表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
裏世界編
550/566

EP549 破滅の生命


 クウは現われた大男を観察する。

 勿論、見た目ではなくその固有情報次元をだ。



(こいつ、罠かって思うほど何も隠してないな)



 その雰囲気は堂々としたもので、気配すら垂れ流しだ。《真理の瞳》を発動すればすいすい解析できるため、あっという間に権能も特性も理解できてしまう。



―――――――――――――――――――

アラン・カルト      873歳

種族 超越神種吸命蝙蝠

「意思生命体」「吸血」「変身」


権能 【灰生命ネメシス

「血晶」「灰塵」「並列意思」

―――――――――――――――――――



 それゆえ、目の前にいる大男が本体でないこともすぐに分かってしまった。



「気を付けろ。こいつの本体は周りに飛んでいる蝙蝠全てだ」


「な、なんだと!? この私の正体を見破るとは……やるではないか!」


「……」



 驚愕して狼狽える大男アラン・カルト。

 クウは呆れを通り越して溜息すら出ない。本気で動揺しているとなると、アラン・カルトは間違いなく馬鹿だ。



「……ミレイナ」


「分かったのだ」



 数の多い敵にはミレイナの力が有効だ。

 ミレイナは両手に風化属性を集め、《風蝕ディスオーダー》として解き放つ。マイナスエネルギーは小惑星を覆う無数の蝙蝠を腐食させていき、塵のようになって消えていった。

 だが突如としてミレイナの体の内側から赤い刃が幾つも突き出た。

 超越者といえど大ダメージであり、《風蝕ディスオーダー》も消失してしまう。クウは先も受けたこの攻撃の正体を見切った。



「敵が微粒子になって散布している。体内に入り込んで攻撃してくるぞ!」



 アランカルトの権能【灰生命ネメシス】は自らを無機粒子に変換する能力だ。特性「灰塵」は自身の意識を保ちながら微粒子となって存在することができる。微粒子として広がれば広がるほど制御が難しくなるのだが、そこは「並列意思」で補っているのだろう。

 そして体内から深紅の刃を発生させる能力は「血晶」によるものだと思われる。

 すなわちアラン・カルトは暗殺向きな権能を持っているということだ。その割には情報隠蔽を全くしていないのが気になるところであるが。



「転移します!」



 ともかく蝙蝠に囲まれた小惑星の中にいつまでもいると不利になる一方だ。リアは空間転移を発動し、小惑星から少し外れた場所に出た。

 更にクウは《神殺銀槍かみころすしろがねのやり》を発動し、意思次元攻撃を混ぜ込む。同時にユナも魔素とオーラを凝縮して権能を混ぜ込み、《聖金焔コンジキホムラ》を発動した。

 破壊の銀光が槍となって小惑星ごとアラン・カルトの蝙蝠群を貫き、炸裂する。意思次元攻撃は微粒子となったアラン・カルトを瞬時に砕いた。追加として襲いかかる黄金の炎が残る蝙蝠たちを焼き尽くしていく。



「数の多い敵は焼却、だね!」


「気を抜くなよ。今のは超越者を倒せるほどの攻撃じゃないからな」


「じゃあ、追撃しておくね」



 ユナは異空間から神祖剣メルトリムノヴァを取り出す。攻撃を無制限に転写し続けるこの剣はまさに一振り千殺。ユナは剣を掲げ、黄金のオーラを注ぎ込んだ。刀身がオーラに沿って伸びていき、充分に長くなったところでユナは振り下ろす。黄金の炎に包まれた蝙蝠群を切り裂くと同時に、斬撃がコピーされて次々と炸裂した。

 無機粒子として分裂しているアラン・カルトにとってこの攻撃は効く。

 黄金の斬撃が無数に走り、小惑星すら微塵にまで破壊してしまった。

 しかしアラン・カルトも超越者であるため、すぐに霊力体を再構築する。しかし目に見えないほどの微粒子として再構築されており、見ることはできない。クウは《真理の瞳》で情報次元を読み取り、それでようやく把握できていた。



「下がれ! こっちに来ている!」


「どうにかならないのか!?」


「ちょっと待ってろ桐島……今やっている」



 クウは全員に《夢幻》をかけた。

 普通は強力な幻術として使用するのだが、応用すればクウの視界を与えることができる。無機粒子体になったアラン・カルトを白い靄として表現し、全員の目に映したのだ。これによって見えない微粒子となって迫る光景がしっかりと見えるようになり、散開しつつ逃げる。

 だがアラン・カルトも微粒子から無数の蝙蝠に形を変え、それぞれを追いかけた。一人あたりを追いかける蝙蝠群は億にも匹敵するだろう。尤も、宇宙空間が広すぎるせいで見た目はそれほどにも感じないが。



「《崩黒星ブラックホール》!」



 空間を歪ませ、力を一点に集中させる。

 広範囲において「力場」の概念を浸透させることで超越者すら捕らえることができる本物のブラックホールだ。抜け出すには光速を超越するほかなく、逆に言えば時空間に干渉すれば簡単に脱出できる。察したリアは転移によって他の全員を《崩黒星ブラックホール》の範囲から脱出させた。



「ユナ! 引き継いでくれ!」


「うん!」



 ユナも同じく特性「力場」を有するため、発動した《崩黒星ブラックホール》を引き継いで維持する。その間、クウは居合の構えを取った。

 当然、発動するのは《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》である。

 普通の斬撃は敵の本体を切り裂く必要があり、微粒子にまで分裂するアラン・カルトには効果がないように思える。しかし《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》は意思次元を切り裂くため、掠る程度でも当てれば勝ちである。

 巨大な白銀の刃が微粒子化したアラン・カルトを薙ぎ払った。ぷちぷちと虫でも潰すかのように情報次元が消滅していく。

 しかしアラン・カルトは死ななかった。



「やってくれたなテメェよぉ!」



 粒子の一部が赤眼の男となり怒鳴り散らす。

 先に見たアラン・カルトとは全く異なる荒々しい口調であり、強く歯を鳴らして唸っていた。その様子はまるで獣である。



「ウオオオオオオオオオオオ!」



 アラン・カルトの人間態は周囲に大量の赤い塊を浮かべた。

 その塊をクウが解析したところ、アラン・カルトの固有情報次元とは異なっていた。しかしどういうことかと考えている間に、アラン・カルトはその赤い塊を微粒子化して取り込み始めたのだ。

 それを見たリアは警告を発する。



「外から力を取り込もうとしています! 複数の超越者の力です!」


「あの赤い塊は超越者の血か!」


「つまりどういうことなのだ?」


「簡単に言うと自己強化しようとしている。多分、一時的なものだと思うけどな!」



 こうしている間にも超越者の血がアラン・カルトへと取り込まれていく。あの血の塊は超越者の情報次元を採取して「血晶」により固めたものだろう。それをストックしておき、種族特性である「吸血」によって自己強化する術に違いない。



(となると、「並列意思」がますます厄介だな)



 既に《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》で殺せなかった理由も分かっている。

 特性「並列意思」によって意思次元が分割され、一部だけを殺すことになったのだ。確かにアラン・カルトは殺されたが、「並列意思」によって一部が生き残った。

 多重人格かと思うほどの変貌もそこに起因するのだろう。

 そしてこれだけ「並列意思」を使いこなすということは、複数の超越者の能力を取り込んだとしてもそれらを全て使いこなすことができるということになる。



(ただあれだけ大量に取り込めば奴もただでは済まないと思うが……)



 クウの見た限り、アラン・カルトは権能に振り回されている。粒子化と多重意思化を繰り返した結果、統一した一つの意思力が消えつつあるのだ。様々な人格や様々な目的が混在しており、もはや本来のアラン・カルトの意思も微小なものとなっていることだろう。

 力をコントロールできなかった者の末路とも言える。

 まさに破滅の意思ネメシスというわけだ。



(いや、そもそもあの並列意思も取り込んで手に入れたものなのかもな)



 ともかく、このまま見守っているわけにもいかない。

 クウは右目を閉じ、意思力を広く深く侵食させ始めた。少々勿体ないが、今は早さを重視する。世界侵食イクセーザによって運命を操ることにした。

 宇宙空間に夜の世界が誕生する。そしてあるはずのない月が天球に現れ、月食のように赤く染まった。更には六芒星の紋章が浮かび上がり、世界全体の運命がクウの手に委ねられる。



「血を、毒に」



 作り出す運命は血を毒にするというものだ。

 尤も、概念的なものであるため、化学物質としての毒ではない。他の情報次元を取り込む際、その情報次元によって攻撃され、情報次元側から破壊されるという意味での毒である。本来は自分のものでない情報次元を安全に取り込むための「吸血」や「血晶」なのだろうが、それを強制的に毒物として書き換えた。

 従ってアラン・カルトは取り込もうとしている血の塊は固有情報次元を攻撃する。



「ぉおっ!? が、あ!?」



 自らの存在を意味する情報次元が攻撃されているのだ。最悪の気分を味わっていることだろう。しかしそれでもアラン・カルトは「吸血」を実行し、血を取り込もうとしている。それが更なる苦しみを生み出すとも知らずに。

 たとえ微粒子化しても、取り込んでしまった情報次元がアラン・カルトを攻撃し続けている。



「ユナ! 《崩黒星ブラックホール》の維持は?」


「大丈夫だよ! まだいける!」


「よし……リア、あとはアレで決めるぞ」


「よろしいのですか?」


「なりふり構っていられないからな」



 アラン・カルトは倒しにくいという意味で厄介だ。先に戦ったアリュテミシアも硬さという点ではすさまじかったが、それを上回る攻撃力があれば問題なかった。一方でアラン・カルトは意思次元を攻撃しても「並列意思」によって逃れてしまう。

 ならば《崩黒星ブラックホール》と《月界眼》で押さえつけ、《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》を上回る広範囲かつ強力な意思次元攻撃で仕留めるしかない。

 リアはクウの隣に移動し、手を繋いだ。そしてクウが《月界眼》を止めるのと同時に二人は詠唱を開始する。



『混沌の果て、真理を鎖す呪縛

 怨嗟に狂い、闇に怯え、恐怖を知らせる。

 自壊し、甦る死の象徴

 破壊し、再生する黒の紋章

 夜の支配者が匣に閉じ込め

 永久とわの封印を解き続ける。

 火は煌めき、水は流れ

 風は知り、土は覚える。

 空は淀み、時は歪み、

 安寧は虚ろにして夢と消えゆく。

 神の定めし理を超越し

 無限の彼方を体現せよ。

 絶唱する天使の歌声。

 天地を貪る絶望の獣。

 雲を貫く怒りの雷鳴。

 魔すら飲み込む地獄の招来。

 夢果てぬ末に目覚めを迎える。

 しかし目覚めは悪意を知らしめるだろう。

 人は怯え、人は傷つき

 人は眠り、遂に人は目覚めぬ。

 それが森羅万象を知覚せぬ弱者の理。

 されど弱者の意思は集い給う。

 消えゆく黒を掴み取り、

 忘れ行く死を覚えさせ、

 再び棺へと送り込む。

 そなたは強大なる権主。

 千里、万里、届かぬ刃。

 幾億にも届き、なお届かぬ。

 ならば那由多、ならば無量大数へ至らん。

 数え切れぬ魂の叫び、

 集いて惑うな、我に従え。

 選択の刻限は迫る。

 我が全てを導いてみせよう。

 纏め、結上げ、無限の鎖を創り上げる。

 縛れ、縛れ、縛れ。

 万象を貶める鎖が天に上る。

 天は主を捨て去れり。

 数多に交わる意思を以て成し遂げよ――』



 二人の意思力を重ね、纏めることで放つ協力型の世界侵食イクセーザ

 本来は光神シンを倒すために作った術式だが、当然ながら普通の超越者にも効く。



「我、魔幻朧月夜アルテミスの名において命じる」


「我、位相律因果フォルトゥナの名において命じる」



 二つの権能による深層攻撃。

 魂を葬り去る棺が完成した。



『神を殺せ、《天鎖黒棺てんさくろひつぎ》』



 発動中の《崩黒星ブラックホール》すら飲み込み、黒い棺がアラン・カルトを取り込んだ。そして無数の鎖が現れ、棺を封じる。

 破壊、破滅、消滅、死滅……ありとあらゆる滅びの意思を込めた攻撃だ。

 世界に満ちている意思を集め、棺として生み出し、その内部へと超越者を封じる。棺の内部ではありとあらゆる滅びの意思が超越者の魂を蹂躙することだろう。幸いにも裏世界は超越者によって負の意思力が十分に蓄積されていた。

 膨大な霊力で抵抗してみせた光神シンですら、これを喰らって致命的な状態にまで陥った。普通の超越者が生き残れる道理などない。

 黒の棺は数秒ほどで霧散する。

 クウは急いで「意思干渉」を発動し、消失しようとしている意思力を選り分けてカグラ=アカシックとの繋がりを探し出した。



「……次だな。行くぞ」



 無事に二体目を討伐したクウたちは、次の超越者を探すために移動を開始した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ