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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
逃亡生活編
75/566

EP74 指名手配

 

 クウが【ヘルシア】を去ってから1か月が経った頃、ルメリオス王国に限らず、エルフの国であるユグドラシルの冒険者ギルドにも、ある依頼書が掲示板で注目を集めていた。




―――――――――――――――――――――

ランクX

 クウ・アカツキの討伐・捕獲


悪神である虚神ゼノンの手先と思われる神敵が

少女を誘拐して東へと去って行った。魔族の領

域へと逃亡したと思われる。

クウ・アカツキはSSSランク冒険者レインとも互

角な戦闘を行い、さらに災害級の真竜を召喚した

危険人物である。

したがって危険度不明のランクXと断定。

発見次第に討伐、もしくは捕獲をすること。


報酬 白金貨5枚

――――――――――――――――――――――



 この依頼書と共にクウの似顔絵と戦闘スタイル、装備品の見た目などの資料が掲示されていたのだ。

 ギルド指定のランクXというのは、実質ランクSSSよりも上の扱いである。ただし、この依頼はどのランクの冒険者もこなすことが出来るし、受付で依頼を登録する必要もない。要するにクウを生死問わずにギルドまで連れてくれば報酬が貰える常時発動型の依頼なのだ。つまりは緊急指名手配の状態になっているということになる。

 そしてクウの思惑通り、リアは攫われた少女として処理されているのだった。もちろんクウが妹だと宣言していたために、多少の疑いの目があったのは間違いないのだが、元を辿ればリアは伯爵令嬢フィリアリアなのだ。貴族界では公爵でもある宰相アトラスの嫡子との婚姻が噂された存在であり、結局クウ一人が悪者として処理されることになった。

 ただし、リアを病死したことにして隠していたラグエーテル伯爵家は激しい追及を受けることになるのだが、例の契約書の話を持ち出すことでクウに罪を擦り付けることに成功していた。貴族を騙したという予定外の罪状も付けられることになるのだが、クウはこのことは知らない。





 ◆◆◆





「まさかSSSランク冒険者に依頼したことが裏目に出るとはな……」


「光神シン様をこの上なく信仰しているというのは有名でしたが、まさかあれ程暴走するとは思いませんでしたね。もはやクウ・アカツキを庇うことは不可能です。さらに彼自身も自分が虚神ゼノンの手先だと宣言したらしいですからね」



 ルメリオス王国の王城では国王ルクセントと宰相アトラスが互いに愚痴を溢しながら書類仕事をしていた。その内容はクウに関するものである。国内に悪神の手先が潜んでいたことで、するべきことが余計に増えてしまったのだ。

 穏便にクウを王城まで連れてこいと依頼したにも拘らず、レインはそれを無視してクウを勝手に討伐しようとしたのだ。依頼の規約違反で3か月の謹慎処分となっている。しかも秘匿事項までレインは公表してしまったのだから質が悪い。ルクセント、アトラス、パトリックの3人だけの機密としていた光神シンの神託を隠さずに発表しなくてはならなくなった。当然ながら、各地で混乱は免れない。今の忙しさはそのためであった。



「そう言えばフィリアリア嬢も関わっていたとは数奇なものだな」


「ええ……ラグエーテル伯爵によると、幻術と思しき方法でフィリアリア嬢を騙し取られたそうです。【ヘルシア】でのクウ殿とフィリアリア嬢の噂を聞くところによれば仲が非常に良かったとのことですし、無理に騙し取っていったのかどうかは疑問ですね」


「うむ……クウ殿についてはよく分からぬことばかりだな」



 ルクセントはそう言いながら手紙を書き終えて印璽で封印する。国中に散らばる街や都市への注意喚起の手紙だ。クウは不本意ながら指名手配犯となっている。ルクセント個人の感情を優先する訳にはいかない。当然だがクウが召喚者であることは伏せてある。

 また、エルフの国であるユグドラシルへもすでに連絡を送った。エルフたちの象徴でもあり、国名の由来となった大樹ユグドラシルは光神シンによって贈られたものだと言われているため、神敵クウ・アカツキは大樹を汚す存在だとしてユグドラシル国内でも指名手配されることになった。植物の気持ちを感じ取ることの出来るエルフたちにとって大樹は何にも勝るものであり、それをエルフたちに贈った光神シンを激しく信仰するものが多いのだ。レインはその中でも特別だったが、エルフという種族全体として光神シンを強く信仰している傾向にある。

 神殿は王都の教会を指すのだが、エルフたちにとっての光神シンの象徴は大樹なのだ。彼らは毎日大樹に向かって祈り、一生に一度以上は王都の教会へと赴くのが通例となっている。



「まさかこのようなことになるとはな……」


「私としては息子の婚約者が取られた形になるので複雑な気分ですがね」


「う、うむ」



 まさに神託通り、災いを齎したクウ。

 悪神の手先であり、真竜を召喚したというクウの噂は誇張され、国王であるルクセントでさえも真実を探ることが困難になっていた。

 伯爵令嬢を人質に取って虚空迷宮で好き勝手に暴れまわり、神の封印をより強固にした。そして【ヘルシア】の街で災害級の魔物を召喚し、人質に取った少女を攫って行ったのだと。噂に尾ひれが付くのは仕方のないことだが、あまりにも酷い内容だった。



「神託が正しければ、裏切ったユナ・アカツキと共謀して再びルメリオス王国が災禍に見舞われることになる。出来るだけ真実を突き止めてセイジ殿たちにも報告を続けることにしよう」


「そうですね。恐らく彼らも混乱しているでしょうし」


「それと最後の召喚陣の起動だな」


「そちらはあと2か月以上はかかると思います。魔道具はまだしも、魔力を抽出するための魔石を集めるのに予想外に時間がかかりそうです」



 二人はやるべきことの多さに大きな溜息を吐く。

 執務机には相変わらず……いや、いつもの2倍ほどの書類が山積みにされているのだった。





 ◆◆◆




 ルメリオス王国とユグドラシルの境界にある迷宮都市【アルガッド】では、召喚された3人の勇者一行だけでなく、王女アリスと王太子アーサー、騎士団長のアルフレッドが一堂に会して話し合っていた。普段は迷宮攻略の進み具合や捧げた武具の愚痴などを話し合うのだが、今日だけは違った。いや、本来はいつも通りの話をするつもりだったのだが、少し前に入ってきた情報が彼らに衝撃を与えた。



「まさか朱月あかつきが指名手配されているとはね……」


「女の子を誘拐したなんて許せないよ! 何考えてんだか!」


「というかSSSランク冒険者と互角に戦闘したそうですよ? 普通に私たちよりも強いのではないですか?」



 同じ異世界人であり、同時に召喚されたクウが少女を攫ったと聞いて一番憤慨したのはリコだった。セイジはどちらかというと信じられないといった様子であり、エリカはクウの強さを聞いて眉を顰める。

 しかもクウが悪神の手先だという情報まであるのだ。その驚愕は計り知れない。

 だが驚いているのはセイジたち3人だけではない。アリスもアルフレッドも同様に酷く困惑していた。



「また召喚者の裏切りですか……」


「私としても信じられませんな。召喚当初は人のよさそうな少年に見えたものだが」



 エヴァンへと召喚されて王城で過ごしている間は、クウも丁寧に振舞っていた。当時はレベルも低く、下手なことをして敵対行動を取ったと思われたくなかったからこその行動だったのだが、アリスやアルフレッドは見事に騙されていたと言えよう。もっともクウとしては、これほどの大事に至らせるつもりはなかったのだが、レインのせいで悪役を演じざるを得なくなった。

 ここで、黙り込む5人の間に入るようにしてアーサーが口を開く。



「それで今回裏切ったのはクウ・アカツキという名で間違いないのだな?」


「え? は、はい」



 セイジが代表して答えるが、アーサーはそれを聞いて眉を顰めた。アーサーは2度目の召喚陣が起動された時には【アルガッド】に居たため、クウとは会ったことのないハズなのだが、どこか神妙な顔つきをする。

 そのことを不審に思ったアリスがアーサーへと尋ねた。



「お兄様、どうなさったのですか?」


「ん? ああ、そうだな……少しアカツキという名に心当たりがあったものでな」


「心当たり?」



 アーサーの言葉に首を傾げるアリスだが、アルフレッドだけはハッとして顔を上げた。その反応を見つつアーサーは話を続ける。



「ああ、1回目の召喚で呼び出された者から裏切者が出たというのは知っているな? そいつは【アルガッド】に来たことがあるから俺も知っているし、当時も一緒について来ていたアルフレッドもよく知っているはずだ。そしてその裏切った勇者の名前が……ユナ・アカツキ」


「あっ!」


「そうだ。クウ・アカツキとユナ・アカツキは何か関連性でもあるのか? 異世界の常識は知らんが、家名が同じだということは親族だということだろう? 父上が気づかないハズがないのだが、関係性は追及しなかったのか?」



 アーサーの疑問はもっともであった。

 確かにルクセントも気づいていたし、関係性も多少は疑っていた。だが、追及しなかったのには理由がある。

 単純にステータスが一般人レベルだったのだ。

 目立ったスキルも加護もなく、説明された状況からしてセイジたちの召喚に巻き込まれたのだと見なされたため、召喚していきなり取り調べということにはならなかった。城を出た後もある程度の監視はしていたのだが、それも冒険者ギルドを通しての消極的なものであり、まさか裏切るなどとは夢にも思っていなかったのだ。

 そのことをアルフレッドが説明すると、アーサーは呆れたように呟いた。



「はぁ……父上も甘いものだ」


「勝手に異世界に呼び出しておきながら裏切りを疑うのはどうか? というのが陛下のお考えです」


「それが甘いというのだ。そもそも異世界人に頼らなければならないというのが情けない話なのだがな。確かにセイジの勇者としての成長率は目を見張るものがあるが、異世界人全てを信用してもいい訳ではないことぐらい分かるはずだろう?」


「……」



 その言葉にアルフレッドも黙り込む。

 分かっているのだ。それが正論であることぐらいは。

 6人は再び沈黙に包まれるが、ここでセイジがそれを破った。



「あ、ユナ・アカツキってもしかして朱月あかつき 優奈ゆなのことじゃないか? 血は繋がっていないけど同学年の姉弟きょうだいだって聞いたことがあるよ」


「そう言えばクラスは違いましたが、確かにいましたね」


「毎日弁当を届けに来ていたよね。よく覚えている……って、私たちが召喚される1年前ぐらいから姿をみていないよね?」



 リコが額に手を当てながら思い出そうとするが、ある時を境に突然記憶から抜け落ちていた。それはセイジとエリカも同様であり、エヴァンに召喚されたことで存在しなかったことにされたのだと気付く。クウと違ってあまり関わりが無かったために、こうして名前を聞くまで気づかなかったのだ。



「もしかして朱月は朱月あかつき 優奈ゆなさんを探しに行ったのかな? 裏切りの召喚者ってのと同一人物だとしたら、会いたいと思っても仕方ないよね」


「なるほど。有り得ますね」



 セイジの言葉にアリスも納得する。



「やはり親族だったのか」



 アーサーは思い出す。

 《武神の加護》を宿し、様々な武具を召喚しながら戦っていた少女を。調子に乗ってやりたい放題していた《光神の加護》をもつ勇者よりも勇者らしかった彼女がなぜ裏切ったのかをずっと疑問に思っていた。



(神託が正しいならば、2人のアカツキはこの地に戻ってきて災いを齎すのだろう。そのときにでも相見えることが出来るはずだ。真意を聞くことも出来るだろう。本当に災いを齎すのなら俺が立ちふさがって止めるがな……)



 それぞれの思惑のままに世界は動く。



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