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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
天使覚醒編
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EP59 神との邂逅

「100階層? 91階層じゃないのか?」



 クウとリアが今いる階層は90階層だ。通常ならば91階層へと降りる階段を通らなければならないハズである。だがファルバッサの言葉によれば、いきなり転移ゲートで100階層まで行けるということだった。

 クウの疑問にファルバッサは首を横に振りながら答える。



”お主の疑問も当然だ。だが、この迷宮における最終試験は終わりだ。そして91階層~99階層は我の試練を受けずに無理やり押し通ろうとした者のために用意されたトラップ階層だ。91階層からは無駄に強い魔物と強力な罠が溢れており、さらに99階層の階段を降りると91階層にループするようになっておる。当然だが転移クリスタルもない”


「なるほど……つまり、仮にお前を倒せるほどの存在が現れたとしても、お前の試練を突破して認めさせなければ100階層には絶対に辿り着けないということか?」


”その通りだ”



 クウはここで確信する。

 いつかの王城の書物庫で読んだこの世界の神話は間違いだったと。もし善神が迷宮に封じられているのだとすれば、ここでファルバッサがクウとリアを始末したほうが早いし、100階層へのゲートを開く必要もない。つまりはファルバッサのいう通り、迷宮は本当に何かしらの力を得るための場所なのだ。

 あの天使の神話はただの物語ではなく、史実として残っているものだ。だがどうしてそんな嘘を広める必要があったのか? そこまでは考えても分からないが、答えはこの先にあると確信していた。



(おそらく100階層に神の1柱……虚神ゼノンが待っているハズなんだ。そこへ行けばこの世界が一体何なのか……俺が加護を付けられて召喚された意味が分かるだろう)



 光神シンの用意したという召喚陣で勇者と共にエヴァンへと呼び出されたにも拘らず、クウには悪神と呼ばれる存在の加護と称号が付いていた。ただ巻き込まれたと考えるにはあまりにも出来過ぎているのだ。



「よし、行こう」



 クウとリアは怪しげな光を放つ転移ゲートへと歩みを進めようとした……が、ここでファルバッサが待ったをかけた。



”少し待て。この先に行けるのはクウだけだ。我の試練を乗り越えた者だけが100階層へと行く資格を手にすることができる。故にリアはここで待っていてほしい”


「何?」


「え?」



 二人はピタリと動きを止める。

 ファルバッサは申し訳なさそうにしながら言葉を続けた。



”すまぬな。これも決まりなのだ”


「いや、大丈夫だ。リアも待っていてくれ。すぐに戻ってくる」


「ですが兄様……」


「大丈夫だ。心配するな。それにもし何かあるんだとしたらファルバッサが俺たちを始末しているハズだろう? わざわざ試練なんか受けさせたぐらいだから、悪いようにはならないさ」



 リアはそれでも何か言いたげだったが、クウの表情を見て口を噤む。リアとしては、またクウが目の前からいなくなることを恐れたのだが、それでも戻ってくると言ったクウを信じることにしたのだ。



「分かりました」



 しぶしぶ……と言った様子のリアに、クウは苦笑しながら近寄って頭を撫でる。少し前のクウならばありえない行動だったが、今やお互いにとってお互いが大切な存在だと認識している。クウも必ず戻ると本心から言っていた。

 そんな二人の甘い空気を再び見せつけられたファルバッサは、内心で微妙な感情を抱いていたのだが、ここで口を出すのは無粋だと考えてグッと飲み込む。

 実に5分ほど……クウはリアの頭を撫で続け、スッと転移ゲートの方へと足を向けた。リアの栗色の髪がフワリと靡き、クウの撫でる手を名残惜しそうにする。

 クウは乾いた90階層の大地を踏みしめながら白と黒の光が揺らめく転移ゲートへと歩み寄り、恐る恐る手を触れる。そして意を決したように一気に中へと踏み込んだ……











 クウの目の前が真っ白になり、眩しさに負けて目を閉じる。それと同時に重力が消えた感覚を覚えてバランスを崩しかけた。



「……ッと」



 だがそれも一瞬のことで、すぐに地面に足が付く。瞼の向こうで光が収まったのを感じて恐る恐る目を開くと……

 そこには久しぶりに見る和室があった。



「はっ?」



 足元には畳が敷かれ、部屋には独特の匂いが広がっている。部屋の広さは6畳ほどで、中央には木の机が置かれていた。そしてクウから見て手前と奥側に座布団が1枚ずつ。

 さらに向こう側の座布団には一人の少女が……いや、幼女が正座をしてお茶を飲んでいた。肩口で切りそろえた灰色の髪、菊の紋様が施された黄色の和服、陶器製と思わしき湯呑……



「はっ?」



 迷宮の100階層へと来たはずが、見慣れた和室と謎の幼女が待ち構えていたことに気が抜ける思いのクウ。あまりにも突拍子もない出来事にクウは固まってしまい、部屋には幼女がお茶を啜る音だけが響き渡る。

 だが、目の前の幼女が口を開くことでその静寂も終わりを告げた。



「いつまでそうしておるのじゃ。さっさと座るがよい」


「えっ? あ、ああ」



 クウはこの状況に混乱していたが、ともかく言われたとおりに手前の座布団へと腰を下ろした。普段ならば胡坐をかいているところだが、この時ばかりは緊張して正座をしてしまうクウ。そして座ると同時に、どこからともなく目の前にお茶が現れた。



「まぁ、よく来たの。取りあえず一杯飲んで落ち着くがよい」


「ああ、悪いな」



 流されるままにクウは湯呑に口をつける。

 火傷しそうな熱さが口いっぱいに広がるが、それと同時に懐かしい緑茶の香りが鼻を突き抜けた。そしてお茶が喉を通る時に残る僅かな甘みがクウの舌を楽しませる。

 クウはあまりのおいしさに驚きつつももう一口。


 ズズッ……


 クウと幼女のお茶を啜る音だけがこの空間を支配し、ひと時の静寂が訪れる。



「じゃなくて! 俺は迷宮の100階層に来たんじゃないのかよ!?」



 流れに身を任せてお茶を楽しんでいたクウだが、ここで一番初めに言うべき疑問をようやく口にした。バンッと机を叩いて声を出すクウに対して、目の前にいる幼女は落ち着いた様子で口を開いた。



「何を言っておるのじゃ? ここはそちの言う虚空迷宮の100階層で合っておるぞ?」


「何……? じゃあお前が……?」


「うむ……」



 灰髪幼女はコトリと湯呑を置いてクウへと視線を向ける。そして怪訝そうな顔をするクウに頷きながら静かに答えた。



「妾はこの世界を統べる神の一人……裁きの神、虚空神ゼノネイアじゃ」


「虚空神……だと? 虚神ゼノンではないのか?」



 予想の斜め上を行く回答に、クウは驚愕の表情を浮かべる。そんなクウを見てゼノネイアは面白そうに口を開いた。



「うむうむ、たしかに虚神ゼノンとは妾のことで間違ってはおらんよ。だがそれはニックネームのようなもので、妾の真名まなは虚空神ゼノネイアなのじゃ。善悪や裁きを司るこの世界の神でもある」



 言葉を失って固まるクウに、ゼノネイアは気にした様子もなく言葉を続ける。



「まぁ、聞きたいことが多くあるかもしれんが、妾は詳しいことを話すことはできんのじゃ。何故ならこの空間は到達者に力を授けるためのみに創られたものじゃからな。しかも100階層分に及ぶ次元断層を形成して現世への影響力を極限まで減らし、妾の持つ力を1万分の1にして、さらに与えることの出来る情報を制限することでようやく顕現出来たのじゃからな……本当に苦労した」


「って……じゃあ、やはり神なのか。それに制限って……」


「妾たち神の力はあまりに強大すぎる。簡単に現世へ顕現しようものなら世界が崩壊するのじゃ。それ故の措置じゃから仕方ないの」



 再びゼノネイアはお茶を啜るが、クウは絶句して固まっていた。目の前の幼女はどう見ても普通にしか見えない。いや、普通すぎるのだ。

 だがそれはゼノネイアが普通の存在であるという訳ではない。むしろ次元が違い過ぎて力量を感じ取ることが出来ないのだ。もはや恐怖すらも感じないほどの差がそこにある。ファルバッサですらも片手間で屠ることが出来るという目の前の神は力を制限していても、クウとは格が違った。



(おいおい……こんな奴が神だとしたら迷宮ごときで封印できるわけがないだろ。また一つファルバッサの言葉に信憑性が増したな。だったら光神シンは何故に嘘をついてまで俺たちを召喚した? それとも神託とやら自体が嘘なのか?)



 ガラガラと積み上げてきた常識が崩されていく。

 この世界を生きるために身に着けてきた歴史的な知識と、今のこの状況はあまりにもかみ合わなさ過ぎた。それに普通ならば、ゼノネイアが嘘をついている可能性も考えるべきなのだが、生憎クウは《看破Lv8》のお陰で嘘すらも見抜くことができる。

 ……相手が神ならば誤魔化されているかもしれないが。

 それでも信憑性が増していることには変わりない。ファルバッサの言葉にも嘘を見つけることが出来なかったのだから、まず間違いないだろう。

 だが、ゼノネイアは悩むクウの内心を察して釘を刺した。



「聞きたいことが多くあるのは分かっておる。じゃが、今はそれに答えることは出来ぬのじゃ。そういう風に制限してこの場所に顕現しておるでな。ともかくそちには加護を授ける」


「加護? 既に俺は持っているが?」



 召喚当時から《虚神の加護》を持っているクウに加護を授けるというは今更だ。何を言っているんだ? という視線を送るクウだが、一方のゼノネイアは至極真面目な顔で答えた。



「妾が言っておるのは真名による加護のことじゃ。そちの持っておる加護は暫定的に付けた仮初の加護に過ぎん。そして真名の加護は【魂源能力】を開花させるのに必要なものなのじゃ」


「そうなのか?」


「うむ。【魂源能力】というものは一度開花すれば二度と消えることはない。そしてあまりに強力すぎるスキルなのじゃ。それ故に開花させる者は厳選せねばならん。妾たち神々は、目を付けた者に暫定的な加護を与えて迷宮まで来させ、試練を乗り越えた正しく力を使える心強き者にのみ真名の加護を与えることにしたのじゃ。そして【魂源能力】を得た者たちに妾たち神に代わって地上を安定化させようと試みた……先ほども言ったが、妾たち神の力は強大過ぎて現世に直接手を出すことは出来ぬからな」



 神という存在は力が強大過ぎて、雨を降らせるつもりが大洪水を起こしたり、気温を少し上げるつもりが大干ばつを引き起こしたりしてしまうのだ。世界を作り替えたり創世したりすることは問題ないのだが、微調整には向いていない。そこで神々の手足として世界を調整するための存在を創ることにした。

 それが……



「天使……この世界エヴァンの具体的な調停者じゃ。そちには妾の……裁きの神、虚空神ゼノネイアの天使となって貰う」


「…………はっ?」



 あまりに突拍子もない言葉に、クウはたっぷり30秒ほど固まってようやく返事が出来た。




 

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