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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
逃亡生活編
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EP69 潜む牙

 虚空迷宮のエントランス。

 ここには各階層へと繋がる転移クリスタルが設置されており、数多くの冒険者がここを通して目当ての階層まで転移をする。特に朝の時間帯の混雑は一種の名物と化していた。

 だが今は昼時であり、むしろ迷宮から出てくる冒険者の数の方が多い。主に弱い魔物からの素材を売って日銭を稼いでいる冒険者が、その日の仕事を切り上げて戻ってくるのだ。

 そんな冒険者たちの中に紛れてエントランスへ転移してきた2人の黒と白。

 有名人である2人が戻ってきたのだから、周囲に居合わせた人々の噂にならないはずがない。



「おい……『黒白モノクロ』の兄妹きょうだいだ。1週間も帰ってこないから死んだって噂になっていた……」

「バカ野郎。あの2人が簡単に死ぬわけないだろう」

「何でも90階層に挑んだらしい」

「嘘だろ? え? 冗談だよな?」

「ギルドで受付嬢が話してたのを偶然聞いちまったんだ。間違いないさ」

「化け物だな……」

「ああ」



 クウとリア。SSランク冒険者パーティとして【ヘルシア】でもトップクラスの有名人である2人の顔を知らない者は少ない。変装でもしない限りは注目を集めても仕方がなかった。

 まして、クウはファルバッサの試練をクリアするのに1週間もかかっている。死んだ、死んでないという議論で、特に攻略組冒険者の中では話題が持ちきりだった。

 だが、2人はそんな噂話をする冒険者に目もくれずに迷宮から出ていく。



「取りあえず宿に行くか」


「そうですね。シャワーを浴びて一度ゆっくり休みたいですし」



 そんな会話をしつつ泊まっていた高級宿を目指す。

 クウは自分が異世界人であることや、ステータス、加護、神、天使……知り得た内容を全てリアに伝えきった。そしてこれから自分がすべきこと、つまり虚空神ゼノネイアに頼まれたことを実行するために魔族領域を目指すということを説明した。

 もちろんクウとしても見限られることを覚悟して話したことだ。この世界に住む住民からすれば、クウの話した内容は異端と言える。エヴァンでは人族にとって光神シンの神話こそが中心だったのだ。根本から覆すようなことを受け入れるのは難しい。

 だが、リアはそれを受け入れた。

 実際にクウが迷宮で力を……【魂源能力】を得たという状況証拠もあるが、短い付き合いながらもクウのことを信頼、信用していたことが大きい。

 既に人でなくなったことも含めて、クウに付き添っていくことにしたのだ。



(まぁ、リアの加護についてはしばらくは話せないけどな)



 リアの持つ《運神の加護》についてだけは、秘匿されている理由が判明するまでは秘密にしておくつもりだった。理由としては、クウの勘……という部分もあるが、ファルバッサも何も言わないという部分が大きい。

 ファルバッサの《竜眼》は格下のステータスを完全に見破るというものだ。当然、リアの秘匿されたステータスを見ることが出来る。その上で何も言及しないのだから、クウとしても今は言わない方がいいのだろうと考えたのだ。



「取りあえず宿で一休みした後はどうする? 俺としては旅に出るための準備をしておきたいから食料の調達をしたいんだけど」


「そうですね。ではクウ兄様は虚空リングがあることですし、その辺りの準備を任せます。わたくしはその間にギルドへ行って報告だけはしておきましょう」


「必要あるか?」


「ギルドマスターにだけは兄様の話を伝えた方がよろしいかと思ったのですが……」


「止めとけ。異端だと思われたら終わりだぞ? こういった話はもっと確実な証拠が集まってから公表しないと誰も信じてくれないものさ。そう思えばここまで情報操作した光神シンはなかなかのやり手だな」



 クウの中では、光神シンは怪しさの塊と化していた。

 何故、善神が囚われている訳でもないのに召喚陣を与えたのか? そして間違いだらけの神話はどういうことなのか? そもそも虚空神ゼノネイアの話では、今の魔王は天使の一人だという。それを倒すという理由も見当たらない。天使はあくまでも世界の調整者であり、討伐すべき対象ではないのだから。

 そんなことを考えているうちに、2人は宿へと到着した。

 1週間ぶりのちゃんとした建物に少しばかりの感動を覚えつつ、中へと入る。すると宿のカウンターに立っていた女将が驚いた顔で2人を出迎えた。



「おや、まぁ。あんたたち、無事だったんだね!」


「まぁな。部屋はまだ大丈夫か?」


「もちろんさ。10日分貰っていたからね。今日を含めて3日は残っているよ」


「今から少し休む。夕食になったら呼んでくれ」


「わかったよ。ゆっくり休みな」



 女将はそう言って2人に部屋の鍵を渡す。

 クウとリアはそれぞれの部屋の鍵を受け取って自室へと戻っていった。














「夕食だよ! 起きてるかい?」



 激しいノックの音と共に女将の声が部屋中に響き渡る。

 クウはその声で目を開けた。その視線の先に見えるのはシミ一つない天井。窓から差す夕日に赤く照らされた部屋を見渡してクウは今の状況を思い出した。



「夕食はもう用意してあるよ! 早く下に降りてきな」


「ああ、わかった」



 再び声を掛けてきた女将に返事をしつつ、クウはベッドから起き上がる。目をこすりながらグッと背を伸ばして立ち上がり、虚空リングからゆったりめの服を取り出して着替えた。

 黒のズボンに黒のシャツ。だが上着だけは珍しく白のパーカーというスタイル。普段の真っ黒な姿を知る者が見れば、思わず二度見してしまうだろう。

 クウが部屋を出て宿の一階にある食堂へと降りていくと、既にリアは席に座っていた。リアもクウと同じく、いつもの白ローブを脱いで、ブラウスにセーターそしてピンク色のロングスカートという恰好をしていた。

 テーブルには既に料理が並べられ、リアと向かい合うように空いた席が一つ。

 クウは当然のようにその席へと腰かける。



「待たせたか?」


「いえ、わたくしも今来たところです」



 まるで待ち合わせの恋人同士のような会話だが、2人にそんな他意はない。

 早速とばかりにテーブルに用意された夕食に手をつけ始める。



「このハンバーグもどきは旨いな」


「ハンバーグ?」


「俺の世界にも似たような料理があるんだ。だけどこっちのは少し香ばしさが足りないよな……あ、玉ねぎが入ってないのか」


「そんなものを入れるのですか?」


「じっくり炒めてから肉に混ぜると香りが引き立つんだよ。香辛料も、塩だけじゃなく胡椒をいれると尚いいだろうな。ソースは少しだけ血と肉汁を混ぜるとコクが出る」


「詳しいですね」


「料理も得意だからな」



 エヴァンにも地球と似たような料理が多い。

 というよりも、地球では料理という分野が研究しつくされているのだろう。この世界で開発されているものは、大抵が地球でも確立されている調理法だったりするのだ。



「そう言えばリアは俺の試練の最中は何を食べてたんだ?」


「ファルバッサ様がどこからともなく持ってきた食材をわたくしが自分で料理していました」


「料理出来たんだな」


「これでも冒険者ですから」



 2人はそんな会話を続けながら目の前の料理を胃袋に収めていく。

 身体的にも精神的にも疲れ切った2人は、高級宿らしい旨い食事に満足して全て食べきった。



「ふぅ……なんか感動だ」


「どうしたんです急に?」



 ナイフとフォークを置きながらポツリと呟くクウに、リアは首を傾げながら聞き返す。クウはそんなリアに微笑みながら答えた。



「いや、ファルバッサの試練で精神世界に行ったときは何もない真っ暗な場所で1週間ほどアレコレしてたからな。こうやって改めて普通の生活のありがたみが理解できたってことさ」


「そんなに壮絶な試練だったんですね……」


「そう言えば試練の内容は言ってなかったな」



 クウとリアは、この後1時間ほどお茶を楽しみながらゆっくりとした時を過ごし、ようやく部屋へと戻っていった。クウとしては試練直後に災厄級の巨人魔獣と戦ったことで、心身ともに疲労していたというのもある。夕食前にひと眠りしたにも拘らず、ベッドに入った瞬間に夢の世界へと吸い込まれていった。






 ◆◆◆






「それで例のクウ・アカツキ君は虚空迷宮から戻ってこないと?」


「いや、先ほど帰ってきたらしいと報告があった。ギルドには顔を出していないが、恐らく明日には来ることだろう。今日は疲れて休んでいるのかもしれんな」


「そうかい。それはよかった。せっかく1週間もかけて王都から【ヘルシア】まで来たっていうのに、無駄足にならなくてよかったよ」



 冒険者ギルドヘルシア支部の一室。

 より正確にはギルドマスターであるブランの執務室に、一人の青年らしき人物がやってきていた。

 鎧もなく白を基調とした布の服だけを着て、腰にはレイピアのような細身の剣が一本。スラリとした体形に美形といえる顔つきをしたその人物こそ、SSSランク冒険者レイン。

 当然ながら、その身に纏う衣服はただの服ではない。強靭な魔物素材の糸を使った鎧並みの強度と魔法耐性を兼ね備えた魔法道具マジックアイテムなのだ。もちろん、武器のレイピアも相応の魔法武器マジックウェポンである。

 緑の髪を右手で掻き分けながら微笑む彼に見とれた女性は数知れず。だが、その身に纏う覇気は強者そのものだった。

 老練とも言える覇気を纏っているにも関わらず、若々しい美貌を誇るレイン。それは彼が長寿の種族であるエルフだったからだ。



「それでどういう訳でクウを捕まえるんだ?」


「さあね? 僕も詳しい話は聞いてないよ。ただクウとかいうSSランク冒険者に用があるってことだけは知っているけどね。依頼主すらも聞いてないよ」


「そうか……」



 レインは笑顔で嘘をつく。

 当然ながら、クウを捕まえる理由も依頼主のことも知っていた。だが秘匿義務を課せられたためにブランにも黙っているに過ぎない。

 平然とした顔をしつつ、レインは内心で呟く。



(虚神の使い、クウ・アカツキか……うっかり殺してしまっても、文句は言われないよね?)



 『覇者』の名を冠する人族最強の男がクウへと牙を剥こうとしていた。




次の更新は土曜日までになるかと思います。


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