EP555 道しるべ
エーデ・スヴァル・ベラの消滅に伴い、その創造世界も消えていく。いや、創造の想像が自己崩壊の想像に置き換えられていることによるものだ。この世界はエーデ・スヴァル・ベラの想像によって維持されているため、それが止まれば必然的に崩壊する。
そんな中、クウは意思次元ベクトルを選り分け、目的のものを手に入れていた。
「これで……最後だ」
カグラ=アカシックへと通ずる道しるべ。
すなわち加護の欠片である。
倒すべき神が座する場所は、この道しるべを利用することで辿り着ける。仕組みとしては天使たちが神界を開くのと同じだ。空間系能力を有するリアと合流し、この道しるべを混ぜ込んで転移すれば目的地へと辿り着くはずである。
「助かったぞベリアル」
「私は仕事をしただけよ。もう瘴気も充分みたいだし」
ベリアルの死の瘴気で滅ぼさずとも、この世界は消えつつある。それに後はカグラ=アカシックを倒すだけだ。全力で臨む必要がある以上、ベリアルはこの先出番もない。
クウが魔神剣を虚空リングに仕舞うと、同時にベリアルも消失した。
◆◆◆
大量の超越者による乱戦状態にある裏世界はもはや法則が崩壊していた。
熱、電磁気、重力といった分かりやすい法則は勿論、破裂、捻じれ、圧縮といった現象、そして超越者たちの剥き出しの意思が世界を塗り潰し続ける。
絶対的な強者にして支配者。
その支配者たちが宇宙を求めて争う。
これが今の裏世界だ。いや、神という絶対者の管理から外れてしまった世界の末路だ。
「朱月さん! これを!」
この荒れ果てた世界を切り裂く剣。
勝利の概念に縛られた聖剣が煌々と光を放つ。
セイジが生み出したこの剣はユナへと渡り、そして「武器庫」へと収納された。武器であるならば貯蔵して無制限に増殖可能とするのがユナである。
ただ、意思力の集積体である聖剣エクスカリバーは、普通の情報次元で構成された武器とは異なる。存在そのものが一定の意思を含んだ権能に近いものである。そのため、ユナの権能によるコピーは難しい。しかし効果を一回分に限定してしまえば、劣化コピーという形式にはなるが増殖可能だ。
そしてユナの「武器庫」から放出されるエクスカリバーは、たった一度の効果があるだけで充分。
「解放!」
全方向に向けて、勝利の概念が放射される。
勝利とはある意味で否定である。この宇宙を支配せんと目論むあらゆる概念を勝利によって否定し、消滅させる。
使い捨てエクスカリバーという非常に贅沢な戦い方だ。
しかし効果は抜群である。
あらゆる概念を切り裂き、捻じ伏せ、吹き飛ばす。ユナを中心として一定空間の超越者たちが一時的に消滅させられた。十の二十乗オーダーにまで増殖させられたエクスカリバーが周囲一帯を征服する。
「リアちゃん! ミレイナちゃんは見つかったの!?」
「まだです。かなり遠くにいるのかもしれません」
「じゃあもう一回行くね!」
ユナはそう言って再び全方向へとエクスカリバーを放射する。黄金の剣が四方八方に飛んでいく。
こうして「武器庫」による雑な攻撃を繰り返すのは、単に範囲攻撃をするためだけではない。一定領域の概念を捻じ伏せることで、ミレイナの居場所を感知するという目的がある。リアが感知に成功すれば、強制転移でミレイナを連れ戻すことも可能だ。
しかしこれだけ空白の世界を生み出してもミレイナを感じ取ることはできない。
最悪は彼女を巻き込んでしまっても良いという超越者の不死性を利用した粗っぽい捜索だが、なりふり構っていられる状況ではないのだ。
再び放たれた聖剣の征服はより広い範囲を捻じ伏せる。
瞬時に無量大数をも超える使い捨てエクスカリバーが放出される時点で本来の使い手を越えている。強大な個を相手にする場合には不足だが、広範囲を一掃するだけならユナの方が強い。黄金が嵐の如く宇宙を一掃する様を見せられ、本来の使い手であるセイジは死んだ目になっていたが。
そしてこの瞬間、空間が歪む。
いや、どちらかといえばこの裏世界の宇宙空間が侵食しているようにも見える。
すなわちエーデ・スヴァル・ベラの世界を『世界の情報』が修正したのだ。勿論、その中に囚われていたクウも現れる。
「戻ったぞ。カグラ=アカシックの居場所も分かった」
「おかえり! まだミレイナちゃんと合流できていなくて」
「分かった。俺が探す」
「できるの?」
「色々あってな」
クウは権能を発動し、ミレイナを捜索する。
進化した【魔幻朧月夜】は「意思支配」によって意思次元へと深く踏み込むことが可能となった。意思次元ベクトルの解析と操作が以前よりも上手くなっているので、「魔眼」を通じてミレイナの特徴的な意思次元を探索することも可能となった。
意思次元ベクトルは物理距離によって減衰するものではないため、観測できる空間にいれば宇宙の端から端ほど離れていても知覚できる。
「見つけた。リア」
「はい」
意思次元の流れからミレイナを見つけ出し、その座標を幻術でリアへと直接送り込む。座標そのものは情報次元だが、情報次元を動かすのは意思次元だ。幻覚の応用で、目を向けるだけでどんなややこしい情報も伝えることができる。
例えば今回のように広大な宇宙、そして超越者の猛威によって常に世界が歪むこの世界で言葉による座標の伝達は不可能に近い。これも意思次元への干渉の利点だ。
ミレイナの居場所を理解したリアは、転移の術式にそのまま代入する。
するとすぐ目の前にミレイナが現れた。
「む? いつの間に近くまで来ていたのだ?」
「私が転移で戻しました。生きていてよかったです」
「ふふん。私も一体倒したのだぞ!」
自慢げなミレイナにリアやユナは驚く。
クウが簡単に超越者を倒しているせいで勘違いしそうになるが、超越者は実質不死身だ。心を折るほどに追い詰め、生きることを諦めさせなければならないからである。圧倒的な力と自信を持つ超越者に絶対的な敗北を刻み付けることができたという意味で、ミレイナはクウを越えている。
事実、ミレイナは開発したての世界侵食によって圧倒的な破壊速度を生み出し、超越者の再生力すら削り切った。純粋な攻撃力だけならアリアの《背理法》にも匹敵するか、上回ることだろう。
これからカグラ=アカシックとも戦うので、心強い限りだった。
「さて、本命といくか」
クウは手元に鍵を生み出す。
裏世界の超越者たちを複数討伐したことで、その加護から逆算した道しるべを作り出した。超越者が滅びる際に消えていく意思次元から加護に属するベクトルを選り分け、組み立てたものだ。ただし実体としては情報次元を持っているので、こうして具現化することもできる。
この鍵を元にリアが転移を発動すれば、カグラ=アカシックの下へ跳ぶことができる。
「いよいよ、だね」
ユナは感慨深そうに呟く。
この世界に召喚され、魔王軍の幹部となり、超越者となってここまで来た。およそ二年の出来事とは思えないほどに濃密な期間を過ごしている。その最後を締めくくる時が来たのだ。
「ふん。私がすぐに倒してやる」
強さを求めたミレイナは、その願いの通り強くなった。
かつての無茶苦茶で無鉄砲なところは多少マシになっており、必要なことを見極めるということも身に着けた。また意思力の強さも天使たちの中で最高クラスである。元から負けず嫌いなところもあるため、彼女が消滅するところは想像もできない。
「絶対に生きて帰る。二人のために」
勇者セイジ。そう望まれて異世界に呼ばれた。
だがその在り方、力、そして世界の真実に悩んだ少年でもある。召喚された者の中では一番成長したのがセイジかもしれない。希望を背負うという責任を昇華させ、世界を越えて伝承の剣を生み出す規格外の権能まで生み出した。
聖剣エクスカリバーは勝利の象徴であると同時に、希望と期待の重さだ。
強すぎる権能を使いこなせないなりに、力を尽くすことを決めた。
「必ず、勝って帰りましょう」
リアには願いというものがなかった。
生まれた時からその人生の道筋は決められ、その通りに行きたくなくて抵抗した。幸いか運命か、そのための才能もあった。
貴族であった身分を捨て、クウと共に魔族領域に行き、やがて真実を知り、天使となることを決意した。
力と引き換えに神の便利屋となることを受け入れた。
しかしそれはきっと自分の価値を確かめるためだ。幼少から力のない小娘という立場であった彼女は、自分が何かの役に立てるということに価値を見出した。自分の意思で、何かできるということは望んだことであった。
故にその責任感によって力を振るう。
世界のために。
そして大切な者のために。
「リア、手を」
「はい」
クウは鍵を差し出し、リアがそれに手を重ねる。
空間に干渉する権能を有するリアが扱えば、それは確かに道しるべであった。触れるだけでどこに空間を繋げるべきか、ほとんどのピースが揃った状態で見えてくる。後は力と意思を注げば望む場所へと行くことができる。
改めて覚悟を決める時間はない。
先にユナが放射した使い捨てエクスカリバーのお蔭で周囲には邪魔になる超越者を除去しているが、それは一時的なものである。また邪魔にならない内に転移しなければならない。
「転移、します」
だが、もうそんな覚悟を問う必要などないだろう。
わざわざ裏世界に来た時点で通過していることだ。
リアの宣言と共に転移は発動し、神界へと通ずる道が開けた。
後はラスボス戦
もうすぐ完結できる。やっと……





