EP71 街中での襲撃
虚神ゼノンの使者……
そう断言して襲いかかるレインだが、クウは一瞬動揺して対処に遅れた。そもそも街中で剣を抜いて襲い掛かってくると予想することすら不可能というものだろう。それにクウが虚神ゼノン、つまり虚空神ゼノネイアと関わりを持っていると見抜いていることにも原因の一つとなっていた。
「くっ!」
クウはそれでも咄嗟に反応して身体強化を使いつつリアを抱えて飛びのく。クウが避けただけではレインの攻撃がリアに当たってしまうからだ。
ガコッ!
クウとリアの座っていたベンチは砕け、破片が周囲に飛び散る。その音で騒ぎに気付いた人々は壊されたベンチを見て恐怖し、逃げまどい始めた。
「なんだ!? どうしたんだ?」
「知るかよ。とにかく警備兵を呼ぶぞ!」
「女子供を優先して逃がせ! 教会に逃げ込むか広場から出ていくかするんだ!」
「おい、押すな!」
「うるせぇ。あいつらの戦いが見えねぇだろ!」
「ママーっ!」
「大丈夫よ。すぐに逃げましょう」
突然のことで混乱する市民たち。
真っ先に落ち着きを取り戻した現役冒険者たちが主導になって避難をさせている。中には見物しようとする命知らずもいたのだが、そういった者たちは基本的に無視されている。何があったとしても自己責任なのは街の中でも変わらないのだ。
一方のクウも混乱していた。
なぜ自分の隠してきたことがバレたのか? なぜ街中にも拘らず襲ってきたのか? 疑問は尽きないが、その前にチラリと左腕を見る。
白のパーカーがクウの血で染まっており、傷口が冬の冷たい空気に触れて痛む。避けるときに攻撃が当たっていたらしく、それなりに深い傷を受けていたのだ。
「兄様!」
「リアはポーションを頼む」
リアも抱きかかえられたままクウの状態に気づいて動揺するが、すぐに降りて言われたとおりにアイテム袋からポーションを取り出す。そして薄い緑色をした回復ポーションの瓶を開けて、クウの左腕へと振りかけた。
効果としては低級のポーションなのだが、クウの傷口は急速に回復していく。本来はこれほどの効果はないのだが、リアの持つ【固有能力】の《治癒の光》のお陰で中級ポーション並みの効果を発揮していた。
回復系の効果を無条件に一段階引き上げるリアの【固有能力】の効果は魔法だけには留まらない。ポーションを初め、普通に治療するだけでも威力を発揮するのだ。
一瞬で回復したクウは虚空リングから神刀・虚月を取り出して右手を柄にかける。不意打ちとは言え、ステータスが逸脱しているクウに怪我を負わせたのだ。油断はできない。
「まさか避けてくるとはね……本気の攻撃じゃないとは言え驚いたよ。さすがはSSランクに上り詰めた冒険者だ」
レインは破壊したベンチの目を遣りつつもクウの方へと向き直る。
つかの間に出来た少しの猶予。
クウはすぐさま状況を整理する。
(こいつはSSSランク冒険者のレインだと名乗っていたな。確か王城の資料室で見たことがある。この世界で唯一のSSSランクであり、『覇者』の異名を持つエルフだと……そんな奴が何で襲いかかって来るんだ?
いや、理由ならこいつが言ったところだ。俺を虚神ゼノンの使者だと認識しているみたいだからな。どうやって情報を得たのかは分からないが、かなり確信を持っているらしいな。そうじゃなかったら街中で襲い掛かるなんて真似はしないだろうし)
普通はどんな者でも街の中で諍いを起こせば犯罪となる。それはSランクを越えた冒険者でも変わらない。それを承知で襲い掛かっているのだとすれば、間違いなく貴族以上の後ろ盾がいるということになってしまうのだ。もしくはクウが虚神の関係者だと言い張ることで住民を味方につけるという方法もある。
どちらにせよ余程の確信がなければクウを襲撃できるはずがないのだ。
(まぁ、どうせ明日にはここを出る予定だったんだ。荷物や装備品は虚空リングとアイテム袋に入っているから、この際逃げてしまうのもいいかもしれないな。問題は……)
クウはチラリとリアの方を見る。
既にリアのアイテム袋からいつもの杖を取り出して戦闘準備を完了しているが、完全装備ではない。服装は防御力など皆無の私服であり、ベンチを破壊したレインの攻撃を喰らえば怪我では済まない可能性もあるのだ。
レベルが上がっても人は人。
そこまで皮膚が固い種族ではないのだ。
「リアは下がって後方支援だ。いつもと違って防具を着けていないから前に出るなよ」
「ですがクウ兄様も……」
「俺に攻撃を当てれる奴なんてそうはいないさ。最悪の場合は奥の手を使う」
クウはそれだけ言って前方へと注意を向ける。
リアも何を言っても無駄だと悟ったのか、素直に聞きしたがって後ろに下がった。
(さて……どんなステータスかな?)
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レイン・ブラックローズ 294歳
種族 エルフ ♂
Lv183
HP:10,395/10,395
MP:16,788/16,813
力 :9,036
体力 :9,116
魔力 :10,784
精神 :9,844
俊敏 :9,261
器用 :9,158
運 :38
【通常能力】
《細剣術 Lv10》
《体術 Lv8》
《魔力支配》
《気配察知 Lv8》
【称号】
《出来損ない》《竜殺し》《最強》
《狂信者》《到達者》《極めし者》
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即座に《森羅万象》で調べたステータスによれば、ステータス値はクウの半分以下。不意打ちを回避できたことから予想は出来ていたが、明らかな格下だった。
SSSランク冒険者だと聞いて警戒していたクウは少し拍子抜けする。
そもそも天使であるクウの方が異常なのだ。種族的な優位性のお陰で基礎ステータスは人の4倍ほどもあるのだから当然である。それ以外にもクウには【魂源能力】という切り札もあるのだ。
クウはすっかり余裕を取り戻していた。
(というか《出来損ない》だったり《最強》だったり忙しい称号だな……だが《魔力支配》を持っている上に、《細剣術 Lv10》を持っている。スキルの上では最強クラスなのは間違いない)
《魔力感知》《魔力操作》《魔纏》《身体強化》《魔装甲》《魔障壁》《魔呼吸》《魔弾》の8つのスキルを複合したエクストラスキルである《魔力支配》は、使いこなせば万能の戦闘能力となりうる。そしてスキルの最高レベルとも言われるLv10のスキルさえも持っているのだ。SSSランク冒険者というだけはある。
事実、レインのクウを見る目は余裕そのものであり、強者の風格を身体全体で誇示しているようにも見えた。
だがレインは知らない。
理不尽な能力と隔絶した身体能力を持っている天使の脅威を……
「レインだったか? 俺のことをよく見ておけよ? 気を抜けば……死ぬからな」
クウは忠告とばかりに言葉を告げる。
そしてその言葉と同時にレインの視界からクウの姿が消え去り、間髪入れずにレインは鳩尾から強い衝撃を受けて吹き飛んだ。
「ぐはぁッ!?」
クウだけのユニークスキルである《幻夜眼》の強力な幻術で、レインはクウの正確な居場所を認識できない。魂の力を現世に顕現させる【魂源能力】は普通のスキルとは効果が隔絶しているのだ。並みの感知力では見抜くこともできないだろう。そしてそれは相手がSSSランク冒険者であったとしても変わらない事実だ。
吹き飛ばされたレインは近くにあった屋台へと突っ込んで大きく損壊させる。
「あー、やっちゃったなー」
既に店主は避難済みであったが、戦闘で街に被害を出してしまった。
身体強化を使ってかなり本気で殴ったのだが、威力が高すぎてしまったのだ。急激な身体能力の向上に慣れていないクウの攻撃は予想以上に高威力だった。とはいっても、ただの服に見えて高度な魔法防具であるレインの服のお陰で、レイン自身の怪我は少ない。だが、これ以上クウとレインの戦闘が続けば、周囲の被害は計り知れないものになるのは目に見えていた。
「ぐ……まだまだ!」
ガラガラと崩れた屋台の中から起き上がるレイン。その身には薄らと白い何かが覆っており魔装甲を発動させたのだと理解できる。GORILLAとの戦いで魔装甲を見たことのあるクウは、あの時の硬さを思い出して顔を顰めた。
魔剣ベリアルでさえも破壊することで精一杯だったのだ。当然ながら魔力値が30,000もあったからこその硬度なのだが、それでも魔装甲を纏った以上は素手の攻撃でダメージを与えることはできない。
そしてレインは先ほどクウの攻撃を受けたにも拘らず、平然としていた。
それもそのはずで、クウのパンチが当たる寸前に咄嗟に反応して魔装甲を発動させたからだ。中途半端な魔装甲であったために、かなりの衝撃を受けてしまったのだが、服の性能も相まってほとんど無傷で済んでいた。
レインは体についた土埃を落としながら口を開く。
「まさか僕がこれほど簡単に攻撃を受けるとはね……もう油断しないよ」
その言葉通り、レインは魔装甲を強化し、魔纏、身体強化を使う。
エルフとしての膨大な魔力を贅沢に使って肉体の脆弱性を克服し、普段の2倍以上の肉体性能と攻撃力を生み出した今のレインには余裕も油断も隙もない。
今の一撃で認めたのだ。
クウは自分より格上であると。
SSSランクとなって世界最強と呼ばれるようになってからはそんな相手に出会うことは無くなっていた。各地で発生する強力な魔物もレインの手にかかれば瞬殺であり、苦労するとしても100年に一度出るか出ないかという真竜の討伐ぐらいだろう。当然だがレインは戦ったことがない。何故なら以前に真竜が出現したときは、まだまだ強くはなかったのだから。
迷宮を攻略するにしても、罠に関する知識がないために断念せざるを得なかった。
そして出会った正真正銘の強敵。
自分の目で見て体で感じたクウの強さを理解できないレインではない。
(神敵……クウ・アカツキ君か。危険の芽は僕がここで摘み取ってみせる)
そう決意してゆっくりと一歩を踏み出した。





