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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
天使覚醒編
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EP58 【魂源能力】

 パキ……ピキ……


 突如として空間に亀裂が入り、何事かと驚いて身構えるリア。対してファルバッサは、自分が創り上げた幻術空間が壊れようとしていることに気付いて、落ち着いた様子で身を起こす。

 幻想竜ファルバッサがスキル《幻想世界》で創った異空間は、現実空間と隣り合うようにして存在している。空間ごと騙してしまうファルバッサの能力にかかれば、時空間属性の魔法使いであっても違和感に気付くことはないだろう。力ずくで破るには同等のスキルが必要となるのだ。つまりはクウが試練を突破したということになる。



”ほう……どうやら自らの精神こころを見つめ直すことができたようだな”



 リアは、ファルバッサがどこか安堵したような目をしていると気付く。相手は竜ではあるものの、ここ5日ほど寝食を共にしたのだ。その程度の表情の変化は読み取ることが出来た。



「まさかクウ兄様が……?」



 リアもファルバッサが悪意を持ってクウを幻術空間に閉じ込めたのではないことには気付いている。その上でファルバッサがそのような表情をしているということは、クウが試練を突破したということに他ならないのだ。そう気付いて、リアは亀裂の広がっていく空間を見つめた。


 ガシャァァァァアアン


 ガラスが割れたような音が鳴り響き、白銀色の粒子が舞い散る。リアはその幻想的な光景に目を奪われながらも、その中心に誰かがいるのを見つけた。

 黒髪黒目黒コートという全身を黒で染めたその姿は、リアの知る限り一人しかいない。左手に樹刀の鞘に収めた木刀ムラサメを握り、悠然と佇むのは義理の兄でもあるクウだった。



「クウ兄様っ!」



 リアの叫びに応えるように、クウはゆったりと歩み寄る。その顔には暗い所も悩みの影も見当たらず、ただ晴れ晴れとした何かがあった。具体的なことはともかく、リアにもその変化を感じることができるほどに。

 リアはクウが近寄るまで待ちきれずに走り寄って、その胸に飛び込んだ。普段の御淑やかなリアからは想像もつかない行動だったが、クウはそれを優しく受け止める。他人との間にどこか壁のあった以前のクウならば、そんなことはしなかったかもしれない。だが、心の底からリアを受け入れた今は違った。



「ただいま、リア」


「おかえりなさい、兄様」



 リアは顔を上げてクウの帰りを喜んだ。だが、クウの背が低いために女性であるリアとの顔が近くなり、リアは顔を紅くして俯く。思わず唇が触れそうになるほどに接近した二人だが、クウの方は気にする様子もなくリアの頭を撫でた。

 栗色の滑らかな髪が心地よく、クウはリアの腰に左手を回して抱いたまま撫で続ける。突然のことで一瞬だけ体を固くするリアだが、すぐに力を抜いてクウへと身を任せた。

 感動の再会……とも言うべき光景なのだが、ここで仲間外れとなってしまった一匹の竜がいた。



”ゴホン!”



 幻想竜の称号を持つ天竜ことファルバッサがわざとらしい咳払いをして二人の注意を引こうとする。

 だが、そんなものは関係ないとばかりにクウとリアは二人だけの世界に入り浸っていた。何も知らない者が見たならば、恋人同士の逢瀬とも捉えられたかもしれない。だが良くも悪くも、二人の間には兄妹としての感情しかなかった。

 芽生え始めた恋心を兄を慕う感情だと勘違いしているリアと、純粋に妹を想うクウ。だが今はこれでもいいのかもしれない……














”それで気は済んだのか?”


「ああ、悪い。お前のことは忘れていた」


”そこは嘘でも忘れていなかったと言って欲しいな”



 圧倒的な力量差のある二者ではあるが、二人の間には敵意は無い。それが分かっているクウは、気安い口調でファルバッサへと話しかけていた。

 ファルバッサ自身もそのことを気にするような性格ではなく、真なる竜種として恐れしか抱かれたことのなかった過去から、クウの態度は好意的なものと考えていたのだ。



「それであの世界は何だったんだ?」


”分からないのか?”



 首を傾げながら聞き返すファルバッサに、クウは首を横に振りながら答える。



「俺の精神世界みたいなものだろ?」


”そうだ。正確には少し違うが大まかには合っている。

 あの世界は我の【魂源こんげん能力】である《幻想世界》で創りだした幻術世界だ。お主の精神を映し出すように設定してあったのだがな”


「【魂源こんげん能力】?」



 聞きなれない……というよりも聞いたことのない言葉にクウは首を傾げる。チラリとリアの方を見ると、同様に首を傾げて困惑した顔をしており、お互いに知らない言葉なのだと理解する。

 そんな二人を見てファルバッサは得意げな顔で説明をし始めた。



”そうだ。【魂源こんげん能力】とは能力を開花した者だけの特別なスキルだ。世界で一つだけのユニークスキルだとも言える。自分自身の本質を知り、魂に刻まれた力を開花させることで初めて得ることの出来る圧倒的な能力。それが【魂源こんげん能力】だ”


「そうか……あの文字化けしていたやつか……っと待てよ、それなら【固有能力】ってのは一体何だ? 【魂源こんげん能力】と似ているような気がするんだけど?」



 クウが書物で調べた【固有能力】とは、開花した者だけのユニークスキルであり【通常能力】よりも遥かに強力である、というものだった。ファルバッサの説明した【魂源こんげん能力】と似ており、【固有能力】と何が違うのかが分からない。

 だがファルバッサがその疑問に答えることは無かった。



”悪いが我がその質問に答えることは出来ない。だが……クウよ、お主はすぐに知ることが出来るだろう。既にお主は【魂源こんげん能力】の開花条件を満たしておるからな。後はそれを発芽させるきっかけさえあれば……”


「もしかしてそれが迷宮の奥底で得ることが出来るという力か?」


”そうだ。試練とはその者の人格を見ると同時に、開花条件を満たすためのものでもあるのだ。お主は自分を知り、見つめ直すことが出来たのだろう?”



 クウは真っ暗な空間と、その精神こころを覆う仮面を象徴していたもう一人のくうを思い出して大きく頷いた。真っ暗で空っぽな精神こころを埋めるのではなく、覆いつくすことで強がっていた自分自身を知ることが出来たのだから……



”【魂源こんげん能力】とは自分自身の本質を映し出す鏡のようなもの。力を得て暇を持て余していた我は、一人で妄想の世界に入り浸っていたものよ……お陰で《幻想世界》というスキルを得ることになったのだ”



 どこか懐かしそうに遠くを見つめるファルバッサ。軽く1000年を超える時を生きてきた彼だが、出会う者はほとんどが自分より弱かった。謂わば、やりこみ要素までクリアしつくしたゲームをやっているような感覚に陥ったのだ。

 いつか我が身を震わせるような強者が現れたら……という幻想の世界に入り浸り続けた結果、ファルバッサの得た【魂源こんげん能力】は想像した幻術世界を創りだすというものだった。

 だがここでクウは一つ疑問に思ったことをファルバッサにぶつける。



「そう言えば俺は《虚の瞳》のお陰で幻術無効化だったはずなんだけど、何でお前の幻術世界に取り込まれたんだ?」


”それは我の《幻想世界》がお主ではなく、お主の周囲の空間を幻術に陥れたからだ”


「なるほどな。だったら何であの世界では俺は空腹も渇きも感じなかったんだ? 幻術じゃないならば、俺の身体は本物だろう?」



 クウは暗闇の世界で5日も過ごした。

 だがその間は飲まず食わずで活動し続けたにも拘らず、全くもって飢えを感じることは無かった。そのせいで実は既に死んでいるのではないかと不安になったのだが、現にクウは生きている。

 そんなクウの疑問に、ファルバッサは何ともないように……いや、若干だが自慢げに答えた。



”ククク……そこが我の《幻想世界》の誇るべきところよ。我の創った幻術世界では法則すらも操ることが出来るのだ。とは言っても生と死の概念は扱うことが出来ぬ。それ故あの世界では決して肉体が死ぬことがない。精神崩壊はするがな……”


「つまり世界の法則を弄って空腹や喉の渇きがないように調整することも可能だと?」


”その通りだ”



 鼻を鳴らして誇らしげに語るファルバッサを横目に、クウは少し考察する。

 「生死にかかわる概念は不可」のような制限があるものの、ある程度の法則を操作して幻術世界を作り上げることが出来るというのはかなりすごい。例えば幻術世界内部の時間を加速させことで、内部での1年を現実世界での1日にすることもできるだろう。そして肉体が死なないのならば、ギリギリまで追い込んだ修行をすることもできる。

 その他にも拷問部屋としての機能が充実していると言えるだろう。相手は死なず、精神が崩壊するギリギリまで責め立てることができるのだから……



「思ったよりエグイ能力だな」


「そうですね」



 クウだけでなくリアも同じ答えにたどり着いて苦笑する。

 通常ではありえないスペックのスキル、それが魂の根源から来る力である【魂源こんげん能力】というものなのだ。心身を共に鍛え上げた極致とも言うべき到達点に辿り着いた存在だけが得ることのできる能力と言うだけあって生半可ではない。



”それでクウよ。お主は無事に我の試練を乗り越えたのだ。お主には100階層へと行き、我が主に会い見えるだけの資格がある”


「お前の主……ねぇ。一応聞いておくけど、そのお前の主人ってのは神のどれかなのか?」


”ふむ……”



 クウの質問にファルバッサは少しの間だけ目を閉じて考える。

 この場所で教えても良いことなのか、それとも拙いのか……ここにいるのがクウだけならば問題は無いのだが、リアがいることが問題だった。ファルバッサは主人から不用意に情報を与えないように命令されていたので、仕方なく答えることの出来る範囲で言葉を返した。



”そうであるな。我の主人は神の1柱であるとだけ言っておこう。それとお主の加護にも関係しているとな”


「やはりそうか……」


「クウ兄様の加護?」



 クウは全てを理解したように頷き、未だクウの加護について教えて貰っていないリアだけが首を傾げている。そんなリアを見て、クウは苦笑しながら肩をポンポンと叩いた。



「そのことは迷宮を攻略したときに全部教えるよ。ステータスもね」


「本当ですか?」


「ああ」



 既に大切な存在としてクウの中の大きな部分を占めているリアにも、加護や称号、そして【固有能力】について話すことをクウは決意する。義理とは言え兄妹として、そして迷宮を攻略してきた仲間として隠し事はしたくなかったのだ。



”話は纏まったのか?”


「ああ」


「はい」



 ファルバッサの言葉にクウとリアは大きく頷いて返事をする。クウの目には既に迷いなどなく、リアの顔には嬉しさが滲み出ている。ようやく本当に兄妹の関係になったかのようで、ファルバッサも優し気な目で二人を見つめた。

 そしてファルバッサは10mを超える巨体をゆっくりと起こし、スッと息を吸い込む。何か嫌な予感のしたクウとリアは急いで耳を塞いだ。



”グルアアアアアアアアアアアアアアアッ!”



 大気が震えるほどの咆哮が90階層に響き渡り、耳を塞いでいた二人でさえも膝を突いてしまう。強烈な音波によって近くの岩が少し砕け、ファルバッサの足元が僅かにひび割れた。そしてファルバッサの咆哮の先で空間が歪み始め、やがてゲートのように開いていく。中からは黒と白のまだら模様の光が放たれ、ゆらゆらと揺らめいていた。

 それを見てファルバッサは満足そうに口を開く。



”さぁ、開いたぞ! これが迷宮の最下層、地下100階へと続く転移ゲートだ”





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