EP62 新たな能力
輝く灰色……もはや銀色とも表現すべき粒子を振りまきながら、クウは背中の翼を動かしてみる。パタパタと上下に翼を動かすというよりも、触手のように自由に動かせるようであり、伸縮自在の手足が6つも増えたような感覚だった。
「これは……翼というよりも新しい手が増えたって感覚が近いな」
クウがスッと跳躍して6枚の翼を広げると、物理法則に逆らって浮遊する。翼をはためかせることなく、クウの意思のままに移動することが可能らしく、クウの通った軌道上に灰色の粒子が残滓として残っていた。
飛行の概念のない人という種族から飛行可能な種族へと変化したところで、いきなり飛ぶことなど不可能と言える。だが、それは物理法則に従った場合の話だ。魔法的な飛行を可能にした翼を具現化したクウの飛行方法は、魔法の発動と同じくイメージを元にしており、クウの意思を反映した空中機動を可能としていたのだ。
ゼノネイアが関心の目を向けた理由もここにある。
「なるほどの。飛竜の翼を参考にして魔法的な改良を加えた翼じゃな。竜種は翼の皮膜に魔力を纏わせて飛行しておるからの。恐らくじゃが、そちはファルバッサの飛ぶ姿を見て無意識にその性質を理解したのじゃろうな……分かってはおったが、凄まじいまでのセンスじゃ」
ゼノネイアはそう呟くが、飛行に集中しているクウには聞こえない。
神すらも驚かせる所業を成し遂げたにも拘らず、クウにとってはただ普通のことであるとしか認識していなかった。
「……っと、飛行中は翼をどんな風に動かしても空中移動に支障はないみたいだな。とすると、触手のように動かして攻撃の手段としても使えるかもしれないな」
クウは半捻りを加えた宙返りをして、その身体の回転を利用した横なぎの一撃を左側の3つの翼で振るってみた。
ゴッ!! っと風を切るような音がしてキラキラと粒子が舞い散る。
「なるほど……一応だが物理的な判定はあるみたいだ。まぁ、こんな真っ白な世界では攻撃力は試しようがないけどな。音からしてかなりの威力がありそうだけど」
加速、減速、上昇、下降、急停止、旋回、宙返り、反転、翼の伸縮、翼による攻撃……
様々な飛行テクニックを試して、徐々に動きを最適化していくクウ。常人ならば数か月はかかるだろうと思われることを僅か1時間ほどで完了してしまうことからも、クウの持つ圧倒的な戦闘センスを垣間見ることが出来た。
「へぇ、飛行中に振りまいた魔力は《魔力支配》で回収可能なのか」
魔法的な翼を展開するクウの飛行では、少しずつMPを消費している。だが、空気中の魔力すらも支配下に置くエキストラスキルの《魔力支配》ならば、それを回収して永久機関のようにすることが出来た。
つまり、実質なんの消費もなくして物理法則を無視した空中機動を実現することが可能となっていたのだ。筋肉を使わないので、体力の消費もなく、MPは回収することで差し引き消費がゼロだ。強いて言うならば、少しばかり集中力が必要となるので、精神的な疲労が溜まることぐらいか……
ともかく速度、機動力、燃費が共に理想的だという感想だった。
「これでスキルじゃなくて種族的な特徴なんだな……」
「そうじゃ。寧ろ、スキルは才能の有無を差し引けば誰でも使える物ばかりじゃからな。ああ、もちろん【魂源能力】は除外するがの」
一通り試し終わったクウは、一旦地上に降り立って翼を解除する。
灰色に輝いていた3対6枚の皮膜のような触手のような翼は消え失せて、同じ色の粒子だけが残滓として残っているだけだった。
ゼノネイアはそんなクウに近寄りながら話を続ける。
「種族的な特徴は、獣人ならば獣化という獣に秘められた力を開放することができたり、竜人なら同様に竜化することが出来るの。ヴァンパイアは吸血という特徴をもっておる。エルフは植物の心を知ることが出来るし、ドワーフは逆に鉱物の心を知ることが出来るのじゃ。魔人や人は特に目立った種族的特徴はないが、成長速度が速いという性質を持っておるの。その代わり寿命が短いのじゃがな……」
人や魔人は大体100年生きれば長い方だ。
だが、エルフやヴァンパイアはその10倍である1000年は生きるし、獣人や竜人は300年ほど生きる。そしてドワーフでも200年以上は生きる種族なのだ。
そう考えれば、成長速度が多少早い程度は誤差にしかならない。種族的に不利なのは明確であった。だが、人や魔人は多種族に比べて圧倒的に増えやすい。個々の弱さを数で補っている形なのだ。
もちろん稀に、凄まじい成長を遂げた個体が出現することもあり、それが英雄であったり魔王であったりする。
「そうなのか。意外と世界ってバランスが取れているんだな」
「……そうじゃな」
感心するクウに、ゼノネイアは若干間を置いて返答をする。
それに気づかないクウではないが、どうせ禁則事項に触れるのだろうと考えて、あえて聞かないことにした。そしてそれは正しい。
クウは特に気にした様子もなく、話題を変えることにした。
「ところで他には天使としての種族的な特徴はないのか?」
ゼノネイアはクウの気遣いに少しばかり微笑みながら口を開く。
「そうじゃの。天使の特徴としては寿命と飛行に関することだけじゃ。……まぁ、強いていうならば《魔力支配》についての説明かの?」
「《魔力支配》?」
「そうじゃ。このスキルはかなり有用じゃぞ? 魔力系スキルの《魔力感知》《魔力操作》《身体強化》《魔纏》《魔障壁》《魔装甲》《魔呼吸》《魔弾》の複合スキルなのじゃ」
クウは頭の中にクエスチョンマークをいくつも浮かべながら、ゼノネイアの言葉を反芻する。《魔力感知》《魔力操作》《身体強化》《魔纏》の4つはクウも知っているし、その内2つは習得していたものだ。だが、《魔障壁》《魔装甲》《魔呼吸》《魔弾》に関しては聞いたこともないスキルだった。
せめて見たことがあれば《看破》で調べられただろうが、《看破》にしても《森羅万象》にしても、視認した対象にしか効果を発揮しないという弱点がある。
クウが嘗て王城の書物庫で読んだスキルに関する本でも、《魔力感知》と《魔力操作》以外は載っていなかった。
ゼノネイアはそんなクウの疑問に答えるかのように説明を始める。
「初めの4つはそちも知っておるじゃろうから説明は省くからの。
まず《魔障壁》じゃが、これは魔力による防壁を展開する能力じゃな。性能は個々の素質や魔力値に左右されるが、壁のようにしたりドーム状に展開したりと使い勝手のいいスキルなのじゃ。そして《魔装甲》は魔力を鎧として具現化させる能力じゃ。《魔纏》は武装に魔力を纏わせて武具の硬さや鋭さなどを上昇させるスキルじゃから、《魔装甲》とは少し違うぞ? 《魔呼吸》は空気中の魔力粒子を取り込んでMPを高速回復させたりする能力じゃな。あと、他人にMPを譲渡したり、逆に吸収することも可能じゃ。存外、恐ろしいスキルじゃと思うぞ。最後に《魔弾》は魔力を固めて飛ばす攻撃じゃな。魔力をイメージ通りの形に出来るから意外と使えるのじゃ。
そしてその8つを内包しておるのがエクストラスキル《魔力支配》じゃ。極めればこのスキルだけでもかなり戦えるじゃろうな」
クウは絶句する。
ファルバッサのときに《看破》で見た内容からは想像もできない能力だったからだ。ゼノネイアの言葉が正しいならば―――恐らく正しいのだが―――《魔力支配》というスキルは相当な能力と言える。
(《看破》で見た……いや、今は《森羅万象》で見た内容を鵜呑みにするのは危険かもしれないな。あれで得た情報だけでは足りない可能性もある。ちゃんと能力の検証をしておかないと、せっかくの【魂源能力】でも十分に扱えないということも有り得る……)
クウもよく分かっていないスキルの一つに《月魔法》がある。この魔法の特性である「矛盾」「夜王」「重力」を完全には理解していない。もっと言えば、「矛盾」と「夜王」がサッパリ分からなかった。
(もちろん文字を見れば何となく意味は分かるけど……実際の魔法的な効果は全然理解できないんだよなぁ。これも詳しい説明があれば……説明? そうか!)
クウは心の内でステータスと唱えて自分のステータス画面を出す。
そして《月魔法》の詳細説明を開いて、魔法特性の部分に《森羅万象》を使ってみた。
矛盾
光と闇、浄化と汚染、再生と滅び、相反する
性質に加えて、あらたに「消滅」の特性を加
えた複合特性。
消滅は滅びと違って質量やエネルギー保存の
法則を無視して、対象を消すことに特化して
いる。
夜王
一定の時間帯、具体的には夜という時間帯にお
いて、あらゆる優先権を得ることが出来る。夜
行性生物の支配を始めとした夜という空間、時
間を従えるという特性。
また、月の満ち欠けによって効果が左右される
魔法もある。
(なるほど……「矛盾」という特性一つで《光魔法》と《闇魔法》を内包しているみたいだな。そして追加で消滅という特性も付いているのか。中々に恐ろしい効果だが。
そして「夜王」は夜間にしか効果がないのかな? かなり強力だとは分かるけど、その代わり時間帯に指定があるのか。分かってはいたけど、【魂源能力】って恐ろしいな)
《森羅万象》で詳細説明をさらに詳細に見ることが出来ると気付いて、《魔力支配》にも目を向けてみる。もちろん出てきた説明は、ゼノネイアの言ったとおりであった。
ステータス画面を見ながら頭を抱えるクウを面白そうに見ながら、ゼノネイアは唐突に口を開いた。
「そうじゃ、能力の確認をしたいのなら腕試しでもしたらどうじゃ?」
「腕試し?」
クウが聞き返すも、ゼノネイアはそれに答えることなく指を鳴らした。毎回、ゼノネイアが指を鳴らすたびに驚かされているクウは、何が起ころうとも耐えられるように身構えたが、今回は今までとは桁が違った。
真っ白だった世界が木々の並び立つ森林地帯へと変貌し、周囲に土と植物の匂いがたちこめる。ちょうど60階層のボスフロアで見た地形エリアにも似ていたが、そこよりも木々の間隔が広く、動きやすい地形になっていた。
「ここは……?」
ドスンッ
状況説明を求めようとしたクウの声を遮って地響きが聞こえてきた。
「ギオオォォォォォォォオオッ!」
耳を塞ぎたくなるような絶叫が空間を揺らし、周囲の木々も木の葉を落としていく。地面の草は激しく靡き、クウの身体に不思議な重圧がのしかかる。
まるで90階層で初めてファルバッサと邂逅したときのような強敵の感覚。天使となって尚、強敵と感じさせるほどの圧力。
クウは恐る恐る咆哮が聞こえたほうを振り向いた。
「なんだ……あれは」
クウの視線の先には10mを超える巨大な……ゴリラのような姿をした魔物が立ち上がってクウを見下ろしていた。普通のゴリラと違って腕は6本もあり、阿修羅のような風貌を見せている。目は赤く輝き、明らかにクウを認識していた。
そしてゼノネイアはフワリと宙に浮いて、声を張り上げる。
「さぁ、標的は妾が用意したぞ? そちの得た新たな力をこの場で試してみるがよい!」
「ガアァァァァァァァッ!」
森の世界に咆哮が響き渡った。





