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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
裏世界編
561/566

EP560 真の切り札

お盆休みなので投稿

このまま完結まで毎日やります


 神の域にある超越者でも意思次元を根源としていることに変わりはない。

 物理次元上に存在し、情報次元を通して情報を取得し、意思次元で思考する。そのため意思次元にダメージを受けると魂が崩壊する。幾ら情報次元が壊されても意思次元から補完することで再生できるのが超越者の強みの一つだが、意思次元へのダメージもやはり意思次元で保管しなければならない。ある程度は情報次元からも補強されるが、それは自身の霊力体の形などに関わるものでしかない。



「ぐっ……」



 故にカグラ=アカシックといえど大ダメージは免れなかった。

 しかし即死ではない。

 膨大な霊力を放出し、セイジを弾き飛ばす。更には仕返しとばかりに大重力で押し潰そうとした。エクスカリバーは砕けなかったが、セイジの霊力体は抗えずにその場で釘付けにされる。「抗体」のお蔭で潰されはしないし縛ることもできないはずだが、圧倒的霊力でセイジを動け無くしている。



(再演算)



 痛む魂に耐えながら再び未来予測を開始する。完璧な演算によって確定未来を導き出し、再び時空の各所へと仕掛ける。

 だが、それらは一瞬にして消し飛んだ。



「なっ……これは!」

「虚数化だ」



 カグラ=アカシックの代わりにクウが答えを示し、同時に右腕を切り飛ばす。本当は首を飛ばすつもりだったが、流石に回避してきた。



(馬鹿な。見えなかった)



 しかし驚かされたのは事実。

 確定していたはずの未来にはクウに斬られるという事象は存在しなかった。それにもかかわらず、首を飛ばされかけたのだ。

 それもそのはず。

 クウは権能【月蝕眼アカツキ】によって自らの存在を虚数化していたのだ。カグラ=アカシックが未来でその存在を知覚できないのは「虚数」によって計算が狂わされていたからである。



「まだ少し慣れないが……手早く決めさせてもらう」



 クウがそう宣言した瞬間、世界が闇に染まった。

 天上には満月が昇り、そして月は血のような深紅へと染まっていく。

 世界侵食イクセーザ《月界眼》が発動した。






 ◆◆◆






 メギドエルは巨人族の天使である。

 文明神に仕える唯一の超越者として、長く世界を調整してきた。しかし巨人族は知恵と生命力を与えられた存在であった。

 巨人族はやがて核融合エネルギーを操るようになり、それによって惑星上の全てを掌握した。次に巨人族は宇宙へと進出し、太陽を覆うように鏡を配置してそのエネルギーの全てを手にした。その後は太陽系からも進出し、銀河系の全てを掌握した。続いて銀河系の外をも制覇し、僅か千年の間に宇宙の全てを支配する種へと至った。

 巨人族は同一宇宙空間における転移を科学力によって再現し、完全な支配者となったのだ。

 メギドエルは彼らが誇らしかった。

 神が用意した箱庭の全てを支配したのだから当然だ。

 だが、やがて巨人族は野望を抱く。

 複数の宇宙を支配するという野望を。

 別宇宙へと移動するための転移法を科学によって編みだし、彼らは侵略を始めた。

 だが、巨人族はここで初めて挫折を味わった。

 神という絶対的な存在による妨害を知ってしまった。そして激しい戦いの末、巨人という種は虚数空間に閉じ込められた。

 メギドエルは屈辱を感じた。



「……終わったね」



 気を失っていたメギドエルはその声を聴いて目を覚ました。そして自身に置かれた状況を把握する。

 巨大な杭が胸を貫き、岩山のようなものに縫い付けられていた。また腕を動かそうとしたが肩や肘、そして手首にも同様の杭が打たれており、動くことができない。脚も同じであった。



「目を覚ましたかな?」



 そして目の前には自分を打ち負かした天使、リグレット。

 また上空ではいつでも術式を放てるように準備しているアリアがいる。他にはテスタが空間を隔離するために結界を張り、メロは瘴気の獣を具現化していつでもメギドエルを襲える位置に待機させていた。



(我は、負けたか)

「申し訳ないが、僕たちは君に本気を出させるほど余裕があるわけじゃないんだ。早々に決着を付けさせてもらったよ」



 メギドエルも戦いの流れを思い出す。

 初めは様子見と解析を兼ねて手加減した戦いを演じていた。だが突如としてリグレットが世界侵食イクセーザを発動し、鏡の回廊へと閉じ込めたのだ。そこからは脱出もできず、一方的に嬲られるだけとなった。

 その途中で雪崩のように術式が襲いかかり、そこからの記憶がない。

 権能【混沌バベル】ですら対処不可能なほどの術式に押し潰されたのだ。



「君を縛っている杭には鏡属性が付与されていてね。君が自身の固有情報次元の外へと放とうとした術式は全て跳ね返るようになっている。無駄な抵抗は止めて欲しい」



 動けないのはそれが理由か、と悟る。

 またよくよく確かめれば言葉を発することもできない。縛られているというのは間違いなかった。



(我が一族の受けた屈辱……それを返さなければならぬというのに)



 内心で唸るメギドエルは必死の抵抗を繰り返す。しかし術式を放とうにも封印によって跳ね返され、やはり動くことすらできない。

 リグレットは簡単に縛ったと語っていたが、超越者を縛ることは簡単ではない。よほど入念に準備をしていたのだろう。メギドエルの対策として前々から練っていたことは間違いない。そうだとすれば、解除するのも至難の業だ。

 アリアも抵抗するメギドエルを察知したのだろう。窘めるように告げる。



「無駄なことは止めて置け。お前には決して解けぬよう仕組んである。お前の権能を解析する時間はたっぷりあったからな」

(馬鹿な。我の権能は【混沌バベル】。情報次元を乱すこと。封印の解除は最も得意とする力であるというのに)

「お前の言いたいことは分かる。だがその権能は明確な弱点が存在する。乱数化は脅威だが、それは定義された領域内で必ず行われてきた。お前は観測した情報次元内でしか乱すことができない」



 それを言われてメギドエルは心の内で首を傾げる。

 アリアの語る言葉が超越者にとってごく当たり前のことだったからだ。如何に権能が強いといえど、観測の外にある事象を操ることはできない。メギドエルの「乱数」も観測できる数字をランダムに乱すことで術を破綻させている。

 また超越者は基本的にほぼ全ての事象を観測できるので、メギドエルの乱数化に限度はないのだ。例外といえるのが「虚数」の概念である。

 しかしアリアはそのような当たり前のことを言いたいのではなかった。彼女の代わりにリグレットが引き継いで説明する。



「君の情報次元を縛る術式。それを僕は単一の概念だけで構成したよ。そうだね……しいて言うならばゼロとイチだけで表現する電子機器よりもさらに単純なものかな。僕は術式をイチだけで構築した、と言えば分かってくれると思う。だから乱数化しても意味がないよ。絶対に君では破ることができない」



 すなわち、メギドエルはイチの壁に覆われているのだ。この壁は鏡属性であり、情報次元による観測情報をメギドエルへと渡さない役目を果たしている。

 権能【混沌バベル】を封じるためだけの役目しかない術式だが、有効だった。



(馬鹿な。そんなことが可能だというのか……)

「おや? 疑っている顔だね。僕も簡単にこれを作り上げたわけじゃないよ。だけど理論上は不可能じゃない。この世界だって単一最小単位である量子の組み合わせなんだ。だったら、僕だって単一概念の重ね合わせだけで術式を作れたって不思議じゃないだろ?」



 それはすなわち、リグレットが観測不可能な新しい法則世界を編み出したと言っているに等しい。いかに量子の組み合わせで世界を構築すると言っても、量子の重なりや組み合わせが生じた時点で乱数処理できるだけの下地ができてしまう。

 だが、彼はそうさせないよう既存とは異なる世界を編み出した。

 異界の法則、あるいは虚数的概念法則を一人で構築し、術式として昇華させたのだ。

 天才などという言葉で表すには生易しすぎる。神にも匹敵する所業だった。

 当然、この術式はメギドエルからすれば単一の概念で構成された意味の分からないものとしか映らない。よって観測できず、乱数化も通用しないというわけだ。



「君は戦いが終わるまで、ここで大人しくして置いてくれ」



 リグレットはそう言って封印術を重ね掛けする。

 この瞬間、表世界では事実上の決着となった。







 ◆◆◆







 《月界眼》はクウが初めに修得した世界侵食イクセーザだ。その力は観測によって望むがままに運命を作り出すというもの。

 その運命は意思力から生み出され、情報次元の流れだけでは矛盾が生じる。

 しかしカグラ=アカシックは意思力すら計算に入れて未来予測が可能だ。故に《月界眼》を使ったところで問題なく対処できる……はずだった。



「馬鹿な……全く見えない、だと?」



 しかし今、カグラ=アカシックという神はクウの動きを全く見ることができていなかった。そして天使翼が消えたクウの異変にも混乱していた。



(何が起こっている。私にはこんな未来など見えていなかった。未来が変わったからか? いや、だがそれでも観測できないとすれば……私以上の力を持つ神だけだ。まさか……)



 目の前の熾天使でしかなかった存在が自分以上の神に至った。

 そんな考えが一瞬だけ過る。

 だがそんなことはあり得ないと一蹴した。確かに神の力を降ろすという術式を使っているのは分かるが、それで神と同等になるわけではない。なぜなら天使という器で神の力を受け止めるのは困難であるからだ。コントロール可能な程度であれば天使レベルを多少強化した力に留まり、それ以上の絶大な力を望めば器となる魂が弾け飛んでしまうだろう。

 《神威》は画期的で素晴らしいとカグラ=アカシックも認める所だが、それはやはり天使クラスの中での話だ。神と戦うには足りない。

 そのはずなのだ。



(おかしい。何かがおかしい。私が見逃していたというのか? 未来を、観測し損ねたというのか!?)



 八千年の彼方を見通していたカグラ=アカシック……いやかつての文明神アカシックにとってこれは予想外のことであった。

 物理次元上でクウ・アカツキという存在は実在する。

 しかし未来においてその痕跡を見ることはできない。

 何か、カグラ=アカシックの知らない何かが起こっていた。

 だが彼はここで動揺してはいけなかったのだ。クウが世界侵食イクセーザを発動した時点で未来へと対処法を求めるのではなく、その場で何かの対応をしなければならなかった。



運命改変プログラム完了。霊力も充分」



 クウは一言、そう告げる。

 そして神刀・虚月の柄を握り、居合の構えを取る。

 準備は整った。

 神を殺すための準備・・たる《神威》も無事に発動した。残るは神を殺す・・ために考えていた切り札を切る時。

 空中を踏み込む。

 半神であり超越者であるクウにとって、空中であろうと地面と変わらぬ踏み込みは難しくない。それよりも、ただ目の前にあるへと集中していた。



「っ!」



 ギロリという効果音が聞こえてきそうな眼力が、クウの右目から放たれる。その「神眼」は物理次元を睨み、情報次元を見通し、意思次元を見透かし、そして虚数次元すら見通す。

 今、クウには限定的な運命が見えていた。

 未来ではない。

 そんな不確定なものではなく、確定した運命が見えていた。

 踏み込みと同時にカグラ=アカシックの懐へと飛び込み、刀を抜き放つ。

 左右から二人のクウが。



「まず一つ、《双刻そうこく》」



 運命の二重化。

 あり得るはずだった運命の二つ同時に実現する。《月界眼》によって運命を分かち、同時に同じ世界線で実現するのがこの《双刻》だ。

 一人のクウを、二つの運命に分ける。

 また、あくまでもその二つはあり得た可能性であり、確定した現実ではない。故に何者であろうとも今のクウにダメージを与えることはできないのだ。

 神刀に付与された意思次元攻撃がカグラ=アカシックの魂を切り裂く。



「ぐっ、おぉ……」



 走る魂への痛み。

 しかしエクスカリバーほどのダメージではない。膨大な霊力で軽減できる。神に近い出力を出せるとはいえ、クウは神を超えたわけではないのだ。



(まだ、まだだ……)



 だが次の瞬間、カグラ=アカシックは目を見開いて動揺した。

 二つの運命に分かたれ、同時に実現していたクウという存在。それがまた分かれた。二人がそれぞれ、また二つの運命……いや可能性へと別れる。

 四人のクウが一斉にカグラ=アカシックを切った。



「《四獣門しじゅうもん》」



 まだ終わらない。

 二つが四つに。ならば四つは八つになる。



「《八重桜やえざくら》」



 あくまでもクウは可能性の存在。

 別たれた運命がそれぞれの世界線でありえたはずの攻撃をしているに過ぎない。本来ならば一人に対して同時に八人が攻撃するなど同士討ちを誘発するだけだが、クウ同士は干渉しないのでその心配もない。

 故にさらに増えても問題ない。



「《十六夜いざよい》!」



 十六人のクウによる同時意思次元攻撃。

 それが完全にカグラ=アカシックを切り裂いた。

 《双刻そうこく》《四獣門しじゅうもん》《八重桜やえざくら》《十六夜いざよい》と連続して放つ意思次元三十連撃。それがクウの想定していた真の切り札だった。

 《月界眼》によって自らの動きをプログラムし、また同時に別世界線の可能性すら導き出す。どれか一つだけを選ぶなどというチャチな真似はしない。可能性を全て引きずり出す。以前のクウでは霊力不足と権能の力不足から《双刻》を発動するだけで精一杯だった。しかし今は虚数次元から降り注ぐ一瞬たりとも尽きることがない霊力と受け止めるだけの器がある。

 今、カグラ=アカシックの魂はボロボロになっていた。



「あ、が……ぐっ……」



 それでも滅びないのは、流石に神というべきか。

 天使クラスの超越者ならば十回殺してもおつりがくるほどの攻撃だったにもかかわらず、カグラ=アカシックはただ莫大な霊力差によって大ダメージへと抑え込んだ。

 呻く神の目の前で、クウは静かに重なっていく。

 別たれた運命が一つに戻ったのだ。いや、収束したのだ。



「この状態でも《十六夜》までが限界、か」



 刀を鞘に納めつつ、そう呟く。

 もはやカグラ=アカシックは限界。霊力も不安定で、霊力体も所々崩れている。あともう一度でも意思次元攻撃を与えれば殺せるのは間違いない。

 だが……



「ぐっ、痛っ」



 クウも限界であった。

 痛むのは「神眼」となった右目である。強い力を使いすぎた反動が襲ってきたのだ。ただでさえ、複数の運命を重ね合わせるという荒業なのだ。

 また意思次元攻撃を連続して発動するということも負担となった。

 互いにもう力はない。

 だがこの二人には大きな違いがある。



「後は任せて!」



 ユナが《神血裂かみちぎり》を放つ。



「とどめは私がもらっていく!」



 ミレイナは《爆竜息吹ドラグ・ノヴァ》を全力で放つ。



「見えましたよ。未来が!」



 リアは《時間転移タイム・シーフ》で決して外さない。



「終わりにする!」



 セイジはエクスカリバーを掲げ、オーラと霊力の全てを注ぎ込む。



”決して逃がさんぞ”



 ファルバッサは法則の支配によって空間移動を禁止した。



”霊力一つ残さんぞ! かつて俺の仲間を滅ぼしてくれた礼だ。消し飛ばしてくれる”



 ハルシオンが吼えながら電撃を溜めた。



”ウチの能力で攻撃を毒属性に変えた。もう逃げられへんよ”



 九尾化したネメアは権能によって全員の攻撃を毒化させる。



”全ての攻撃を留めます。全力攻撃をしてください”



 カルディアは時間の檻を作ることで、全員の攻撃が拡散することなく全て敵に注がれるようにした。



「これで終わりだ」



 クウはそう告げて自らの霊力体を虚数化した。

 これによってカグラ=アカシックの側にいながら味方からの攻撃は受け付けない。八体の超越者の一斉攻撃が、カグラ=アカシックだけに注がれた。






 

以前クラゲに使った《双刻》の完成がこれです。力が足りるならば連撃に上限はありません。なので切り札になり得ました。これを使うためには《月界眼》で運命をプログラムする必要があり、充分なプログラムをするためには《神威》が必須というわけです。


ちょっとあっさりですが、そろそろ決着

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― 新着の感想 ―
[一言] 燕返しかな?
[一言] アカシックは劣化バッハだが、半神クウは真バッハになれるということか…… 権能の性能でも負けるとは哀れな神だ、アカシック…
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