EP561 虚空
あらゆる概念攻撃がカグラ=アカシックへと殺到し、霊力が爆散する。神の絶大な霊力を生み出すための意思次元が傷つけられているため、今のカグラ=アカシックは弱体化しているも同然だった。
故に攻撃は全て効果を及ぼし、霊力体を崩壊させる。
「が、わ、わた、しは……ぁ」
魂の根源を切り刻まれ、霊力体を滅ぼされ、哀れにも再生を試みる。
まだカグラ=アカシックは滅びない。
辛うじて意識は保っている。
一方でクウは術の反動が激しく、宙を漂いながら右目を抑えていた。
「くーちゃん! 大丈夫なの!?」
「心配するな。ここで倒さな……いと」
「私に掴まって」
ユナはクウの左肩を支え、カグラ=アカシックから一時離れる。その間にもミレイナやセイジは攻撃を続け、何とかとどめを刺そうとしていた。
しかし死にぞこないに見えたカグラ=アカシックもまだまだ戦う。
霊力による力押しではあるが、一切の攻撃を近づかせなかった
「わた、魂……傷、さいせ、い……」
ぶつぶつと何かを呟きつつも霊力を充足させていき、再生を試みる。だが魂の根源が傷ついている以上、それを直すには長い時間がかかるのだ。
意思次元さえ無事ならば情報次元の修復はそれほど手間もかからない。
しかし、意思次元の損傷は時間をかけて治癒するしかない。
だがカグラ=アカシックはこの原則を何とかして破り、即座に回復しなければならない。それ故、禁忌の手段を使うことにした。
「こ、い。我が、天使……めぎ、どえ……る」
◆◆◆
アリアとリグレットは無事にメギドエルを封じ、その後は次元の穴を監視していた。裏世界から超越者がやってくることを想定していたが、それもなく今のところは問題になっていない。
だが、そちらに集中していたが故に見逃してしまった。
「これは!」
先に気付いたのはリグレットであった。
自らが施したメギドエルの封印が無理矢理引き千切られようとしているのである。
(自ら破ろうと? いや、これは外からの力……それに意思力に近い何かだ!)
慌てて情報次元の面から補強を試みるが、意思力によって破られてしまう。
このままでは復活してしまう。
そう思った時、メギドエルはその場から消失した。
「どうしたのだリグレット! 奴は!?」
「分からない。だが強制召喚のように思える」
「何? だが奴を強制召喚ということは……」
「ああ、クウ君たちのところで何かあったんだろうね」
「くっ!」
アリアは急いで次元の穴へと飛び込もうとする。
しかしそれをリグレットは止めた。強く肩を掴まれ、アリアは思わずバランスを崩す。
「何をする! 今すぐにでも……」
「ダメだ。僕たちはここを守る義務がある。君の願いを忘れたのかい?」
「くっ……」
天使となり、神の下僕となってまで叶えたい願い。
それはこの世界と魔人族を守ること。
ここでアリアまで裏世界に行ってしまえば、それもできないかもしれない。今すぐ行かなければという思いと、ここで耐えなければならないという思いがせめぎ合う。
「それに裏世界に行ったところで僕たちじゃすぐに戦場まで辿り着けない。彼らを信じるんだ。僕たちはここで世界を守る。その役目は変わらないよ」
「リグレット……」
「それに奴が天使を召喚したということは、向こうが追い詰めてくれているってことだ。心配することはないよ。きっと勝てる」
「ああ。分かった」
アリアは力を抜き、代わりに次元の穴を見つめた。
「信じているぞ。勝て」
この願いが届くように。
そう、告げた。
◆◆◆
カグラ=アカシックはメギドエルを召喚するや否や、その肉体を取り込んだ。巨人の天使であるメギドエルを文字通り、霊力で喰らいつくしたのである。かつて光神シンを取り込んだ時と同じように。
「わ、我が神。どうして私を……!」
天使の言葉など聞かぬ。
そう言わんばかりの勢いでメギドエルは飲み込まれた。その魂を、権能を、霊力の全てを食い尽くしたカグラ=アカシックは変化を遂げる。
「ぉおおおお! おおおおおおお!」
強制的な魂の融合は、魂を傷つけることと同じだ。失敗はしなくとも大きな痛みを伴う。しかしカグラ=アカシックは実行した。
自身の霊力を分け与えていた光神シンの時とはわけが違う。
ただ加護を与えていただけの存在を強制的に取り込むのだ。
体内に異物を取り入れるのと同じである。
しかしその痛みに耐え切れば、カグラ=アカシックには新しい進化が待っている。
「っ! 止めるぞ!」
クウは右目の痛みすら厭わず、「神眼」を発動させた。
過負荷によって走る激痛を気にしている暇などない。《神象眼》で絶対切断を現実化しつつ、神刀・虚月で斬りかかった。
だが、少し遅かった。
カグラ=アカシックはメギドエルに与えていた神剣トゥリムを手にして迎え撃つ。揺るがないという概念に縛られた神剣によって絶対切断は打ち消されてしまった。
「おぉおおおお!」
「なっ! くそ」
そればかりか背中から無数の魔手を生み出してクウを襲い始めた。
《幻葬眼》を駆使して回避を続けるクウは続いて《熾神時間》を発動させ、カグラ=アカシックを切り刻む。しかし負荷のせいでほんの僅かしか発動できなかった。そのため即座に再生されてしまい。クウは魔手に捕まる。
だがクウも自らを虚数化することですり抜け、脱出した。
そこにファルバッサが《神・竜息吹》を叩き込む。
”クウよ! 我らも戦うぞ!”
「ファルバッサ……」
”文句は言わせん。畳みかける”
そう告げてファルバッサは翼を羽ばたかせ、魔手を操るカグラ=アカシックへと襲いかかった。それに続いて他の神獣たちも攻勢に入る。
「くーちゃん。まだいけるよね」
「……ああ」
「私もやるよ」
「分かっている。サポートを頼むぞ」
クウは痛む右目に耐えながら、再び斬りかかった。
まだ負荷で生じた痛みが残っている。魂がダメージを受けている証拠だ。これ以上、許容範囲を超える虚数次元霊力の受け取りは難しいだろう。神刀を器としているとはいえ、最終的に霊力を受け取って行使するのはクウ自身なのだ。
慌てて中途半端な攻撃をしても意味がないことは先程分かった。
(ならばもう一度、意思次元を削り取る)
改めて、自身の新しい権能へと意思を向ける。
権能【月蝕眼】。
それは神と同じく、自らの名を冠する権能。正真正銘、クウ自身の力だ。その力が今までより出力が多少大きい程度とは思えない。
「神眼」「理」「意思支配」「虚数」「陰陽」の特性を存分に使いこなさなければならない。
魔手による攻撃と神剣トゥリムによる斬撃を受け流しつつ思考を続ける。
(特性「虚数」……つまりは定義されていない法則や現実だ。いや通常の現実からは外れた法則。逆に「理」は通常の法則へと干渉する。そして「陰陽」も二つの対極する力の象徴。俺の能力は現実と幻想の境界を操る能力)
現実と非現実の操作。
それがクウの能力だ。たとえ半神になろうとも変わらない。
右の手に消滅エネルギーを生み出す。特性「陰陽」によって生じる矛盾の概念だ。境界線であるゼロの概念ともいえる。
生成した消滅エネルギーを放射すると、カグラ=アカシックは魔手の一つで握り潰してしまった。霊力の巨大さは健在らしい。配下の天使を取り込んで魂に継ぎ接ぎの応急処置を施しただけとはいえ、力は衰えていなかった。
魔手を手に入れたカグラ=アカシックは攻撃範囲が先程の比ではないほど広がっている。未来を読むことで効率的に動かされる無数の魔手があらゆる攻撃を弾くのだ。そればかりか反撃する余裕まで見せている。
ただし出力が戻ったとはいえ、魂は継ぎ接ぎのままだ。
術を仕掛けるような頭を使った戦いではなく、魔手を使いこなした近接戦闘へと戦い方を変えている。ユナやミレイナやセイジのような近接戦闘タイプが積極的に魔手を壊し、その隙に遠距離タイプが本体へと攻撃を加えるという戦いを演じていた。
(このままだと不味いか。押されている)
力を完璧に制御していた時はカグラ=アカシックも手加減するかのように力を抑えていた。それはクウたちを絶望させるための行動だったが、今はそれがない。圧倒的な暴力によって叩き潰そうとしている。
そして魂が回復するまでの時間稼ぎをしているのだ。
(俺はこの権能でどうしたらいい?)
痛む右目のせいで焦りも募る。
(意思次元攻撃を当て続ける? だが生半可な攻撃は霊力で弾かれるし先に限界が訪れるのは俺だ。虚数次元に封じる? 俺の霊力では足りない)
神剣トゥリムと打ち合いながら考える。
ひたすら考える。
(「虚数」のお蔭で俺の情報次元や意思次元を観測させずに済んでいる。ならこのまま斬り合うだけでも押し勝てる可能性はある)
剣士としての腕ならばクウの方が上だ。
また虚数次元から霊力を受け取っているお蔭で霊力差もほとんどない。斬り合うだけでも競り勝てる。
しかし、クウの霊力ブーストは時間制限付きなのだ。神刀を受け皿としているお蔭で負担は大きく減っているが、それでも大きすぎる霊力をクウの魂で処理するのは無理がある。《双刻》《四獣門》《八重桜》《十六夜》と連撃を放ったことでその分の負担も残っているのだ。
時間があるとは言えない。
「ぉおおお! 私は、まだ……」
「くそ。いい加減にしろ」
カグラ=アカシックの魔手がクウの腕を捕まえ、そのまま引き千切る。だがそれは幻のように消えてしまい、クウはカグラ=アカシックの背後にいた。
鋭い一撃が振り下ろされるも、カグラ=アカシックは振り向くことすらせず神剣で受け止める。しかしそれは幻術であり、僅かにタイミングがずらされていた。すり抜けるようにしてクウの神刀がカグラ=アカシックを切り裂く。
「おの、れ」
初めて見せた憎悪の感情。
それがクウを貫いた。
一瞬だけ止まってしまったクウは殺到する魔手から逃げる術を失う。
しかしそこでリアが転移を発動させて助けた。更にはミレイナが隙を突いて世界侵食《竜腹結界》を発動させ、カグラ=アカシックへと猛攻を仕掛ける。無限の糸攻撃がカグラ=アカシックに食い込み、一瞬とも言えぬ時間だが動きを止めることに成功した。
そこにユナが《神血裂》を発動する。光すら超える速度によって未来を先に斬り、そこに現実が追い付いてくる。斬ったという事実が先に存在するため、何者であろうと抗うことはできない。
カグラ=アカシックの首が千切れた。
そこでカルディアが《時間点消滅》でカグラ=アカシックの首を時間の檻へと閉じ込める。
残った胴体は魔手を伸ばしながら首を取り返そうとするが、それを阻むべくファルバッサとハルシオンが魔手へと食らいつく。更にはネメアが懐へと潜り込み、毒を浸透させる掌底を叩き込む。
だがファルバッサたちの攻撃は霊力差ゆえに意味をなさない。
「く、おおおおおおおお!」
クウは痛みに耐え、《熾神時間》を発動した。
反動で魂が傷ついている中で、意思力を侵食させる世界侵食は大きな負担だ。しかし、今畳みかけるしかないと考え、無茶をした。
相対時間の操作によって、クウはほぼ停止した世界を行く。
カグラ=アカシックの魔手、そして四肢の全てを切り落とし、消滅エネルギーで消し去ったのだ。
「桐島ああああ!」
「分かってる!」
繋ぐのは聖剣エクスカリバーの使い手、セイジだ。
無抵抗状態となっているカグラ=アカシックの胸に黄金の刃を刺し込もうとする。莫大すぎる霊力が盾となって一瞬は阻まれるも、意思集積体にして勝利と最強の概念たるエクスカリバーを止めることはできない。
容易くその胸を貫き、魂を傷つけた。
「もう一押しいいっ!」
セイジは素早く抜き、今度は上から下に向かって切り裂こうとする。
だが、それよりも早く魔手が復活した。
避けきれない、と判断して防御へと移行しようとする。だが、そこに声が届いた。
「そのまま切ってください!」
それはリアの声。
未来の可能性を読み取り、都合の良い平行世界へと引きずり込む因果系能力者の言葉だ。セイジは躊躇うことなく、防御を捨てて攻撃した。
迫る魔手。
それらは偶然にも外れる。
「うおおおおおおおおお!」
エクスカリバーが振り下ろされる。
だが、それは復活したカグラ=アカシックの両腕に掴まれてしまった。白刃取りによって防がれ、セイジは動けなくなってしまう。
もうカグラ=アカシックはミレイナの糸も引き千切っており、攻撃は止まらない。
カグラ=アカシックは頭部をもぎ取られながらも未来を観測していたのだろう。この瞬間を狙っていたとばかりに神剣トゥリムでセイジを切り刻もうとしていた。
クウは咄嗟に「神眼」を発動し、リアに叫ぶ。
「リア!」
その呼びかけでリアは全てを察し、《時間転移》を発動した。
カグラ=アカシックの観測した確定未来によって回避不能となっていたはずだが、どういうわけかセイジは回避に成功する。いや、どういうわけか神剣トゥリムがセイジに当たらなかった。
クウが「虚数」と「理」と「意思支配」の概念によってカグラ=アカシックすら観測できない可能性を呼び出し、僅かな可能性を広げる。そんな未来の小さな可能性をリアが現実にしてしまうのだ。
これによって確定未来は覆された。
「はあああああああ!」
三度目となるエクスカリバーの攻撃。
しかし魔手を盾のようにして一瞬だけ防ぎ、その間にカグラ=アカシックの体は離れていく。またその反動を利用して瞬時にカルディアへと迫り、無数の魔手で襲いかかった。
あっと言う間すらなく、巨大な白い蛇は魔手で覆いつくされる。
そして「神」としての能力で時間の檻に干渉し、奪われていた頭部の情報次元を取り返した。
「調子に乗るなよ天使共があああああああ!」
紳士的な態度は一変し、怒りを露わにするカグラ=アカシック。その威容を示すかのように無限の魔手が襲いかかってきた。
自分の天使から奪いとった能力にもかかわらず見事に使いこなし、更には「神」の力で法則すら練り込まれている。魔手の一つ一つが世界にも匹敵する強度を得たのだ。
これによって容易くミレイナの世界侵食を打ち破り、破壊属性の結界を引き千切る。
カグラ=アカシックは怒りのままにミレイナを掴もうとするが、それをクウとリアが見逃さない。確定されたはずの未来を覆す二人の合わせ技、《幻界剥離》が発動する。
クウは「意思支配」によってカグラ=アカシックの観測できない「虚数」概念から、ミレイナが躱せた可能性を「理」の世界へと持ち込む。そうして生じた平行世界の可能性をリアが現実へと変えるのだ。
”よくぞ時間を稼いだなクウ。それにリア。我の準備も整ったぞ”
そしてここでファルバッサが世界侵食《王竜の庭園》を発動する。世界の法則を奪い、法則竜として具現化する能力だ。これによってファルバッサの領域内ではありとあらゆる法則が機能しなくなり、ファルバッサに奪われてしまう。
当然ながら魔手に付与された法則も全て剥ぎ取られて、無数の法則竜が誕生した。
だがファルバッサの役目はここまでだ。
世界侵食が意思力の侵食によって引き起こす事象である以上、格上の神にすら一定の効果を及ぼす。しかし直接攻撃という面ではやはり足りないのだ。
とはいえこれで「神」の特性を全て封じ込めることに成功する。後は未来予測と魔手に気を付けるのみ。
(これで少しは準備する時間が取れる)
ユナ、ミレイナ、セイジの三人は魔手を打ち払い、死力を尽くして戦っている。激しさを増すカグラ=アカシックの攻撃は物理的に空間を歪めるほど運動エネルギーを有していた。あれを捌くのは至難の業だろう。リア、ファルバッサ、ハルシオン、ネメア、カルディアもそんな三人のサポートを忘れない。
クウを信じて戦っているからだ。
故にそれに応えなければならない。
(俺の能力の……)
自分自身の魂へと目を向ける。
(本質は……)
その力の根源は、虚空神ゼノネイア。
異世界の魂でありながらクウは虚空神と適合する素質があった。
(虚空。それが俺の能力)
天使の力も、元を辿れば神へと辿り着く。半神でも同じことだ。
クウは虚空神ゼノネイアに見出され、加護を与えられた。
ならば力の本質は虚空にある。
文明神の天使であるメギドエルでさえ、過ぎた文明に対する破壊者としての力を得ていたのだから、神の司る概念は正しく継承されている。
虚空の概念は「無が存在する」ということにある。相反する概念が同時に存在するという状態だ。「虚数」などその象徴である。
神刀・虚月も例に漏れない。霊力を流して切ると透過し、鞘に納めることで斬撃が走る。この能力も切った状態と斬っていない状態が混在しているのだ。
「幻術、《虚空》」
全てを理解したクウは発動する。
視認した世界を歪める、権能の本質を。
そこはクウの夢であると同時に現実でもある。虚無と現実が交じり合った世界を生み出す。それが幻術の第五段階、『虚空』だ。
この世界においてはありとあらゆる現象が、クウの見た夢として処理されてしまう。現実でありながら全て夢となる。
したがって、クウが望めば非現実的で夢のようなことだって起こせる。
「召喚」
たとえば。
「出てこい、虚空神ゼノネイア」
神を呼びだすような、そんな夢のような出来事が。
タイトル回収





