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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
裏世界編
554/566

EP553 超越者の世界④


 超越者の戦いとは、魂の削り合いである。

 魂の最深部である意思次元から出力された意思力に応じて情報次元が改変され、最も表層の世界である物理次元へと出力される。通常の生物は表層世界である物理次元でしか活動できない。いや、存在そのものが『世界の情報レコード』や『世界の意思プログラム』に組み込まれているせいで、世界が具現する物理次元と密着しているのだ。世界が死んだと判断すれば、魂は物理次元と切り離されてしまう。

 しかし超越者は情報次元を自在に捻じ曲げ、それを通して世界すら操る。つまり世界から独立した存在なのだ。世界から独立したからこそ超越者とも言える。

 ゆえに情報次元を砕くだけで超越者を殺すことはできず、魂そのものを破壊しなければならない。魂の最深部でありコアである意思次元の破壊こそ、超越者を倒す唯一の方法だ。

 とはいえ、簡単に破壊できるものなら苦労しない。



(だめか)



 クウは《神象眼》と《幻葬眼》をメインに戦っている。幻術を現実に、現実を幻術にと、世界は次々と入れ替わる。しかしこれはエーデ・スヴァル・ベラも同じだ。権能【存在思考アザトース】は意思次元をそのまま情報次元として投影する。現れろと思えば現れるし、消えろと願えばそれは叶う。

 運命という決まった世界の流れに抗い、逆に支配してみせるのが二人の権能である。

 互いに相性が悪いとしかいいようがない。

 一進一退で勝負がつかない。



(あいつには感覚の遮断がある。幻術をきっかけにした意思次元への攻撃は通用しない。となると、直接意思次元を破壊する必要がある。《神威》を使うか?)



 権能【魔幻朧月夜アルテミス】は対象の感覚に干渉する能力といえる。まずは物理次元や情報次元から侵入し、表面的な幻影によって『そう』だと思わせる。そして『そう』思ってしまえば終わりだ。クウはその僅かな隙から「意思干渉」を成功させ、意思次元のレベルから『そう』思わせる。

 意思次元はあらゆる現象の最深部であり、全ての事象は元を辿ればこの次元から発せられる。クウ自身と対象の意思次元が『そう』思うことで、情報次元を捻じ曲げる。クウ、対象、世界と多方面の意思次元に干渉して現実の歪曲を補強する。

 抗いようのない最強の能力だ。本来は。

 しかしエーデ・スヴァル・ベラはこの能力の最初期段階である幻術を無効化してしまった。いや、本来は無効化も不可能なはずだ。それをこの超越者は「感覚消失」という異能によって感覚を狂わせる技能を完封してしまうのだ。

 この「感覚消失」の厄介なところは、刺された、切られた、燃やされたなどのダメージ感覚すら消してしまうことである。普通の超越者は情報次元の戦いでこれを敵に叩き込み、復活の意思を折ることで勝利を目指す。ゆえに一対一では決着がつきにくい。一方でエーデ・スヴァル・ベラはこれを「感覚消失」で遮断できるので、情報次元を通した討伐は不可能である。直接的な意思次元の破壊以外でこの超越者を滅ぼす方法はない。

 また「感覚消失」で遮断したダメージ感覚をコピーし、相手に押し付ける《自動反撃フルカウンター》があるので普通の攻撃をするわけにもいかないのだ。攻撃したはずが、逆にダメージを喰らってしまう。そもそものダメージ感覚すら消す月属性の矛盾攻撃以外に通常攻撃も意味がない。



(直接攻撃の《熾神時間セラフィック・タイム》は意味がない。《月界眼》で何かの運命を作るしか……できればここで《神威》は使いたくない)



 神の力を借りることで一時的に絶大な力を行使する。

 凶悪な能力を持つエーデ・スヴァル・ベラも、絶大な霊力によって完封すれば倒せるはずだ。しかし身に合わない絶大な力には相応の反動が付きまとう。今ここで《神威》を使えば、最後の戦いで使えなくなってしまうだろう。カグラ=アカシックに勝利できる可能性は《神威》だけだ。しかしエーデ・スヴァル・ベラを倒すにも《神威》を使いたい。



(まさかここまで予測していたから自信があったのか? あの神)



 カグラ=アカシックはあらゆる運命を予測する能力を持つ。超越者が自分の意思で行動していると思っていても、絶対にその未来へと到達する。仮にカグラ=アカシックから未来を宣告され、それを回避するために動いてもその運命に至ってしまう。

 つまり運命を操作したり塗り変えたりする力はないが、確定した未来を観測し、そこへ絶対に導くことができるということである。

 裏世界に消えるあの神には、絶対に敗北はないという自信があった。

 クウがエーデ・スヴァル・ベラに苦戦する未来が見えていたのかもしれない。



(となると、ジワジワ攻めるしかないか)



 今もエーデ・スヴァル・ベラはクウを思考の深海に沈めようとしている。

 具現される思考で埋め尽くされたこの海の中、クウは神刀を収納し、代わりに別の剣を召喚する。クウがそれを抜き放つと、隣に美女が現れた。



「ベリアル、瘴気は充分か?」


「ええ。どうするの?」


「この世界ごと侵食する。俺の霊力を好きなだけ持っていけ。それと俺の「意思干渉」も混ぜ込むから抵抗するなよ」


「そんなことができるの?」


世界侵食イクセーザの融合が完成してからできるようになった」


「ふぅん……私の役目は時間稼ぎ、でいいのかしら?」


「ああ」



 権能【魔幻朧月夜アルテミス】は可能性の塊だ。いや、可能性を作る権能だ。

 これまでの戦いを思い出せば、戦いの中で勝利の可能性を掴み取ったことも少なくない。今回もベリアルを攻撃性の盾として使い、その間に対策を開発する。

 ないものは作る。

 カグラ=アカシックが運命の全てを見通してきたのならば、クウは運命の全てを切り開いてきた。

 権能にもその違いがある。



「早速やるわよ」



 ベリアルもクウから潤沢な霊力を受け取り、死の瘴気を侵食させ始めた。





 ◆◆◆






 最速の超越者アシュートを結界に捕えたミレイナは猛攻を続けていた。

 《竜腹結界》は彼女の保有する破壊の概念に満たされた世界を生み出す。そしてこの世界はミレイナが望むままに破壊の概念を糸に変化させ、変幻自在の無限攻撃を実現する。

 ミレイナが軽く腕を振るうだけで破壊の概念が集中し、糸となってアシュートを切り刻む。速度と質量というエネルギーを無制限に溜め込むアシュートでも、強制破壊によって霊力体と情報次元を壊される。



「このあたしが囚われるなんて……屈辱よ! 絶対に脱出してみせるわ!」


「させるか!」



 アシュートは何度も結界からの脱出を試みている。しかしその度に破壊概念の糸が邪魔をするのだ。世界侵食イクセーザによる破壊の侵食はアシュートの速度と質量を破壊し、内包するエネルギーを消失させる。

 この《竜腹結界》はまさに攻防一体の奥の手だ。

 少なくともこれを発動している間は負けることなどないだろう。何か術を使おうものなら即座に糸で壊される、脱出しようにも結界がそれを阻む、世界侵食イクセーザで対抗しようとしてもそれより早く切り刻まれる。

 もはや戦いではない。

 一方的な蹂躙である。



(これで必ず決める!)



 超越者は一対一で戦うと決着がつかない。

 その原則を打ち破るのが世界侵食イクセーザだ。世界の縛りに抗い、打ち克った超越者という存在の中でも一部しか到達できない領域である。別の表現をすれば、超越者第二段階だ。

 意思力を空間に侵食させ、権能によるフィールドを生み出す。

 つまり世界侵食イクセーザは発動者にとって有利な世界に塗り替わるのだ。対等であるはずの超越者の中に、格差が生じる。

 ミレイナは徐々に糸を操る速度を上げていき、アシュートに霊力体を維持させない。復活しようとした瞬間に斬り刻み、徐々に再生の気力を奪っていく。

 超越者の戦いは先に心を折った方が勝つ。

 そして速度に自信のあるアシュートは、捕えて離さないことでストレスを与え、滅ぼせるとミレイナは考えた。



(もっと早く、もっと正確に!)



 ミレイナは集中を深め、無数の糸を同時に操る。

 糸は破壊の概念を具現化したものであり、「崩壊」と「無効化」と「風化」の特性を混ぜ合わせている。それを「波動」の確率収束によって糸としているに過ぎない。すなわち、結界内部においては自由自在に糸を操ることが可能となる。器用に指先を動かすための集中力は必要なく、ただ敵を捕らえ、破壊することだけを考えれば良い。願えばそこに糸は現われ、必ず敵を討ち滅ぼす。それが《竜腹結界》というミレイナの世界だ。

 刹那に数万もの糸が発生し、的確にアシュートの霊力体を切断する。再生中の霊力体の欠片でさえ、正確に切り刻んでいた。大雑把なミレイナとは思えないほどの精密な感知と攻撃が実現しており、この結界に囚われたが最後、永久に切り刻まれる。

 天九狐あまつここのえきつねネメアが認めた技巧の粋だけあって、隙がない。



「こ」



 アシュートが再生の兆しを見せれば即座に破壊の糸が切り刻む。



「この」



 ミレイナは言葉を紡ぐことも許さない。アシュートの固有情報次元が言語を表すと同時に破壊し、あらゆる行動を邪魔していた。

 一歩たりとも移動させない。

 口を聞く余裕も与えない。

 僅かでもエネルギーを行使しようとすればその瞬間に無効化する。

 アシュートを構成する情報次元を瞬時に感知し、破壊するのだ。



「お前はもう私に喰われた。この私の糧となれ」



 開発したばかりの《竜腹結界》は、ミレイナにとっても慣れない術である。しかしその天才的センスによって発動中も習熟しつつあった。彼女はアシュートを糧として、さらなる成長を遂げようとしていたのだ。

 加速し続ける糸の連撃は激しさを増す。

 嵐などと例えるには生温い。

 超新星爆発によって生じる高エネルギー電磁波の如く、高密度に蹂躙する。

 その攻撃は時間にして本当に僅かだっただろう。しかし情報次元の限界速度である光速にも匹敵しつつあったミレイナの攻撃は、時間感覚すら引き延ばしてアシュートに終わりなき苦痛を与えた。



――ああ、最期に速さで追いつかれるなんて



 満足したような、それでいて悔しそうな声が聞こえた気がした。

 《竜腹結界》の内部で爆発的なエネルギーが吹き荒れ、瞬時に収束する。

 紅蓮のオーラと破壊概念によって構成された竜の姿を模す結界が崩れる。暗く平坦な宇宙に、ミレイナはただ一人存在した。

 勝者として。






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