EP67 神託
新章開始です
学校が始まるので更新頻度が少なくなります
その前にpc壊れてメモ帳にストックしてた分が飛びました。マジで立ち直れねぇorz
時は少し遡る。
クウがちょうど90階層へと挑もうとしていた前日の朝、ルメリオス王国の王都にある光神教の教会では多くの信徒や教会幹部の者たちが忙しそうに動き回っていた。
「神託が降りたぞ!」
「バカな!? 何故こんなにも急に?」
「私だって知りませんよ。全ては光神シン様の御心なのですから」
「急いで発表の準備をするんだ」
『はい!』
光神シンを信じる者たちにとって、教会とは唯一王都にあるもののことを指している。もちろんその他多くの都市や街にも教会はあるのだが、それはあくまでもレプリカのような扱いだ。象徴となる教会はパトリック大司教を中心とする王都の教会。
そしてルメリオス王国中の信徒たちが巡礼するために一度は訪れる教会なのだ。
何故、この王都の教会だけが特別扱いされているのか? それはこの教会は唯一、光神シンからの神託を受け取ることの出来る聖地だからだった。
王都の教会には、その地下に『聖なる光の石板』と呼ばれるものがある。それは縦5m、横幅3m、厚さ50㎝の巨大な石板であり、その表面は極限まで磨かれている。そして神託が降りる度に、この石板に光る文字が浮かび上がるのだった。
そしてその石板の前に立っている大司教パトリックは眉を顰めてその文字を何度も読み返していた。
(バカな……これが本当ならば発表など出来るはずがない……)
この空間は大司教と教会幹部である6人の司教以外は立ち入りを禁止している。今、この場にいるパトリック及び6人の司教たちは口々に言葉を交わしながら議論していた。
「どういうことなのだ!? こんなものは発表できるはずが……」
「じゃが、既に信徒たちには神託が降りたことが知れ渡っておるのだ。発表せぬわけにはいかぬだろう」
「ならば、神託は降りていない。流れている情報は間違いだと発表して、この神託を秘匿するというはどうでしょうか?」
「アレン司教、それは不敬だぞ!」
「ならばどうしろと!?」
教会のトップとも言うべき彼らがこれほどにも慌てる理由。
それは目の前の石板に今も輝いている光の文字が原因だった。
―――――――――――――――――――――――
神託
召喚者、クウ・アカツキを捕らえてこれを処刑せ
よ。
彼の者は悪神である虚神ゼノンの手先である。彼
の者は魔の領土へと向かい、裏切りの召喚者である
ユナ・アカツキと共にこの地に災いをもたらすだろ
う。
すぐに3つ目の召喚陣を起動するのだ。
―――――――――――――――――――――――
(アカツキ……ルクセント陛下から間違って召喚されたという少年の名前を聞いておけば、この関係性に気付けたかもしれぬな……)
パトリックはため息を吐きつつ天を仰ぐ。
1年前に裏切った武神テラの加護を持ち、【固有能力】を所持していた召喚者、ユナ・アカツキ。光神の加護をもつ勇者と共に召喚された少女で、様々な武器を召喚しながら戦う姿は戦女神とも持てはやされていた。
一般には死んだことになっているが、その実情は魔族へ裏切ったのだということをパトリックを初めとした司教たちは知っている。そのユナ・アカツキと2度目に召喚された勇者と共にエヴァンへと来たクウ・アカツキが手を組んでこの地に災いをもたらすという神託なのだ。
これを発表できるはずがない。
もし発表するならば、死んだとされている戦女神ユナが裏切っていることや、今回の召喚者にも裏切者が混じっていたということになり、教会の権威は大きく失墜する。
「神託はありのまま発表するのではなく、一部をぼかして……『裏切者の名指しがあった』程度で発表するというのはどうだろうか?」
「バカを言わないでください! それこそ不敬です!」
「それにしても戦女神殿……いや、ユナ・アカツキはまだ生きていたようじゃな……」
「召喚者クウ・アカツキとは親族同士のようですね。家名が同じですし」
「このようなことなら召喚者クウ・アカツキの名をしっかりと聞いておけば、裏切りの兆候を見ることが出来たかもしれぬのに……」
「ならパトリック大司教に責があると?」
「いや、我ら7人全員の責任であろうよ」
この場にいる7人も、ルクセントから召喚に巻き込まれたと思われる少年の話は聞き及んでいた。スキルもステータスも一般人とそう変わらないとも聞いていたため、特に重要な案件だとは考えなかったのだ。
だが後悔先に立たず。
まさかクウが虚神の使いなどと誰が予想できるだろうか? そういった意味では、クウが即座にステータスを秘匿して一般人を装ったのは正解だったと言えるだろう。
「静まれ!」
パトリックは一喝する。
初老とも呼べるパトリックだが、その実は『聖導師』とも呼ばれる高位の魔法使いだ。実力、レベルも生半可ではない。そんな彼が静まれと言うのならば従わない理由など無かった。
パトリックは口を噤む6人の司教たちを見回しながら口を開く。
「この神託は一般には秘匿する。もちろん他の幹部にも口外してはならんぞ。ルクセント陛下とアトラス宰相閣下にだけは真実を伝えよう。一般には、神託は王へと向けたものだったために公開できないとしよう。儂は今から王城へと向かう。そなたたちはこの場を頼んだ」
パトリックはそう言ってこの場を去っていった。
どちらにせよ神託を公開するのは拙い。それならいっそ、王家に下された神託だとしてしまえば国民も納得するし、そもそも間違いではない。ユナの裏切りやクウの存在は、一般には秘匿されている事項なのだ。そして召喚陣の起動に関しても、王城の地下にあるのだからルクセントには伝えなくてはならない。
そしてパトリックの背中を見送る6人の司教も行動を開始する。
神託を待ち望む信徒たちへの説明をするために……
◆◆◆
パトリックは急いで自分専用の、正確には代々の大司教が使っている御用達の馬車に乗り込んで王城へと向かう。神託の発表を待ち望みながら教会の広場に集まる信徒たちも、パトリックの専用馬車だと気付いて不審に思うが、向かっている方向が王城だと気付いて納得する。
大司教自らが王へと神託を告げに行くのだろうと。
そして信徒たちはパトリックの馬車の邪魔にならないように次々と道を空けていく。ここで暴動や暗殺沙汰にならないのは、パトリック自身の人徳によるものだろう。『聖導師』として有名な彼は、一流の回復魔法の使い手として一般民衆にも人気があるのだから。
「だがこうしてみると信徒たちを裏切った気分ではあるな……」
馬車に揺られつつパトリックは呟く。
ルクセント王と教会の一部の幹部のみ知る事実。公開すれば混乱は免れないが、それでも敬虔な信徒たちに隠し事をしなければならないというのは彼の心を痛めた。
(こうなってしまえば本当に3つ目を使っても良いのか疑問に思ってしまうものだ。1度ならず、2度までも召喚者から裏切者を出してしまったのだからな)
一般街を抜けて貴族街に入り、台地の上にそびえる王城を目指す。
貴族の中にも信徒が多い光神教の大司教の馬車を止める者などおらず、パトリックの馬車は順調に貴族街を抜けることが出来た。中には平民出身のパトリックを嫌う者もいるのだが、政治的権力を持たないためにあからさまな嫌悪はしていないことが救いだろう。
そしてこの国を治める王の住まう城の城門では、パトリックの専用馬車を見て衛兵が慌てていた。
「おい……あれって……」
「ああ、大司教様の馬車だよな」
「何か連絡聞いてるか?」
「いや、聞いてない。緊急の用事か?」
未だ王城までは神託の件が伝わっていないため、城門を守る衛兵にはパトリックが来た理由が理解できなかった。来城の連絡も聞いておらず、しかもパトリック自身が直々に来るということ自体が珍しい。最近は勇者の召喚もあって何度か王城まで来ていたのだが、普段は王都広場の教会で人々に教えたり、病人を治療したりしているのだから。
そうこう話しているうちにパトリックの馬車は城門まで近づく。いかにパトリックの専用馬車といえど、このまま城門を抜けさせるわけにはいかないので、衛兵も制止をかけつつ御者に話しかけた。
「停止しろ。大司教様の馬車とお見受けする。いかなる用で王城に参った?」
「申し訳ございません。私は大司教様に急いで王城へと行くようにとしか仰せつかっておりませんので、事情は知らないのです」
「わかった。大司教様に直接聞いてもよろしいか?」
「はい、少しお待ちを」
御者はそう言って御者台を降りて、馬車の扉へと近づく。そしてその扉を軽くノックしてから中にいるパトリックに聞こえるように声を出した。
「パトリック様、王城の衛兵が来城の説明を求めております」
「わかった。開けてくれ」
「はい」
御者はそう言って馬車の扉を開く。
すると中には赤いソファのような椅子に腰かけたパトリックがいるだけだった。貴族用の豪華な馬車ほどではないが、使いやすく改造されているため乗り心地も悪くはない。武器や攻撃系魔法陣なども積み込まれた様子はなく、怪しい部分はなかった。
衛兵は一目でその辺りをチェックしつつ、パトリックに訪ねる。
「パトリック大司教様とお見受けします。本日はどういった用事で王城へと参られたのでしょうか? 我々は特に聞き及んではいないのですが……」
「済まない。緊急の用事なのだ。神託が降りたので陛下へとお伝えしに参った」
「本当ですか!? でしたらすぐに謁見の用意を……」
「待ってくれ!」
衛兵の言葉を遮ってパトリックが声を張り上げる。思わず衛兵もビクリと肩を揺らすが、すぐに聞き返した。
「はい、どうしましたか?」
「今回の神託はルクセント国王陛下と宰相アトラス閣下にのみお伝えしなければならないのだ。済まないが他には誰にも教えることができない」
深刻そうな顔をするパトリックに思わず衛兵も頷いてしまう。
その衛兵はチラリと隣にいる同僚に視線を送る。アイコンタクトを受けた衛兵も頷いて王城の中へと走っていった。
それを見て衛兵はパトリックに向き直って口を開く。
「今、連絡に行かせました。まことに申し訳ありませんがしばしお待ちを」
「うむ」
パトリックは深く頷いて了承する。無理に王城へと押し掛けたのだからこれぐらいは当然だろうと予想はしていたのだ。
そう言って待つこと20分。
送り出した衛兵が戻ってきて報告し始めた。
「陛下と宰相閣下がお会いになるそうです。陛下の執務室へと通すように仰せつかっております」
「ご苦労……では大司教様。この者が案内致します」
「済まない。感謝する」
「いえ、ではこちらに」
パトリックの馬車は連絡に行った衛兵に案内されつつ王城の中へと入る。
何度来ても慣れない豪華な城。平民出身のパトリックとしては非常に居心地の悪い空間ではあるのだが、今の立場は光神教の代表だ。内心は隠して堂々としなければならない。
沈み込むようなフカフカの絨毯に若干眉を顰めながらも、パトリックはルクセントの待つ執務室へと案内された。
衝撃的な神託を伝えるために……





