EP61 クウの翼
一週間ぶりですね
「なぁ……まさかとは思うが、この魔法陣に他の機能とか付いていないだろうな?」
「ん? 付いておるぞ」
期待を裏切らないゼノネイアの言葉にクウは乾いた笑みを浮かべる。いくら魔法陣の知識のないクウといえども、手の甲に描かれたような大きさの魔法陣にそれほどの機能を含めるなど不可能に近い……いや、文字通り神業と言える所業だと理解できた。
そんなクウの内心を分かっているゼノネイアは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。見た目は灰髪の幼女だけに、そんな顔もさまになっていた。
「安心するのじゃ。その魔法陣の機能は全部で3つだけじゃからな。
2つ以上の魔法陣による共鳴で神界へと空間を繋げること。妾の眷属である幻想竜ファルバッサをMPを消費して召喚、送還すること。そしてファルバッサとの通信機能じゃな」
魔法陣の機能はとても安心できるようなものではなかった。
神の住む領域と空間を繋げるという常識はずれな性能だけでなく、一国を相手できる真竜……いや、天竜を召喚できるのだ。90階層で《看破》したときのファルバッサのステータスはクウ自身が確認している。そして何より……
(ファルバッサのステータスには弱体化って出ていたんだよなぁ)
理由は分からないが、確かにファルバッサのステータスには「弱体化」の3文字があった。とすれば、本来の力はクウが見た者よりも強大だということになる。
個人が持つには過剰戦力過ぎないか? と思うクウであったが、既に自分のステータスがおかしいことになっているため、諦めるのだった。
何故ならそれよりも重要なことがあったのだから……
「魔法陣と魔王のことは分かった……それで約束通りにお前の天使になったし、さっさと優奈のことについて教えて欲しいんだが?」
クウにとってそれが最優先。
優奈はクウにとって、今でも太陽のように輝く存在だった。弱さと偽りの自分を受け入れた今でもそこは変わらないのだ。
それが分かっているゼノネイアは大きく頷いて口を開いた。
「うむ。そちの幼馴染は魔人族の国の首都におるのじゃ。そこで魔王の側近をやっておるみたいじゃぞ? 魔王に会うついでに探すと良いじゃろう。そちの世界で言うところの”一石二鳥”かの」
「な、なるほど……予想外に出世しているみたいだな。だが優奈は人族だろ? 魔人の国で側近なんか出来るのか?」
クウの疑問も尤もだが、この質問にはゼノネイアはニヤリと口元を歪めただけだった。
「……なんだよ」
「ふふふ……何でも人に聞くのは良くないじゃろう? まぁ、自分の目で確かめてみると良い」
真面目に質問しているクウは文句の100や200でも言いたくなったが、相手は神……の姿をしたお子様だと言い聞かせてグッと耐えた。どちらにせよ目の前の存在には敵わないのだ。手荒い手段をとったとしても意味がないだろう。
仕方なくクウは引き下がる。少なくとも居場所は分かっているのだから、問題ないだろうと考えたのだ。
「……ともかく魔人の国に行けばいいんだな?」
確認の意味を込めて聞き返すクウ。その口調には少し棘があり、明らかにクウの機嫌は悪くなっていた。だがゼノネイアは全く気にした様子もなく、むしろ煽るように指を左右に振った。
「まぁ、はやる気持ちも分かるが落ち着くのじゃ。そちにはそれより先に行って欲しい場所がある」
「……魔王に会うんじゃないのか?」
「うむ。それも大切なことなのじゃが、それより先にファルバッサにかけられた弱体化を解除して欲しいのじゃ。そのために、獣人と竜人の住む国……【砂漠の帝国】に行ってくれないかの?」
その言葉にクウは眉を顰める。
クウの中での優先順位は既に決まっている。それを覆させるのだから、その反応も当然のことだった。
そしてファルバッサの弱体化と【砂漠の帝国】とやらにどんな関係性があるのかもサッパリ分からないのだ。そんな頼みを素直に受け入れるクウではない。断ることまではせずとも、後回しにしたいというのがクウの本音だった。
だがそんなクウの内心など御見通しのゼノネイアはパチンと指を鳴らしてクウの目の前に一つの無骨な指輪を出現させた。
その指輪は真っ黒でシンプルなリング状をしており、装飾の類は一切ない。一見して何の価値もなさそうなリングがクウの目の前でフヨフヨと浮かんでいた。
不審に思ったクウだが、その口が質問を発する前にゼノネイアが答える。
「その指輪の名前は『虚空リング』じゃ。妾が直々に虚数空間を内包させた無限収納のアイテムといったところかの。内部は時間の概念が存在せず、収納しておけば永久に保存が出来るスグレモノなのじゃ。収納したい物に手を触れて念じるだけで簡単に収納できるから便利じゃぞ? まぁ、生きているものは収納出来ないのじゃがな……」
「……これをくれるのか?」
「妾の頼みを聞いてくれるのならば……じゃが」
つまりは取引ということだった。
クウが先に【砂漠の帝国】へと赴いてファルバッサの弱体化の問題を解決する代わりに、報酬として収納に便利な虚空リングを渡すというわけだ。
アイテム袋という収納アイテムを持ってはいるのだが、その許容量は部屋一つ分程度だ。ちょっと大きな魔物の素材などを入れれば、簡単に埋まってしまう程度の大きさでしかない。その点、虚空リングは容量が無限であり、冒険者という仕事においても涎ものの一品だと言えるのだ。
クウは考える。
自分の願いを優先するべきか、ゼノネイアの頼みを聞くべきか……
「わかった。【砂漠の帝国】へ先に行こう」
結局クウは後者を選んだ。
理由としては簡単で、虚空リングが魅力的というだけではなく、クウの内心を察しながらもあえて頼みごとをするゼノネイアに従った方が効率がいいのだろうと考えたからだ。ゼノネイアは幼女の見た目であっても神の1柱であり、クウとは隔絶した能力を有している。そのゼノネイアが言っているのだから、恐らく最後まで計算された最適解なのだろうと考えたのだ。
もちろんクウとしても渋々……ではあるのだが、ゼノネイアの口ぶりでは優奈が危険にさらされている訳ではないらしいと分かる。それ故の決断だった。
クウの判断を聞いたゼノネイアもあからさまにホッとして息を吐く。そしてもう一度指をパチンと鳴らした。
「おっと……」
虚空リングはゼノネイアの支配から解除されて、重力に従って落下する。それを見たクウは、落とさないように慌てて受け止めた。
「ったく……落とすのなら先に一言あるべきだろ……」
「いや、済まぬな」
ニカッっと笑いながら謝罪するゼノネイアをジト目で睨みながら、クウは左手の中指に虚空リングを嵌める。左手を選んだのは右手で剣や刀を持つからだ。指輪などの装飾品は微妙な違和感を生むので、それが戦闘に僅かな影響を与えかねない。そして達人級の戦いでは、その僅かな違いが勝敗を決するのだ。
「それで……ファルバッサの弱体化と【砂漠の帝国】には何の関係性があるんだ?」
クウは早速、虚空リングにアイテム袋に入れられた武器やポーションなどの重要アイテムを移し替えながら質問する。だがゼノネイアの答えは首を横に振るだけだった。
「済まぬな。これも禁則事項なのじゃ。詳しくはファルバッサから直接聞いてくれぬか? その右手の魔法陣を使えば、いつでも会話をすることが出来るでの。ちなみに通信機能は空気中の魔素と呼ばれる魔力粒子を吸収して起動するからMPは消費しないのじゃ」
「禁則事項に限って重要な情報が多いな」
「もともとこの空間はそれほど多くのことを語るつもりで創ったわけではないからの。創った後でいろいろと事情が変わってしまったのじゃ……」
はぁ、とため息を吐くゼノネイアの顔には憂いが垣間見える。神の悩み事と言われると、あまりにもスケールが大きすぎるように感じたクウだったが、それを解決するのは天使である自分である事を思い出して顔を引き攣らせる。
迷宮に入ってから……正確には90階層を突破してから、クウが得てきた情報は複雑で多すぎた。異世界エヴァンの常識を根底から覆すこれらの情報をクウは一旦整理してみることにした。
(まず、神という存在は強大過ぎて世界に直接干渉はできない。それを代わりにするのが天使という存在だ。神々は天使に相応しいと思しき人材に仮の加護を与えて迷宮に挑戦させる。そして90階層に辿り着くまでに力を付けさせ、90階層で試練を与える。それを乗り越えることが出来れば、真名の加護を与えて【魂源能力】を開花させ、天使にするということか……だがゼノネイアの言葉通りならば、何かしらの事情が変わってしまったらしいな。その想定してない事態を説明するために、もう一人の天使である現魔王に会って神界を開いて欲しいということだな)
考え事をしているとアイテム袋内の物を虚空リングに移し替え終わり、頭の中ではリスト化された各種アイテムがズラリと並んでいた。どうやら検索機能も付いているらしく、武器をイメージすれば木刀ムラサメを始め、魔剣ベリアルや剥ぎ取りナイフなどがリストに出てくるようになっていた。
試しに木刀ムラサメを取り出すようにイメージすると、左手に樹刀の鞘に収められた木刀ムラサメが握られていた。
「へぇ、これは便利だな」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
常軌を逸した便利さにクウも心の底からから関心する。
そんな様子のクウに満足したゼノネイアは少しばかり残念な胸を張りながら口を開いた。
「最後に天使としての特徴の説明じゃな」
「特徴?」
「そうじゃ。そちはもはや人ではないのじゃ。新たな種族としての説明が必要だとは思わぬか?」
確かに、とクウは深く頷く。
例え、ある日突然ドラゴンになったとしても、その強力な力を使いこなすことは難しいだろう。何故なら元が人なのだから、空を飛んだりブレスを吐いたりというイメージが湧かないのだ。少なくとも種族としての特徴が理解できていなければ話にならない。
ゼノネイアは得意げに説明を始める。
「まず天使は基本的に寿命の概念がないのじゃ。どうしても死にたくなったら、我ら神に直訴して命を終わらせるしかないの。とは言っても不死ではない。溺死もするし、圧死もする。当然じゃが心臓を潰されても死ぬからの。
そして最も特徴的なのが天使の翼じゃ。
そちがイメージすると背中から好きな形の翼を形成して飛行することが可能なのじゃ。これはあくまでも種族的な特徴じゃから、スキルにはなっておらぬ」
「つまり鳥が空を飛べるようなものか?」
「そういうことじゃ。理解が早いの」
空を飛ぶこと。
かつて地球の人類はそれを夢見て、そして遂にそれを叶えた。現代では世界中の空で鉄の塊が高速飛行をしている。戦闘機に至っては音速すらも突破しているほどなのだ。
それを個人の能力で叶えるというのはクウの心を引き付けた。
「こ、こうか?」
クウは早速イメージを固めて背中から翼が生えてくる自分を想像する。
だが、クウの背中から現れたのは鳩のような白い翼ではなく、灰色の粒子がジェットエンジンのように吹き出て3対6枚の羽根のような物を形成するだけだった。そしてその羽も不定形であり、常に灰色の粒子を振りまきながら皮膜のような翼の形を成している。
「え?」
「ほう……」
予想とは大きく異なった翼にクウは思わず声が漏れたが、ゼノネイアは感心したようにクウの翼を眺めていた。