EP557 希望の数①
超越者同士の戦いにも様子見はある。
だがそれは普通の戦いとは別の意図でされるものだ。
通常の戦いではあらゆる面で限界が存在する。気力も体力も限りがある。その限られたものを使い、必要な布石を打って戦わなければ勝利はない。適当に戦っても勝てるのは圧倒的な実力差が存在するときだけだ。だから実力が拮抗している時は様子見によって相手を図りつつ戦う。
一方で超越者の戦いにおいては相手の能力を解析することに全ての力を注ぐ。敵の能力を理解すれば権能によりその対策が可能となり、封殺できる。
「どうだ、リア?」
「色々な未来が見えます。ですが……」
「全部対策されている、か?」
「はい。未来予知では上回られています」
カグラ=アカシックは未来を読む。
それは文明神の頃から変わらず、光神シンの力を取り込むことで長所を伸ばした。完璧な演算による全ての運命の計算こそ、カグラ=アカシックの能力だ。そして特異点において布石を打ち、望む運命を引き寄せる。また全ての運命において対処することも可能だ。
この神には未来が見えている。
リアの時間転移を駆使しても、全ての未来で先に対処されている。
「ふむ、今君たちが非常に困っているのも既に見たことだ。この瞬間のために過去において全ての布石を打っておいた。君たちの勝ち目を消すために。たとえ小数点の彼方に見える奇跡であろうとも、私はそれを潰しておいた」
どれだけ努力しても、対策しても、死力を尽くしても、カグラ=アカシックはそれを読んでいる。そして訪れた未来で彼は語るのだ。
お疲れ様、知っていたよ。その未来は潰しておいた。
「さぁ、君たちはどうする。どう動く?」
試すようにして神は語る。
あらゆる想定が予測されているというのは非常に動きにくい。まずクウとリアは下がる。代わりにセイジとミレイナが前に出て、ユナは神剣メルトリムノヴァを取り出した。
超越神に対する攻撃はセイジの持つエクスカリバーが有効だと思われる。この布陣は初めから決まっていたものだ。だがあくまでもエクスカリバーは剣であり、それを当てるには連携が必要となる。そのためにミレイナとユナがいて、後ろにクウとリアが控えている。
(元はといえば、利用するために桐島を召喚したのがこいつらだったか)
クウはふとそんなことを思う。
元々、勇者の召喚は表世界と裏世界の間に穴を開けるためだ。それらしい理由で召喚を行わせ、本当の目的を果たした後は放置だった。
しかしその勇者が全ての元凶の前に立ち、ダメージを与えうる脅威となっている。
実に皮肉だ。
「桐島、やることは分かっているな?」
「うん。僕に任せてくれ」
セイジは超越者には不要な深呼吸で気持ちを整える。人としての感覚が残っているからだろう。だが意思が力の方向性となる以上、全くの無意味というわけでもない。
事実、セイジは緊張から僅かに解放された。
一方でクウは《神象眼》を全力開放し、リアも《時間転移》を待機させる。
この間にユナとミレイナが仕掛けた。
「ミレイナちゃん!」
「ああ。任せるのだ!」
ミレイナは気に権能を混ぜ込み、破壊の性質を融合させる。またそれを魔素を混ぜ込むことで繋ぎとした。
そして「波動」の能力により魔素を収束させ、破壊属性の糸を無数に生み出す。破壊の糸はあっというまにカグラ=アカシックの周囲を囲み、四方八方から襲いかかった。だがその瞬間にカグラ=アカシックはその場から消失し、少し離れた位置に出現する。
しかしその背後には既にユナが回り込んでいた。
カグラ=アカシックは振り下ろされるメルトリムノヴァを振り返ることなく片手で逸らし、追撃として迫っていた破壊糸を気で弾く。
下方からはユナが予め放っておいた武器の一斉掃射が迫っている。また破壊糸も回り込むようにしてカグラ=アカシックを捕えようとしている。更には前方からはミレイナが《竜の牙》を、後方からはユナがメルトリムノヴァを使った《神血裂》を放とうとしていた。
全方位から攻撃され、逃げる空間など存在しない。
そのはずだ。
しかしカグラ=アカシックは余裕を崩さなかった。
「甘いね」
全ての攻撃が炸裂する寸前、彼はそう口にした。
またそれを言い終わると同時にその場から消失しており、ユナのすぐ隣に移動している。そのまま軽く叩くような動作でユナを攻撃する。勿論彼女は反射で回避したが、どういうわけかその先でカグラ=アカシックが待っていた。
そして叩くような動作で今度こそユナを弾き飛ばす。
援護でミレイナが攻撃に移ったが、カグラ=アカシックは霊力差によって軽く受け止めた。
一連の流れを見ていたクウとリアは考察していく。
「見えたか?」
「はい。過去座標への移動です。おそらくはマーキング式かと」
「それが仕込みってことか」
まずはカグラ=アカシックの能力を考察する必要がある。
まだその能力が未来視であることしか分かっていないからだ。権能【法理真典録】については既に解析済みで、ある程度の能力予測もしていた。
「過去座標移動は「理支配」と「時空間支配」の応用だな。未来を見て、その時点に転移を仕込めばいい」
「やはり私たちの動き……いえ、この戦いの全てとその行く末を観測済みということですか?」
「中々に絶望的だな。想像以上だ」
過去の時点で未来に術式を仕込んでいることから、直接攻撃は絶対に当たらない。セイジのエクスカリバーも触れることすらできないだろう。
「仕込みも回避用の転移だけとは思えない」
権能の特性「理支配」は勿論、種族特性の「神」も万能性が高い。あらゆる物事に干渉できるため、こういった『仕込み』とは相性抜群だ。複数の『仕込み』を効果的に組み合わせ、追い詰める。リグレットの戦い方に近いだろう。
この予測は実に正しかった。
「その通り」
答えは二人の背後からもたらされる。
仕込み転移で移動されたと察したクウは、振り返ることなく背後に消滅エネルギーを放射した。赤黒い光が空間を一掃する。情報次元をゼロに変化させる消滅属性は実に扱いやすい。反射などの能力を考慮する必要がないからだ。その分だけ扱いも難しく、応用させた使い方は困難を極める。しかしただ集めて放射するだけならほぼノータイムで可能だ。
ただ、すでに予測済みだったカグラ=アカシックは回避した後だった。
その回避先には既にミレイナが回り込んでおり、世界侵食を発動させる。
「捕らえたぞ!」
広がる破壊の空間にカグラ=アカシックを閉じ込めた。この瞬間、仕込まれていた術式も問答無用で消滅してしまう。
ミレイナの権能【葬無三頭竜】は破壊の拡散こそ本質。
その本質である拡散によって高濃度の破壊と崩壊の波動を空間中に満たし、結界によって閉じ込めた。あとは「波動」の収束で必中必殺の糸を無数に生み出し、攻撃するだけだ。
カグラ=アカシックであろうとも逃れられない。
そのはずだ。
だが彼は笑っていた。
「知っていたよ」
中位神格に相当するカグラ=アカシックの霊力は天使クラスの千倍に相当する。魂の格が違いすぎる。ゆえに世界侵食であろうと問答無用で叩き潰せる霊力がある。
ミレイナの展開した世界侵食《竜腹結界》は圧倒的な霊力で叩き潰された。ただ放出された霊力がミレイナの権能を押し流したのだ。
「やはりこれに限るね」
たとえ千倍もの差があろうと、クウたちとて超越者だ。それを叩きつけるだけでは倒せない。しかし天使クラスの術式など、これだけで潰せる。
「ならこれでどうだ!」
即座にクウは《熾神時間》を発動する。これは時間停止とことなり、意思次元上の相対時間を操作する。
つまり未来を完全予測していたとしても分かるはずがないのだ。なぜなら、カグラ=アカシックの視点では認識不可能なほど僅かな瞬間しか発動しないのだから。
クウにとっての十秒は、カグラ=アカシックにとっての百万分の一秒となる。その気になれば倍率は変更可能であり、この時のクウは時間相対倍率百億倍で体感一秒のみ発動した。
ほぼ停止した世界で神刀・虚月を手にカグラ=アカシックの目の前まで移動する。そのまま滅多切りにしようとしたが、その攻撃は全てすり抜けた。
そして相対時間が元に戻る。
「君の斬撃に合わせて私の霊力体が部分空洞化するように設定しておいたよ」
「くっ!」
つまりカグラ=アカシックは刃がその霊力体を通過するタイミングで霊力体を弄り、刀が通る部分に穴が開いている状態にした。この穴を連続的に変化させることで斬撃はすり抜けたのだ。
わざわざこんなことをせずとも、タイミングを合わせて転移すれば回避は容易い。だがあえてそれをせず、絶望を煽った。
「言ったはずだよ。私は君たちの全てを知っていると」
過去に開発した術、そしてこの戦いで生み出す術すらもカグラ=アカシックは知っている。そしてあらかじめ対応策を設置している。
勝利のヴィジョンがまるで浮かばない。
一方でカグラ=アカシックはクウたちに倒されることはないため、適切に戦い、絶望を与え、心を折れば勝利となる。
「私を倒せばなんとかなる。そんな希望を抱いていたかな?」
子供を諭すように、優しく語る。
「君たちに希望はない。私が既に潰しておいた」
カグラ=アカシックは徐々に霊力を強めていく。
「君たちの考えてきた手札はそのまま希望の数だ。しかしその希望は初めから存在しなかったということを教えてあげよう。一つずつ、心を込めて出すといい」
クウは《神象眼》を発動する。
ユナは《神血裂》を放つ。
リアは《時間停止》で支援する。
ミレイナは《竜の牙》で攻撃する。
セイジはエクスカリバーを高く掲げ、霊力を刀身に注ぎ込む。
だが惑星すら消滅しうる攻撃を前にしても、カグラ=アカシックは笑みを崩さなかった。
「全て無意味だということを示そう」
その額にある第三の眼が、怪しく輝いた。
劣化ユーハバッハになってしまった





