EP65 神刀・虚月
血を吸うことで修復し、切れ味を強化していく呪いの魔剣。
GORILLAの首筋に突き立てられたそれは、朱い血管のような紋様をドクドクと唸らせながら血を吸い始めていた。首の動脈を狙っただけあって血液の量は半端ではないのだが、魔剣ベリアルの吸血能力のお陰で飛び散ることはない。
左の腕を2本を消し飛ばされ、腹に大穴を空けられたGORILLAには既に抗う意思も力もなく、なされるがままに血を吸い尽くされていく。
「オォォォ……」
初めの咆哮とは比べようもないほどに弱々しい声を上げるGORILLA。
クウはついでとばかりに《魔力支配》でGORILLAの魔力を奪い取りながら魔剣ベリアルの柄を握りしめる。今回はまだ完全に能力を使いこなせていなかったとは言え、天災級の魔獣を一人で討伐することができた。その気になれば一人で一軍とも戦争できるほどの能力は魅力的ではあるが、それと同時に使いどころや手加減の仕方も考えなければならない。これほどの能力を自分勝手に使おうものなら、それこそ第二の魔王として認定されかねないのだ。
もちろんそうなったとしても何とかなる自信はあるが、人のコミュニティから外れるのは遠慮したいというのがクウの本心だった。幸いにも天人になって姿が変わることもなかったため、翼さえ出さなければ人と変わらないのだ。
「リアに説明することがまた増えたな……」
「そうじゃな」
ポツリと呟いたクウのそばに突然現れたゼノネイア。クウも《気配察知 Lv6》で気付いていたため、特に驚くことは無かった。
「見事にGORILLAを倒したものじゃ。巨人のなかでも凶悪な部類なのじゃが、さすがに今のそちには手も足も出なかったようじゃな」
「そりゃ、あんな【魂源能力】があるからな。木刀ムラサメが折れたのは残念だけど……」
クウは大きなため息を吐く。
スキル《抜刀術 Lv8》を生かすためには刀が必要だ。今までは木刀ムラサメで誤魔化してきたのだが、もともとちゃんとした刀が欲しいとは考えていたのだ。この世界では刀が珍しい部類に入るらしく、クウが調べた噂によればドワーフの一部の秘伝として伝えられている程度なのだ。
嘗て宮廷鍛冶師のドランと刀について話し合ったことがあるのは確かだが、この半年程度で完成したとは考えにくい。
戦闘中こそ戦いに集中するために頭の端っこに追いやっていた問題なのだが、こうしてみるとかなり厄介なことになっている。冒険者に限らず、慣れない武器を使わなければならないというのは足枷にしかならないのだから。
「どうするかな……」
クウは再びため息を吐きながら魔剣ベリアルを引き抜く。
ドクンドクンと波打っていた朱い紋様も収まりを見せ、吸血が完了したことを示していたからだ。引き抜かれた魔剣ベリアルには血の一滴も付着しておらず、ただ怪しく禍々しい雰囲気のみを発している。
だがどんなに強力な武器であっても使い慣れているのは刀だ。魔力を通して使っていた木刀ムラサメも刀とは言い難かったが、それでも刀に近い働きをしてくれていたことには違いない。クウの呟きも当然だった。
そんなクウにゼノネイアは口元をニヤリと歪めながら口を開く。
「そんなに落ち込むでない。せっかくGORILLAを倒したのじゃから褒美をやろう」
ゼノネイアはパチンと指をならす。
そしてその瞬間、世界が真っ白の状態に戻った。
辺り一帯に見えていた木々も山も、そして血を吸い尽くされて真っ白な見た目になったGORILLAの死体や、たちこめていた血の匂いまでもが一瞬で消え失せる。
クウは少しだけ浮遊感を覚えてバランスを崩しかけたが、すぐに持ち直した。
「おっと……いきなり世界を改変するなよ」
「ここは妾の世界なのじゃ。どう変えようが妾の勝手じゃろう?」
灰色ショートカットヘアの幼女がニコリと笑いかけるとついつい赦してしまいそうな気分になる。見た目は幼いが、それでも内に秘めた力はクウを遥かに凌駕するのだ。そもそも文句を言えるはずがない……のだが、悪びれもないようすのゼノネイアを見ると魔弾の一つでも撃ちこんでやろうかと思ってしまうクウなのだった。
「それで褒美って?」
「これじゃ」
ゼノネイアがまたもや指を鳴らして出てきたのは抜き身の刀。
指を鳴らすたびに驚かされるクウは少しだけ身構えたのだが、目の前に現れた一振りの刀を見て目を奪われる。一見すると何の変哲もない刀に見えるが、嗜んでいた武術上いろんな刀を見てきたクウからすれば名刀と呼ぶに相応しい姿と言えた。
白銀の刃に黒っぽい刃紋の美しさ、そして灰色の糸を何重にも巻かれて血で滑らないように処理されている柄。鍔は無骨だが、逆にそのシンプルさが美しさを押し上げている。目利きの専門家でないクウがパッと見ただけでも名刀と判断できるそれが、今目の前に浮かんでいた。
「……すごいな」
「見た目だけではないぞ? 《森羅万象》で確かめてみるのじゃ」
「ああ」
クウは言われるがままに目の前に浮かぶ刀を目視して《森羅万象》を発動する。世界のあらゆる情報を公開する能力によって晒された内容はクウに衝撃を与えた。
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神刀・虚月
製作者 虚空神ゼノネイア
破壊不能
世界を統べる神の1柱がその権能込めて創り
上げた神刀。天使クウ・アカツキ専用装備で
あるため、本人以外は使うことができない。
また、本人の魔力が登録してあるので離れて
いても場所を感知できるようになっている。
刀身に魔力を流した状態で対象を斬ると、斬
られた対象をすり抜ける。その代わり納刀時
に魔力を流した状態で斬ったものを全て強制
切断する特殊能力が付与されている。
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「はっ?」
破壊不能武器という時点で国宝級の代物なのだが、付与されていた能力がふざけていた。魔力登録は錬金術で再現されているのでまだ良いが、特殊能力が意味不明だった。
「つまり《魔力支配》の魔纏能力を使っている間に刀身が通過した部分に遅れて斬撃が入る……といった感じなのか?」
「そうじゃな。ここでの”斬る”という定義は刀身が通過することじゃ。何もない空間を刀身が通った後に納刀すれば、その空間ごと切断することが出来るの」
「それって危なくないか? 要は斬撃を設置しておけるってことだよな? もしその斬撃に俺や味方の体の一部でも被っていたら……」
「下手をすれば問答無用で切断されるじゃろうな」
クウは少し思案する。
自分だけならば魔纏状態で斬った場所を覚えておけばいいだけであるため問題ない。だが味方はそうはいかないだろう。間違って斬撃の通り道に体を重ねているときに納刀してしまっては目も当てられない。
(ソロで戦うときにしか使えないな……)
特殊能力を抜きにしても十分すぎるほど強力な武器であるため、もう気にしないことにしたクウであった。それに斬撃を設置して好きなときに納刀することで対象を切断することができるのだ。使いどころは戦闘だけではないだろう。
クウはゼノネイアの用意した武器に満足して神刀・虚月を受け取る。そして左手の中指に付けた虚空リングから樹刀の鞘を取り出して虚月を収める。ピッタリと収めることができたのはゼノネイアの気遣いなのだろう。
そして虚月を収めた瞬間、樹刀の鞘が薄らと光を放った。
「ん?」
クウはまさかと思って樹刀の鞘を《森羅万象》で確認する。
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神刀の鞘
製作者 ドラン、虚空神ゼノネイア
破壊不能
宮廷鍛冶師ドランが木刀ムラサメ専用に造
ったオーダーメイドの鞘を虚空神ゼノネイ
アが神刀・虚月専用に変化させた。
虚月と同じく、魔力を天使クウ・アカツキに
登録してある。
アダマンタイトで出来ているため、鉄の5分
の1の軽さにもかかわらず、強度は数倍。
さらに魔力を通しやすい性質を持っている。
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「本気で神クラスの装備だな。天使の俺なんかが装備してもいいのか? 明らかに過剰戦力すぎると思うんだけど……」
「過剰どころか、そちにはまだまだ力をつけて欲しいと思っておる。そちは力に溺れて自分勝手には振るわないと分かっておるからの」
「今はそうだけど未来は分からないぞ?」
「ふ……そう言えるそちならば大丈夫じゃ。それにそちには頼れる味方もおるからの」
「まぁ……そうか?」
クウの頭に浮かんだは義妹であるリアと幼馴染の優奈だった。二人ともクウの中では大きな場所を占めている。クウが間違えば正してくれるのは確実だ。まだ幼馴染のほうは発見できていないが、既に目途も付いているのだ。再会の日も近い。
クウはフッと口元を緩めながら最後に確認する。
「それで俺は迷宮を出た後、東の魔族領を目指して旅をする。そして【砂漠の帝国】とやらに行ってファルバッサの弱体化を解除すればいいんだな?」
「そうじゃ」
「そしてそれが終わったら魔人の国へ行って優奈を探すついでに魔王に会う」
「……まぁ、そうじゃな」
ゼノネイアからの依頼を幼馴染を探すついでだと言われて若干頬を引き攣らせる幼女の神だが、あえてツッコまずに返事をする。ゼノネイアとしてもクウの内心は理解しているのだ。その上で無理を言って頼んだのだから文句は言わない。
もちろん神としての力を使えば無理やりクウを従わせることもできるが、ゼノネイアにそんなつもりはなく、そもそも力を制限しているこの空間で無理に実行すれば現世にどんな影響がでるのか分かったものではないため使えなかった。
神と天使……本来なら主従とも呼べる関係なのだが、クウもゼノネイアもそんなことを気にした様子もなく微笑みあう。
「じゃあ、頼まれた」
「うむ、頼んだぞ」
ゼノネイアはそう言って最後にもう一度指を鳴らす。
その瞬間にクウは90階層のファルバッサ、そして妹のリアの元へと転送された。





