EP5 装備を選ぼう
意識が浮上する感覚を覚えてふと目を開く。
いつもより高い天井にフカフカのベッド。
(どこだここは……?)
ボーっとする頭を何とか働かせて何があったのかを思い出していく。まだ少しばかり混乱しているが、それでも徐々に記憶を思い出していった。
(昨日召喚されて魔王とか神とかそういった話を聞いたんだったな)
小説やゲームの中のような異世界……エヴァン。
巻き込まれたと思われる形で地球とは異なる世界へと召喚され、また耳を疑うような話を聞かされた。最も衝撃を受けたのは思い出した記憶だが、未だに何故忘れていたのか理解できない。
クウは記憶を整理して、一度ベッドの上で背伸びする。
召喚されたクウを含めた4人に用意された部屋は個室で、日本の家と比べても快適と言えた。ホテルのスイートを彷彿させる空間で、クウも少しだけ興奮してしまった。
クウはベッドから降りてクローゼットを開け、学生服の代わりに支給された服に着替える。この世界では綿は下着にしか使われていないらしく、基本的に革製品ばかりだ。茶色っぽい長ズボンと白いシャツに着替えてブーツを履く。王族の品なのか意外と着心地がいいことにクウも驚く。サイズも図ったかのようにぴったりだった。
コンコン
着替えている途中で部屋の中にノックの音が響き渡る。クウは急いで着替え終えて、慌てて扉を開けた。
「はい、なんです……って姫さん」
扉を開けるとルメリオス王国の姫、アリスが騎士を2人連れて立っていた。一国家の王女が朝から自ら部屋まで来たことにクウは警戒するが、アリスはごくごく普通の口調で口を開いた。
「おはようございますクウ様。昨日はよく眠れましたか?」
「ええ、平民の俺たちからすれば素晴らしい部屋です。ぐっすり眠れましたよ」
「そうですか。それはよかったです!」
クウも警戒を解いて挨拶を返す。
昨日クウが《看破》で見た称号に《舞姫》とあったのを思い出した。恐らく踊りの天才なのだろうな、と考えつつクウは口を開く。
「ところで今日は何か用ですか? 姫さんがわざわざ来るなんて」
「はい、お父様がクウ様の装備のために宝物庫に連れていけと……」
そこまで聞いてクウは納得する。
昨日の約束……まさかすぐに叶えて貰えるとは思わなかったクウは少し驚いた。1週間ぐらいは待つことになると思ってたクウだが、これも国王ルクセントなりの誠意なのだろうと考えて頷く。
「そうですか。わざわざ申し訳ない。さっそくお願いできますか?」
「はい、ついて来てください」
アリスは微笑みつつクウを案内し始めた。
召喚された場所から謁見の間へと向かった昨日と同じく、長い廊下をクネクネと移動しながら進んでいく。
王城だけあって、かなり広い城なのだろう。沈み込むような絨毯が敷き詰められた廊下の感触を楽しみながらしばらく歩き続ける。
(それにしてはさっきから同じところを回っている気もする。そこの壺は似たような奴を見た気がするしな?)
疑問に思ったクウは、特に何も考えずに質問をぶつけた。
「もしかして同じところをグルグル回ってたりします?」
「っ!! べ、別にそんなことありませんことです!」
動揺しながら答えるアリスに、思わず護衛役の2人の騎士も生暖かい視線を送っている。感情を隠すことが苦手な姫は、城に仕える騎士たちにも微笑ましく思われているのだが、それでも王族としては褒められたものではない。
クウもその動揺ぶりには気づかなかったことにして、話を聞き流しておいた。ため息を吐きながら目礼する騎士2人にも苦笑で返す。
(まぁ、宝物庫の位置を覚えさせないための措置かな。いくらなんでも異世界から来たやつにそんな重要なもの教えるわけないしな)
クウはそれなりに空気が読める……と自負している。大人の対応としてアリスを取り繕う言葉を選択した。
「そうですか。では俺の気のせいでしたね」
「そそそうです! 気のせいでしゅっ!」
セリフを咬んでしまうほどに動揺を隠せないアリス。あえて聞こえないふりをして、アリスに都合のいい耳を持っていることを演出する。
顔を紅くするアリスだが、クウが特に何も言わないことに安堵して仕切り直しとばかりに咳払いをしつつ口を開いた。
「ご、ゴホン! つきました。ここが宝物庫です」
クウの目の前にあるのは意外にも質素な扉。様々な宝物を収める場所の扉としては地味すぎると思えるが、これも防犯のための措置。
あまりに豪華な扉だったならば「この中に何かありますよ」と宣言しているようなものなのだ。一般的なイメージと実用では大きく異なる。それをまざまざと見せつけられた気分のクウであった。
そしていざ扉を開けようとしてアリスの後ろについていた騎士2人が扉に手をかける。鍵を取り出したアリスが鍵穴に差してクルリとまわすと、ガチャリと大きな音が響いた。これも防犯対策の一つらしく、音が響いた瞬間に両脇の扉から人が飛び出してきた。
鍵を開けたのがアリスだと確認して戻っていったが、これが見知らぬ賊だったら襲いかかっているのだろう。
「ではクウ様、中にどうぞ」
アリスの言われるがままにクウは宝物庫へと足を踏み入れた。
宝物庫の中は金銀財宝が床中に散らばっている……なんてことはなく、宝石や武器などの種類ごとに分類されて収納されていた。
「武具防具はこちらです。お父様より好きなものを選ぶように言われております」
「いいのか? とんでもない貴重なものを選ぶかもしれないのに?」
「はい、本当に貴重な物は別の所にあります。ここにあるのは持ち出されたとしても問題ないものがほとんどです。たまにとんでもないものが混じってますが」
アリスの言葉にクウは眉を顰める。《看破 Lv3》は物の性能も調べられるため、もしとんでもないものが混じっていたら、それをピンポイントで選ぶことができるのだ。
《看破 Lv3》が人以外にも使えることは、昨晩クウに与えられた自室で能力をチェックしているときに気付いた。
ちなみに今朝、今着てるズボンを調べるとこうなる。
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革のズボン
製作者 アルト・サルノー
ビッグボアの皮を使ったズボン。
高名な服職人であるアルト・サルノーの作
品。
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クウは武具や防具の棚を《看破 Lv3》で見ながら物色していく。希望としては防具は軽めで武器は鞘付きの刀が望ましいのだが、武器らしいものは長剣や槍、ハルバードなどばかり。刀に近い曲刀はあったが、それでクウは満足できなかった。
そしてあれこれと触ったり見たりしながら探している内に、クウはとある武器を見つけた。
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木刀ムラサメ
製作者 不明
大樹ユグドラシルの枝からできた木刀。
魔力を通しやすい材質で、魔力を纏った状
態なら鉄をも凌ぐ硬度と切断力をもつ。
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(木刀……だよな? 鉄を越えたバグ性能の木刀とか木刀じゃないだろ! 大樹ユグドラシルって言ったらゲームとかでよく出る世界樹の名前だな。木刀の銘も日本語っぽい名前のムラサメだし、地球の神話や童話に関わるものがあるのか?)
だが、いくら探してもこれ以外に刀は見つからない。魔力というものを使えば十分に実践でも使えるようではあるのだが、それでもさすがに木刀に苦笑するしかなかった。
(まぁいいか。見た目が木刀だから手加減に使えるし、練習にもピッタリだ。鞘がないことが悔やまれるが……ダメ元で頼んでみるか?)
とにかくプラスに考えることにしてクウは木刀ムラサメをその手に取った。重さや重心は本来の刀と少し異なるのだが、ないものは仕方ない。
クウはアリスの方へと向き直って口を開いた。
「この木刀が気になります。鞘とかないですか?」
「木刀がこの宝物庫に……? いえ、鞘ですね。普通練習用の木刀なんかに鞘なんてつけないと思うのですが?」
アリスは首を傾げながら聞き返す。
普通は棍棒とも変わらない木刀、木剣を装備しているような者はいない。金属で、もしくは魔物素材でできた武器を所持するのが普通なのだ。
木刀ムラサメの能力を知らないアリスの正直な感想だった。
だが、クウはそんなアリスに微笑みながら返す。
「ええ、俺は少し変わった武術を修めてまして、それには刀と鞘が必要なんです」
「そうですか。では職人を呼んで専用の物を作らせましょう」
納得はしていないアリスだが、クウが言うならば……と引き下がって素直に言葉に従った。
「あ、出来れば丈夫な金属で出来た鞘をお願いします。普通のだと木刀をスムーズに出し入れできないので」
「はい、取り計らっておきますね」
「ありがとうございます。じゃあ、次は防具だな……」
一応他の武器も見てみたクウだが、刀は木刀以外は見つけることができなかった。城の雰囲気も西洋風であるため、刀という武器は珍しいのかもしれないな、とクウは考える。アリスにも刀が通じたことから、それなりの知名度はあると思われるのだが……
クウは武具の棚から離れて防具のゾーンに行く。騎士の鎧のようなフルプレートの逸品から革のレザーアーマーまで色々揃っていた。宝物庫の品だけあって《看破 Lv3》で見てもハズレがない。せっかくもらえるのだから出来るだけいいものをもらおうと棚の奥や隅などを隈なく探しているとクウはあるものを見つけた。
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幻影の黒コート
製作者 不明
謎のコート。
コート自体に《偽装》の効果があり、その
真の能力を測ることは難しい。
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《偽装》を掛けられたコート。
これを破るにはそれを超えるスキルが必要であるため、少なくとも《偽装Lv3》以上の付与がされてるということだろう。
詳しい能力が分からないのは不安ではあるが……クウは気にならずにはいられなかった。製作者不明と付いてる装備は大抵が強力な能力をつけられている。
クウは意を決して幻影の黒コートを手に取った。
「防具はこのコートをもらいます」
「え? そんな安っぽいコートが何故宝物庫に……? まぁ、クウ様が良いのでしたら構いませんよ」
アリスと2人の騎士はこの木刀とコートの価値が理解できていないらしく、不思議そうな顔をしている。《看破》のような鑑定系スキルは珍しいだろう。
「では鞘の件はお願いしますね」
「はい、他に何かお入用の物はありますか?」
「そうですね……あとは少しのお金とカバンですかね。それと書物庫を見せてください。送還の手がかりを少しでも探したいので」
「わかりました。手配しておきましょう」
「勇者でもないのに何から何まですみません」
「いえ、呼んだ私たちに責任があるのですから、これでも足りないぐらいです」
アリスはガバッと頭を下げてクウへと謝罪する。その姿に慌てて騎士も止めようとするが、アリスが頭を上げることは無かった。
仕方なくクウが肩を掴んで無理やり頭を上げさせる。
「王族なんですから簡単に頭を下げないでください。呼ばれてしまったものは仕方ないので……それよりあの3人に気を遣ってやってください」
「はい、ありがとうございます」
その後クウは城お抱えの鍛冶師に鞘の注文をして、書物庫に案内してもらった。鞘は初めて作るタイプであるため1週間はかかるらしく、それまでは大人しくエヴァンの情報を集めることにしたのだった。
清二たち勇者一行は基礎鍛錬などをしつつ、異世界の一般常識を学ぶことになっていた。一方クウは、鞘が出来るまで木刀ムラサメで素振りしたり書物庫で本を読んだりと自由気ままに過ごすことになる。