EP73 天竜降臨
一気に更新します
その日ステラは【ヘルシア】の保安警備任務に就いていた。
もともとフィリアリア、つまりリアの護衛騎士だったのだが、すでに貴族で無くなったリアに仕える訳にはいかない。リアの騎士であっても、雇われているのは当主のテドラ伯爵なのだから。
それで護衛騎士を解任されてからは訓練をしつつ、街の警備を担当していたのだ。
だが、その日、しかも丁度ステラが担当していた時間帯に問題は起きた。冒険者と思われる男が二人組の男女に襲い掛かっているというのだ。より正確には男、というか少年がメインで襲われているらしい。
(厄介な……)
そう思いつつもすぐさま駆けつけて声を掛ける。
「どうしたっ! 何があった?」
街中で暴挙に出たという冒険者に心の内で悪態をつきながらも街の広場へと向かったのだが、そこでステラは意外な人物と再開する。
白いパーカーを着ているものの、長めの黒髪を靡かせながら舞うように細い湾曲した剣を振る少年と言えば一人しか思い浮かばない。嘗ては共に迷宮を攻略……というよりも寄生状態で強行突破したときにお世話になった冒険者。
「クウ・アカツキか……?」
「「ステラっ!?」」
クウとリアはほぼ同時に声をあげる。
意外な人物との再会に驚いたのは3人とも同じであった。
ステラはクウの後方にリアの姿があることに気付いて思わず声を掛けそうになるが、グッと堪えた。リアは既にラグエーテル家とは関係の無い身なのだ。あくまでも一般人として扱わなくてはならない。
騎士としての仕事に忠実な彼女は改めて広場を見渡しながら状況を把握していく。壊された屋台に、亀裂の入った石畳の地面、そこら中に木片も散らばっており、それなりに激しい戦闘が繰り広げられたのだと理解できる。よくこれで被害者が出なかったものだと思えるほどだ。
ステラはここで、クウと相対しているもう一人の男に目を向ける。
緑髪の美形であり、纏っている防具や右手に持つレイピアはパッと見でも魔法武具だと分かる。とすれば、それほどの装備をしている彼は高ランクの冒険者か、金持ちの貴族だ。クウと戦えていることから前者だろうと予測できる。もしくはどちらも正解か……
ともかく男女二人が襲われているという話だったので、クウが襲われている側なのだと察することは容易かった。
「それで……私は広場で冒険者が争っていると聞いたのだが、これはどういう状況だ?」
一応だが先入観を持たずに聞き込みを始める。クウの人となりを知っているステラとしては、クウが無駄な争いはしないことを知っている。しかし、騎士として公平な判断を下すためにも報告で聞いた内容や自分の主観を優先させるようなことはしなかった。
彼女らしい真面目さである。
「俺はそっちにいる妹と休日を楽しんでいただけだ。今は砕かれているが、そこにあったベンチに座っていたところをそこのエルフに襲撃されて今に至る」
クウもステラの真面目さは理解しているので、あえて親しそうな関係は見せない。周囲に野次馬の冒険者もいる状態で騎士と仲良くしている様子を見せれば、彼女の判断がクウを贔屓しているとみられる可能性もあるからだ。簡潔に客観的な説明をする。
「そうなのか?」
そうなのだろうな、と思いつつも神妙な顔つきをしながらクウと相対する男へと目を向ける。ステラはクウに言われて初めて気づいたが、確かにその男はエルフ。尖った長い耳が特徴的だった。
だがその男は悪びれもなく、むしろ晴れ晴れとした顔つきで答えた。
「そうだね。僕が彼を襲ったのは事実だよ」
何か問題でも? と言いたげなエルフの男に苛立ちを覚えるステラだが、何とか冷静さを保って事情徴収を続ける。
「理由は?」
「討伐すべき悪だからだよ」
「はっ?」
理解できない回答に戸惑いつつも、ステラはクウの方をチラリと見遣ると、クウもため息を吐きながら首を横に振っている。何を言っても要領を得ないのだろう。
ステラは詳しく話を聞くにも骨が折れそうだと頭を抱えそうになったが、その心配は杞憂となった。
「そこにいるクウ・アカツキは人族の神である光神シン様の敵なのだよ。人の身であるにも拘らず、悪神である虚神ゼノンの手先となった不届きものなのさ。だから光神シン様は僕を……SSSランク冒険者であるこのレインを神敵討伐に遣わされたのだ!」
大袈裟な仕草をしながら良く通る声で言い放つエルフのレイン。秘匿を命じられていたのだが、すっかり頭から抜け落ちるほどに彼は興奮していた。自らが信じる至高の神へ自分の信仰を捧げることで頭がいっぱいになっていたのだ。
SSSランク冒険者レインという言葉に騒然となる周囲の野次馬たち。世界に一人だけの最高ランク冒険者が目の前にいるのだから当然の反応だった。ステラも一瞬眉を顰めるが、すぐに表情を戻す。
聞き出す手間の省けたステラだが、今度はクウが頭を抱えたい思いだった。
先程までは周囲までは聞こえない程度の声だったのだが、こうやって声高々と宣言されると質が悪い。何せ真実であるだけに何とも否定しにくいのだ。もちろん大人しく認めるクウではないが……
だが、あまりに突拍子もない……そんなレインの言葉を簡単に信じるほどステラは狂信的ではない。
「それは証拠があってのことか? そしてその情報はどこから得たのだ? 根拠もなく言いがかりを付けているのならばSSSランク冒険者だとしても許されることではないぞ。ましてや【ヘルシア】の街中で騒動を起こすなど言語道断だ!」
「何、証拠ならあるよ。今は言えないけどね。捕獲したら発表されるだろうさ」
どこか自信ありげに答えるレインだが、証拠がなければ犯罪にならないのはこの世界でも同じ。もちろん裏で手を回すことで冤罪を擦り付けることも可能だが、それが出来るのは貴族や一部の権力者だけだ。SSSランク冒険者ともなれば、それぐらいの手回しをすることも出来るかもしれないが、それにしてはやり方が雑なのだ。クウが悪神の手先などと言うぐらいならば、リアを無理やり攫ったという罪を作る方が容易いはずだからだ。
それを理解しているステラはレインを不信の目で見つめる。だがレインはそれを気にすることなく話を続けた。
「諸悪の根源たるクウ・アカツキを捕らえなければルメリオス王国に災いが齎されるらしいよ? 処刑するように言い渡されているみたいだし」
レインの言葉にこの場にいる全員が困惑する。
処刑するように言い渡されている……これは王族に近しい者が関与していることを意味しているのだから。つまりクウはそれなりに高貴な人物から命を狙われていることになる。これにはどう対応すべきか、一騎士でしかないステラには判断しかねた。
だが困惑しているのはクウも同様だった。
(国王に気付かれたか……? だが俺はステータスを偽装していた。すぐに【ヘルシア】に向かったからバレているはずがないんだが……)
クウを送り出したルクセント王の反応は好意的と言っても良かった。初めからクウがゼノネイアの使いだと気付いていれば、召喚してすぐに処刑するなり幽閉するなりの対応をするのは間違いない。クウもそれを恐れて一月もしない内に城を出ることにしたのだから……
(俺がリアにステータスのことを話したのは迷宮の中だ。まぁ、宿なんかで話したら誰が聞いているか分からないからな。その点では迷宮の90階層は大丈夫だろ)
クウのステータスを完全に知っているはリアと幻想竜ファルバッサだけだ。ステータスを覗かれないように気を付けていたし、《偽装》を破ることの出来る《解析》や《看破》のスキルを持つ者は珍しい。滅多なことではバレないのだ。
知っているとすればゼノネイア以外の神々ぐらいだろう。彼女たちの規格外さはクウ自身が体感したのだから納得できるというものだ。
だがここでクウは気づいてしまった。
「……あ、神託か」
クウは思わず口に出してしまう。
自分たちを召喚する陣を王城に地下に用意したという神託があったというのは聞いたことがある。神が実際に存在するこの世界ならば神託でクウのステータスが告げられることも有り得る話だと気付いたのだ。
クウの言葉が聞こえたレインはニヤリと口元を歪めながらクウへと視線を向ける。
「ほう、やはり心当たりがあるのかな?」
何気なく口にしてしまったクウだが、それは失言だったと気付く。今の流れでは、クウがレインの言った通り悪神の手先だと認めたに近い。心当たりがあるからこそ、神託という言葉が出てきたと捉えられても不自然ではないのだ。
そしてそれは正しい。
普段のクウならば絶対にしないようなミスだったが、レインにゼノネイアの手先だと指摘されてことで動揺していたのだ。それでウッカリ思考が漏れ出してしまったのも仕方ないだろう。
だが、ここでリアも動揺した表情をしてしまったのが問題だった。
「もしやそちらのお嬢さんもクウ・アカツキが神敵であることを知っているのかな? 僕の調べでは彼のパーティメンバーのようだしね」
レインはリアへと冷たい視線を向ける。
顔つきは美しく、爽やかな笑顔を浮かべているように見えるが、目だけは笑っていなかった。もしリアが知っていると答えればすぐさま攻撃を仕掛けそうな程に獰猛な雰囲気をだしていたのだ。
クウは拙いと考える。
リアではレインには歯が立たない。ターゲットにされて何かの間違いで攻撃されてしまっては目も当てられないのだ。クウ自身が狙われる程度なら何とかなるが、リアを守りながらというのは難易度が高く、しかもリアまで神敵と判断されかねないのだ。
異世界人であり、天使にまで進化したクウからすれば国に居られなくなっても問題ないと思えるのだが、この世界の人間であり、加護を持っていると言ってもまだ人でしかないリアには酷な話だった。
「え……あの……」
戸惑うリアに目を向けつつ、クウは高速で頭を回転させる。
どうせ異世界なのだ。自分の立場が悪くなる程度は問題ない。それにこれから魔族領に行くのだから気にする必要もない。だが、リアが同じ目にあうことだけは避けなければならないのだ。
(どうする? どうせ神託でバレたのだとすれば、この場だけ誤魔化しても意味がない。とすればリアに被害が及ばないようにするには……)
実際には神託は国民に秘匿されている。
クウの処刑と最後の召喚陣の使用が主な内容なのだが、クウの話については国王ルクセントと宰相アトラス、そして大司教パトリックの3名だけなのだ。しかも彼ら3人はクウを処刑するつもりはなく、単純に捕らえるだけの予定だった。いや、少なくとも話だけは聞くつもりだったのだ。
だが、レインに神託の内容を教えてしまったのが全ての間違いだったと言えよう。
レインは狂信的に光神シンを信仰している。神敵と分かれば容赦なく殺すのだ。SSSランク冒険者だと信頼して神託の内容を教えてしまったのが裏目に出てしまったことになる。
狂信者を間に挟んでしまったことで、クウとルクセントたちの間に大きな擦れ違いと勘違いを生んでしまったのだ。
「仕方ない……」
数秒の後にそう呟いてリアへと走り寄り、お姫様抱っこの要領でリアを抱えて全力で飛び上がる。クウの天人としてのステータスを身体強化で増幅した上での行動であり、レインでさえも反応できない。そのことにリアも驚いているが、クウは構わず右手に魔力を集中させる。
右手にあるのは虚空神ゼノネイアに貰った魔法陣。複雑で小さなその魔法陣はグローブで隠しているのだが、効果を発動させるのに問題は無い。
「出てこい! ファルバッサ!」
空中でリアを抱えながらクウは魔法陣を開放した。
右手の甲に描かれた魔法陣が一気に拡大し、空中で複雑な紋様を見せつける。専門の魔法陣魔法使いが見れば卒倒するような精密なそれは、リアを抱えるクウの足元で輝く。
「なんだ!? あれは!」
「おい逃げるぞ!」
「魔法陣を空中に展開だと……?」
「ははは……あれが魔法陣だと……? なんて複雑な……」
「バカ野郎! アレが攻撃魔法陣だったら洒落にならねぇぞ!」
「やはり悪神の手先なのか!?」
周囲にいる者たちだけでなく、街中で騒然となる。攻撃魔法とも言われているが、そうではない。だが魔法陣から出てくるモノは下手な攻撃魔法よりも―――
恐ろしく
強大で
恐怖を齎す
―――そんな存在。
”ようやく我の出番か? クウよ”
灰銀色の輝く鱗を持ち、巨大な翼を広げて顕現するのは一匹の竜。それもワイバーンのような低位の竜種ではなく、本物の天竜だ。100年に一度現れるかどうかという災害。それが【ヘルシア】の上空に出現したのだ。
足元に顕現したファルバッサの上にクウは着地する。上空でファルバッサに乗るためにリアを抱えて飛び上がったのだから計画通りだ。
(これで目立っただろう。悪者役は俺が全て引き受けるさ)
リアを両手に抱えたクウはファルバッサの背中に乗り、宣言する。
「俺はそいつの言う通り虚神ゼノンの手先だよ。こいつは俺が貰っていく。じゃあな!」
「えっ? え?」
リアは状況を理解できずに言葉を失う。
だが今はその方がクウにとっても都合が良かった。このままリアはクウ=悪神の手先に攫われたと認識されれば、クウの仲間だとは思われない。クウの罪状が増えることになるが、どうせクウは指名手配されることになるだろうから関係ないと考えたのだ。リアには黙って貰っていた方がやりやすい。
「やはり貴様は神敵かっ!」
声を張り上げて叫ぶレイン。
だがクウは思いっきり冷たい視線で見下しながら静かに告げる。
「ファルバッサ、東に向かえ。予定を早めて今から出発する」
”フッ! お主も損な人だな。よかろう”
「うるせー」
実はこの作戦を思いついた時から、クウは魔法陣のファルバッサとの通信機能で連絡を取っていた。念話のように意思で会話する方法であるため、周囲に気付かれることはなかったのだ。ある程度の事情と「リア誘拐(仮)作戦」の概要を伝えておいた。
本音を言えばこれ以上レインにアレコレ言われて襲われるのが面倒になったというだけであるのだが……
騒ぐ市民たち―――騒いでいるのは主にレインだが―――を横目にクウは相棒へと指示を出す。ファルバッサもそれに了承し、静かに羽ばたきながら【ヘルシア】上空から去って行った。