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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
天使覚醒編
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EP57 試練④

「『はああああああっ!』」



 クウとくうは互いに踏み込み、刀を一気に抜き放つ。



「『閃っ!』」



 ギィィィイン。

 激しい金属音が鳴り響き、同じ顔をした二人が鍔ぜりあう。元は同じ人物だけあって力の拮抗は当然であり、二人も一度飛びのいて距離をとる。

 《抜刀術Lv8》から繰り出される居合はレベル×1.5倍まで加速される。そのため相対速度で24倍まで加速された武器どうしの衝突は少なくない衝撃を生んだ。クウは痺れる右手に意識を向けるが、くうの方も同様らしくチラリと右手に目を向けていた。



(閃で打ち合うのは悪手だな。相手が放って来たら避けるか鞘で受け流すかした方がよさそうだ。そして俺の方も閃を撃つタイミングを考えないとな……)



 クウは一瞬でそこまで思考して左足に力を込める。

 右足で踏み込めばさらに速度を出すこともできる……が、様子見の段階で全力を出す必要はないと考えての行動であり、当然のようにくうも対応する。

 右下から掬い上げるように切り上げた一撃をくうは難なく鞘でいなし、逆に振り下ろしの『断』で攻撃を仕掛けた。



「ちっ!」



 今のクウの態勢では振り下ろしの攻撃を鞘で防ぐことは難しい。そこで切り上げたときの腕と身体の回転エネルギーを利用して身を捻りながら回避した。

 そのままくうの背後まで飛び、受け身を取りながら態勢を立て直す。くうも特に追撃をすることなくゆっくり振り返ったことから、やはり様子見のつもりなのだろう。



『相変わらずの体幹だな。戦闘センスが滲み出てるぜ?』


「そいつはお互いさまだろ? お前も俺なんだからな」


『そりゃそうか』



 お互いに視線を交わしながらしばらく向かい合う。

 その間に高度な視線誘導やフェイントの合戦がなされているのだが、同じ人物どうしだけあって勝負がつくことがない。自分自身がお互いの動きや性格をよく理解しているのだ。虚をつくような攻撃が通じるはずがない。



「まぁ、そうだろうとは思ったけどな」


『ぼさっとするなよ!』



 くうは軽く踏み込みながらジグザグ走行でクウへと切りかかる。本気とは言い難い斬撃に、クウは紙一重で躱しながら樹刀の鞘による突きを入れた。それをしゃがんで躱したくうはそのままクウの腹部へ鞘の打撃を叩き込む。



「ぐはっ!」



 デザートエンペラーウルフ素材のレザーアーマーのお陰で、通常の攻撃ならばほとんど効かないハズなのだが、クウは強い衝撃で内臓を掻き回されたような感覚を覚えた。俗にいう鎧通しなのだが、通常は格闘で行う奥義だ。しかし刀を手足のように操るクウ、そしてくうならば鞘による打撃攻撃の『撃』でも同じことが出来る。

 クウはよろめきながら後ずさり、くうはスッと立ち上がりながらニヤリと口元を歪める。不安定な態勢からの攻撃であったために威力はかなり低かったのだが、それでも相応のダメージは拭いきれない。



『鳩尾を狙ったハズなんだが……さすがに反応したか』


「それでもかなりの威力だけどな」



 再びクウは木刀ムラサメをくうへと打ち込んでいく。負けじと反撃するくうも、攻撃を躱し、いなし、そして力の流れを利用しながら自らを加速させていく。全く同じ技術を持つ二人の斬撃と打撃の応酬は徐々に速くなっていき、まるで剣の舞を踊っているかのような光景を見せつけていた。

 もし観客がいたならば、歓声を上げて小銀貨の1枚でも投げ込んだであろう舞は加速していき、遂には目で追えなくなっていく。今の二人は予測と気配のみで剣と鞘を振っており、一歩間違えれば大ダメージを負うことは確実だった。

 そしてそんな舞踊ならぬ武踊も遂に終わりを迎える。



「ふっ!」


『ごはっ!』



 くうの斬撃を樹刀の鞘で受け流しながら一歩だけ踏み込み、そのままくうの鳩尾へと強烈な蹴りを叩き込んだ。極限まで加速された戦いで放たれた蹴りの威力は生半可ではなく、くうは遥か後方へと吹き飛ばされる。

 さらにクウは地面を転がりながら受け身をとるくうに対して容赦なく魔法を放った。



「『集う光

  今、放て

 《流星シューティングスター》』!」



 詠唱省略で発動された4つの光球から次々と放たれるレーザー光線の魔法がくうへと殺到する。人の知覚速度を遥かに超えた攻撃は本来避けられないハズだが、戦士の勘とも言うべき反応で横に跳び、直撃は免れた。

 そのときヒラヒラと靡く袴にレーザーの一発が当たり、そのまま穴を空ける。



『危ないな!』


「よそ見している暇はないぞ!

 《暗黒滅弾ダークネス・ストライク×10》」


『ちっ』



 クウが突き出した右手の先からは10発の黒い弾丸が次々と放たれていき、くうは回避を余儀なくされる。直線でしか飛ばないと分かっているため、クウの手の先から弾丸の軌道を予測して攻撃を躱し続けた。



「面倒だな」


『と言いつつお前も出来るだろ!

 《暗黒滅弾ダークネス・ストライク×10》』



 意趣返しと言うべきか、くうも右手を突き出して滅びの黒い弾丸を放ってきた。当然ながら、クウも軌道を予測して難なく回避していく。

 遠距離攻撃では牽制にもならないと同時に考えた二人は、互いに右足で踏み込んで一気に接近した。



『貰った! 閃!』


「はっ! 甘いな!」



 開幕と同じくくうだけは居合の『閃』を放つが、クウは木刀ムラサメを鞘に収めたまま攻撃を左側へと受け流した。12倍まで加速された速度の斬撃を受け流すなど通常は出来るはずもないのだが、クウ自身の類稀なるセンスを以てしてやり遂げたのだ。また、自分も同じ攻撃が出来るために、タイミングが分かりきっていたことも関係しているだろう。



『なっ!?』


「閃!」



 抜刀後の僅かな硬直があるくうには、同じく12倍まで加速されたクウの居合を避けることは出来ない。木刀ムラサメがくうを右わき腹から左肩へと逆袈裟に切り裂き、血をほとばしらせた。

 だがここでクウの攻撃は終わることなく、樹刀の鞘による『撃』でくうの右肩を打ち砕き、回し蹴りでその身体を吹き飛ばす。



『があぁぁっ!』


「『一条の光

 全てを貫け

 《閃光フォース・レイ》』!」



 まだ空中にいるくうを狙って、トドメとばかりに極光のレーザーが放たれる。

 《流星シューティングスター》よりも発動が早く、レーザーを1本にする代わりに威力を増大させたこの魔法は、70階層ボスのリッチを一撃で瀕死に追い込んだという経歴をもつ。相性の問題があったとは言え、そんな魔法を人に撃ちこめばどうなるかは想像に難くない。

 くうは為す術もなく極大の光に飲み込まれた……















「まさかあの状況から直撃を避けるとはな」


『この状態で避けたとは言えないけどね』



 右半身を消し飛ばされて横たわるくうと、それを見下ろすクウ。

 くうは最後の瞬間に全身全霊をかけてクウの魔法へと干渉し、僅かに軌道を逸らすことが出来た。それも同じ魔力を持つ二人だからこそ出来た裏技のようなものだったが、それでも光速で迫る《閃光フォース・レイ》には間に合わず、くうは右半身を消失することになった。



『それにしても容赦ないな……最後の連撃は』


「やられる前にやる。攻撃重視の朱月流抜刀術の基本だ。これも親父さんの言葉だぞ? いや―――」


『ああ、分かってたさ……だが自分の身体だぞ? 少しは躊躇いとかないのかよ……』


「まぁ……俺ってそんな奴だからな」


『そうだった』



 くうは笑いながら目を閉じる。

 右半身を失って、既に痛覚すらも麻痺しているくうは死を待つばかりだ。いや、彼に初めから「死」という概念などなく、ただクウと一つになるだけだった。本来のクウの精神こころを覆うように創られた別人格とでも言うべきもう一人の存在。それがくうだったのだから……



『……ようやく一つになれる、いや戻れるんだな』


「ああ、今までの俺は親や幼馴染に依存していただけのガキだったんだ。いや、これからも本質は変わらないな。強がってはいても、結局俺はただの寂しがりやなんだからな」


『自覚はあったのかよ』


「それも分かってただろ?」



 まあな、と呟きながら目を開いてクウへと視線を向ける。

 くうの身体は既に光の粒子になりながら消えかけており、その目には少しばかりの涙があった。だがそれは自らが消える悲しみではない。新しく生まれ変わる喜びの涙だった。



「もう居なくなるのか?」


『無茶言うなよ……この怪我だぞ?』


「まぁ、そうだけど……それでも結構長い間の付き合いだったんだ。それなりの愛着があるってものだろ」


『それはそうだが、結局お前の中に取り込まれるのは変わらないじゃないか』



 くうは呆れたようにため息を吐くが、クウは頭を掻きながら照れくさそうに口を開く。



「そうじゃなくてな……俺はまぁ、寂しがりやだからな。少しの間だけど、お前と戦ったことは楽しかったし、ある意味で戦友とも呼べるからな。まぁ、そういうことだよ」


『どういうことだよ!?』


「死にかけてもツッコミは健在か……」


『すごくどうでもいいな!』



 二人は顔を見合わせて微笑みあう。

 クウとくうの間には悲しみなどない。これが別れではないと分かっているからだ。くうの身体は既にほとんど消えかけており、光の粒子となってクウの胸へと注ぎ込まれている。

 

 ピシッ……



「ん?」



 何かひびが入るような音が鳴り、クウはそちらの方へと目を向ける。

 するとそこには空間が割れたかのような黒い亀裂が入っていた。


 ピシ……ピキ……バキ……


 亀裂は徐々に広がっていき、空間の欠片のようなものがボロボロと崩れ落ちていく。普通ならば壮絶な不安に包まれそうだが、今のクウは極めて落ち着いていた。



「これは……?」



 取り乱すことなく落ち着いて周囲を見渡すクウに、既に肩から上だけになってしまったくうが説明をした。



『これは空間が崩壊しているみたいだ。この空間は幻想竜ファルバッサが作り上げた幻術世界だから、この世界が崩れたとしたら……』


「外……90階層に戻れるということか?」


『正解!』



 真っ白だった空間が徐々に崩れていき、その隙間からは90階層のボスフロアで見た火山が見えた。火山灰で煤けた空や、枯れ木に岩山まで見える。

 空間に走った亀裂はクウとくうの元までたどり着き、その周辺をボロボロと崩れさせていく。そして崩壊するする世界の中、もはや頭だけとなったくうが口を開いた。



『――――――』


「っ! ああっ!」



 その言葉を最後に世界が崩れ去り、ガラスが割れたような音が響き渡る。

 欠片となった空間の一部がサラサラと粒子化して消え去っていき、後に残ったのは久しぶりに見る岩山と荒地の景色、そしてリアと幻想竜ファルバッサだった。

 クウは一人と一匹を見てニヤリと笑いながら一歩を踏み出す。

 最後の戦友の言葉を思い出しながら――――――














『試練、クリアおめでとう!』





クウは二重人格ではありません。

弱い自分を隠すための仮面を被っていただけの寂しがり屋さんです。

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