寿命と彼自身の精神力、そして何より《魔力操作》を極める切っ掛けとなった大樹への信仰が彼をここまでさせた。
そしてエルフが成人と認められる100歳になったとき、彼は予定通りブラックローズ家を追い出される。血縁である以上は家名ごと抹消されることはないのだが、それでもレインにブラックローズ家の後ろ盾は既にない。
ブラックローズの者であってブラックローズの者でない。
それが追い出されたレインの肩書だった。
だが、レインは冒険者となって頭角を現す。
登録当初は魔力系の7つの能力――《魔力操作》は他の魔力系スキルに組み込まれる――と《細剣術 Lv7》を頼りにソロで細々と依頼を受け続けていた。
その後100年の修練の先に《魔力支配》を獲得し、そこからさらに50年の修練で《細剣術 Lv10》へと到達した。元々才能の乏しかったレインの努力は果てしなく、諦めない精神力は評価に値する。遂には世界で一人だけのSSSランク冒険者にまで到達し、『覇者』の名を欲しいままにした。
《出来損ない》から《最強》までの努力の歴史。
エルフの寿命があってこそ成し遂げたことだが、240年もの地道な修練を続けてきたレインの能力は間違いなく最強の地位にある。
そして彼をそこまで駆り立てた存在こそが大樹であり、光神シンだった。
レインはこう考えている。
大樹の魔力の流れを模倣しようとしたからこそ今の自分があるのだと。
自分は大樹の偉大さを証明する存在なのだと。
そして大樹ユグドラシルをエルフたちに贈った光神シンを称えるために自分は《魔力支配》へと到達したのだと。
だからこそ彼は許さない。
光神シンに敵対する悪神や魔族の存在を。
そして人の身でありながら悪神の手先であるクウ・アカツキを。
謹慎処分が下されたレインには理解できない。
なぜ自分がこのような目にあっているのか? 神敵を討伐しようとして何が悪いのか?
確かに依頼内容を無視した行動を取ったのは間違いないのだが、人族の敵を……光神シンの敵を野放しにするなど有り得ないのだ。
レインは瞑想しつつ、魔力を体内で練り上げる。それは圧縮され、体を覆い、また体内へと戻っていく。その魔力の扱いは芸術と呼ぶに相応しい。
その技術はただ一つの目的のために使われる。
魔族の手先である魔物の駆除。
悪神の手先である魔族の駆除。
裏切りの人族である神敵クウ・アカツキの駆除。
つまりは光神シンのために……
《狂信者》は嗤う。
牙を磨きながら……





