EP558 希望の数②
未来を読むというのは超越者でも難しい。
ただ物理現象を計算して予測するだけならば問題なく可能だが、そこに運命が絡むと不可思議に変化していくのだ。意思力は運命を招き寄せ、奇跡を引き起こす。ゆえに予測は難しく、あくまでもいくつかの可能性として未来が見えるのが普通だ。
「それも知っているよ」
だがカグラ=アカシックは違う。
その運命すらも読み解き、確定した一つの未来を観測している。クウが《神象眼》で引き寄せた新しい可能性すら読まれており、先に対処されていた。
時間が止まってもその直後に解除される。
未来から飛んでくる必中の攻撃すら回避する。
絶対破壊の必殺すら無効化の対策が講じられている。
そして最強の聖剣は当たらない。
「くーちゃん、全然手数が足りてないよ」
「いや、それ以前の問題のような気もするけどな」
「ハルちゃんたちを召喚しない?」
「……そうだな」
クウとしてはもう少しカグラ=アカシックの能力を見ておきたかったが、現状ではこれ以上の力を引き出すこともできない。過去に仕込まれたらしい術だけで対処されているほどだ。
手数を増やすためにも召喚するのは吝かではない。
それすら読まれているだろうという予想もあるが、出し惜しみしても仕方がないだろう。クウ、ユナ、リア、ミレイナは手の甲にある魔法陣を発動させる。同じ加護を有する神獣を呼び出すこの術式により、この空間に新しい超越者が四体現れる。
白銀に輝く竜、ファルバッサ。
雷撃と共に現れた獅子、ハルシオン。
時空を歪ませる蛇、カルディア。
九つの尾を揺らす美女、ネメア。
神獣は現われるや否や、即座に解析を実行して状況を把握する。
”我らの出番、というわけか”
「そろそろこちらから仕掛けたい。時間稼ぎを頼むぞ」
”ほう。倒せ、とは言わぬのだな?”
「できないことをやらせるつもりはない」
クウはあえて無謀を要求しなかった。どうせなら倒してしまえとでも言うのが信頼というものだろう。しかしカグラ=アカシックという未来を見通す相手にそれは無理がある。時間稼ぎですら不可能かもしれないのだから。
早速とばかりに、カルディアが時の環を発動させる。
特定時間を繋げることでループさせる時間稼ぎの術であり、この場では最適解だ。通常、未来視の能力は条件から未来を予測しているので、その予測は関数に依存している。そのため、特定時間の未来は予測できてもそれがループされていることは察することができない。しかしカグラ=アカシックの権能は、権能による時間の歪みやループすらも計算できる。
すでに対策は打っていた。
「ふむ。そろそろ時空が入り乱れてくる頃合いか」
時間の環に囚われていたはずのカグラ=アカシックは、時間転移によって脱出する。時間軸の移動はリアの特権というわけではない。さすがに運命を引きずり寄せるような異色の能力ではなく、単純に観測した未来や過去へと時間的に移動するというだけだ。
カグラ=アカシックの権能は一つの未来を観測によって確定させるというのが本質に近く、そう言った意味ではパラレルワールドを操るリアとは真逆となる。
”では俺は攻めるとしよう!”
「それならウチも本気出すで」
ハルシオンは無数の雷撃を網目のように張り巡らせ、カグラ=アカシックの行動範囲を狭めていく。たとえ未来を読めていたとしても、回避も防御もさせなければ良いだけの話だ。ついでとばかりにネメアも雷撃に干渉し、それを毒素に変換する。
毒の雷という異質な法則へと変質したその空間に逃げ場はない。
攻撃から免れるのは味方だけだ。
だが、やはり備えがあるというのはそれだけで脅威となる。カグラ=アカシックは毒の雷撃の中ですら平然としていた。
「ポテンシャル障壁で絶縁性を上げれば雷は怖くないよ。毒も過去に解析して免疫を付けている。無駄だったね」
「それならこれはどうや?」
ネメアは即死の毒、《冥王の死宝》を放つ。情報次元を確実に殺す毒だ。耐性など関係ない。クウの消滅エネルギーに近いものであるため、カグラ=アカシックでも防ぐ方法はない。
さらにはカルディアが《時間点消滅》を発動して未来や過去に逃れる手段を防ぎ、リアも補助した。空間的な回避場所はハルシオンが《無極》を使う。
この《無極》は空間全てを電子に変換し、収束するというものだ。つまり情報次元を電子情報に変換することでデータにしてしまう。データはハルシオンというOSによって運営され、その外に出ることができなくなる。
これによって時間と空間の両面で閉じ込めることに成功した。
回避する場所はない。
そこに必殺の《冥王の死宝》が放たれる。死の毒を凝縮したことで超越者すら侵す。当然、霊力差のあるカグラ=アカシックにも通用する概念だ。
「超越者がよくここまで連携できるものだ」
だがカグラ=アカシックは呆れたような、そして感心したような態度で言葉を漏らすのみ。全く慌てる様子もなく、回避する様子もない。
ただ手を伸ばし、《冥王の死宝》を掴み取った。
その瞬間、死の毒によってカグラ=アカシックの手が消滅する。しかしすぐに再生した。
「忘れているのかな? 私は超越者だ。この程度の攻撃で死ぬわけではないよ。避けきれないなら、身体の一部で相殺すればいい」
意思力さえあれば霊力体は無限に再生できる。
カグラ=アカシックは手で《冥王の死宝》を掴み取った瞬間、意図的に切り離すことで片手だけに毒の侵食を留めたのだ。ネメアの毒は消滅エネルギーと異なり、侵食する。そのため、事前にこのタイミングで霊力体を切り離すように設定してあった。
だが、充分な時間稼ぎにはなった。
”我の攻撃ならばどうだ!”
竜の神獣たるファルバッサは、この隙を使って力を溜めていた。
発動するのは切り札の一つ《神・竜息吹》だ。彼の権能【理想郷】は領域内に法則を強制する。その領域を竜の吐息にすべて織り込み、解き放つ最強の一撃だ。時空すら超越する《神・竜息吹》に速度の限界はなく、光の速さすら飛び越えて必中する。本来は発動さえしてしまえば回避も防御も不可能な攻撃だ。
だがカグラ=アカシックを警戒し、時間稼ぎと隙づくりをさせた。
解き放たれる白銀の閃光が時空を歪ませる。
たとえ超越神であっても霊力体を滅ぼし尽くすだけの威力があったはずだ。
余剰エネルギーが虚数空間へと消えていき、やがて元の空間に戻る。そこにカグラ=アカシックの姿は存在しなかった。
”これで終わったか?”
”油断するなハルシオン。あの程度で勝てるわけがなかろう。我としては複雑な気分だがな”
”しかし私とリアで完全に時環の檻に捕らえていました。少なくとも回避はできなかったと思います”
時と空間を司るカルディアは感知範囲を広げ、カグラ=アカシックを探る。
相手は「神」という特性を有する存在だ。その力は権能がなくとも全能たりえるだけの力がある。「神」はあらゆる法則と現象を支配する。未来確定能力と組み合わさると何が起こるか分からない。
突如として空間が割れ、そこからぬっと腕が現れた。そして割れた空間からカグラ=アカシックが全身をこちら側へとやってくる。
「やれやれ。相殺するのも一苦労だよ」
”何だと! あれは別空間に隠れても当たるはず……”
「確かによくできた術だよドラゴン君。しかし私は神だ。法則の支配者なのだよ。あらかじめ分かっていれば、全ての法則を相殺させることは容易い。あとは単純な霊力による攻撃を別空間に逃れて避けるだけだ。時空間制限も充分な時間があれば解除式を見つけられる」
確かに理論上は可能だが、とても常識的とは思えない話だ。いや、超越者に常識も何もないのだが、それでも神という圧倒的上位者の存在を知らしめられた。
カグラ=アカシックは遊んでいる。
希望を一つ一つ手折り、絶望させようと企んでいる。
勿論、その方法は超越者に対して有効だった。特に新しい超越者にとっては。
「勝てるわけがない……」
セイジは呟く。
天使たち、神獣たちの猛攻は凄まじいものだった。同じ超越者であっても理解しきれないほどの絶大な攻撃であり、これをセイジが受けていれば霊力体を幾度も消滅させられていたと確信できる。
だがカグラ=アカシックはほぼ無傷だ。
そして余裕もある。
これまでも勝てるビジョンが浮かばない戦いは経験してきたが、ここまで酷いのは初めてだった。
(神を殺す剣……僕にそれが作れるのか?)
たとえばエクスカリバー。これは最強と勝利という概念に縛られた、ある意味で呪いの剣だ。その名に宿った最強の概念は地球という世界の人々によって支えられており、いわば意思力集積体である。最強の概念を以て神を殺すことができる可能性を秘めている。
同じようにセイジは神殺しの伝承を持つ剣を幾つか知っている。
しかしやはり剣でしかなく、当てられるという自信はない。
(どうすればいい。僕の役目は……)
カグラ=アカシックは天使と神獣を相手に余裕である。そこにセイジが入り込む隙すらない。
これでは戦いについてきた意味がない。
力のなさを嘆くしかなかった。
(僕は……理子と絵里香を守らないといけないのに)
必ず守り、元の世界に戻すと誓った幼馴染の顔が脳裏を過る。
(まだ、諦めるわけにはいかない)
セイジは決意する。
戦いの中に飛び込み、時間稼ぎでも何でもすることを。幸いにもセイジの権能【破邪覇王】の能力は時間稼ぎにも向いている。特性「抗体」により徐々に無敵となってくセイジならば、意思が折れない限り戦い続けることができる。
術が入り乱れる中に飛び込んでも戦える。
そう考え、踏み込もうとした。
だがそんな彼は肩を掴まれ、止められる。
「待て」
セイジを止めたのは戦いに参加していないクウだった。
「放してくれ。僕は行くと決めたんだ」
「いや、お前には別の役目がある」
「……僕には耐性がある。前に出て戦う意外に役目があるというのか?」
「これを託す」
クウは虚空リングから神刀・虚月を取り出し、セイジに差し出した。
虚空神ゼノネイアに与えられた超越者専用装備であり、簡単に預けられるようなものではないはずだ。しかし勝つためには必要と考え、セイジに預けることにした。
勿論、ただこれを使って戦えということではない。
「これとエクスカリバーを融合させてほしい」
「融合、だって?」
「完全融合の必要はない。そこまで期待していない。ただ一度でも虚月でエクスカリバーの力が使えるようにしてくれたらいい」
「つまりは付与ってこと?」
「悪いが頼むぞ」
クウの眼は真剣だった。
勝つために必要だと考えての行動であり、セイジにしかできないから頼んだ。
「分かった」
セイジは神刀・虚月を受け取り、「神剣創造」によりエクスカリバーと融合を始める。莫大な意思集積体を形質化するのではなく、神刀へと纏わせていく。神の力の一部である神刀に意思集積体を融合させ、一時的ではあるが神の剣を強化してみせた。
「神剣創造」という破格の特性を持つが故の力だ。
一方でクウも準備を始める。
(やはり完全な《神威》が必要か)
ユナ、リア、ミレイナ、ファルバッサ、ハルシオン、カルディア、ネメアで同時に攻撃しているにもかかわらず、カグラ=アカシックには攻撃すら当たらない。これで相手が超越者でなければまだ希望はあったが、必死の連携で負わせた傷も再生されてしまうのではきりがない。
そんな中で唯一の希望が《神威》だ。
虚空神ゼノネイアの力を降ろすことでカグラ=アカシックにも対抗できるはずだ。圧倒的な霊力差ゆえに全て読まれていたが、同格の力があればその読みすら外すことができる。
これがクウの考える希望だった。
ただし、完全な《神威》を扱うには熾天使という器は小さすぎる。元から自身の権能も抱えている上に強大な神の力を降ろすのだから当然だ。そのために器として選んだのが神刀である。
(エクスカリバーと融合すれば、多少は扱いやすくなるはず)
深呼吸し、精神を整える。
そして言霊による詠唱を始めた。





