EP64 消滅の魔法
面白かったと感想いただきました。
本当にありがとうございます。
こういったものが執筆の支えになっています。
これからもよろしくお願いします!
クウは目の前のゴリラのような6本腕の巨人を見据えながら、新しい魔法の構想を練り始めた。当然だが、普通の魔法使いは戦闘中に新しい魔法を考えるようなことは不可能だ。これを為せるのは、クウの類稀なるセンスと地球の知識によるところが大きい。また《森羅万象》のお陰で《月魔法》の特性を深く理解しているという点もあるだろう。
(「消滅」……科学の世界だと対消滅って現象があったな。確か物質と反物質が出会うことによって、質量そのものがエネルギーに変換される現象だったか? アインシュタインのE=mc^2の公式によれば、変換されるエネルギーは物体の重さを光速の二乗倍すればよかったはずだ。要するに約9000億倍だ。
だがこれはエネルギー保存の法則に則った話。《森羅万象》によれば、これらの物理法則すらも関係なく対象を消せるらしい。つまり既存の法則ではなく、存在を否定する概念的思考が必要になると考えた方がいいだろうな)
思考をまとめている間にGORILLAの準備も終わったらしい。
再び白く輝く透明な魔力の鎧を纏ってクウを睨みつけていた。ギラギラと射抜くような紅い瞳から発せられる威圧には凄まじい殺気が乗せられており、これが常人ならば卒倒してしまうだろう。だが、クウは落ち着いた様子で魔剣ベリアルを構えながら見つめ返した。
血管を思い浮かべさせる朱い紋様に黒い刀身をした呪いの武器を構えるクウも、天使とは形容しがたいほどに禍々しい姿をしている。怪しさも相まって、威圧の大きさではGORILLAともいい勝負をしていると言えた。
「まぁ、取りあえずは小手調べだな」
「ガアァァァァァァァッ!」
舐めているようなクウのセリフが届いた訳ではないだろうが、GORILLAは怒り狂ったような声を上げながらクウへと走り寄る。
クウから見れば単調な攻撃ばかりを繰り返しているように思えるが、それはクウが自在に空中を移動できるからだ。普通は地面を移動するのみであるため、10mを超える体躯と6本の腕を使った広範囲に及ぶ強烈な攻撃を避けることは出来ない。大抵は恐怖で体が動かせなくなり、そのままアリのように潰されることになるのだ。つまりGORILLAは、技というものを使う必要がない種族だった。
そんな魔物から繰り出される一撃などに当たるはずもなく、クウはすり抜けるようにしてGORILLAの攻撃を避けていく。飛び回る小虫を追いかけまわすように6本の腕を振り回すが、そんなことでクウが捉えられるわけがない。
もちろん相応の風圧によって多少の動きにくさはあるのだが、それでもGORILLAの稚拙な攻撃を避けることなど容易かった。
「名前持ちでも所詮はその程度か?」
「グルアアァッ!」
新魔法構築のために時間稼ぎをされているとも知らずに無闇な攻撃を繰り返すGORILLA。一見クウが劣勢のように見える戦いだが、その実クウの掌の上で踊らされているのはGORILLAのほうだった。
振り下ろされる3本の右腕の間をすり抜け、横なぎに振るわれた左腕を触手のように伸ばした翼を使って綺麗に受け流す。伸縮自在の皮膜のような3対6枚の翼はクウの意思のままに操ることが出来るので、攻防一体の新しい四肢のようなものと言えた。
一発の重さはGORILLAが優っているのだが、それも当たらなければ意味がない。銀色とも灰色とも呼べる粒子を振りまきながら舞うように回避を続けるさまは、まさに幻想的な光景だと思えるほどであった。
遠目に眺める虚空神ゼノネイアさえも頬を緩めながら鑑賞するほどである。
「ほほう……なかなか使いこなしておるようじゃな。もう少し苦戦するかと思ったが、どうやら一方的な戦いになりそうじゃ。それに……そろそろ拮抗も崩れそうじゃな」
ゼノネイアが呟くと同時に、クウは銀色の軌道を残しながら最高速で距離をとった。クウの速度について行けないGORILLAは、2,3撃ほど攻撃を空振らせてようやくクウが離れていることに気付き、突進攻撃を仕掛けようと足に力を込める。
だがそれは少し遅かった。
「まずはこいつだ。《幻夜眼》発動!」
「ゴアッ!?」
その瞬間、クウが指定した領域を業火が包み込んだ。
地上15mまで立ち上る紅蓮の炎がGORILLAを中心に発生し、その熱に焼かれてGORILLAは苦しむ。
本来ならば熱も通さないハズの《魔装甲》を纏っているにも拘らず、GORILLAの体は激しい熱で焼き尽くされる感覚を覚えていた。拙い知性ながらも驚愕と恐怖を覚えるGORILLAであるが、タネは実に簡単である。
単に幻術にかかっているだけなのだ。
GORILLAを中心として広範囲の空間に幻術を施すためにクウは一旦距離をとったのだ。《幻夜眼》の発動条件として視認しているという前提があったため、GORILLAの全身を包み込むほどの炎を幻術で出現させるためにはそうする必要があった。
世界すらも騙す幻術はまさに強力無比。炎を受ければ熱さを感じ、心の底から死んだと実感すれば心臓も停止する。後者は相当な精神値の差が必要となるが、今のクウの精神値ならば一般人を見ただけで殺せる。力の使い方を間違えれば悪魔にさえなりうる能力だった。
「まぁ、使い勝手は《虚の瞳》とあまり変わらないな。強いて言うならば目を合わせる必要がなくなったことか? あとMPを消費することだな。そう考えると無制限に使えた《虚の瞳》はチート過ぎたな。さすがは神の能力の一部だけはある」
クウの言葉にゼノネイアもコクコクと頷く。
本来なら聞こえるはずのないほど距離が離れている二人ではあるが、神であるゼノネイアにとってはその程度の距離は関係なかった。
ゼノネイアに聞かれているとは知らず――聞かれても問題は全くないのだが――クウはそのまま独り言を続ける。
「まぁ、このレベルの幻術なら時間稼ぎも十分できるだろ……悪いが初めて使う魔法なもんでね。じっくりと詠唱させてもらうとしようか!」
クウは両手をGORILLAの方へとかざし、一度だけ深呼吸する。魔法の発動は精神的な集中が必要不可欠だ。何より初めて使う魔法ならば暴発を恐れてなおさら慎重になる。しかも発動しようとしている魔法が魔法だけに、暴発したときのリスクは自分自身の命になりかねない。
クウは全力で時間稼ぎしている間に構築した魔法のイメージを言葉に乗せながら詠唱を開始する。
「『再生を司る聖なる光
滅びを晒す邪悪な闇―――』」
その瞬間、クウの目の前に白と黒の球体が現れる。
右手には白い光を。
左手には黒き闇を。
そしてクウは両手をゆっくりと移動させて身体の中央部で重ねていく。
「『―――融和せよ、拒絶せよ
朱き月は遂には滅びる―――』」
右手の光の球体と左手の闇の球体はクウの重ねた両手の前で、融合し、反発し合い、そして赤黒い色へと見た目を変えていく。
その光景はまさに月蝕。
光と闇が創りだす天体の奇跡。
そして相反する属性を無理やり合成したことによる消滅のエネルギー。
それが形をなしてクウの眼前に出現する。
「『―――甦ること能わざるなり
今、この世界に滅亡の閃光を!』」
赤黒い球体は白と黒の雷を纏いながらゆっくりと発射される。不安定なエネルギーの集合体であるために、その球体の周囲の空間は僅かに歪みを帯びている。
そしてクウは膨大なエネルギーをコントロールして球体に留めておくことに多大な集中力を使っていた。額には大粒の脂汗が浮かび、両手は僅かに震えている。もし魔法がこのまま壊れてしまえば、コントロールを失ったエネルギーが周囲を消しつくすだろう。そうならないように維持することで手一杯になり、球体に速度を持たせることは難しかった。
ゆっくりと、じっくりと時間をかけて白雷と黒雷を纏いし滅びのエネルギーは炎の幻術に苦しむGORILLAの元へと近づいていく。あと40m……30m……
だが残り20mまでもう少しというところでクウに限界が訪れた。
「くっ! これ以上は無理か! 弾けろ!
『《月蝕赫閃光》』!」
クウが魔法銘を叫ぶと同時に赤黒い球体、《月蝕赫閃光》が弾けるようにして一気に膨張した。半径20㎝ほどでしかなかった球体はコンマ数秒で膨れ上がり、GORILLAの左腕の内の上から2本を飲み込んだ。
そして3秒ほど膨張状態を維持したのち、《月蝕赫閃光》は収縮するようにして一瞬で消失する。その瞬間、消失点に空気が流れ込むように強風が吹き荒れた。
地面は大きく抉り取られ、クウの幻術で炎に包まれていた領域も全てが消失する。まるで空間そのものを喰いつくしたかのように、何もかもが消えてなくなった。土も木も水も空気も、そしてGORILLAの左腕2本も肘から先が綺麗に消失してしまったのだ。
「ギオォォォォォオオッ!?」
GORILLAは急に腕を2本も失ったことに混乱して叫び声を上げる。あらゆる攻撃を防いできた《魔装甲》すらも紙切れのように消し飛ばして自分の体にダメージを与えたのだ。もともと知性の低いGORILLAにとっては理解不能の現象だった。
「はぁ……はぁ……思ったよりきつかったな」
体力ではなく、精神的な疲れで息を切らせるクウ。だがその頭の中では新魔法に関する情報の整理と改良案、そして最適化が行われていた。
全てを消滅させる新魔法、《月蝕赫閃光》。
この魔法には科学の原理は全く使われておらず、概念としての光と闇をイメージして出来ている。つまり反対属性の無理やりな融合によって事象消滅という現象をクウが創りだしたのだ。今までにない概念を一から創るという荒業を以てしてようやく発動した魔法であるため、当然ながらコントロールには多大な集中力を必要とする。上手くGORILLAの近くまで誘導することが出来ず、半ば暴発する形でエネルギーを開放することになったが、その威力は説明するまでもない。
イメージで補い切れない分をMP消費を増やすことで解決したため、既にクウのMP量は2割を切っている。だが一度発動したために、クウの中ではイメージを十分に形作ることが出来ていた。
「さっきのは無駄に大きくし過ぎた。あれではエネルギーを制御しきれないな。要するにもっと小さな《月蝕赫閃光》を生成すれば問題ない。威力に関係なく触れたものを消し飛ばすのだから、純粋に範囲指定だけに気を遣えば十分だろ」
クウは再び両手を前に突き出して集中を始める。
「『再生を司る聖なる光
滅びを晒す邪悪な闇
融和せよ、拒絶せよ
朱き月は遂には滅びる
甦ること能わざるなり
今、この世界に滅亡の閃光を!
《月蝕赫閃光》』」
両手を重ね合わせたクウの目の前には先ほどよりもかなり小さい《月蝕赫閃光》が出現しており、黒と白の稲妻を放っている。
エネルギーが多すぎて制御しきれなかった1度目と違って、今回は十分に抑え込むことが出来ている。そしてイメージの仕方や制御方法を改良したことでMP消費も抑えられ、《月蝕赫閃光》の射出速度もかなり上がっていた。
一般人でも目視できる程度ではあるが、それでもかなりの速度でGORILLAへと向かっていき、その腹に直撃して炸裂する。
「ギャオオオォッ!」
先ほどと異なり、膨張後の消滅範囲もかなり狭くなってはいるが、それでも腹を抉り取られたGORILLAは絶叫を上げて倒れた。
倒れた拍子に周囲の木々は撒き散らされ、大地は大きく陥没する。
「さすがにもう撃てないな……まぁ、もう少し改良すればMP消費も下げれるだろ。それにしてもGORILLAはあの状態で良く生きているな……」
今のGORILLAは左腕を2本失い、さらに腹部に大穴を空けられて瀕死の重傷どころでは済まないほどの怪我をしていた。出血は酷く、内臓もいくらか飛び出ている。辺りにも生臭い血液の匂いが充満しており、とてもではないがまともに呼吸も出来ないほどだ。
大地と木々はGORILLAの血で真っ赤に染め上げられ、地獄のような光景を見せている。GORILLA自身の意識も朦朧としているらしく、身体を守っていた《魔装甲》の白い光も消え失せていた。
「……最後だ。この魔剣ベリアルの糧になってもらうとするか」
ポツリ、とクウは呟いて3対6枚の翼を大きく広げる。
灰色とも銀色とも呼べる粒子が周囲を舞い、クウの移動した後に残滓として残る。
クウは息が詰まりそうなほど血の匂いが充満した空間を飛び、仰向けに倒れているGORILLAの首筋に降り立って魔剣ベリアルをその動脈へと突き立てた。
4/6 1か月前から実行していた大幅修正完了。
一人称視点の内容をすべて三人称視点に変更。その他言い回しや多少の設定も変更しています。





