EP554 超越者の世界⑤
魔神剣ベリアルはリグレットによって生み出された神剣だ。
神ならざる者にもかかわらずこの剣を作成できたのには幾つか理由がある。まず一つ目は血を吸って性能を高めるという吸血鬼の能力を備えていた魔剣だったからだ。強者の血を吸うほどに力を増すように作られたこの魔剣は、クウの手に渡り、超越者の多頭龍オロチの力を取り込む。その後、神剣、クウの血、精霊王の血を取り込むことでようやく魔神剣は完成した。
この際、神剣の管理者として宿ったのが精霊ベリアルである。
ベリアルは使い手の霊力を受け取って具現化し、精霊として瘴気を管理する。与えられた疑似意思次元によって独自に死の瘴気を操ることで、装備者であるクウの負担を極限まで減らしているのだ。
そしてこれを利用することで応用技が発現する。
「塗り潰せ」
「ええ、マスターの願いのままに」
クウの持つベリアル本体から大量の瘴気が溢れ、エーデ・スヴァル・ベラの世界を侵食する。想像から転じた創造を喰いつくすのは滅びだ。ベリアルの瘴気は死という滅びの概念を内包しており、創造を打ち消すだけの力がある。ただベリアルだけではエーデ・スヴァル・ベラの意思力に敵わない。
そこにクウが思念を混ぜ込む。
世界侵食として、本物の意思力を注ぎ込めば別だ。
クウは言霊を介することで意思力を融合させ、意思次元を融合させ、一つの世界侵食として発動させることを覚えた。応用すれば意思次元的に繋がりのあるの準超越者を介して世界侵食を発動することも可能だ。
クウの意思力はあっという間にエーデ・スヴァル・ベラの世界を塗り潰していく。
(不可解。我が世界、我が創造、滅び?)
不快な金属音にも似た音を発しながら、【存在思考】は考察する。
エーデ・スヴァル・ベラはただの超越者ではない。霊力体という制約からすら解き放たれ、思考という概念だけで存在する特異な超越者となり果てていた。どれだけ霊力体を破壊しても、それは分身のようなものにすぎない。あるいは化身のようなものだ。
世界そのものが存在。
存在そのものが世界。
そして思考こそが全て。
これがエーデ・スヴァル・ベラという超越者だ。
虚空神ゼノネイアのように虚数次元に封じてしまうか、クウのように意思次元を直接攻撃できる超越者でない限り勝負にもならない。
本来はベリアルが死の瘴気を放ったところで、化身たる霊力体を消す以外に効果を及ぼさなかったはずだ。
しかしクウの【魔幻朧月夜】と融合したことで一段階上に……いやより深い部分にまで死を及ぼすことができるようになった。
「ここからは削り合いだ。いや、一方的な掘削だ」
エーデ・スヴァル・ベラは自らの意思次元と世界を接続し、思うがままに世界を改変する。しかし敵対者の意思次元を破壊する力は知らない。
これはクウとベリアルの一方的な攻撃であり、エーデ・スヴァル・ベラには死ぬか耐えられるかという二択しかなかった。
魔神剣ベリアルを介する特殊な世界侵食《死兆世界》が、【存在思考】の創造に死の兆しを与えた。
しかしこれはあくまでも兆し。
クウはここから反撃の一手を練り始める。
◆◆◆
権能【魔幻朧月夜】の本質とは何か。
これを自分自身に問いかけたところで答えは出てこない。
しかしこれまでの経験から、意思次元への干渉であると予測することができる。だが意思干渉とは範囲が広すぎるため、その本質がどこにあるのかは分かっていない。いや、分かっていることは少ない。
故に考える。
(意思次元とは思考の根源。俺たちが何かを思う時、一番初めにある部分だ)
意思次元が思うことで情報次元が変化し、それが思考として表面化する。一見すると情報次元に現れている思考も、元を辿れば意思次元から生じている。
そして意思次元が誤認すれば、それが情報次元にも表れる。
確かにこの二つの間では意思次元が優位だが、この二つの間では高度なやり取りが行われているのだ。情報次元は物理次元から情報を取得し、意思次元に送信する。そして意思次元は与えられた情報を元に思考し、情報次元へと情報を送信する。情報次元は意思次元が発した情報をもとに、自分が認識できる形として認識する。故に意思次元が誤解した解釈をしていた場合、情報次元まで誤解してしまうのだ。
これが意思次元に干渉する幻術である。
ただの情報次元の誤魔化しとは別格のものだ。
(情報次元は意思次元の従者というわけでもない。互いに補完し合っている部分もある。本来、意思次元は情報次元を介さなければどんな情報を仕入れることもできない。だがそれを歪めるのが「意思干渉」だ)
エーデ・スヴァル・ベラも「次元接続」という特性によって本来の手順を無視した情報のやり取りを実行することができる。ただクウが見た限り、その本質までは至っていないようだが。
(超越者にとって五感情報……いや感覚情報は意思次元で解釈する。たとえば元人間の俺が本来は見ることのできなかった可視光以外の光も、情報次元から観測することで見えるようになる。他にも情報次元に偽情報があれば、それを解釈することで意思次元も偽の感覚を情報次元に送信してしまう。これが幻術)
情報次元に影を見せるだけの本当の『幻覚』、そこから一歩進んで感覚を与える『錯覚』、世界そのものを幻術に塗り変える『幻想』、そしてあらゆる感覚を完全支配する『催眠』。これらが幻術だ。
そしてエーデ・スヴァル・ベラは「感覚消失」によって大抵の幻術を無効化できる。
しかし『催眠』だけは無効化でない可能性がある。
感覚を支配するということは、それを消すこともできなくなるということなのだから。
エーデ・スヴァル・ベラの消失が上回るか、クウの催眠が上回るか。
(そうか……それなら)
現実を捻じ曲げる《神象眼》を使う必要はない。
エーデ・スヴァル・ベラにとって、現実とは自らの思考なのだ。改変する意味がない。
捻じ曲げるべきはその感覚だ。
あらゆる感覚を『催眠』によって支配し、自滅を狙うことが最善。あの思考と創造を上回る破壊など必要なかった。クウには破壊や滅びよりも厄介で強い力が備わっている。
最強幻術、《夢幻》だ。
精神存在であるエーデ・スヴァル・ベラに最も有効なダメージを与える方法は、幻術である。
クウは情報次元や物理次元を操ることに固執していた。
しかし権能【魔幻朧月夜】は精神へと干渉する。意思次元を自在に捻じ曲げる。
(精神の支配、意思次元の支配、感覚の支配)
思い出す。
この世界に来た時から、クウに与えられた固有の力は幻術であった。現実と幻術の境目を自在に操れるようになってから忘れかけていたが、本質的には幻術こそがクウの力である。
クウは魔神剣ベリアルを手放した。
「マスター?」
ベリアルの問いかけも、もう聞こえない。
そして虚空リングより神刀・虚月を取り出す。自然に任せるように、ほぼ無意識で居合の構えとなった。
見つめる先はエーデ・スヴァル・ベラ……の根源。
意思力に干渉し、その先にある支配へと辿り着く。
情報次元のように整ったものは見えない。煩雑とした思考が何となくで伝わってくる。
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クウ・アカツキ 17歳
種族 超越天人
「意思生命体」「天使」「魔素支配」
権能 【魔幻朧月夜】
「魔眼」「理」「意思支配」
「月(「矛盾」「夜王」「力場」)」
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この瞬間、権能が一段階上へと至ったことに気付いた。
「意思干渉」は「意思支配」になり、その影響で「魔眼」も新たな力を得る。意思次元を観測し、クウ自身の観測を叩き込む『催眠』能力を。
確かに「意思干渉」でも『催眠』はできていたし、それをきっかけとして《神象眼》や《幻葬眼》を発動していた。しかし「意思支配」による『催眠』はそれらを上回る。
(斬る)
クウはイメージする。
(あれを……斬る!)
思い浮かべる。
自分のもう一つのアイデンティティを。
(あれは……斬れる!)
刀を抜く必要はない。
ただ観測すれば良い。
自分が、あのエーデ・スヴァル・ベラの意思次元を斬る姿を。いや、斬ったその瞬間を。
現実へと還元する必要はない。
ただ斬られた感覚、痛み、死へと誘いを感じさせれば良い。それだけに集中する。
眠りへと誘うのが『催眠』。
これまでのように情報次元を介して意思次元に錯覚させるやり方とは別の方法だ。本当の意味で意思次元を直接攻撃する。
感覚を消失させたりはしない。
エーデ・スヴァル・ベラは内側から『斬られた』感覚を観測するのだ。まるで自分自身の想像であるかのように。
つまり催眠によって『斬られて死んだ』感覚を発し、【存在思考】はそれを現実にしてしまう。
(死、死? 死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死!?)
意思次元と情報次元は高度に通信している。
互いに情報を発することで、現実というものを定義している。だがそのため、普通は意思次元で発せられた誤解は情報次元で修正され、意思次元にフィードバックされるのだ。逆に情報次元で死を感じたとしても、意思次元が修正する。
相互補完をすることで、致死現象をダメージに留めている。
だがエーデ・スヴァル・ベラは違う。
情報次元からの攻撃を完全に遮断する代わりに、意思次元からの攻撃は全て現実にしてしまう。つまり自分の致死ダメージすら、そのまま情報次元上で現実にしてしまう。想像を創造とする力の、唯一の弱点がそこにあった。
世界を創造するエーデ・スヴァル・ベラは、その思考の多くを死に支配される。死の感覚を自ら発してしまう。
その間に《死兆世界》は世界を侵食し、情報次元からも追い詰めた。
(斬られ、死、死? 創造、我、世界。死? 死? 思考、終わり、続き!?)
世界の創造も、死の感覚も。
エーデ・スヴァル・ベラはどちらも自分の思考であると思っている。クウに催眠で混ぜ込まれた滅びを自覚することができない。対極であるはずの二つの思考は、共に自分自身であると勘違いしている。
思考を続け、世界を生み出し続けなければならない。
斬られたから死ななければならない。
どちらも正しい思考だ。
だが、矛盾している。
普通ならばこの矛盾した思考を固有情報次元側から止めてくれたはずだ。一方でエーデ・スヴァル・ベラは思考からの一方的な情報送信をしている。一度でも意思次元が錯覚してしまえば、それを止めることはできない。
死は侵食する。
滅びは連鎖する。
内側と外側から滅びを浴びせかけられ、エーデ・スヴァル・ベラは一直線に終焉へと向かっていた。
もう、止まらない。
(死――滅び――創――死、死、死)
最も神に近い超越者は、幻術によって自らの死を見た。滅びを悟った。消滅すると思考した。
最近は感想(質問)の返信が滞ってて申し訳ないです。
一応、読んではいます。
ただしばらくは忙しいので更新で精一杯です。





