EP550 超越者の世界①
裏世界には今や普通の生命体は存在しない。
少なくとも真空で活動できる上に放射能に耐性のある生命体しか活動はできない。それゆえ必然的に有機生命体の活動は実質不可能である。この世界で活動できるのは無機物に属する生命体と、超越者だけである。
そして超越者は宇宙空間の各部を支配している。
ある超越者は眷属を生み出して自分だけの楽園を作り出し、ある超越者は同じ超越者すら支配し、そしてある超越者は孤独に宇宙を漂う。
(我、ここに在り)
その超越者は宇宙の果てで思考を続けていた。
思考は概念を生み出し、宇宙の法則を歪めて固有領域すら生み出す。その法則は思考するたびに変化し、超越者ですら近づくことは困難だ。
それは水のように漂い、流動する思念。
具現化しては消失する想像が世界を塗り変え続ける。
(我、運命なり)
思念は常に宇宙を侵食し続けており、それは徐々に発動する世界侵食であった。その超越者の思念は宇宙を支配しつつあり、運命は侵食しつつあった。
そんな中、それは自身が触れることのできない運命を見つける。
侵食して干渉しようにも決して見えない。
(不可解。不明)
思念が集中し、その超越者は形を為した。
液体の水が巨大な塊となり、そこから無数の触手が生えてくる。やがて小惑星にも匹敵するほど巨大なクラゲとなった。
◆◆◆
クウたちは超越者の軍勢と戦いを繰り広げていた。
アラン・カルトを討伐した後、次なる超越者を探すため宇宙を移動していた。だが先の戦いで領域支配者であるアラン・カルトが消滅してしまい、それに刺激されて別の領域支配者たちが攻め込んできたのだ。
それによって超越者による乱戦が引き起こされたのである。
クウたちは巻き込まれた形だ。
「くっ……邪魔だ!」
《神象眼》を使いながら居合切りを放ち、直線状の超越者を全て両断する。視界の範囲を切断する幻想の刃は超越者の実体を幾つも切り裂いた。
「くーちゃん! これじゃきりがないよ!」
「どれか一体を集中して倒せたらいいんだが……無理だな」
「皆とも逸れちゃったし」
「大丈夫だ。皆の気配は感じる」
今クウが感じることのできるだけでも四十八体の超越者がいる。その内の幾らかは強大な力を発しているが、逆に超越者にしては貧弱なものを含まれていた。
(多分、何体かは準超越者クラスだと思うんだが……判別もできないな)
宇宙という広大な範囲で大量の超越者が乱戦を繰り広げる。
それは法則の乱れを引き起こすには充分だ。もはや物理次元上での知覚は意味をなさず、クウも情報次元を観測することでようやく戦うことができているのだ。それができなければどこから攻撃が飛んでくるかも分からない。
前後左右、上下、空間を飛び越え、さらには未来や過去からも攻撃は飛んでくる。
「ユナ! 左上、距離は三百!」
「りょーかい!」
クウは《神象眼》を発動し、ユナは《神血裂》を発動する。
幻想を現実に書き換える能力はあらゆる超越者を両断し、光速を超える斬撃が未来を攻撃する。吹き荒れる二人の斬撃は超越者たちを切り刻み、徐々に削っていく。
しかし意思ある限り無限に再生する超越者に対しては効果的ではない。
(なんとかして世界侵食を使いたいが……余裕がない)
ユナとの合体世界侵食《卍剣》を発動すれば超越者の数を考える必要もない。しかし《卍剣》は長い詠唱と集中を必要とするため、今の状況では不可能なのだ。
複数の超越者による権能のぶつかり合いは、新たな異界を作り出した。
もはや最も巨大な情報次元である『世界の情報』ですら書き換えられ続けており、裏世界にあった本来の世界たる所以すら消えつつあった。今、裏世界は超越者たちの情報次元がつぎはぎになって維持されている。
(世界が世界の形をしていないことがこれほど厄介だとは……!)
全ての超越者がクウとユナだけを襲っているわけではない。複数の超越者勢力がそれぞれで戦い、漁夫の利を狙い、あるいは逃げている。一進一退を繰り返す戦いの中に放り込まれている状況だ。
クウは状況を突破するためと様子見のために《神象眼》や《幻葬眼》を発動していたが、ここにきて戦い方を変更した。
歪んだ時空にはっきりと剣が浮かぶ。
数百、数千、数万、数億、数兆と分裂して数を増やしていき、それらは歪んだ時空をまっすぐ進んで超越者たちに襲いかかった。幻想の剣を生み出し操る《無幻剣》である。クウの認識によって実在しているため、時空の湾曲など無視して剣は進む。
超越者たちへ次々と剣が刺さった。
「消え去れ」
《因果逆転》を発動し、次々と超越者を斬る。
この術は対象に突き刺さった幻剣によって斬ったという事象を引き起こし、その障害となる時空の隔たりを無視するというものだ。斬ったという事象を現実にしてから移動したという過程が追い付いてくる。そのために幻剣が突き刺さった時点で回避は不可能である。
連続して数百、数千、数万、数億、数兆と《因果逆転》を発動し、周囲の超越者を切り刻んで見せた。
「ユナ!」
「全門開放! 吹っ飛んじゃえ!」
ユナはその権能を完全開放する。
彼女に秘められた「武器庫」が完全開放され、蓄積された武器が一斉に解放された。蓄積されたといってもそれは種類の話であり、数ではない。ユナの権能は「武器庫」に取り込んだ武器をコピーすることができるのだ。
事実上の無限。
それが周囲一帯の超越者を蹂躙した。
◆◆◆
逸れてしまったミレイナは単独で戦っていた。
彼女の権能の性質上、戦っている内に孤立してしまうことは明白である。しかし単独での戦闘が可能なほどにミレイナは強かった。
「うおおおおおおあああああああああ!」
ミレイナを中心に暗黒の竜巻と雷撃が発生する。風化属性による腐食攻撃、《黒蝕雷嵐》だ。
情報次元を崩壊させる超広範囲攻撃により、幾つもの小惑星を巻き込みながら空間を蹂躙する。これによって超越者たちに歪められた世界すら崩され、一時的に『世界の情報』が形を取り戻した。
「ちっ……厄介だな」
そして敵の超越者もただ嵐に巻き込まれるだけではない。その権能や眷能を使って抵抗する。何もないところに太陽が生じたり、隕石が飛んできたり、凍ったり、毒が充満したり、次々と変化する。
そんな中、金色の軌跡を残して何かが飛び回る。
しかしあくまで軌跡は軌跡であり、その何かを眼で追うことができない。ミレイナはそれの体当たりを喰らった。
「がっ!?」
その運動量は凄まじく。ミレイナはあっという間に遠くへと飛ばされる。その勢いが留まることはなく、そのままどこかへと消えてしまうかに思えた。
しかしミレイナは紅蓮の気を放出して速度を殺す。
一方で突き飛ばした何かは未だにミレイナを追っており、複雑な軌道を描きつつ迫っていた。
(何だあれは?)
しかしそう考えた瞬間、また吹き飛ばされた。
そして次々と衝撃を受け、ミレイナは広大な宇宙を弾き飛ばされていく。反撃に転ずる暇もなく、ミレイナはただ吹き飛ばされながらも霊力体の再生に集中する。
目を凝らし、何に攻撃されているのか視認しようとした。
「見え、ない」
あまりにも敵は早すぎた。
その速度は空間と時間を歪ませ、超越者の知覚能力をすら突破する。ミレイナは背中から強い衝撃を感じて吹き飛ばされそうになる。
だが、ミレイナは受け止めた。
速度という概念を破壊したのだ。運動量も慣性力も全て破壊され、ようやく敵の正体が見えるようになる。
「へぇ。このあたしを止めるなんてやるじゃない」
「ふん。よくもやってくれたな。ここからは私の番だ」
ミレイナが止めた超越者は馬の姿をしていた。ただし足は六本あり、背中には二対四枚の翼がある。また頭部からは縦に三本の角が生えていた。
粘着質な声が特徴的であり、馬が言葉を話すということにミレイナは首を傾げる。実際は話しているというより念話に近いのだが、そこまでは分かっていなかった。
「このあたしの速さについてこられるかしら?」
「全部壊す。それで終わりなのだ」
ミレイナからは深紅の、天馬とユニコーンを合わせたような超越者は金色の気を発した。
◆◆◆
リアとセイジは共に協力しながら襲ってくる超越者を撃退していた。リアは《時間転移》や転移で防御に徹し、セイジは神剣で攻撃をする。攻防のバランスが良い二人によって安定した戦いが繰り広げられている。
「はあああああああ!」
そしてセイジには「抗体」がある。
かつてのアリアとの戦いで様々な「抗体」を手に入れており、この超越者の巣窟となっている場所ではほぼ無敵の力である。敵が集中してセイジを狙うならともかく、今は余波が空間を侵食しているに過ぎない。そんな中でもセイジは自由に移動し、目につく超越者を神剣エクスカリバーで斬っていた。
「リアさんお願いします!」
「はい!」
一方でリアは《時間転移》で回避と同時に適切な攻撃も行う。最適の未来を読み取るリアは負担を強いられており、流れるはずもない冷や汗を感じていた。
(これほど複雑な未来だなんて……)
複数の超越者が権能を行使する空間。
それはすなわち物理次元においても情報次元においても乱れているということである。そんな中で未来を読み取るのは非常に難しく、適切な時間軸へと転移するのは最も難しい。少しでもずれると予想もしない運命を呼び寄せてしまう。
(どうにか合流しなければいけませんね。そのためには……)
近くにクウたちの気配を感じることができない。また未来を読み取ることもできない。辺り一帯に超越者の気配と権能が交じり合っているからだ。異空間となった宇宙はリアの権能でも予測がつかない。
まずは周囲を吹き飛ばさなければならないだろう。
「《時間圧縮》」
リアはまず、下準備となる術を発動させる。
時が圧縮されたことで時間停止にも近い状態が維持された。そこに「聖炎」を溜めていき、同時に気も注ぎ込む。リアが一度に扱えるエネルギーは限られているが、時を超えることで疑似的にエネルギー量を高めたのである。
時間をかければ神にも匹敵するエネルギーがチャージされる。
「セイジさん、下がってください!」
「え? はい!」
「いきます!」
チャージされた「聖炎」は《神白炎》として開放される。
恒星の熱量すら圧倒する炎が周囲の超越者を瞬時に蒸発させた。溜め込まれた霊力量は超越神にも匹敵するため、普通の超越者では防御もできない。死にはしないが、抵抗できず複数の超越者が一時的に再生に集中せざるをえなくなる。
それだけではない。
リアは未来を読み、最適の運命を少しずつ呼び込んでいた。
《神白炎》が炸裂すると同時に、ユナは「武器庫」を全開放したのである。
「見つけました! 兄様の反応です! セイジさん、転移します」
「はい、お願いします」
リアは掴んだ座標へと転移を発動させる。
これにより、二人はクウとユナに合流するのだった。
圧倒的インフレ





