エピローグ
『世界の情報』と『世界の意思』は矛盾が生じることのないように世界を調整するシステムのようなものだ。
世界に存在する生物は『世界の情報』に組み込まれており、仮にこの世界から非正規の方法で弾き出されると『世界の意思』が記憶や認識を改竄して修正してくる。
故に異世界へと召喚された人は人々から忘れ去られ、その物理的記録も消滅する。
だが、逆はどうか。
「一年以上も向こうにいたのに、やっぱり全然騒ぎになってないのね」
「お母さんもお父さんも私がいなくなっていたことすら気付いていませんでしたから」
「僕の家もだったよ」
地球でも異世界に行っている間の時間は経過していた。本来は連動しないのだが、地球の情報次元の一部である地球の魂が異世界へと訪れることで時間が同期してしまっている。
だが元の世界に戻ったセイジたちは、高校二年生として普通に学校へと通っていた。
こうして昼休みに屋上で弁当を食べるという日常も取り戻した。
「勉強していないはずの知識があるし、なんか不気味」
リコは嫌悪感の混じった言葉を吐く。
今の彼らには二種類の記憶がある。一つは異世界で過ごした戦いの記憶、そしてもう一つがこの世界で日常を過ごした記憶だ。後者は『世界の意思』が後付けで付与したものだが、リコからすれば不気味でならないらしい。
エリカも同意しつつ頷いている。
「まぁまぁ二人とも。ある意味良かったじゃないか。少なくとも勉強で一年分遅れることはないわけだし」
セイジは二人を宥める。
これも今日が初めてのやり取りではない。もう何度目かも忘れてしまった。
(まるで夢でも見ていた気分だ)
異世界で得た能力は既に封印されており、ステータスもスキルも使えない。リコとエリカは普通の少女に戻っていた。
(でも、夢じゃない)
この世界へと戻るにあたり、セイジの能力は問題となった。
神の加護を得ているわけでもない超越者など管理が面倒で仕方ないだろう。惑星を軽く滅ぼせてしまうような存在を一般人に紛れさせるのも無理がある。
そこでセイジも封印措置を受けた。
だが、それと同時にある役目も与えられたのだ。
「あ、きた」
セイジの足元に複雑怪奇な魔法陣が現れる。
それは異世界からの召喚の合図だ。
「じゃあ、二人とも。行ってくるよ」
「えー……もう今週二回目よ。多くない?」
「頑張ってきてくださいね」
「あはは……まぁこっちの時間軸だと一瞬だからね。すぐ戻るよ」
抵抗することもなくセイジは魔法陣の中で消失する。きっと異世界人を求めるどこかの世界が召喚を成功させたのだろう。
しかし次の瞬間、同じ場所にセイジは戻ってきた。
「ただいま。ちょっと疲れたよ。今回は神族っていう変なのがいてね……神王ってのを倒すことになっちゃったんだ」
与えられた役目は召喚に対するデコイ。
この地球に向けられる召喚の術式は全てセイジへと向かう。また召喚と同時に超越者としての封印も外され、圧倒的な力を向こうの世界で振るうことになるのだ。
勿論、『世界の情報』から外れるので時間軸もずれてしまい、地球上では一瞬で異世界冒険を終わらせたということになってしまう。
「お疲れ様です」
「そんなに疲れていないよ。超越化もするわけだし、僕じゃどうにもならなかったら朱月が行ってくれる。まぁ、そんな事態にはならないだろうけど」
「今度文句言ってやるわ」
「理子は落ち着いて」
日常の中に差し込まれる非日常。
セイジにとって、それはやがて日常になっていくのだろう。勇者はどこまでいっても勇者であった。
◆◆◆
「なぁ、空。今週の土曜日、時間あるか?」
「なんだよ煉」
「ちょっとお前の武勇伝でも聞かせて貰おうかと思てな」
「なんで?」
昼休みになれば、クウは親友のレンと一緒に弁当を食べる。二人なので特にスペースもいらず、レンが椅子を持ってきてクウの机で食べるのがいつもの流れであった。
「折角やから俺らの経験を本にしよや」
「本? ファンタジー小説にでもするのか?」
「そうや。小説家が頭捻って考え出す幻想やない。本物のファンタジーや。売れるで」
「そうかぁ?」
勇者がいて、魔王がいて、邪神もいる。
そんなありふれたストーリーが売れるのだろうか。クウは懐疑的だった。しかしレンは真面目である。
「ストーリーはどうでもええんや。俺らが体験したリアル。それがええねん。俺が文字に起こして小説の体裁を整えたる。分け前は八対二でどうや? 勿論、俺が八やで」
「それを言うなら桐島の奴に頼んだらどうだ? あいつは週一のペースで召喚されてる異世界プロだぞ」
「おん? 予定じゃ一年に一回程度やなかったんか?」
「以前に俺たちが召喚されたせいで世界に穴が開いているんだとよ。だから召喚条件として緩くなるから選ばれやすくなってるらしい」
「ほーん。そいつはおもろそうやな」
「ほどほどにしとけよ。異世界が楽しいことばかりじゃないのは知ってるだろ?」
ありふれない非日常。異世界ではそれを味わうことができた。
しかし同時にその厳しさも知った。
レンもそれは分かっている。
「まぁ、な。アヤトさんも今頃は普通に暮らしてるんかな?」
「そうだろうな。俺たちも折角取り戻した日常を楽しめばいいんじゃないか?」
「それとこれとは話が別やな」
クウは止めておくように言ったが、レンはどうしてもやりたいらしい。
(気持ちは分からないでもないか)
こうして高校の制服を着ているが、クウは人ではない。半神だ。
いずれ来る虚空神ゼノネイアの使い走りとしての役目を見据えているため、今は人らしく過ごそうという意思が強い。しかしレンはステータスも封印されて元の人に戻った。異世界は楽なことばかりではなかったが、その思い出を何かの形にしたかったのだろう。
クウはそっと、左の眼の眼帯に触れた。
◆◆◆
学校からの帰り道。
クウはユナを置いて一人である場所を訪れていた。そこは墓場である。
自分の本当の親が眠る墓。
そこで立ち止まり、右の眼でじっと見つめた。
(情報次元を辿ることはできる。意思次元を改竄することもできる)
クウはこの世界でも力を封印することはせず、半神のままであった。よって権能も使える。
(過去の事象に干渉し、《虚空》で俺の夢と混ぜる。そうすれば……)
思い出すのは幼き頃の赤い記憶。
両親が血で染まっていたあの日の出来事。
それを改変し、なかったことにすることで『世界の情報』と『世界の意思』は新しい世界線を生み出すことだろう。天使であった頃ならともかく、半神である今ならば魂を操ることも不可能ではない。
だが、クウは右目を閉じた。
「いや、そんな考えは親父やお袋に失礼か」
それにこの世界を管理する超越神も許さないだろう。
自分勝手な改変によって世界を乱すことを良しとはしないはずだ。
(それに……嫌な過去も全て俺の糧になっている。全て、俺の一部なんだ)
運命を操ることのできる超越者であるからこそ、クウはそれを大切にしたい。
そして運命を操るからこそ、今ある奇跡を喜ぶべきなのだ。
「くーちゃん! ここにいたんだね!」
背後からユナの声がする。
抑え込んでいるとはいえ、同じ超越者の気配だ。近づいていることは気付いていた。
「あれ? これって」
「何でもない。帰るぞ、優奈」
「え、うん」
「今日は道場を掃除するんだろ?」
「あれ? そうだっけ?」
「明日お客さんが来るから掃除しとけって言われただろ……」
「忘れてた。魔法使っちゃダメかな?」
「緊急時以外はダメって決めただろ」
帰ってきた日常を。
取り戻した未来を。
それらを大切にするためのルールとして、超越者の力は極力使わないことを決めていた。
「帰ろう、優奈」
「そうだね。くーちゃん」
無限に広がる虚空の中、きっと出会えたのは奇跡であろう。
あり得た無数の可能性が右目を過る中、そっと彼女の手を握りしめた。
これにて『虚空の天使』は本編完結です。
長らくありがとうございました。
初投稿日が2016年1月なので4年半以上もかかった計算になりますね。初期プロット時は「砂漠の帝国編」あたりまでしか考えていなかったんですが、そこからほぼ倍の分量を書いて完結まで至りました。毎週投稿のノルマを決めて書き続け、時には更新を停止し、それでも気合で書ききった初めての作品となります。
やはり完結すると感慨深さが違いますね。
今後の予定ですが、要望があれば設定集などを投稿するつもりです。また外伝も気が向けば書こうかなと考えています。
取りあえずは少しだけ毎週更新を休んで、また何かの作品を更新しようと思います。
今投稿している「魔王」を毎週更新にするか、新しい作品を作るか……それは考え中です。
ここまで本作品を読んでくださりありがとうございました。
よろしければ最後に評価、またレビューしてくださると嬉しいです。
ではまた。





